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2020年6月10日 (水)

結婚記念日 ④

結婚記念日の話の蛇行が続き、いつの間にか結婚前の青春時代の思い出になってきている。

最後はちゃんと50年のシメをやらないと(笑)

蛇行したついでに。

興和で新入社員で福岡支店に配属され、1年間総務経理を担当したあと、新しく新人社員が

配属されてきて、彼が跡を継いでボクは薬局回りの営業に回された。

担当地区は北九州。

問屋3社と門司、小倉、戸畑、若松地区の100軒近くの薬局を担当。

小倉駅の近くの定宿に泊り、朝一番、車で問屋に行き、営業員に各種販促ツールを渡し

販促を頼み、時々薬局回りにも同行してもらった。

日報さえ書けばいいのでサボることも時々あった。

24歳ころ、回っていた薬局で懇意になった薬局が何軒かあって、ご夫婦から何度か

見合いを勧められたこともあったが断った。

そんな中、担当していた門司の薬局にいた女性と仲良くなり、彼女Tさんと休みの日には

会社の車であちこちドライブに行っていた。

帰りは門司の自宅の下の道まで送っていた。

送っていた道は片側3車線の太い道だった。

今でもその道はそのまま残っているのでは。であれば今でも行けると思う。

そのころ疑問に思ったのは、この仕事を天職にしていいのだろうかということ。

仕事が終わり旅館に戻れば食事を食べたあとは時間がある。

1970年ころ、時はちょうどコンピューター学校が街中にできはじめた頃だった。

きっとこれからはコンピューターの時代が来るのだろう。

そうだ、コンピューターを勉強しようと思い立ち、小倉駅の近くにできた

コンピューター専門学校の夜間コースに通うことにした。

学校にはコンピューターはなかった。

机上でCOBOLという言語を教わり、紙に書いて講師がチェックしてくれた。

間もなく、富士通のFACOM230-10というコンピューターが入ると講師が言っていたが

結局入ることがないまま、コースは終わった。

毎週金曜日の夕方には車で100km近くある福岡の寮まで帰っていた。

ちょうどそのころ寮にあった新聞で富士通がシステムエンジニア(SE)を募集しているとの

記事を見つけ、そうだ、コンピューター学校で知ったSEになろうと思い、福岡にあった

富士通の支店に電話をかけ、面接を受けることになった。

面接では、SEになりたいと言い、面接官から、それでは東京の本社に行って面接を受ける

ようにと言われた。

生まれてはじめて東京に行き、丸の内にあった富士通本社で面接を受け「SEになりたい」と

希望を言ったことをはっきり覚えている。

結果、採用が決まり、採用通知が福岡の寮に届いた。

どのタイミングで親父に話したかは覚えていない。

退職したい旨支店長に話したら、引き留めはされたものの、引き下がることはできない。

後任を決めてもらい、問屋、薬局に引継ぎの挨拶をして回り、興和は終わりとなった。

九州を去るにあたり、唯一の心残りは門司の薬局にいたTさんのことだった。

もう少々話が続きそうである。

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