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2020年5月 5日 (火)

英語では苦労した ③

上司に希望を申し出て、31歳のとき行かせてもらったオーストラリア。

とにかく、英語では苦労した。

今でも忘れられないことがある。

赴任し、初めて会社に行った日だった。

ひとりの仲間が来て、困ってると話しかけてきた。

話を聞くもののよくわからないが、問題が起きて自分では解決できないと言っている

ことは解った。問題の内容も大まかな理解はできた。

ソフトウエアの障害と呼ばれる問題ではないかと思った。

手元にあった障害レポートを見たら、同じと思われる問題が報告されていて、対処方法が

書いてあった。

だが、彼にうまく伝えることができない。

きっと先に駐在していた仲間に助けてもらったのだろう、何とか伝わった。

当時、会社の規定では駐在員は3ヵ月経たないと家族は呼べなかった。

31歳、カミさんと当時3歳の男の子、1歳の女の子を日本に置いて3ヵ月ひとり、

とてもとても耐えられなかったが、どうしようもなかった。

当時はもちろんネットはない。電話はべらぼうに高かったが、どうしてもカミさんの

声を聴きたくなったときは電話をかけるしかなかった。

家は前任者が借りていた家をそのまま借りた。

赴任する前住んでいた公団賃貸住宅の2DKとは雲泥の差。

写真一番右がベッドルーム、一番左がリビングルームだった。

Cimg7035

この家のオーナ一は外務省に勤めていて南アフリカに赴任中で空いた家を貸していた。

貸した家は不動産屋が仲介し、オーナーはそのまま貸し、食器、ナイフ、フォークすべて

そのまま、家財もすべて置いたまま。

家の裏には手入れがされていない大きな庭があり、木々が茂ってうっそうとしていた。

ここには1年半くらい住んだが、怖くて庭の奥まで一度も行けなかった。

庭を出たところで50cm以上あるオオトカゲを見つけ、びっくりしたこともあった。

カミさんたちが来る前、仲間と一緒に映画「エクソシスト」を観に行ったことがある。

その夜は怖くて寝られなかったのを覚えている。

脇道にそれたついでに。

3カ月経っていよいよカミさん、子供たちが来ることになり、家族をぜひ会社の仲間に

紹介したいと思い、駐在員の誰もやったことがなかったが、周りの仲間に助けてもらいながら

英語で招待状を作り、事務所の中の10人くらいに渡した。

家族が来て2週間後くらいだった。

当時、ボク31歳、カミさん27歳、子供たち1歳と3歳。

よくカミさんが許してくれたと思う。

いまだにあの時は大変だったと言う。

当然初めてのことなのでわからないことだらけ。

先ず、飲むビール、ワインをどのように冷やしておけばよいか、冷蔵庫にはとても

入らない。

会社で仲間に聞くと即「氷買ってきて、バスタブ」と教えてくれ、なるほどなるほど。

時期は9月、来た人たちは皆コートを着てきた。

仲間が即アドバイス「女性の着ているコートを後ろからとって受け取り別の部屋へ」

着いて間もないカミさんはものすごく頑張ってくれた。

寿司ほか日本食を4品用意してくれて、リビングの4隅に小さなテーブルを置き並べた。

まだまだ英語がモタモタの時期だったが、ボクはすべてのカップルに話しかけ、せいいっぱい

もてなした。

全員が帰ったのは12時過ぎていた。

2人とも疲労困憊。

終わったあとの写真を撮っておけばよかったと後で思った。

あれから45年以上経った。

みんなどうしてるだろうと書きながら思った。

また長くなりました。

いぜんとして「英語では苦労した」にたどり着かず(笑)

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