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2020年4月 2日 (木)

どれも思い出いっぱい ①

ベッドの脇の壁に貼っている、いろいろ。

Bed-pic

それぞれについて説明する前に。

我が家はボクの部屋は1階の娘が使っていた部屋、カミさんは2階と住み分けが

はじまったのは、10年くらい前。

ボクは娘がかつて使っていたベッド、カミさんは2階のダブルベッド。

このダブルベッドは懸賞でもらったもの。

結婚する前だから50年くらい前、ある日カミさんが母親と一緒に倉敷に出てきて

いたとき、たしか蛇の目ミシンだったと思うが、街頭でミシンの宣伝PRをやっていて

応募用紙をもらってかえり後日投函したそう。

それが大当たり、何と100万円相当の家財道具一式が当たった。

50年前の100万円だから大変なもの。

電気製品から家財道具、その中のひとつがダブルベッドだった。

間もなく、我々は所帯を持った。

結婚する直前だったので、カミさんの実家は家財道具を買うことなく大成功。

だが、結婚後住むことになったのは、1DKの会社の借り上げ社宅。

当選で当たった家財道具は入るわけがない。

ダブルベッドなど、とんでもない。

そこで、大半の家財は田舎の大きな家のカミさんの実家に置くことになり

1DKに収まるものだけ、洋服ダンス、テレビ、冷蔵庫などが借り上げ社宅に送られてきた。

1DKのあと2DKの公団賃貸住宅に引越したが、2DKにも当然多くは収まらない。

1974年から77年まで3年間はシドニー駐在。

帰国したあと住む家に困ると思い、公団住宅はそのままにし、冷蔵庫の電気は3年間

入れっぱなしにしたまま、シドニーへ。

途中1度、一時帰国の機会があり、知り合いの独身者に住んでもらうことにした。

帰国後、公団住宅に戻ってきたものの、子供たちが幼稚園に通う歳になってきていて

家を何とかしないとと。

シドニーから帰ってきた翌78年にカミさんがたまたま新聞広告で見つけた今住むこの家を見に来て

「通勤遠いなぁ」と逡巡するボクに「ここに決めよう。あなたが我慢してくれれば、環境は良いし、

ここ最高」と言い、カミさんが持っていた1万円を内金で払い、結婚8年後にやっと住み家が決まった。

以来42年、定年退職し16年、すばらしい眺望に恵まれ、周りの環境にも大満足のこの家を

即断即決「決めよう」と言ってくれたカミさんには感謝しても、しきれない。

脇道にそれてしまい、壁紙の思い出は次回以降に。

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