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2020年1月21日 (火)

SITAをはじめた思い ①

SITA(Senior IT アドバイザ:サイタ)の第1回試験を行ったのは1998年12月。

ボクが定年退職したのは2004年 61歳になった年。

最後の職場は富士通ラーニングメディア(FLM)と言い、IT教育、ドキュメント制作を

主業にする富士通の子会社。

ここが最後の職場との思いで、58歳でFLMに移った。

FLMに移るにあたり、ふたつのことを考えた。

①60歳でFLMで定年退職する ②2年間で何か会社に残して辞める

このふたつの思いではじめたのがSITA試験制度

SITAの名前は自分で考えた。

SITAは「咲いた」に通じる。

自分もすぐ仲間入りするシニア、シニアにとって「咲いた」は悪い名前じゃない、

きっとシニアの皆さんが何か新しいことにチャレンジしたいとの思いに沿っているのでは

ないかと思った。

1998年、時はまさにIT元年、国が全国で国民向けにIT講習会をはじめた時期であった。

シニアに向けた試験制度は、やるべしと自ら納得。

当時富士通ラーニングメディアの社長をしていた人に「やらせて欲しい」と熱く思いを語った。

最初、社長は冷ややかだった。

「シニアが試験など受けないだろう」「君、退職したら受けるか」とも言われた。

もちろん即受けると答えた。

許可してもらえばということで、ふたつのことを約束した。

①お金は極力使わない ②教育や教材開発を担当している女性ふたりを兼業でいいので

つけて欲しい。

いくぶん渋々であったがGOが出た。

GOが出れば、もうこっちのもの。

先ず、お金を使わないではじめることに集中した。

SITA(サイタ)なんて自分以外誰も知らない。

お金を使わないで知ってもらうためにはどうすればよいか。

それには新聞ほかメディアで取り上げてもらうことだと思い、八方手を尽くした。

朝日新聞、読売新聞、それに地方の人々にも知ってもらいたいと思いで共同通信、

各社を訪ね、取材して欲しいとお願いをした。

当時はあまりなかったパソコン専門誌にも説明に行った。

朝日新聞が取り上げてくれて、資格を取れば家でパソコン教室を開くことができるとの

論調でどういうわけか経済関係の紙面に載った。

共同通信は全国の地方紙に流してくれて多くの地方紙が記事にしてくれた。

記事になった日は電話がどんどん鳴り、数日間はお昼は外に食べに行けなかったことを

思い出す。

メディア以外にタダでできることは他にもいろいろあると考え、あちこちアポを取って

説明に行った。

先ず、中央官庁。

当時はまだ通産省と呼ばれていた経産省を皮切りに労働省、文部省に行った。

都庁、神奈川県庁、横浜市役所にも行ったことを思い出す。

もっとお金をかけないでやれることがあるのではと思い、あちこちのシルバー人材センター、

生涯学習センターにも行き、シニアが地元でIT指導をすることの期待効果について熱っぽく

語って回った。

お金をかけないでできることは、コンピュターの展示会で紹介しPRすればよいと考え、

当時パソコンのコンピュターショウの先駆けであったパソマルに展示したく、富士通のブースを

借りて、小さなテーブルを持ち込んでPRをした。

こうしてSITAは何とか立ち上がった。

立ち上がったあと起きた動き、それに自ら受験した体験談について、

次のSITAをはじめた思い②で紹介。

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