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2020年2月

2020年2月23日 (日)

「共に老いる」

NHKラジオの「実践ビジネス英語」講座を聴きはじめたのは2012年6月。
もう8年近くになる。 
水、木、金15分づつ、その気になれば朝、昼、夜同じ放送を3回聴くことができ
土曜日には45分の再放送があり、 至れり尽くせり。
1ヵ月に1度、近くの本屋で495円のテキストを買ってくるだけ。
テキストは捨てないためたまり、カミさんからずっと「処分してよ」と言われている。
毎回記憶しておきたい言葉や表現があるため、アンダーラインを引き一時期ノートに
書き写していたが、中断。
この作業が終わったら、心おきなく資源ごみに出すつもり。
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さて、タイトルの「共に老いる」は今月の2テーマのうちのひとつ。

会話に登場する人物はニューヨークに拠点をおく健康・美容関連ビジネスの会社の
従業員の男性6人と女性3人。
テーマのタイトル「共に老いる」にそって、親の老い、介護とともに自分たちの老いを
中心に会話が展開。
アメリカでは1963年にケネディ大統領が5月を高齢者月間に制定。
毎年違ったテーマが提唱される。今年のテーマはMake your mark(名を残そう)
アメリカ社会に対する高齢者の貢献を認め、奨励しようという趣旨。
65歳以上のアメリカ人の数は2016年に4,920万人に達し、全人口の15.2%に
なったそう。
ストーリーの中で登場人物のひとりの65歳の姉が90歳の母親を介護する話が出てきた。
いずこも同じ、まさに「共に老いる」の状況になってきている。
2050年までに世界の人口の6人にひとりが65歳を超えると推定されることも話題になった。
また2018年には世界の人口のうち65歳以上の人の数が5歳未満の子どもの数を上回ったとの
話も出ていた。
アメリカでは無給で介護している人の4分の1の600万人余りが現在、親や義理の親、祖父母の
介護をしているそうだ。
近い将来の我が家を想像しながら聴いたテーマだった。

2020年2月21日 (金)

心地良い陽気に誘われ

近所を散歩。

あちこちの家の庭で花が満開。

梅、桃、ヒカンザクラ

梅はまさに一輪ごとに暖かさを感じる。

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帰って2階の出窓から裏の海を見ると大きな船が。

きっと車の運搬船だろう。

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お昼を食べたあと、毎週金曜日午後楽しみにしている、近くのリハビリセンターへ

運動に行った。

今日もルームランナーと自転車漕ぎを20分づつ、それにストレッチの指導を受け、

マシンを使った運動を休みを入れながら楽しんだ。

お金はいくぶんかかかるが介護保険サービスの一環、ありがたい。

となりに座った顔なじみの人が「コロナウイルスの集団感染が起き横浜の港に

停泊している大型クルーズ船の建造に関わった」と昔話をしてくれた。

2020年2月19日 (水)

法事で帰省 ②

昨夜、3泊した郷里の倉敷から帰ってきた。

弟の一周忌をすませたあと、いつものパターンで妹とふたりで墓参り。

今回は3日で4か所墓に参った。

先ず、着いた日、これもいつものことで妹が最寄り駅まで迎えにきてくれ

岡山の妹宅へ。

途中、8年前に亡くなった妹のダンナの墓参り。

誕生日がボクと4日違い、早すぎた旅立ちだった。

墓があるお寺はカミさんの家の菩提寺でもある。

ちょうど顔なじみの住職にお会いでき、しばらく立ち話。

住職にたくさんのぎんなんをいただいた。

昨日は2カ所の墓参りに。

墓参りの前に倉敷郊外の国の史跡の古代山城「鬼ノ城」へ。

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「鬼(き)ノ城」は少し前にNHKのTV「ブラタモリ」で紹介された。

鬼ノ城からの遠景。

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「鬼ノ城」のあと、倉敷の西にあるオフクロの先祖墓へ。

ここは小さいころ、いとこも一緒に倉敷駅からバスに乗り、

バスを降りたあと、高梁川の土手を30分以上歩いて行っていた墓。

当時、家族の娯楽の少なかった我が家の楽しみのひとつだった。

30年以上前、墓は近くの坂道を登った上にあるお寺の墓地に移した。

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左はおじいさんとおばあさんの墓、右は幼くして亡くなった娘(オフクロの妹)の墓。

おばあさんはオフクロの結婚した前年、娘であるオフクロの結婚を見届けることなく

亡くなった。

妹と一緒にしみじみ、かすかに記憶に残るおじいさんを偲んだ。

そのあと岡山市から東30キロの場所にある山の中の集落にある花房の墓へ。

この墓参りにも小さい頃の思い出がいっぱいある。

家族5人、倉敷から汽車に乗り岡山駅まで出て、1時間以上バスに乗り

降りて1時間ほど山道を歩き、途中オフクロの用意した弁当を食べながら

やっとたどり着いた懐かしい場所。

今は妹の家から車で1時間もかからない。隔世の感を感じながら墓へ。

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曾祖父母の墓

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曾祖父母の長男であった叔父叔母の墓

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代々墓の中にはかすかに判読できる元禄年間のものが一基あった。

墓地は亡くなった弟が生前シルバー人材センターに管理を委託してくれていて

今でも整然と整理されていた。

墓で今回もばったり旧家の近くに住むNさんのご主人にお会いしご挨拶した。

墓地の裏の畑に来た帰りで、去年はNさんの奥さんにお会いし平素のお礼をした

こともあった。

疎遠になっていても面倒をみてもらっていることを深く感謝した。

代々、山奥の田舎のこの地に居を構えていた先祖は地元の名家だったと聞いている。

今で言えば町長にあたるのか、郡長をやっていたそうで大きな屋敷があったとのことだが

屋敷の跡形はもう何も残っていない。

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巨大な椿の樹だけが残っていて竹林と化していた。

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墓参りのあと妹宅へ。

走行距離180㎞。妹に任せっぱなしだった。

夜は妹の息子と3人で焼肉屋へ行き、わいわい。

2020年2月16日 (日)

法事で帰省 ①

昨日から郷里の岡山に帰省している。

今日あった弟の一周忌に出るため。

1歳ちがいの弟が亡くなったのは去年の2月。

今回も帰省時定宿の妹の家でお世話になっている。

今朝10時、住職参列のもと、15人が倉敷にある弟の家に集まった。

読経のあと車で10分足らずの墓へ。

そのあと、倉敷市内の日本料理店で会食。

食事を食べながら、弟の思い出話をみんなに披露。

幼稚園、小学校、中学校、高校はボクと弟は同じ。大学でわかれ、それぞれ就職。

就職後、弟は数年勤めた会社を辞め、当時オヤジが経営していた会社の跡を継いだ。

となりに座った弟の長男のHくんが大変興味深い花房家のルーツについて話してくれた。

聞いたことのなかった話がいっぱい出てきた。

その昔は秀吉の家臣だった宇喜多秀家に源があることや花房の家系ほか色々調べたことを

話してくれ、「これ読んでみたら」と司馬遼太郎の「おれは権現」という本をくれた。

長男であるボクは家系にはあまり興味がなかったが、弟はいろいろ調べていて、弟の長男が

それを受け継いでいるようだ。

弟から岡山城に行けば、花房家の先祖を知ることができると言われ行ったことがあったが

一過性で終わった。

もらった本を読んで、もう少し興味を持とうと思った次第。

今夜は妹と次男の3人で近くうどん屋で食事。

初めて妹におごってもらった勝手に具を盛れるうどん(笑)

Udon  

2020年2月15日 (土)

クルーズ船の感染ニュースを観て

このところ連日のトップニュースは新型コロナウイルスの感染問題。

日本でもついに死者が出て戦々恐々。

その中で横浜に停泊しているクルーズ船の船内の模様が逐一伝えられてきていて

乗客の感染の心配が報じられている。

新型コロナウイルスは強烈な感染力があり、船内に閉じ込められている人の不安、

いつになったら解放されるかとの心配は日に日に募っている。

クルーズ船と聞き、思い出し、カミさんとクルーズ船に乗った話をした。

7~8年前のこと。

以前から「死ぬ前に一度クルーズ船に乗りたいね」とふたりで話していた。

カミさんがネットで見つけ「安いの見つけた。これに乗ろうよ」と言ってきた。

アメリカ船籍の船でスペインのバルセロナ発、地中海をクルーズしバルセロナ戻り。

「いいねぇ、バルセロナの観光もできるし」とふたりで意見が一致。

行く前にカミさんから言われたことは「船に乗った時、夜食事に行くとき着る

黒いジャッケットを買うこと」

知り合いの息子の友人の女性の店に買いに行き、カミさんがこれにしようと決めた

服を買った。

バルセロナに2泊し、ボクは出張で行ったことがあったが、カミさんは初めての

バルセロナの街をぶらぶら。

サグラダ・ファミリアやランプラス通り、市場ほか散策し、スペイン料理を堪能。

3日目の朝、クルーズ船の出るバルセロナの港へ。

たしか4泊5日の地中海巡りのツアーだった。

乗船中、アジア人と思われる人にはひとりも会わなかった。

期待した通り、道中楽しめ、さまざまな異経験をした。

下船し街を観光するオプショナル ツアーにはすべて参加。

ニース、ローマ、ナポリ

船での夜会、食事、それに泊まった船室、今でも鮮明に思い出す。

「コロナウイウスの感染が疑われる人は横浜港の岸壁に停泊したクルーズ船の

狭い部屋に閉じ込められ大変だなぁ。早く自宅に帰れればいいのになぁ」と

カミさんと話した。

新型コロナウイルス、極めて厳しく監視、チェックされてはいるが、この先、

どうなるのだろう、いつ収れんするのだろう。

2020年2月14日 (金)

バレンタインデイの思い出

今日2月14日はバレンタインデイ。

バレンタインになると思い出す30年くらい前の話。

当時、職場の女性Sさんから毎年そっと渡されていたチョコレートを持って家へ。

帰ったら、息子が「Rieちゃんのチョコは?」と毎年聞いて、渡したらすぐ

「いただくね」と言い食べていた。

Sさんはユニークな子だった。

仕事はテキトー

「お金がない、精算出てる?」と聞いたら「そうだ行かなきゃあ」と言い、

総務に行ってもらってきて「はい」と渡してくれたことが、たびたび。

夏は真っ黒になって会社に来ていた。

ボーイフレンドがサーフィンをやっていて、週末は湘南の海について行って、

真っ黒になり出勤。

当時ハワイトデイはなかったので、毎年もらうチョコのお返しに一度一緒に

品川のホテルの下のステーキハウスに行ったことがある。

この店は海外から人がきたらよく連れて行っていたステーキの美味しい店だった。

ある年のバレンタインのあと、迷うことなく、Sさんをこの店に連れて行った。

以下はその後日談。

Sさんには会社でとても仲の良かったJさんという女の子がいた。

ステーキを食べに行ったあと、SさんはJさんに「品川のホテルの下のステーキハウスで

花房さんにご馳走になった」と言ったそうだ。

後日Sさんが話してくれたJさんの返事「花房さん、ホテルの上の部屋取ってなかった?」

バレンタインの今日思い出したはるか昔のお話。

Sさんに会ってみたいが連絡の取りようがない。

どうしてるだろう?

2020年2月 8日 (土)

またまた映画2本

映画館をハシゴして2本観てきた。

一本目は、横浜の映画館ジャック アンド ベティで「母との約束、250通の手紙」

映画館のロビーに置いてあったチラシの冒頭にはこう書いてあった。

「131分を一気に見せる、母との約束、250通の手紙。

映画史上、最強の母かもしれない。フランスの作家ロマン・ガリの自伝小説に基ずく。

息子の才能がいつか開花すると信じて突き進む母親のけた外れの情念。131分の

長尺だが、謎が深まる終盤まで一気にみせる」

https://250letters.jp/

観たあと、映画館の近くの本屋「いせざき書房」に寄った。

この本屋は亡くなった息子が大学時代にアルバイトしていた本屋。

しばし、想いに耽った。

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駅前のコンビニに寄り、パンとおにぎりを買って、コンビニの窓際の席で食べた。

帰る途中、上大岡駅で下車、TOHOシネマズへ。

観た映画はジョジョ・ラビット。

作品のあらましは↓

第二次世界大戦下のドイツ。

10歳の少年ジョジョは、空想上の友達であるアドルフ・ヒトラーの助けを借りて、

青少年集団ヒトラー・ユーゲントの立派な兵士になろうと奮闘していた。

しかし、心優しいジョジョは、訓練でウサギを殺せず、教官から<ジョジョ・ラビット>

という不名誉なあだ名をつけられる。

そんな中、ジョジョは母親と二人で暮らす家の隠し部屋に、ユダヤ人の少女エルサが

匿われていることに気づく。

やがてジョジョは皮肉屋のアドルフの目を気にしながらも、強く勇敢なエルサに

惹かれていく―。

観た2本とも期待にたがわずすばらしい作品だった。

心地良い気分で帰路についた。

2020年2月 7日 (金)

犯罪被害者支援条例(その2)

1週間前に書いたブログ「犯罪被害者支援条例 」で大変うれしい報せがあった。

午後、先約があって外出中に市議のFさんから電話があったとカミさんから伝言。

Fさんのケータイに電話したが出ないためメールを送った。

Fさんから短い返事があった。

「奥様に伝言させていただいたのですが、条例策定が決定しました!」

まさにやったーとの思いで短く返信。

「条例策定が決定したのですか!めちゃめちゃうれしいです!!

 何かお役にたてることがあれば何なりとおっしゃってください」

思い起こせば、2015年定例市議会の生活環境常任員会で陳情したのが発端だった。

あれから5年、紆余曲折があり、ここにきてやっと市の政策検討委員会で

「条例制定」が決った。

ここまでくればもう大丈夫。

条例が制定されたあとは、以下を進める方向で動きたい。

「市を挙げて、犯罪被害者支援のための検討委員会の設置。

 構成メンバーは市役所、市議、横須賀警察、横須賀弁護士会、

 市内の福祉団体、犯罪被害者」

ここまでいけば思いは完遂する。

こちらは焦らないで機が熟すのを待って。

2020年2月 6日 (木)

快晴の一日

この時期にしては暖かい心地良い陽気に誘われ海岸遊歩道を歩いた。

我が家の裏から出発し海岸沿いを。

こんな表示が出ていた。

毎週土曜日朝9時、市主催、ランニング、ウオーキングを海岸遊歩道で行う催しの案内。

興味あり。参加しよう。

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歩いていたら海鵜が潜って魚を獲っていた。

しばらく見ていた。1分以上潜り、3回に1回くらい口に魚をくわえて上がってくる。

夜はどうしているんだろう。

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大きな木が流れ着いていた。10mはありそう。

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しばらく歩いた先に仏像がある。

何度も見たことがある。

前の道路で交通事故で亡くなった女の子のお仏像。

事故から10年以上が経つ。

今日も手を合わせ、ご冥福をお祈りした。

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先を曲がるとトンネルがふたつ。

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トンネルを出たところにある掲示

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2本目のトンネルを抜けて左に曲がると菩提寺の浄林寺。

墓で息子に家族全員元気に過ごしていることを報告した。

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帰り道、西友に寄ってカミさんから頼まれていたパンとイチゴほか買った。

帰ってスマフォの歩数を見ると10,456歩。

熱めの風呂に入り、ゆっくりした。

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