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2020年9月25日 (金)

裁判傍聴、そのあと懐かしいところへ

昨日、民事裁判を傍聴するため、立川地裁に行った。

いやー、横須賀から立川遠い。2時間ちょいかかった。

幼い息子さんを交通事故で亡くした女性のSさん。Sさんはフェイスブックの仲間。

Sさんに初めて会ったのは去年秋。

桐生で開催された「生命のメッセージ展」で1泊した朝、ホテルの朝食が同じテーブルだったご縁。

お母さんが7月に急死され、悲しみの癒えないSさん。

昨日の息子さんの裁判は2回目。

裁判そのものは、大した進展はなかった。

前日、加害者側から届いた答弁書に対する言及もなし。

まあ、死亡交通事故の民事裁判の一般的な進行。

この先、被告本人尋問、それを受けて原告本人尋問がある予定。

次回はこのふたつの尋問に合わせ、立川地裁へ行く予定。

終わったあと、集まった人たちでわいわい言いながらファミレスでお昼を食べた。

食事をしたあと、南武線に乗って、帰る途中、寄りたいところがあり、中野島駅で下車。

中野島に住んでいたのは結婚直後。50年前。

当時の田舎の駅はモダンな駅に様変わりしていた。

Img_2528

中野島駅で途中下車したのは、結婚当時住んでいた借り上げ社宅を見に行きたくて。

社宅までは歩いて10分足らず。

周りの風景はあまり変わっていなく、問題なく、かつての借り上げ社宅まで行けた。

建て替えはされたのであろうが、外から見た雰囲気は変わっていない。

写真を撮り忘れたことに電車に乗ってから気づき、残念。

2階建てのどこにでもあるようなアパート風な建屋。

懐かしい近くをブラブラ歩いた。

1DKだったが、新婚夫婦には新築の部屋で、文句はなかった。

キッチンの横にダイニングテーブルを置いて食事して、寝るのは一間の6畳。

風呂もついていたし、ボク、28歳、カミサン、24歳、若いふたりには文句なかった。

50年前、住んでいたところを外から見ることができ、感激。

ここに数年住んで、何度か申し込みして当たった東京板橋区の賃貸公団住宅の2DKに

住めたときには、1部屋増え、その広さに感激した。

この公団住宅に移ったのは72年。

74~77年まで駐在でシドニーに移り住み、その間は会社の仲間が借りてくれていた。

帰国した翌年、子供たちが小学校、幼稚園に入る歳になり、カミさんが新聞広告で見つけた

横須賀のこの家を購入し移り住み、42年が過ぎた。

1DKの借上げ社宅→2DKの賃貸公団住宅→3年間のシドニー駐在→賃貸公団住宅に戻り、

78年、カミさんが新聞で見つけた、横須賀のこの家に移り住んだ。

もう引越しは死ぬまでしない。

ここには墓があるし、たくさんの仲間がいる。

間違いなく、ここが終焉の地になる。

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