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2020年5月13日 (水)

オーストラリアの思い出 ③

オーストラリアの思い出の最後はシドニーに住んだ3年間、我が家に来ていただいた

方々について。

45年以上前のこと、記憶は当然薄れているが、思い出しながら。

招いたのは、富士通オーストラリアの仲間たち、それよりずっと多かったのは

東京から短期出張で来た人たち。

相当な回数と訪問者だった。

駐在がスタートしたのは、ボクが31歳、カミさん27歳。

子どもたちふたりが3歳と1歳。

人を招くことが好きだったボクの思いを汲んで、ホントにカミさんがよくやってくれた

と今更ながら思う。

よく覚えているのは、駐在前上司であり、後年、富士通の社長になった秋草さん。

秋草さんには1軒目の家、2軒目の家、どちらにも来ていただいた。

多くの出張者の人たち、思ったのは、家族が来る前3カ月、自分がそうであったように

特に週末は多くの店が閉まるため、当時はコンビニ的な店があるわけでなく、車で

移動もできないし、きっと食事に困っているのではと思い、頻繁にお呼びした。

午前中は食材を買いに、毎回シティのフィッシュマーケットに行っていた。

帰ってきてカミさんは準備をはじめ、ボクは夕方ホテルに迎えに行き、終わったあと

ホテルに送るというのがパターンだった。

ボクはやりたくてやっていたが、子供が小さかったカミさんは大変だったことと思う。

よくやってくれたものだと、あらためて感謝の念でいっぱい。

数日前、ブログに当時お招きしたひとりの方からコメントの書込みがあり

懐かしく、うれしく読ませていただいた。

初めての海外出張で花房さんの御宅にお邪魔しました。御子息と楽しくお話ししたのも

良い思い出です」

返事した。

「来ていただいたのは覚えています。そうですか、息子とお話していただき、

それを覚えていてくださる とてもうれしいです」 

帰国したあとも、出張で来たオーストラリアの仲間を横須賀のこの家に呼んだことが

度々あった。

お客様で忘れられないのは、メルボルンの最重要顧客だったビール会社

カールトン ユナイティドの情報処理部門の責任者だったジェフ ドーバー氏。

ジェフの思い出を4年前に書いたブログを見つけた。

使っているブログはキィワード検索できるのでありがたい。

ジェフ以外にも富士通オーストラリアの仲間たちが東京に出張できたとき

たびたび我が家に呼んだ。

ホテルからのルート、電車の乗り換えほか書いた紙を渡して説明していたが、

毎回のように、来ている途中電話がかかってきて「わからない、今ここ」

説明し、やっとたどり着いた我が家の最寄り駅まで迎えに行っていた。

いっぱい色々あったが、今となればすべてが懐かしい良い思い出。

最後にもう1度、ボクのやりたかったことに長い間付き合ってくれたカミさんには

感謝しかない。

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