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2021年1月

2021年1月31日 (日)

懐かしい方からメール

息子の高校時代の仲間の女性Fさんから我々夫婦にうれしいメールが届いた。

「タックさん、ナナさん ご無沙汰しております!
お元気ですか?長男のKは推薦でY学院高等部への入学が決まりました!
また学院に行く機会ができて嬉しいです。
この状況が落ち着いたら、ご挨拶に行かせてくださいね」

返事した。
「おめでとうございます。うれしい!あのKくんが高校入学!!しかも母の母校に。
 横須賀に来る機会も増えることでしょう。ふたりでウチに是非寄って!!」

メールがきっかけで色々思い出した。
息子がいなくなったあと、高校の仲間5~6人、命日の前後毎年我が家に寄ってくれていた。
みんな50歳になり、公私とも超多忙な年ごろ。最近は寄ってくれることはなくなった。
以前は昼過ぎに来て、みんなで夜を一緒に食べ、わいわい、終わるのは毎回10時すぎていた。

Fさんが連れてきていたKくんは当時まだ幼稚園児だった。
その子が高校に合格。感慨ひとしお。

覚えているのは、毎年来てくれていた息子と大の親友だったMくん。
一度MくんがKくんに「一緒に風呂に入ろう」と言い、自分で風呂をつくり、
ふたりで入ったことがあった。

みんなが卒業した高校には他にも思い出がある。
ボクは英検の試験を定年後何度か受けてきた。2級は難なくクリア。

次に挑戦したのは準1級。
2度チャレンジし、1次試験はクリアしたが、2度受けた2次試験は突破できず。
2度目に2次試験の面接を受けたのは息子たちの母校、Y学院だった。

受験する教室の前の列に座っていたとき一番前だったので、係の女性と雑談。
「さっき受けた子は小学生でした」
ボク「この学校、息子が卒業した学校です」
彼女「だったら、ガンバって、受かってくださいね」

そのあと教室に入り、外人の試験官から色々聞かれ、質疑応答。
終わったあと、問題なかったと思ったが、結果はNG

もう英検にチャレンジする気はないが、どうだろう。
孫たちふたりが4級、5級と合格したようで、追いつかれそうになったら
もう1度準1級チャレンジするかな。

懐かしい方からのメールが横道にそれてしまった。

2021年1月27日 (水)

テニス年次総会

テニスコートに行ったら「40期総会」と書かれた資料を渡された。

日曜日午後、年次総会があり、そのとき配布された資料。

例年この時期にある総会には毎年出席している。

いつも会場はコートの近くの市の施設。

コロナ禍のためコートで開催する旨掲示されていたが、今年は欠席した。

そのため、コートに行った折、資料を渡された。

毎年総会には出ているので、資料は見れば、すべてわかる。

資料を読んで、あらためて思った。

クラブができて40年。ボクがメンバーになったのはクラブができて、間もなく。

ということは、毎週2回行き、一緒にプレーを楽しんでいる仲間との付き合いは

35年以上になるんだ。

その間、仲の良かった何人かの仲間が亡くなり、葬儀に参列し見送った。

先日、高齢者運転免許証の更新の案内が届いた。

返納しようかとの思いも浮かんだが、テニス仲間が「70歳以上は講習受ければ更新できるよ。

返納したら、コートに来れなくないよ。そりゃ、やめてよ」の一言で更新することにした。

2021年1月23日 (土)

山方面を歩いた ②

先日登った山は我が家の南方向、今回登った山は東方向。

この山も家の前に出ると、いつも目にする山だが登ったことはなかった。

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いつも散歩で通る、通称赤い道を端まで歩く。

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赤い道を抜けると、登る山が正面に近づいてきた。

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登り口はすぐわかり、頂上までは一本道。

頂上で写真を撮るのを忘れたが、眺望には満足。

しばらく眺め、下山。

下りたところには馴染みのトンネルがふたつある。

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トンネルの入り口には案内表示の掲示板。

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ふたつのトンネルを抜け、左に曲がれば、我が家の墓のある浄林寺。

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墓で息子に近況を話し、帰り道、マックで一休みし、カミさんに頼まれていたものを

西友で買い、この日の山歩きは終わり。

スマフォの歩数、1万歩超えていた。

週2回のテニス以外に気が向いたら、ふたつの山のどちらかを時々歩こう。

カミさんも一緒にと思うが、すぐうんとは言いそうにないので、面倒で

気が向いたとき、いつもひとりで気ままに。

2021年1月17日 (日)

カミさんに頼まれ

午後「歩いてくる」とカミさんに言ったら「だったらお願い」と買い物を頼まれた。

うちから海岸沿いを1キロ少々歩いた海沿いの集落にある店で買ってきてと

「アカモク2袋、海苔1帖、焼海苔1帖」と書いた紙を渡された。

この店に行く途中、住宅街の真ん中をまっすぐ通っている通称”赤い道”を通り

500mくらい先にある端まで、ラジオを聴きながら歩いた。

左に曲がり、海岸遊歩道に出て、そこから10分少々先の海岸沿いにある

「ながつか水産」へ。

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渡されていた紙を見せて「これください」

「アカモクはちょっと早いです。2月になれば」と言われ、海苔と焼海苔1帖づつ買った。

帰りは海岸遊歩道に沿ってゆっくり歩き、30分くらいで帰宅。

途中、海ガモの群れをしばらく見ていた。

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帰ってスマフォに表示された歩数を見ると11,528歩。

へー、あそこまで往復すれば、そんなにあるんだ。

帰ってすぐカミさんから「風呂つくって」

気持ちよく風呂に入って「今日は阪神・淡路大震災から26年だったんだ。

ノーテンキに一日を過ごしてしまった」と少々複雑な気持ちになった。

2021年1月15日 (金)

今日もいろいろあった

11時からNHKの英語講座を聴いたあとお昼を食べて、1時から毎週金曜日午後定番の

4時まで3時間、近くの通称リハビリセンターへ行って運動。

テーブルの前の席に座った人とおしゃべり。

防衛大学を卒業し自衛官として定年まで勤めたそうで、広島の呉の出身ということで

ボクは倉敷出身と話し、いろいろ話が盛り上がった。

週1回、この3時間はしっかり体を動かすことができ、顔なじみの仲間も多くいて楽しい。

帰ったあと、もらっている薬がなくなりそうなことに気づき、かかりつけ医へ。

前回撮ったレントゲンの結果、特に問題なしと言われ、ホッと。

カミさんが行く前に「先生に車の免許証返納することにしたこと伝えて」と言われていたので

それも話した。特段、反応なし。

そのあと、歩いて本屋に寄って、昨日発売のNHK実践ビジネス英語の2月号テキスト購入。

そうだ、カミさんからミカンとバナナ買ってきてと言われていたことを思い出し、西友へ。

帰って、風呂に入り、夕食。

夕食は、カミさんが横須賀唯一の百貨店さいか屋で買ってきていた広島の炙りアナゴ飯。

美味しかった。1回で食べるのもったいないので半分残し、明日朝の楽しみに。

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こうして、定年16年目の一日は終わった。

2021年1月14日 (木)

うれしいハガキ

テニスから帰り、ポストをのぞいたらハガキが1枚届いていた。

10年以上前まで近くに住んでいて東京に引っ越し、今は鎌倉に住むWさん。

近所で一番仲良し家族だったWさん宅の長女のKちゃんから我々夫婦に届いた

年はじめの挨拶状。

自作のステキな版画、雑貨屋風のお店が描かれた回りに近況が書かれていた。

「明けましておめでとうございます。冬になると東京湾からの北風に

吹かれてみたくなります。寒いですが・・・。外出もままならなかった昨年は

中央(横須賀中央のこと)行きたい!と叫ぶ日々でした。

やはり横須賀育ちなんだなあと思います。

どうぞ健康で新年をおすごし下さい。良い1年になりますように」

Kちゃん、我が家の娘より、たしか2つ上。

美術系が好きで芸術大学に行った。

いただいた版画、とってもステキ。

何度もながめながら、今これ書いている。

Kちゃん、ふたり姉妹のお姉さん。

我が家のテラスハウスの並びで7~8軒先だった。

だから2階の窓から見える海の景色、家の中や庭の感じはKちゃん、手に取るように

ばっちり頭に浮かんでくることだろう。

越してもう20年近くなるが、Kちゃん宅とは近隣で最も懇意にお付き合いしていた。

双方の家の往き来はもちろんのこと、小学校の運動会にはそれぞれが持って行った

お弁当を校庭で食べたり、釣り好きだったKちゃんのお父さんには何度も舟に乗って

海釣りに連れて行ってもらった。

Kちゃんに最後に会ったのは、たぶん10年近く前。

夫婦で出かけ、たしか逗子の店でお昼を3人で食べ、そのあと高台にある店でお茶した。

届いた1枚のハガキを見て、いろいろ思い出した。

絵葉書選んで「また会える機会があれば」と返事書いて出そう。

2021年1月12日 (火)

在宅勤務(Working From Home)

先月12月、6回放送されたNHKラジオ実践ビジネス英語講座のテーマは「在宅勤務」

WFHはコロナ禍で最も頻繁に目にすることになった「略語」のひとつとして紹介された。

I WFH four days a week,avoiding rush-hour traffic(ラッシュアワーを避けて

週4回在宅勤務)

在宅勤務WFHを初めて知ったのは74~76年駐在したオーストラリア。

タイムレコーダーがあるわけでなく、与えられた業務さえこなせばいいというという考えで

勤務には極めて融通があった。

まさにWFHが認められていて、結果が出ていれば、自由という感じだった。

ただ、駐在員にはWFHは無縁だった。

講座では、登場人物8人が様々な観点からWFHを論じていた。

「同僚と対面でやりとりする日、独りでいる日のバランスが好き」

「怠けていると思われたくないので、自宅ではオフィス勤務の時より懸命に働いた」

「自己隔離状態にあったとき、近くをサイクリングすることの楽しさを見つけた。

 コロナウイルスのことがなければ、近隣の興味深い場所を発見することはなく

 在宅勤務のいい側面のひとつだった」

2021年1月11日 (月)

山方面を歩いた ①

我が家を出てすぐ左の道から前方に小高い山が見える。

Img_2812-2  

以前にも何度か昇ったことがあるが、天気の良さに誘われ、昨日午後登った。

テニスシューズを履き、歩数を計測したくケータイを持ち、道中楽しむために

ラジオを持って、2時半スタート。

背中を伸ばし、姿勢正しく、出来るだけ大股で歩くことを意識しスタートしたものの

途中何度も出来てないことに気づき、ハッとするの連続だった。

道は勝手知ったる一本道。

一本道路を渡り、右に馴染みの公園を見て、古い県営住宅の横を通りどんどん登ってゆく。

道は右方向に曲がり、眼下に海、我が家が見える住宅街を下に見ながら登り、

少々行ったところの階段を上がれば、我が家の一帯より少々遅い時期に経った瀟洒な家が

立ち並ぶ住宅街。

少々進んだところに、下が展望できる馴染みの場所がある。

我が家の2階のダイニングの窓から毎日見ている東京湾唯一の猿島も遠方に見える。

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帰り道、我が家の子供たちが40年近く前に通っていた小学校に寄った。

小学校の名前は校庭から遠方に海が臨めることから、望洋小学校。

校庭では2つのソフトボールの子供チームが練習をしていて、しばらく見ていた。

この校庭には思い出がある。

近所に住んでいた娘と同級生だったWさんご家族と何度も一緒に運動会に来て

この校庭で持ってきたお弁当を一緒に食べたことを思い出す。

小学校を跡にし、坂道を下りて家まで戻った。

家までは20分以上かかる。

小学校の子どもたちには結構大変だったことだったろうと改めて思った。

4時半帰宅、スマフォの歩数計を見ると9,800歩超。

アップダウンもいっぱいあったし、とってもいい歩きになった。

都心までの通勤に1時間半かけ、25年間通い続けたが、今となれば

カミさんが新聞で見つけて決めたこの家は大成功だったと改めて思った。

2021年1月 9日 (土)

好きなNHKラジオ番組

ラジオを聴くという習慣は、亡くなったオヤジゆずり。

オヤジがよくNHKラジオ第1放送をベッドで聴いていたのを覚えている。

オヤジの真似をしてNHKの番組を朝晩聴きだして、もう何年になるだろう。

特に、土曜日朝8時のニュースのあとはじまる「石丸謙二郎の山カフェ」は大好き。

今朝は、新春のお客様・草刈民代を迎えての放送だった。

山登りは趣味とは言えないが、各回ゲストを迎えてのおしゃべり、心地良く聴いている。

今朝もふたりのおしゃべりを楽しんだ。

聴いたあと庭に出ると、となりの子どもがTakと声をかけてきて、フェンス越しにワイワイ。

遊んでいる車「サンタクロースにもらったの?」と聞いたら「そう」

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父親のカレンが出てきて、

「今年アメリカ帰るの?」と聞いたら

「6月の予定」

「帰るのサンディエゴ?」に対し「そう」

しばらく立ち話。

カレンはナイスガイ。

米軍横須賀基地に勤めるとなりの住人、何人目だろう。

間違いなく5家族以上。

最もよく覚えているのはシングルマザーだったケリー。

「ボスの家に呼ばれたので子供預かって」と頼まれ、預かったことがあった。

子どもの名前は覚えていないが4歳くらいの女の子。

眠くなり我が家で寝かせていたら、ケリーが10時ころ帰ってきて連れて帰った。

ケリーにはこんな思い出もある。

ピンポンしてきて「来てー!」と。

何ごとかと思い、飛んで行ったら、大きな蜘蛛が玄関に。

ひとりだったので、怖かったのだろう。

書きながら、我が家がシドニーに駐在していたころのことを思い出した。

75年ころのこと、子供たちが5歳と3歳ころだった。

お隣の奥さん、それと通っていた幼稚園の先生にはいろいろ助けていただいた。

プリスクールと呼ぶ幼稚園に息子が通っていたころ、先生のMiss Mayには

本当によくしていただいた。

車が1台しかなかったため、慣れなくて泣いてばかりの息子の幼稚園の送り迎えから

はじまり、幼稚園での面倒見ほかホントに助けていただいた。

そのころ経験したこと、苦労したことがたくさんあるので、ついついという気になるが

となりの彼らはそんなに気にする必要がないことはよくわかっている。

勤務先である横須賀米軍ベースに行けば何でも手に入るし、仲間がたくさんいて

情報交換できるし、助けてもらえるし、生活していて困ることはほとんどないのでは。

NHKのラジオ番組から話が飛んでしまった。

2021年1月 8日 (金)

いろいろあった一日

朝起きる直前、夢に小中高の仲間のNが出てきた。

Nとの付き合いは長い。

倉敷で小中高一緒、大学は違ったがふたりとも神戸の大学へ。

神戸でNの下宿にはよく遊びに行っていた。

下宿のお嬢さんが可愛くて。

Nは彼女と一緒になった。

大学時代は倉敷のNの家で夏休みはみんなでマージャンをよくやった。

大学卒業したあと、Nは代議士になることを目指し、議員秘書に。

政界の話をよくしてくれた。

秘書をやったあと、衆議院選に立候補したが、残念ながら落選。

オフクロが「よっちゃんをよろしく」と倉敷の多くの知り合いに頼んで回っていたことを思い出す。

いろいろの2つ目。

起きて朝食を食べるときカミさんが「席替えする」と言い、ボクは窓側の席に移り

カミさんの対面(といめん)になり、より近い場所で窓越しの海が見えるようになり、ハピー。

Img_2788

1時からは、金曜日午後恒例の運動へ。

近くの施設に通いはじめて2年。

25人くらいシニア中心の男女が集まり、4時まで各種運動ができ、毎週の楽しみ。

運営責任者が「花房さん、永久会員だからね」

横須賀生まれのメンバーが多く、昔の横須賀の話を聴くのも楽しみ。

もうひとつの楽しみは、ボクのタイプの職員のSさんに会えて、おしゃべりできること。

4時までの3時間、毎週あっという間に経つ。

で、金曜日の夜は毎週爆睡。

今日も一日があっという間に終わった。

2021年1月 5日 (火)

2日続けて歩いた

天気に誘われ、2日、4日と続けて、我が家の3駅先の横須賀中央まで歩いた。

うちの裏の海岸からスタート。

海岸で釣りしていた人ふたりが大物を釣りあげていた。

ひとりは大きなヒラメ、もうひとりはアジと大きなコチ。

見て思った。竿も道具もあるので、また釣りはじめようかと。

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10分ちょっと歩くと、右につり公園。

まだ正月休みなので、釣りする人の多くが家族連れ。

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右に大きなスーパふたつ見ながら10分少々歩くと公園。

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若い子たちが自転車飛びをやっていた。

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下のテニスの壁打ちにはよく来ていた。また来よう。

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そのあと20分くらい歩くと横須賀中央。

横浜銀行と三菱UFJ銀行に寄り記帳。

三菱UFJ銀行の横の道を渡ったところに最近はあまり見かけない

お乞食さんが箱を前に置いて座っていた。

いろいろ事情があってなんだろうと思い、100円を箱の中に入れた。

「ありがとうございます。助かります」と言われ、たった100円なのにと思った。

そのあと横須賀中央駅まで戻り、地下でカミさんから渡されていたメモに書いて

あったものを買い、電車に乗り帰宅。

スマフォの歩数、思った以上、1万7千歩を超えていた。

そうか、うちから横須賀中央まで歩き、ぶらぶらして、電車で帰れば

1万5千歩超えるんだ。

月に何回かはこのルート歩こう。

2021年1月 3日 (日)

今年も堪能し、感動した

正月恒例の箱根大学駅伝、2日間で8時間以上観て、今年もたくさんの感動をもらった。
特に印象に残ったのは出場4回目の創価大。
最後残念ながら、97回の歴史を誇る箱根駅伝の重みに耐えることができなかった。
9区が終わったところで、2位駒大と差を3分以上つけていた。
最終10区のアンカーに託したが、最後の最後、ゴール寸前で抜かれ、残り2キロから
キープした首位の座を明け渡し、駅伝名門の駒大に屈した。
来年も注目しよう、創価大。
箱根大学駅伝、今年が97回目。
あと3年で100回。
すごい歴史!!
今年も応援した神奈川大学、残念ながら13位に終わった。
10位以内に入らなければ、来年は予選会から勝ち上がらなければ、箱根への道はない。
厳しい!!
箱根大学駅伝は、夫婦で2度沿道で観たことがある。
熱海で年越しした年、小田原駅近くで1度、もう1度は我々夫婦の共通友だちである
小田原の近くの二宮町に住むOさん宅にお邪魔し、二宮の沿道で3人で観たことがある。
走る選手は、目前を一瞬で通り過ぎていくが、躍動と息遣いを直に感じることができる。
今年もテレビを通して、いっぱい感動をもらった。

2021年1月 2日 (土)

年が明けて

いろいろな方からメールやフェイスブックの書込みをいただく。

その中のおひとり、同郷の女性のYさんからフェイスブックで

ご無沙汰しております😌 今日は、花房さんとのお友達記念日なんですね🎶

そうなんだ、ふたりとも倉敷生まれ、関東に住み長い。

何度かお昼をご一緒したことがある。

郷里の話ができ、とても楽しい。

その昔、ふたりが倉敷で住んでいた家も歩いて20分くらいの距離。

当然会えば「あのあたりの道はこうだった。あそこにはXXの建物があったよね」

お互い、昔の情景、風景を思い浮かべながら話せるのがいい。

もうふたりとも出てきて長いので、倉敷弁は出てこない。

去年は会ってないかも。いや、会ったかな。

彼女は千葉なので、会うのは東京駅。

毎回、駅の近くの東京駅の見える上階のレストランでお昼。

きっと、双方1年間の近況ほかで盛り上がることだろう。

楽しみ!!

ちょっと心配なのは、顔覚えてるかな。

「顔、覚えているかな」とフェイスブックのメッセンジャーに書いたら

返事があった「😅 大丈夫です👌私は覚えておりますので😄

会ったとき、今年は言おうかなぁ

「倉敷弁で話そうや」

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