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2020年5月 7日 (木)

英語では苦労した ④

脱線続きだったが本題の「英語では苦労した」に戻って。

英語では駐在した直後から悪戦苦闘。

受験勉強したことあまり役に立たないと会社に行くたび思った。

だが、実はそうでないことに気がついたこともあった。

オーストラリアは移民が多い。

英語に無縁の国からも多くの人たちが来ていた。

ボク含めてそういう人たちに無料で国が英語を教えてくれる制度があった。 

それを聞いて、即教室に通った

会社が終わったあと6時から名前を思い出さないが公共の施設で行われた

無料の講習会だった。 

初めて通いはじめた生徒は先生が指名し自己紹介するのが慣例だった。

当然日本人もいた。

自己紹介で日本人は必ず「英語はできません」と言う。

だが、文法を教わるときは日本人は問題ない。

多くいたイタリア人ほかは「英語はできます」と言い、それなりにしゃべる。

ところが、文法になると日本人はダントツにリード。

当時、八百屋はギリシア人が多く、魚屋はイタリア人が多いと言われていた。

彼らは文法などどうでもよいが、店を切り回すために英語は客の対応必須。

会社で必要だから、買い物に必要だからとは切実さが違う。

会社の話に戻して。

3カ月は家族がこない。家に帰ってもひとりですることがない。

やっぱり英語をやらなければ、先ずは仕事で使うことばを英語で覚えなければと思い

英文マニュアルと日本語マニュアルを見比べながら自分なりの単語を作った。

「ああ、英語ではこういう単語か、こう表現するのか」そんなことをたくさん覚えた。

会社に行って意識したのは「しゃべるのはその場出てきた言葉をつなげればいい、

読むことは受験勉強した語彙がそれなりにある。あとは書くことだ。ちゃんと書ける

ようになれば、しゃべりも聞くもついてくるはず」との自分なりの結論にたどりついた。

それからやったことは、会社に行けば英語だらけ 掲示板の各種案内文、回ってくる書類文書

とにかく言い回し、表現を覚えようとノートに書いた。

時間はかかったが、書くということがそれなりに出来るようになってきて、今から思えば

書くをきっかけに英語がもっと身近になり、しゃべる、聞くにつながっていったという感じを

持ったのが着任して1年経ったころだったろう。

同時に英語が好きになった。

そして今、定年直後に聴きはじめたNHKラジオ「実践ビジネス英語」を聴くのが楽しみで

放送聴けるときには再放送で同じ放送を1日3回繰り返し聴いている。

このあたりで「英語では苦労した」は終わりにしたい。

書いていて、45年駐在していたころのことを色々思い出したので記憶が消えて

しまわないうち 、折を見てブログに書いて残しておきたいと思った。

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