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2021年3月

2021年3月30日 (火)

娘宅へ ④

妹孫と散歩。

となりの小さな公園からはじまり、道すがら、満開の桜を愛でながら。

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駅近くまで歩き「どこで食べようか?」

孫が「あの店にしよう」と言い、連れて行ってくれたのは中華の店。

その手前で「ママ、ここのヨガの教室に通ってる」

妹孫は、マーボどうふ、ボクはレバニラ。

どちらも美味しかった。

そのあと、ふたりで本屋へ。

孫が買った本は「あの花が咲く丘で君とまた出会えたら」

ボクはNHKラジオビジネス英語4月号。

帰って気が付いた。

4月号のテキストは既に買っていて、予習するために持ってきていた。

550円がムダになった。

珍しくない、最近この類の話。

娘に「聴かない?」と言ったが「興味ない」

3泊させてもらった娘宅、昨日昼前帰ってきた。

毎週月・金曜日午後通っている近所の施設へ運動に行くため。

「帰りにちょっとお母さんの病院に寄る」と娘に言ったら

「コロナで見舞いはできないんじゃないの」

そうだった、たしか。

だけど、ちょっとの時間だと、談話室で会えるのでは。

電話して、聞いてみよう。

帰り際、娘が「パパが出張のとき、入院中、もう一度来たら」と言ってくれ

お言葉に甘えようかと思っている。

2021年3月27日 (土)

娘宅へ ③

孫たちは学校の行事や塾で多忙。

娘もばたばた。

ヒマなのはジイジだけ。

そんな中、今朝、娘が近くの散歩に付き合ってくれた。

ひとりで出したら、帰れなくなるのでないかと心配して。

家のそばの小さな公園の桜、今まさに満開。

あちこちで、満開の桜を満喫。

日本の春、サイコー!

思わず、あと何年、桜を愛でることができるかと思いながら堪能した。

5時過ぎた。

目の前で妹孫が「塾、急がないと!」「今日のお肉、美味しい!」

と言いながら、夕飯食べて、慌てて出ていった。

我が家には縁のない、分刻みスケジュール。

娘宅へ ②

ぐっすり寝て、起きて、娘の用意してくれた朝食を食べたあと、2人は外出。

姉孫はパパと沖縄へ行っていて、妹孫は部活で出て行き、娘は「ちゃんとカギかけてね」

と言い、ヨガへ出かけ、ボクひとりになった。

家のそばには、先日娘が横須賀の我が家から持ってきたパッソが停まっている。

おとなりの桜はまさに満開。

反対側のお隣は、会社時代お世話になった上司のNさんのお宅。

Nさんは数年前に亡くなられ、赤坂見附だったか、立派な斎場で葬儀が執り行われ

参列したのを思い出す。

勤めていた富士通では、メディアでも取り上げられたことがある結構厳しい課長になるための

試験が当時あった。

ボクの試験指導者は部長のNさんだった。

娘とNさんの奥さんとの会話の中で、ボクが富士通にいたことが判明するとともに、Nさんの

部下であったことが判明。

1千万人住む東京で、こんな結びつきがあるとは、極めて奇遇で奇縁。

家の中には、トイレはじめ、あちこちに掲示が。

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娘が帰ってきた。

「お昼、どこかに食べに行こうか?」と言ったが「ユナ(妹孫)が帰ってきたら家で食べる」

2021年3月26日 (金)

娘宅へ ①

カミさんが入院し、しばらくは独り暮らしのボクを気にして、

東京大田区に住む娘が「来たら」と声をかけてくれ、午後、娘宅へ。

自宅を貸しているため、借りている家を初めて訪ね、3日泊めてもらう予定。

ダンナと姉孫は沖縄へ旅行中。

中1の妹孫とワイワイ言いながら夕食。

孫が近況をいろいろ話してくれた。

妹孫はチアリーディングの部活で1年生ながらいろいろ活動しているようだ。

何枚かケータイでパチリ。

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部屋がひとつもらえた。

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2021年3月25日 (木)

カミさん 入院

今朝、入院するカミさんを病院に連れて行った。

去年の6月に入院したと同じ横須賀共済病院。

病院の前の桜 満開

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診断を受け、20日間の入院と言われていて、ふたりとも平常心で入院手続き。

看護師さんから「コロナ禍なので、見舞いはお控えください。連絡は電話かメールで」

仕方ない。やりとりは娘と3人のメッセンジャーでやるしかない。20日間は長いが。

数日間は東京の娘宅で世話になろう。

所詮、食事は作らないとダメなので、カミさんと話し、数日間はしばらく行っていない

熱海に行ってこよう。

3週間はきっとあっという間に経ちそうだ。

帰りに、食材を仕入れてきた。

高校野球も文句を言われることなく観れそうだし、マイペースで過ごそう。

2021年3月22日 (月)

NHKラジオ英語講座、恩師 別れの春

掲題は4日前の朝日新聞夕刊1面のトップ記事。

「ラジオの中の恩師 別れの春」

記事には、34年間にわたって続いてきたNHKのラジオ講座

「実践ビジネス英語」が3月27日の放送を最後に終了することが書かれている。

併せて、「国際ビジネスの実用英語が学べる先駆的な番組として1987年に始まり、

幅広い年齢のリスナーから愛されてきた。この講座で英語を身につけた人は数知れず、

番組の終了を惜しむ声が上がっている」と書かれている。

ボクも番組の終了を惜しむひとりである。

定年して間もなく当講座を知り、62歳から15年間聴いてきた。

水~金曜日、朝9時15分から15分間、再放送が午後12時40分と夜11時20分。

それに土曜日まとめて3回分朝11時から45分あり、スマフォのタイマーをセットし

極力毎回繰り返し聴いてきた。

放送は毎回「杉田 敏(さとし)です。実践ビジネス英語の時間がやってきました」で始まる。

新聞記事で、杉田 敏さんは、ボクと同じ歳、77歳と紹介されている。

引退を決められたのは、止む得ない。

心から申し上げたい「長い間お疲れさまでした。本当にありがとうございました」

記事には、愛聴者であったノーベル賞受賞者の山中伸弥さんやキャスターの有働由美子さん

との交流も生まれたと紹介されていた。

最近、杉田さんには山中さんからこんなメッセージが届いたそうだ。

「帰国後も英語の勉強を継続し、実践ビジネス英語はジョギングの友となりました。

英語に加えて、社会や文化の最新動向を学ぶ貴重な機会でした。番組の終了は本当に

寂しいです」

記事には、

「30年以上にわたり1人の講師が同じ語学番組を担当したのは96年間のNHK史上でも

他にないことだ」

後続番組の紹介が書かれていない。残念である。

記事の文末に「杉田さんはこの3月、”杉田 敏の現代ビジネス英語”(NHK出版)を出した」

と紹介されている。買ってこよう。

部屋にはこれまで聴いてきたテキストが箱いっぱい、つまっている。

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一時期、英検準一級を受験する折りに勉強するため、アンダーラインを引いた部分を

書き出し、ノートを作っていたが頓挫している。最後までやろう。

息子の使っていた部屋で勉強を再開し、今年の英検準一級3度目の挑戦に備えよう。

最後にもう一度、「杉田 敏先生、長い間お疲れ様でした。心よりお礼を申し上げます」

2021年3月21日 (日)

娘、妹孫連れて再訪

25日のカミさんの入院を前に、昨日、娘が東京から妹孫を連れて、来てくれた。

お昼を食べるところ、ドライブして行くところ、すべて娘が決めていて、娘の運転する

車に乗り出発。

天気が良く、ラッキー。

出発前に、庭でパチリ。

中1の妹孫ユナ、背がカミさんと変わらなくなってきている。

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先ず、行き先は娘がネットで予約していた葉山のイタリアンの店へ。

出されたもの、すべて美味しく、満足。

デザート、ユナ「これ、クレームカタラーナ。世界で一番好きなお菓子。

お母さんがつくってくれた」と。写真、撮り忘れた。

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 食事のあと、葉山の海沿いを歩き、横須賀に戻り、久しぶりにソレイユの丘へ。

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いつものことだが、手入れが行き届いているお花がきれい。

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スケーターを借りて、ユナ、広い円周を3回りしていた。

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そのあと、以前来たときボクもやったことがある、お尻の下にプラスティック板を敷いて

坂を滑り降りる滑走、となりで滑ってた女の子と競い合って、ユナと一緒に3回滑った。

登って、滑って、これが結構効いたのか、昨夜は爆睡した。

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そのあとユナ「これやりたい!」

ボクもやりたかったが、これは子供だけ。

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「楽しかったーー。また来たい!!」

家に着いて「じゃ、車もらっていくよ」と言い、蒲田に乗って帰っていった。

パッソがなくなり、これからテニスへは電車とバスを乗り継ぎ、買い物は自転車で西友、問題ない。

明後日、火曜日には、姉孫の高校吹奏楽部の演奏会でまた会える。

で、そのあと、木曜日から3週間、カミさん入院。

娘が「うちにお出で」と言ってくれているので、3日間お世話になれるようで、何とか乗り切れそう。

2021年3月19日 (金)

昨日のこと

前にも書いた。

運転免許証を返納したので、駐車場に車はあっても置いたまま。

バッテリーが上がらないよう、ときどきエンジンをかけている。

昨日は木曜日、週1回に減らしたテニスに行く日。

コートまでは車で行けば20分足らず。

無免許では運転できないので、電車とバスを乗り継いで、コートへ。

おまけに、バスを降りたあと、コートまでは歩いて20分。

結局、家を出て、コートに着くまで1時間以上かかった。

歩いて行くとき思った「えっ、このルートまた帰るの!」

コートには10人足らずが来ていた。

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しばらく打って、ゲームを2つやって、帰る者がいないかなと思ったが

誰も帰りそうにない。

帰りも20分歩き、バスと電車に乗り「1週間2回はムリだ。木曜日だけにしよう。

あとは今月から2回行くことになった近くの施設での運動に月・金行けばいい」

と思いながら帰ってきた。

帰ってみると、東京から娘が来ていた。

25日からカミさんが3週間入院するため、その前にと。

「お弁当とデザート、買ってきたから食べよう」

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話題の大半は孫たちのこと。

日々の生活、学校、部活が中心。

「25日のお母さんの入院の前に、もう1度くる。ユナ(妹孫)連れてくるね。

その前、23日のミサキ(姉孫)の高校の吹奏楽の発表会。大井町だけど、来れる?」

「もちろん、行く!」

5時半ころまでいた娘を駅まで送った。

途中「ここと、ここでお弁当買えそうよ」と。

2021年3月14日 (日)

大震災から10年

連日テレビで放映している東日本大震災10年の記念番組を観ている。

思い出すのは、震災4か月後、息子の親友だったM君から、陸前高田にボランティアで

入っていると聞き、彼に頼んで、何かお役に立てることがあればとの思いで、

4日間であったが、陸前高田に行ったことを思い出す。

たしかブログに書いたのではと思いブログを検索したら、5回書いたブログが出てきた。

昨夜、何食べたか思い出せない昨今、あの4日間のことは鮮明に思い出せ、

終生忘れることはない。

2021年3月11日 (木)

10年前、一度休止したブログ

3月11日。

2011年、3月11日、あの大震災から今日で10年。

2004年の定年後はじめたブログ、一度2ヵ月くらい止めたことがあった。

それは東日本大震災が起きたあと。

2011年3月12日「我が家の地震状況」を書いた翌日「大激震(その2」から

「大激震(その10)」まで連日ブログを書いている。

当時「定年バンザイ」のタイトルで書いていたブログ、あまりにも不謹慎な

タイトルであったため、2011年3月19日「しばらくブログ休刊します」と書いて休刊した。

その後、気持ちが落ち着いたのであろう、再開したのは2011年6月6日。

再開したとの記事に対し、多くの方から再開を喜ぶコメントをいただき、うれしかった。

東日本大震災の関連では、震災の4か月後、被災地 陸前高田に3泊4日で

ボランティアに行ったことがある。

短い期間であったが、忘れられない思い出になっている。

たくさんの思いがある東日本大震災、311は生涯、決して忘れることはない。

2021年3月10日 (水)

今日も歩いたぁ

何と2万1千歩を超えた。

朝、カミさん「確定申告の申告書をもらいに税務署に行ってくる」と言い

10時ころ出かけた。

「あとで税務署行くよ」

初めての税務署、大丈夫かなと気になり、30分後、歩いて税務署に向かった。

結構、距離があり、好天気の中、ラジオを聴きながら。

毎年待たされる、この時期の税務署。

先に着いたカミさんが番号札をもらい、1階のロビーに降りてきた。

確定申告は毎年待たされるが、税務署はそれを見越し、かなり処理が

スムースに行えるように手順と流れを変えていた。

処理はパソコンで行えるようになっていて、不明なときはパソコン操作を

近くにいる職員が助けてくれ、裁きと流れが格段に改善されていた。

難しいことじゃない、もっと早く、こうすればよかったのに、と思った。

毎年この時期憂鬱だった確定申告がグッと楽になった。

我が家の申告は年金、医療費ほか申告費目は少なく、10分くらいで終了。

2年前までは定年後やっていたパソコン教室事業の対応費目があり、毎年知り合いの

税理士の助けを借りてやっていたが、今はそれもなくなり、定年退職者の一般的な

パターンで極めて簡単に、しかもパソコンでできるようになった。

毎年、やらなきゃと苦になっていたこの時期の確定申告、税務署に行ってパソコンで

簡単にでき、格段に楽になり、憂鬱から解放された。

6万円くらい還付もありそうで、うれしい。

税務署が終わったら、ちょうどお昼どき。

カミさんの提案で「久しぶりにネパールの店に行かない」

で、15分くらい歩き、いつ以来かと思いながら店に。

この店は味がよく、何食べても安くて美味しい。

「孫たち来たら、ここにしよう」

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ぶらぶら、バス停まで歩いた。

バス停で5歳くらいの男の子がお母さんと一緒にバスを待っていて、おしゃべり。

一緒に乗り、降りるとき「バイバイ」

やりたかったことができ、ゆったりした気持ちで過ごした一日だった。

2021年3月 8日 (月)

月曜日、あらたな予定

午後、1時から4時まで近くの施設に運動に行ってきた。

これまで、週1、金曜日だけだったが、娘に「運転免許証を返納したので、月・木のテニスを

木曜日だけにし電車とバスを乗り継いで行くことにした」と話したら「じゃ、運動、週2回にしよう」

と言い、勝手に施設に電話し、月曜日を追加してくれた。

ガラリと日々の予定が変わり、頭に入らないため、月・金、運動、木、バスでテニスと書いたメモを

パソコンの机に貼った。

で、今日初めて月曜日の運動に行った。

運動に来るのは全員シニアの男女。

ひとつのテーブルに5人が座る。

初顔合わせの4人に「よろしくお願いします」と挨拶。

メニュー、進め方は、月金同じ。

自転車こぎ、となりでこいでいた女性が90歳と聞き、びっくり。

感嘆、こうありたいと。

部屋の中央には↓のような書が貼ってある。

通所していて、亡くなられた方が書かれた書とのこと。

めちゃめちゃ含蓄がある。

見るたびに思う「こうありたい」と。

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別の壁にはアメリカの地図が貼ってある。

見て、いつも思う。

「全州の場所と名前、覚えたい」

近くの本屋に行ってアメリカの1枚ものの地図を探したが、見つからず。

必ずある、手に入れよう。

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今日も心地良く疲れた。

夕飯食べて、風呂入り、早めに寝よう。

2021年3月 6日 (土)

毎日のルーティン

定年退職し16年。

あらためて、毎日なにやってるんだろうと考えてみた。

我が家は夫婦ふたり、ふたりのテリトリーは2階がカミサン、1階がボク。

2階にリビング、ダイニングがあり、食事、テレビを観るのは2階。

あとはふたり、したいことをしたいように、それぞれ別々にやっている。

朝はひとりで2階で食事。

カミさんは起きていないので、適当にひとりで。

彼女が何時に起きているのかは知らない。

食べたら、1階へ、元娘が使っていた自室に降りて、新聞、パソコン、ラジオを気ままに。

分担している家事は洗濯(洗濯機回して→干して→取り込んで→たたんで→ふたりの棚に)

それと、ときどき掃除機かけと前庭と中庭の掃除、風呂作り、郵便物の取り込みくらい。

週で考えると、ルーティンでやっていることは、月・木午前、テニス、金曜日午後

近くの施設で3時間運動、近所の散歩・墓参り、スーパーへ買出し、それに

NHKラジオ実践ビジネス英語、水・木・金の朝昼夜15分、再放送入れて一日3回、

それと1週間まとめた土曜日の再放送を45分間、スマフォのタイマーをセットして聴いている。

これだけ繰り返し聴いているので、自分で言うのはおかしいが、耳は慣れてきたし、語彙力は

アップした。

2度落ちた英検準1級に今年も再チャレンジするつもり。

77歳と73歳の老夫婦。

この先いつまで生があるのかと、最近は時々思う。

定年退職し今年で16年。来月になると78。

十分エンジョイした。

最近は、もういつ逝っても、悔いは残らないだろうと思うようになった。

まずい「毎日のルーティン」がこんな終わりになってしまって。

2021年3月 3日 (水)

ぶらぶら散歩

午後「散歩してくる」とカミさんに言ったら、すかさず「ドンキ(ホーテ)で

買ってきて」と、買い物メモを渡された。

庭に出たら隣の子が声をかけてきて、庭の花をくれて、しばらくおしゃべり。

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裏の海岸通りへ。

海鵜だと思うが、数ヵ所で群れをなしていた。

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遊歩道を端まで歩いて、ドンキへ。

その前に、となりのパチンコ屋へ。

パチンコは大学時代にさんざんやった。

パチンコ屋に入っても、今ではやろうという気にはならない。

スゴイ出していた人がいて、斜めうしろに座って、しばらく見ていた。

さあ、ドンキに行こうと。

ドンキではカミさんに頼まれていたものを買うため、勝手知ったるドンキの棚へ直行。

プラス部屋で食べるお菓子を調達。

帰り、ドンキの脇の信号を渡ったところで、久しぶりに小林さんのことを思い出した。

定年退職して5年くらい経った、ちょうど寒いこの時期だった。

買い物に行っていたカミさんからケータイに電話が入った。

「信号のある交差点のとこにすぐ来て。おじいさんが倒れているので熱いお茶を持って」

すぐ言われた場所に行った。

80歳過ぎの男性が歩道の石垣に座っていて、カミさんがそばにいて「救急車を呼んで!」

救急車が来る前、おじいさんが話してくれた。

住んでいるのは車で行っても20分以上かかるところ。

「近くのスーパーに買い物に来て動けなくなった。市営住宅に住んでいて、息子は静岡県に

世帯を持っている」

「救急車を呼びます」と言ったら「病院に行くとお金がかかるので、家に帰りたい」

と言われたが、このままではとても心配なので、救急車を呼んだ。

お礼を言われ「名前と住所と電話番号を書いてください」と言われ、紙に書いて渡した。

「何かあったら連絡ください」と救急車に乗り込むのを確認し、家に帰った。

後日、息子さんがお礼にと我が家に来られた。

「父は入院させました」と言われたので病院を教えてもらい、病院にお見舞いに行った。

このときがおじさんにお会いした最後となった。

しばらく経って息子さんから電話があった。

「いろいろお世話になりましたが、父は亡くなりました」との報せだった。

「お墓は横須賀でしょうか。お参りさせていただきたいのですが」

「横須賀の市営墓地です」

墓地のお墓の場所を聞いて、後日お参りさせていただいた。

ちょうど寒いこの時期だったので思い出して、ドンキから話が飛んでしまった。

2021年3月 1日 (月)

久しぶりに市議会傍聴

今日、3月定例横須賀市議会を傍聴してきた。

3月定例市議会は今日が5日目最終日。

市のホームページを見ると、今日応援している議員ふたりが発言に立つとのことで、

これはラッキーと思い傍聴に行った。

発言日は、議員運営委員会で、事前にクジを引き決める。

任期中、1度も質問に立たない議員も結構いる。

いつも思う、こういう連中はどういう問題意識を持って地域で議員活動をやってるのだろうかと。

発言最終日の今日、よく知り、応援しているふたりの議員が続けて登壇し、発言するのでラッキー

との思いで傍聴に行った。

登壇し発言したふたりは小林伸行議員と藤野英明議員。

小林伸行議員の発言は

 1.市長の政治姿勢について

 2.行政執行の公平性と適切性について

ここでは2について。

この問題は小林議員が問題発覚以来、取り上げている件で、ボクが所属する横須賀

市民オンブズマンの会合にも一度来てもらい話を聴き、議論したことがある問題。

雑誌「フライデイ」が2度記事に取り上げた。

書けば長くなるので、ご興味のある方は小林議員のブログを参照願いたい。

今日の質疑はまずまず納得ゆくものだった。

次に登壇したのは藤野英明議員。

 1.コロナ禍での生活困窮と自殺の増加への対策の必要性について

 2.来年度、保育事業を実施するに当たって、本市がまず絶対に取り組むべきことにつぃて

2題とも、弱者に寄り添う、まさに藤野議員の本領発揮を感じさせるテーマであった。

いつものことであるが、100席くらいある傍聴席、今日傍聴していた人は10人弱。

今日は記者席にもメディアは来ていなかった。

議場に来ることができなくても、議員発言と市長他の答弁は市のホームページに開示されるので

後日、閲覧・視聴は可。

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