生命のメッセージ展

2008年10月28日 (火)

倉敷から松山へ(2)

Tさんの隣の席が空いていたので座った。

Tさんは『神戸で、先日信州旅行に一緒に行った仲間と会い、これから松山に行き

今夜松山で中学校の同窓会に出席する。そのあとフェリーで大分に渡り長崎経由で

弟のいる五島に行って数泊する予定』とのことだった。

Tさんもまさに”定年バンザイ”をエンジョイされている。

おかげで3時間の道中、退屈することなく過ごせた。

松山に着いたら松山のTさんが車で迎えに来て下さっていて、3人でお昼を食べた。

食事のあと大学のTさんをホテルに送り、車で生命(いのち)のメッセージ展の会場

である松山市総合コミュニティセンターへ連れて行ってもらった。

会場に着くとすぐ松山での生命のメッセージ展の主宰者である女性のTさんに会えた。

生命のメッセージ展は、犯罪や交通事故など社会の不条理のため、無念にも生命を

断ち切られた人たちの生きた証をたどることが趣旨の展示会である。

2001年にスタートした生命のメッセージ展は今回の松山開催が56回目。

犯罪・事故に遭遇しかけがえのない家族を喪った人たちが全国各地で開催してきた

だけでなく、大学、小中学校、国会議事堂、刑務所でも何度も開催された。

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会場では、7年前の大阪池田小学校

事件の遺族のおひとりが講演された。     Rimg0126

命のメッセージ展の創始者である

鈴木共子さんにも久しぶりに

お会いできた。

鈴木さんから何度も聞いていた

彼女の長年の夢であった

”生命のミュージアム”いよいよ

実現することになったと、興奮しながら話してくださった。

夜は6時から懇親会が行われた。

懇親会のアレンジも松山会場の主宰者であるTさん。

Tさんは01年にお嬢さんを交通事故で亡くされた。

同じ年にサラリーマンだったご主人の糖尿病が進行し、ご主人は全盲になられた。

今回ご主人とゆっくりお話ができた。

そんな大変な中、ひとりで奔走し、県知事・松山市長ほかの推薦を受け、多くの公的

機関の後援を取り付けたTさんの頑張りに、心から敬服した。

懇親会で目のご不自由なご主人が主宰者として挨拶をされ感動的であった。

全国から駆けつけた人たちが集まり6時にはじまった懇親会は延々と10時前まで

続いた。またどこかの会場で再会することを皆さん期待し、散会となった。

翌朝は前日お会いしたTさんがホテルに寄って下さって空港まで送っていただいた。

空港で食事をしながら依頼されたモニターの話を詳しく聞いた。

11時に羽田に着いたあと、そのまま新幹線に乗って熱海に来た。

少々遅刻したがマンションの理事会に出席できた。

11月23日に開催される総会の準備状況を全員で確認した。

いろんなことのあった1週間であった。

2008年10月27日 (月)

倉敷から松山へ(1)

金曜日の夜は岡山の妹の家に泊めてもらい、土曜日の朝松山に向けて出発した。

松山に行く目的は、何度かブログに書いたことがある”生命のメッセージ展を見に

行くため。

今回の帰省と松山行きには、びっくりするくらい奇遇なことがいろいろあった。

先ず、帰省する日の朝妹より連絡が入り、伯母の死に立ち会えたこと。

それに帰省の2日前、松山に住む女性のTさんからメールをいただき、会えたこと。

Tさんから連絡があったのは、ほぼ4年振り。

Tさんのことは、去年6月19日のブログ”定年バンザイから3年目”に書いた。

ブログを引用すると、

  『松山のTさんから退職直前にセミナーの講師を頼まれ、12日に1泊とまりで

  松山に出張した。Tさんは地元で障害者や高齢者など情報弱者にITを広める

  活動をされていて大変アクティブな女性である。

  松山に行ったとき18日が最後の勤務の日であることをTさんに話した。

  退職の日、終業後みんなが集まってくれて挨拶し花束をもらった。

  ここで思わぬハプニング。松山のTさんから35本のバラの花束が届き、大感激。

  真っ赤なたくさんのバラを贈ってくださってボクだけでなく会社の女性たちも

  みんなビックリした』

退職してからお互いに連絡することはまったくなかったTさんから帰省する2日前に

メールが届いたのである。

メールに書かれていた用件は、ずっと続けている障害者や高齢者にITを広める

活動に関連した調査のモニターになって欲しいとのことだった。

『偶然にも、土曜日に松山に行くのでそのときお会いしましょう』と返信した。

3つ目の奇遇、これにも大変驚いた。

土曜日の朝、妹が最寄りの駅   Rimg0122_2

まで送ってくれた。

岡山から高松に行く宇野線の

小さな早島という駅まで車で

連れて行ってくれた。

早島で普通電車に乗り、児島

という駅で松山に行く特急電車に

乗り換えた。

電車に乗り車内を歩いていたら、後ろから肩をたたかれ名前を呼ばれた。

振り向くとびっくり、大学の1年先輩で同じ寮にいて、先日ブログにも書いた信州へ

一緒に旅行した13人の中のひとりのTさんだった。

Tさんは岡山から電車に乗っていて、児島駅のベンチのホームに座り電車を待って

いたボクを電車の中から見つけてくれたのだ。

長くなるので、この先は”倉敷から松山へ(2)”で。

2008年4月 9日 (水)

個展『千の時を紡ぐ』

3月24日のブログで『生命(いのち)のメッセージ展』と主宰者の鈴木共子さんの

ことを書いた。

鈴木さんから個展千の時を紡ぐ』の080408_1622001

ご案内をいただき、昨日京橋の画廊に    

行ってきた。

造形作家である鈴木さんの今回の

個展のテーマは『断ち切られたいのち

たちに新たないのちを息づかせる』

ギャラリーの壁3面に短針と長針を

外した秒針だけの、ひとつひとつが

形も色も違う時計280個が展示してあった。

静かな中、280個の時計の秒針の刻む音は圧巻。

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鈴木さんのかねてからの夢である”生命のメッセージ展ミュージアム”が廃校になった

学校を提供してもらって実現するかもしれないそうで、鈴木さんは喜々として話して

くださった。ぜひとも実現して欲しい。

ギャラリーのあと、町田へ行きNPOアクティブSITAの定例会に参加した。

会員34名中、昨夜は21名が参加。

冒頭、町田の高校からNPOを勉強するため、アクティブSITAのホームページを

使わせて欲しいとのうれしい申し入れがあったと報告された。

理事会報告、ワーキンググループ活動報告の後、今後の勉強会のあり方、進め方に

ついて、先日メーリンングリストで行ったアンケートをもとに議論が行われた。

そのあと行われた昨夜の勉強会のテーマは『Dドライブの活用でパソコンを身軽に』

大変興味のあるテーマだった。

聞いた話を我が家のパソコン、それにイライラするくらい遅い娘のパソコンに是非

活かしたい。

2008年3月24日 (月)

生命のメッセージ展

生命のメッセージ展』および主宰されている鈴木共子さんのことは、これまでに

何度かブログに書いた。

  『生命のメッセージ展』は、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に命を

  絶たれた人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを

  訴えることを趣旨に、全国各地で行われている活動である。 

  2001年にこの活動をはじめたのは、座間市在住の造形作家の鈴木共子

  さん鈴木さんは、2000年4月、母ひとり子ひとりの中で育てられた最愛の

  息子零くんを交通事故で亡くされた。

  無免許・無車検・スピード違反の酔っ払い運転の加害者が起こした極めて

  悪質な事故であった。

  零くんは1年浪人し早稲田大学に入学した。初めての授業を翌日に控えた

  友人と2人で歩道を歩いていたところへ飲酒運転の車が突っ込んできた大変

  痛ましい事故だった。

  悲しみのどん底の中、鈴木さんは立ち上がり、交通事故や犯罪等により

  理不尽・不条理に命を絶たれた全国の被害者に呼びかけ、2001年に

  『生命のメッセージ展』は始まった。

  また鈴木さんは猛勉強され、息子零くんが入学したものの通うことが

  できなかった早稲田大学を受験し、3回目の挑戦で見事合格。

  昨年春卒業された。

このような鈴木さんをモデルに、早稲田大学創立125周年記念の一環で、昨年

0(ゼロ)からの風という映画が作られ、いま全国で巡回上映されている。

鈴木さんとは、零くんの事故直後に知り合い、以来お付き合いを続けている。

一昨日から川口市でちょうど50回目となる『生命のメッセージ展』が開かれており、

昨日お邪魔した。

このことも何度かブログに書いたが、一昨年9月、川口市で無謀極まりない運転に

巻き込まれ4人の保育園児が亡くなるという大変痛ましい事故があった。

この事故を機に、自動車運転過失致死傷罪が新たに刑法で定められた。

当事故の遺族のおひとりである福地禎明さんとも、一昨年12月署名活動をご支援

して以来、お付き合いを続けている。

今回の『生命のメッセージ展』が川口で開催されるということで、福地さんに声をかけ

昨日、会場でお会いした。Inochi1_2

メインの展示は、亡くなった人ひとり     

ひとりの等身大の人型と彼らの遺品で

あり、彼らの足跡=生きた証である

象徴の『靴』が展示されている。

人型にはひとりひとりの素顔や

メッセージが書かれている。

メインの展示に加え、前回のメッセージ展から、鈴木さんは新しい試みを

はじめられた。それは『小さな祈り手』というワークショップ。

来場者が、粘土で右下のような祈りを捧げている小さな人形を作り、

作った人の願いを『小さな祈り手』に託すという趣向である。

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ボクも作らせてもらった。ボクの作った『小さな祈り手』は鈴木さんが焼いて

くださって、次の『生命のメッセージ展』の会場に運ばれ、誰かに願いが

託される。同時に、『生命のメッセージ展』の前の会場から運ばれてきた

『小さな祈り手』の中から気に入った人形を引き取って、どこか思い出ある

場所に置いてくる。同時にその写真を鈴木さんに送るという趣旨の企画。

鈴木さんの夢は、願いを託した『小さな祈り手』が全国のあちこちに置かれ、

ひとつひとつの願いがそれぞれの場所で叶っていくことである。

メインの展示、それに新しく始まった『小さな祈り手』、いずれも本当に

すばらしい。

鈴木さんから何度も聞いたことがある。『生命のメッセージ展は母性なんです』と。

2007年7月22日 (日)

生命(いのち)のメッセージ展(1)

生命のメッセージ展および主宰されている鈴木共子さんのことは、これまでに

何度かブログに書いた。

  『生命のメッセージ展』は、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に命を

  絶たれた人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを

  訴えることを趣旨に、全国各地で行われている活動である。 

  2001年にこの活動をはじめたのは、座間市在住の造形作家の鈴木共子

  さん鈴木さんは、2000年4月、母ひとり子ひとりの中で育てられた最愛の

  息子零くんを交通事故で亡くされた。

  無免許・無車検・スピード違反の酔っ払い運転の加害者が起こした極めて

  悪質な事故であった。

  零くんは1年浪人し早稲田大学に入学した。初めての授業を翌日に控えた

  友人と2人で歩道を歩いていたところへ飲酒運転の車が突っ込んできた大変

  痛ましい事故だった。

  悲しみのどん底の中、鈴木さんは立ち上がり、交通事故や犯罪等により

  理不尽・不条理に命を絶たれた全国の被害者に呼びかけ、2001年に

  『生命のメッセージ展』は始まった。

  また鈴木さんは猛勉強され、息子零くんが入学したものの通うことが

  できなかった早稲田大学を受験し、3回目の挑戦で見事合格。

  今年の春卒業された。

このような鈴木さんをモデルに0(ゼロ)からの風』という映画がつくられ現在全国で

巡回上映されている。

今年は早稲田大学創立125周年記念の年で、『0(ゼロ)からの風』はそれを記念し

トヨタ自動車はじめたくさんの企業が支援し製作された。

これまでに『生命のメッセージ展』は全国40ヶ所以上で開催された。

小泉首相時代に国会および議員会館で2度開催されたこともある。

昨日その『生命のメッセージ展』が丸の内のオフィス街で開催された。

『生命のメッセージ展』の活動の趣旨に賛同し、『0(ゼロ)からの風』製作上映に

協賛した明治安田生命が場所を2日間提供し、全面的に開催に協力。

こうして、『生命のメッセージ展』が日本のビジネスの中心地である丸の内で開催

されることとなった。

鈴木さんが01年にこの活動をはじめる前、企画を見せられ個人的に相談を受けた。

6年間でこんなすばらしいすごい活動に発展し、ただただ感無量である。

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          ~以下、生命のメッセージ展(2)へ続く~     

2007年3月23日 (金)

生命(いのち)のメッセージ展

生命のメッセージ展および主宰されている鈴木共子さんのことは、これまでに

何度かブログに書いた。

一番最近では12月11日のブログに、『生命のメッセージ展』の紹介とともに

『生命のメッセージ展』が早稲田大学で開催され、鈴木さんをモデルにした映画

『0(ゼロ)からの風』が制作中であることを書いた。

  『生命のメッセージ展』は、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に命を

  絶たれた人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを

  訴えることを趣旨に、全国各地で行われている展示活動である。 

  2001年にこの活動をはじめたのは、座間市在住の造形作家の鈴木共子

  さん鈴木さんは、2000年4月、母ひとり子ひとりの中で育てられた最愛の

  息子零くんを交通事故で亡くされた。

  無免許・無車検・スピード違反で酔っ払い運転の加害者が起こした極めて

  悪質な事故であった。

  零くんは1年浪人し早稲田大学に入学した。初めての授業を翌日に控えた

  友人と2人で歩道を歩いていたところへ飲酒運転の車が突っ込んできた大変

  痛ましい事故だった。

  悲しみのどん底の中、鈴木さんは立ち上がり、交通事故や犯罪等により

  理不尽・不条理に命を絶たれた全国の被害者に呼びかけ、2001年に

  『生命のメッセージ展』は始まった。

いよいよ映画0(ゼロ)からの風が完成し、昨夜試写会があった。鈴木さんから

招待していただき、カミサンと友だちの女性のNさんの3人で早稲田大に観に行った。

今年は早稲田大学創立125周年記念の年で、『0(ゼロ)からの風』はその記念に

たくさんの企業が支援し制作された。

試写会の模様は今朝のNHKテレビでも放映されていた。

昨夕は17時開場、17時半塩屋監督・出演者と鈴木共子さんの舞台挨拶、18時

上映開始。

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鈴木さん役の田中好子さんは大変熱演で好演であった。鈴木共子さんの雰囲気が

とてもよく出ていた。映画は鈴木さんがモデルとは言えフィクションである。

ボクが鈴木さんと知り合ったのは零くんの事故の1ヵ月後。それからずっと節々の

鈴木さんを見てきた。

事故の翌年にはじめられた『生命のメッセージ展』、刑法改正のための署名活動、

危険運転致死傷罪の立法化、早稲田大学受験の決意、3度目の挑戦でみごと合格、

早稲田大・国会ほか全国で『生命のメッセージ展』の開催、『0(ゼロ)からの風』、

早稲田大卒業・・・

零くんの遺した参考書を使い、零くんが付けたマーク箇所を中心に勉強した英語が

鈴木さんにとってどれほど大変だったかは、鈴木さんから何度も電話で聞いた。

数日前、鈴木さんからメールが届いた。

『今日私はマスコミ向けの試写会で初めて映画を観ます。不安と期待です。

25日が卒業式です。卒業式前夜祭で「稲魂賞」なるものの受賞式があるそうです』

返事のメールを送った。

『ご卒業おめでとうございます。心よりおよろこびを申し上げます。零くんの事故から

7年。共子さん、あなたがあれからここまでたどりついたことに対し言葉では到底

言い表せない感動と感激を他人のボクですらおぼえるのですから・・・

試写会でお会いできること、楽しみにしています』

『0(ゼロ)からの風』は5月12日の早稲田松竹での上映を皮切りに、全国の公共

施設などで上映される予定。

飲酒・悪質運転が大きな社会問題になっている昨今、近くで上映される折にはご覧に

なってはいかがでしょうか。

2006年11月24日 (金)

生命のメッセージ展

9月16日のブログで、『生命(いのち)のメッセージ展』について以下の主旨のことを

書いた。

  『生命のメッセージ展』は、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に命を

  絶たれた人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを

  訴えることを趣旨に、全国各地で展示活動が行われている。 

  2001年にこの活動をはじめたのは、座間市在住の造形作家の鈴木共子さん

  である。鈴木さんは、2000年4月、母ひとり子ひとりの中で育てられた最愛の

  息子零くんを交通事故で亡くされた。

  無免許・無車検・スピード違反の酔っ払い運転の加害者が起こした極めて

  悪質な事故であった。

  零くんは1年浪人し、みごと早稲田大学に入学した。初めての授業を翌日に

  控えた日、友人と2人で歩道を歩いていたところへ飲酒運転の車が

  突っ込んできた痛ましい事故だった。

  悲しみのどん底の中、鈴木さんは立ち上がり、交通事故や犯罪等により

  理不尽・不条理に命を絶たれた全国の被害者に呼びかけ、2001年に

  『生命のメッセージ展』スタートした。

鈴木さんから昨夜電話をいただいた。

鈴木さんと知り合ったのは、息子さんの零君を事故で亡くされた直後の2000年だから

もう6年のお付き合いになる。

最近の『生命のメッセージ展』の活動、鈴木さんをモデルに作られた映画

『0(ゼロ)からの風』ほか、1時間近く話した。

10月中ころ撮影が開始された『0(ゼロ)からの風』は、3週間で撮り上がったそうで

ある。女優田中好子さんが鈴木さん役を演じ、関西を中心に撮影は行われたとのこと。

映画は早稲田大学創立125周年記念事業の一環として、トヨタ自動車、本田技研工業、

KDDI、富士通、東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険、松下電器産業等が

サポーターになり作られた。

来年3月の早稲田大学での試写会を皮切りに、5月から2年間かけて全国の施設で

上映が予定されている。『ゼロからの風』の紹介はこちら

鈴木さんは『卒論も出し何とか卒業できそうです。卒業後はアート・造形活動を続けて

いくつもりです。今回の映画つくりに立会い、ものづくりのすばらしさを見て、ものづくりも

やりたいと思うようになりました。映画の最後では、私の夢である”生命のメッセージ展

ミュージアム”が完成します。夢が実現すればいいなあと思ってます』

『メッセージ展は犯罪被害者のグリーフワーク(Grief work)としてずっと続けていきたい

と思います。来週28日から平塚で、12月5日から早稲田で、それぞれ6日間開催します

ので、またお出でください』

今まさに、飲酒運転による交通事故が大きな社会問題となっている。

一度、『生命のメッセージ展』にお出かけになってみては。

2006年9月16日 (土)

『生命のメッセージ展』

生命(いのち)のメッセージ展については、ブログで何度か書いた。

『生命のメッセージ展』は、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に命を絶たれた

人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを訴えることを趣旨に、

全国各地で展示活動が行われている。 

2001年にこの活動をはじめたのは、座間市在住の造形作家の鈴木 共子さんである。

鈴木さんは、2000年4月、母ひとり子ひとりの中で育てられた最愛の息子零くんを

交通事故で亡くされた。

無免許・無車検・速度超過の酔っ払い運転の加害者が起こした極めて悪質な事故で

あった。

零くんは1年浪人し、みごと早稲田大学に入学した。初めての授業を翌日に控えた日、

友人と2人で歩道を歩いていたところへ飲酒運転者が突っ込んできた痛ましい事故

だった。

悲しみのどん底の中、鈴木さんは立ち上がり、交通事故や犯罪等により理不尽・

不条理に命を絶たれた全国の被害者に呼びかけ『生命のメッセージ展』は

スタートした。

活動の趣旨に賛同し、ともに活動に参加する人たちの輪が全国にどんどん広がり、

今回が37回目の開催となった。

37回のうち、国会で2回、早稲田大学で2回開催された。

早稲田大学で開催されたには訳があった。

零くんが亡くなったあと、鈴木さんは零くんのために何かできないだろうかとの思いで、

零くんが頑張って入学した早稲田大学を受験することを決意された。

鈴木さんは猛勉強し、3回目の挑戦で3年前見事に早稲田大学に合格した。

鈴木さんの受験勉強、特に英語がいかに大変だったかは、当時時々電話をいただき、

お話しを聞いていたのでよく知っている。

このような経緯から、学生たちの全面的な協力のもと、親子で縁のある早稲田大学で

『生命のメッセージ展』が開催された。

3日前の朝日新聞夕刊で、鈴木さんのこと、それに『生命のメッセージ展』のことが

大きく取り上げられていた。

記事の中で、以前より鈴木さんから聞いていた鈴木さんをモデルにした映画

『ゼロからの風』の撮影がいよいよ来月からはじまると書いてあった。

鈴木さんが大学を卒業する来年の3月に封切られ、早稲田大での上映を皮切りに

2年かけて、全国各地の市民ホールや公民館を巡回する。

きっと全国のたくさんの人たちに鈴木さんの想い・メッセージが伝わることと思う。

鈴木さんからお誘いを受け、昨日稲城市で開催されている37回目の

『生命のメッセージ展』を見に行ってきた。(文末に新聞記事掲載)

終わって、鈴木さんと早稲田大学の          Syokuji_2

学生で鈴木さんを全面的に支援

している三幡君の3人で食事をした。 

いろいろな話題で盛り上がり、

5時間近く話した。

   

   

      犯罪や事故被害者の叫び  稲城で生命のメッセージ展

ある日突然、犯罪や事故などで生命を奪われた人たちが生きた証しを伝えようという

「生命(いのち)のメッセージ展inいなぎ2006」が15日、稲城市向陽台の城山体験

学習館で始まった。

2001年から全国各地で開催され、今回が37か所目だが、都内で広く一般に公開

されるのは初めてだという。

館内には被害者の等身大の人型パネルと遺品の靴や帽子などが展示されており、

その数は「119命(めい)」に上る。また、飲酒による死亡ひき逃げ事件、リンチ殺人

などによる犠牲者の遺族らが書き込んだメッセージの展示なども。

初日のこの日、会場を訪れた地元の小学生らは熱心にメモを取り、大型トラックに

はねられて死亡した同じ世代の子供に思いをはせていた。会場を訪れた府中市の

主婦(40)は「展示されている履物がとても生々しい。一瞬で家族の命を奪われる

悲しみが伝わってくる。他人事ではない気がした」と話していた。

遺族の埼玉県坂戸市森戸、イラストレーター正林俊幸さん(57)は「5年前に19歳の

娘の命を奪われ、飲酒運転の怖さを知らされた。本人もだが、周囲の人たちも

ドライバーに飲酒運転をしないよう注意してほしい」と語った。

17日まで。入場無料。問い合わせは実行委員会事務局((電)042・378・1707)へ

(2006年9月16日  読売新聞 多摩版)  
                                 

2006年4月 7日 (金)

ぶーふーうー展

12月7日のブログで、『生命(いのち)のメッセージ展』のこと、それを主宰されている

鈴木共子さんのことを紹介した。(※鈴木共子さんのことは、新聞・テレビが何度も取り

上げているため、実名をあげて書かせていただく)

3週間くらい前に鈴木さんから『今年も子供たちの展覧会”ぶーふーうー展”を行います。

お時間があれば、会場に来て、子供たちのエネルギーを浴びて若返って下さい』との

お手紙をいただいた。

久しぶりに鈴木さんに会って色々お話が聞けることを楽しみに、昨日午後、展覧会が

開催されている座間市民会館に行った

鈴木さんは、2000年4月、母ひとり子ひとりの中育てられた最愛の息子零くんを

交通事故で亡くされた。

無免許・無車検の酔っ払い運転の加害者が起こした極めて悪質な事故であった。

零くんは1年浪人し、みごと早稲田大学に入学した。その直後の痛ましい事故だった。

悲しみのどん底の中、鈴木さんは立ち上がり、交通事故や犯罪により理不尽・不条理に

命を絶たれた全国の被害者に呼びかけ、2001年、『生命(いのち)のメッセージ』を

はじめられた。

活動の趣旨に賛同し、活動にともに参加する人たちの輪が全国にどんどん広がり、

『生命(いのち)のメッセージ展』は、2001年3月に第1回が開催されて以来、これまでに

全国34地区で開催された。

5月16~18日には、35回目が国会(衆議院議員会館)で開催される予定である。

昨年12月には早稲田大学で行われた。

早稲田大学で開催されたには訳があった。

零くんが亡くなったあと、鈴木さんは零くんのためにできることを何かやりたいとの思いで

零くんが頑張って入学した早稲田大学を受験することを決意された。

鈴木さんは猛勉強し、3度目の挑戦で、3年前見事に早稲田大学に合格された。

学生たちの全面的な協力のもと、親子で縁のある早稲田大学で『生命のメッセージ展』が

開催された。

鈴木共子さんはもともと造形作家である。

子供たちに造形美術を教えていて、『ぶーふーうー展』は子供たちの作品発表会である。

こういうことをやらせば子供の創造力は育つだろうなあ、と思わせる作品がたくさん展示

されていた。

体を4つのパートに分けて子供たちがダンボール紙に絵を描いて、それらをバラバラに

組み合わせる展示があった。

鈴木さんから『どれか選んでください。一緒に写真撮りましょうよ』と言われ、撮った写真が

右の写真である。

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終わったあと、会場に来ていたもうひとりの知り合い女性を入れて3人で食事に行った。

いろんな話題が出た中、鈴木さんから、『来年は早稲田大学創立125周年で、その記念

事業のひとつとして、大企業数社協力のもと、”生命のメッセージ展”をテーマにした

映画つくりの話が進んでいます。シナリオができ、主人・息子・私の配役も決まり、

来年3月上映の予定で撮影が開始されました』というすばらしい話を聞いた。

『息子の事故後、絶望のどん底の日々でした。生命のメッセージ展をはじめたこと、

造形美術を子供たちに教える仕事を続けてきたこと、それに何と言っても、息子が

目指して合格した大学に入れたこと、この3つで生かされているって感じです』と、

鈴木さんは何度も話されていた。

零君を亡くされてちょうど6年。

絶望のどん底から立ち上がり、ここまで想いを遂げてこられた共子さんには、

会うたびに、人間としてのすばらしさと、すごさ、それに感動を与えてもらっている。

2005年12月 7日 (水)

生命(いのち)のメッセージ展

10月の高崎に続いて開催された「生命のメッセージ展」を再度見に行った。

「生命のメッセージ展」は、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に命を絶たれた

人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを訴えることを趣旨に、

全国各地で展示活動が行われている。 http://www.inochi-message.com/

活動は2001年にはじまり、今回は、学生が中心に企画・運営され、早稲大学で開催

されている。31ヶ所目の開催である。

プログラムには、以下のように書かれている。

”学生たちのいろんな『WANT』がメッセージ展を創り上げる原動力になりました。

なくしたい。なくしたくない…。知りたい。感じたい。見つめ直したい。

乗り越えたい。つながりたい。忘れたくない。・・・伝えたい。   

スタッフひとりひとりがそれぞれの『想い』を抱え、心を震わせながら、

『生命』や『生きること』と向き合っています”

亡くなった方へのご家族の想いを読み、写真を見て、毎回涙する。

何故、今回早稲田大学で開催されているのか。

2001年にこの活動をはじめられたのは、座間市の鈴木共子さんという方である。

鈴木さんは、2000年4月、母ひとり子ひとりの中で育てられた最愛の息子零くんを

交通事故で亡くされた。

無免許・無車検の酔っ払い運転の加害者が起こした極めて悪質な事故であった。

零くんは1年浪人し、みごと早稲田大学に入学した。その直後の痛ましい事故だった。

悲しみのどん底の中、鈴木さんは立ち上がり、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に

命を絶たれた全国の被害者に呼びかけ、2001年、「生命のメッセージ展」を始められた。

活動の趣旨に賛同し、ともに活動に参加する人たちの輪が全国にどんどん広がり、

31回目の今回、早稲田大学での開催となった。

早稲田大学での開催は、零くんの在籍していた大学だからの理由だけではない。

実は、零くんが亡くなったあと、鈴木さんは零くんのために何かできないだろうかとの

思いで、零くんが頑張って入学した早稲田大学を受験することを決意された。

鈴木さんの受験勉強、特に英語がいかに大変だったかは、当時時々電話をいただき、

お話しを聞いていたのでよく知っている。

鈴木さんは猛勉強され、3年前見事に早稲田大学に合格された。

大学生になってからも、鈴木さんから、充実した大学生活のお話を聞く機会が時々あった。

そして今回、早稲田大学学生会館の広い会場での「生命のメッセージ展」の開催となった。

久しぶりに鈴木さんとじっくりお話しができた。

鈴木さんは興奮しながら、「聞いてください。実は、スゴイ話があるんですよ!」と言い

ながら話してくださったことがある。

それは、来年は早稲田大学創立125周年だそうで、その記念事業のひとつとして、

大企業数社協力のもと、「生命のメッセージ展」をテーマとした映画つくりの話が

進みつつあるとのことである。kyoukosan

零くんの事故から5年半。

その間、お付き合いさせていただきながら見てきた

鈴木さんの様子を知っている者のひとりとして、自分の

ことのようにうれしくなった。

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