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2019年8月

2019年8月30日 (金)

この交通事故の原因、大いに疑問あり

先日書いたブログ「生命のメッセージ展」で桐生に宿泊した朝、ホテルで

朝食をご一緒した折り、ルポライターの柳原三佳さんが今年1月、静岡県三島市で

起きた交通事故ならびに被害者のNさんのことを詳しく話してくださった。

Nさんに会いたいと思い、火曜日夜から熱海に来ている。

一昨日、二人の幼い子供さん連れて三島駅に来てくださったNさんに会った。

ファミレスに行き、事故について、それと加害者の女性について色々お話を聞いた。

印象は、加害者の明らかな過失がもたらした酷い事故に対し、適切な事故原因の追究と

対処ができていない警察、半年以上経っているのに未だ処分を決めていない検察への疑問、

お話をお聞きし、怒りを抑えられなかった。

亡くなられたのは、50歳のNさんのお父様。

ファミレスで食事したあと、Nさんに近くの事故現場に連れて行っていただいた。

解せない、まったく!!

ここで事故直後、加害者の女の述べたことを鵜のみにして警察が作った実況見分調書は、

ゼッタイ間違っていると思った。

1月22日の夕刻6時、仕事先から原付スクーターで帰宅途中だったお父さん。

警察は事故直後、加害者の女の供述をそのまま鵜呑みにし「お父さんの右折が原因だった。

大通りをスクーターで直進してきたお父さんが細い道へ右折しようとして衝突したことが

事故が起きた原因」と決めつけた。

翌日、新聞各紙もその趣旨で報道した。

Nさんは「警察官は大通りをスクーターで直進してきていた父が細い道へ右折

しようとして衝突した事故だと言いました。私たち家族は耳を疑いました。

父は慎重な性格で、原付で片側二車線の大通りを通るのは怖いからと

通勤時には細い裏道を通っていました。つまり、大通りを直進するはずは

ないのです。我が家は細い道から帰ってきて大通りを横切った細い道の先に

あります。相手の加害者は自分は青信号で直進、対向してきた父が急な右折を

したと事故直後、警察に説明したそうで、私たちは直感的に、その状況は

あり得ない!と思いました」

その後、Nさんご家族は、ショックのあまり現場に足を向けることのできない

母親を助けながら、目撃情報を募るため、さまざまな行動を起こした。

事故現場近くの店舗に話を聞きに行き、交差点でビラ1000枚を配り、

SNSでも目撃情報を募った。

また6万5000枚の新聞折込や3000枚のポスティングも行い、新聞にも

取り上げてもらった。

Nさんから話を聞いたあと、連れて行っていただいた事故現場でスマフォで

写真を撮った。

正面中央に見える信号のついた細い道が、お父さんが太い道を渡ろうとして

通ってきた道。

Img_1562-1

一方、これが、女が右方向から来た太い道。

Img_1563-1

お父さんが渡る信号付きの細い道は太い道を渡り過ぎそのまままっすぐ進めば

右のフェンスの奥の細い道へつながり、その先にNさんのご自宅がある。

繰り返しになるが、事故直後、加害者の女は「自分は青信号で直進、対向してきた

相手が急な右折をしたためぶつかった」と警察に話した。

まったく、あり得ない話!!

おまけに女は赤信号で通り抜けようとしたことが現場近くの防犯カメラに残っている。 

事故は極めてシンプルな状況で起きていて、何故これを現場検証した警察は

見抜けなかったのか、大変な疑問と怒りが残る。

まさに典型的な「死人に口なし」、加害者がとっさにウソをつき自己防衛した

交通死亡事故。

到底許せない!!!

警察の初動捜査もお粗末極まりない。

初動捜査した三島警察署が頼りなかったためだろうか、すぐさま静岡県警が

乗り出してきたとのこと。これも異例だ。

現場にはお花が手向けられていた。

Img_1564-1

加害者の女の処分について、事故から半年以上経って未だに検察は結論を出していない。

どうなっているのか!

警察のお粗末な初動捜査含め納得のゆかない関係者たちの対応。

ただ、ホッとしたのは、もともとNさんが依頼していて対応に納得のゆかなかった

地元の弁護士を、最近起きた「高速ながらスマフォ運転」事故を担当した東京の

T弁護士に替えたこと。そのことを聞き「よかった!」と何度もNさんに言った。

T弁護士とは長い付き合いがあり、常に犯罪被害者の立場に立って対応される方で、

本当によかったー!

亡くなられたお父さんは50歳だったとのこと。

子供さんが4人いらっしゃって、お会いしたNさんには小さい女の子供さんと男の子供さん

2人がいて、きっとこれから先、お父さんは、子供さん、お孫さんとのすばらしい時間を

長く長く過ごすことができたことだろうと思うと、まったく言葉がない。

加害者が一瞬のミスで起こした今回の事故、あまりにも甚大な悲劇を残してしまった。

おまけに加害者は事故直後自らを守るために極めて重大なウソをついた。

加害者この女、到底許せない!!

検察が加害者の虚偽の発言含め、厳しく対処し、一刻も早く起訴することを切に願う。

とともに、今後の推移を見守りながら、適切なタイミングで刑事裁判、民事裁判を傍聴し

事態の展開を見守っていきたい。

2019年8月28日 (水)

朗読の会公演

逗子文化プラズに朗読の会「もえぎ」の公演を聴きに行った。

朗読の公演を聴くのは初めて。

演目は「月光の夏」

朗読して下さったのは「もえぎ」の会の女性7名。

朗読のテーマは戦争、特攻兵。

7名の朗読者のうち3人の方のコメントを紹介。

「私とこの作品との出会いは、1993年に上映された『月光の夏』でした。

当時小学6年生の息子と一緒に観たことを覚えています。戦争にまつわる映画を

子どもに見せたかったからです。戦後間もない私の子ども時代に母から聞いた

「特攻くずれ」という言葉が心に残っていました。2018年、ずし平和デー

企画の講演会講師から聴いた話が「月光の夏」との再会になりました」

「世界中で戦争があります。理由は様々ですが、どんなに正当であっても

あらゆるものが犠牲になります。中でも弱い立場の人々は耐え難い苦難に

見舞われます。このことを再認識し、知っていただきたい思いです。

今回、特攻隊員の心情に近づくことができ、気持ちを新たにしました」

「以前、知覧の「特攻平和会館」で、壁一面の特攻で逝った少年兵たちの

臓腑から血を吐くようにして書かれた遺書を読み、胸の奥底に響くような

衝撃を受けたことを思い出しました」

満席の会場の人たちは静かに朗読を聴いた。

きっと皆さん、同じ思いを持ち会場を跡にしたことだろう。

配布された資料に8冊の本が紹介されていた。

図書館で借りてきて読んでみよう。

それと映画「月光の夏」TSUTAYAでビデオを借りてこよう。

PS 鹿児島知覧の「特攻平和会館」は一度行ったことがある。

  ブログを知覧で検索したが出てこない。ブログは書かなかったようだ。

  「特攻平和会館」を見学したことは今でもはっきり覚えている。

  行ったのは2010年。夫婦で九州旅行をした折に寄った。

  カミさんはどうしてもイヤだと言い、会館に入らなかった。

  その時、聞いて忘れられない話。

  特攻隊員がお母さんと呼んでいた富屋旅館の鳥濱トメさん

  「自分を慕った特攻隊員が出撃した日の夜にはホタルが飛んできた」

2019年8月27日 (火)

息子の誕生日

昨日8月26日は息子の誕生日。

元気だったら48歳。

誕生日に合わせて沖縄の娘から色々入った荷物が届いた。

写真と手紙が入っていて「常温で出したのでパパイアもグアバも熟してきて

いると思います。いい香りがしてきたら冷蔵庫で冷やして食べてね♫

庭で育ててるレモンがついに収穫できました!20個近くとれ、豊作です。

4個しか入れなかったけど、青切りレモン、おすそわけします。

1個入れたシークアーサもうちの庭でとれたよ。

他はドラゴンフルーツ、ピンクグアバ、フルーツパパイヤです。

フルーツパパイアはうちの近くで偶然見つけてGet。大きいのがなんと150円!!

安っ。楽しんでね♡レモンは免疫力つけるのでしっかり食べてね!」

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南国からの贈り物、しばらく楽しめる。

荷物の中には、孫たちからボクとカミサンそれぞれに絵文字入りの手紙、

家族で撮った最近の写真も入っていた。

中3の姉孫から

「じいじ&ななちゃんへ 

お手紙書くのは久しぶりだね。この前はわざわざ蒲田まで来てくれて

ありがとうございました。ご飯もおいしく楽しい時間だったね。今は

受験のために芸能人なみのスケジュールを過ごしていますが、受験が

終わったら、また遊びに行きます。体に気を付けて(甘いもの食べすぎ注意)

長生きしてね!!」

小6の妹孫から

「暑い日が続いているけど、元気ですか?わたしは元気もりもり、

とっーーーーても元気です。

ベトナム料理屋さんにいっしょに行ったり、かまたの家でじいじにアイスを

とられたりなど、夏休みの楽しい思い出がいっぱいできたね。ちょー楽しかった!!

じいじといっしょに富士通も行ったよね。そのあと雨どしゃぶりになっちゃって

大変だったな・・・

そういえば、じいじあまいものばっかり食べたらダメだよ!!

また、そっちにいったときに、卵焼きとかつくるね。

じいじ、忘れちゃだめだよ、わたしは小学校6年生、お姉ちゃんは中学3年生!!

じいじとななちゃんのこと、だーいすき!!

だから、じいじもななちゃんもわたしが大人になってけっこんするまで生きててね!!

たーーーくさん 長生きしてね」

ふたりにお礼の返事を書いた。

うちは夫婦で海外に行くたびに一時期、主に娘家族に出すためバースデイ用ほかカードを

買ってきた。買ったカードはほとんど消化されていない。

どこで買ったものか覚えてないけど、今回夏ぴったりのカードで送った。

My  

昨日は午後、墓参りに行き、誕生日だった息子にみんな元気にやってることを報告してきた。

2019年8月19日 (月)

生命(いのち)のメッセージ展

2泊3日で群馬県桐生市で開催された「生命のメッセージ展」に参加した。

「生命のメッセージ展」は、母ひとり、子ひとりのご家庭のお母さんの

造形作家の鈴木共子さんが、2000年悪質極まりない飲酒運転の加害者に

愛息 零君を悲惨な交通事故で亡くされ、失意と悲嘆にくれる中で立ち上げられた活動。

今では全国の大変な数の被害者遺族が生命のメッセージ展 に参加されている。

交通事故だけでなく、凄惨な殺人事件のご遺族など、鈴木共子さんの想いに賛同し

全国で開催される生命のメッセージ展に参加されている。

ボクが鈴木共子さんに出会ったのは、彼女が「生命のメッセージ展」 をはじめられる前

2000年6月だった。

その直前、朝日新聞の読者投稿欄「声」で鈴木共子さんの投稿を読み、息子を悪質な

加害者による交通事故で失くした我々夫婦は、共子さんが息子さん 零くんの事故の直前に

企画し準備されていた造形作家 鈴木共子作品展を観に、東京 大森の展示会場を訪ねたのが

共子さんとの初めての出会いであった。

共子さんの手記は、こちら

「生命のメッセージ展」は年何回も全国の会場で、地元のご遺族が中心に開催されている。

今回の開催地 群馬県桐生市へ16日から2泊3日で出かけた。

行けば、久しぶりにお会いできる地元の方がおふたりいて、楽しみに出かけた。

会場は桐生市市民文化会館。

今回は地元の若い人たちが企画した展示で種々心を引かれる内容に見入った。

M

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メッセンジャーと呼ばれる犠牲者が展示されたボードには写真と紹介文、

下には各メッセンジャーが愛用していた靴が置かれている。

M2

終日、多くの方々が観に来られ、じっくり写真と書かれた紹介文を読まれていた。

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ボクはメッセージ展に行くたびに、すべてのボードを読ませていただく。

このような被害者の方がいらっしゃり、言葉がなかった。

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会場入り口にはこのような大きな毛糸のボールが置いてあり、来場者が5cmくらいの

糸をつないでゆき、今ではこんな大きなボールになった。

Mball 

この日お昼は、会場から歩いて10分の渡良瀬川沿いのお店で上州牛を

いただいた。さすが上州牛、美味かった。

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満足したあと、近くの渡良瀬川沿いを散策。

Img_1551-1

次の日の夜は懇親会。

多くの知り合いに会った。

会食が終わったあと、地元のHさんとお嬢さんにご挨拶していただき、うれしかった。

今回一番お会いしたかった方だった。

会食が終わったあと、仲間たちとカラオケ。

翌朝はホテルで朝食をとり、会場へ。

地元のYさんのご主人が体調が悪い中、会場にわざわざ会いに来てくださって恐縮した。

亡くなられたYさんの息子さんは息子とほぼ同年齢。お宅にお邪魔したこともある。

息子の事故で「ゼッタイ、事故はこうして起きたはず」だということを

2トン積みの加害者が乗っていたトラックと同型の車をレンタカー屋でレンタルし

息子のバイクを勤務先でお借りし、現場で実証実験を行ったとき、Yさんご夫妻は

桐生から遠路はるばる駆けつけてくださり、助けていただいた。

我々夫婦はこのことを決して忘れることはない。

2日目昼前、皆さんにお礼のご挨拶をして会場をあとにした。

新幹線の桐生駅へ行く前、3人で名物のひもかわうどんをいただいた。

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桐生駅までYさんに送っていただき、楽しかった2泊3日の旅は終わった。

 

2019年8月16日 (金)

娘家族と

夏休み、娘が子供たちを連れて沖縄から帰ってきた。

今回のメインの目的は、中2の姉孫の夏期講習会参加。

ダンナの仕事の関係で東京の蒲田にマンションがあり、姉孫の夏期講習会が

終わる時間に合わせ「出てこない」と娘から誘いがあり、昨日午後蒲田へ。

JR蒲田駅で待ち合わせ。

姉孫は夏期講習会中。

娘と妹孫を誘い、駅から歩いて5分のかつて勤務していたビルへ。

ここに通っていたのは1970年過ぎだから、もう45年くらい前。

システムエンジニアが集結していたビルでかつてはシステムラボラトリ

(シスラボ)と呼ばれていたが、今はまさに時代風にソリューション スクエア。

娘と孫に見せたく、5分少々歩いて、懐かしい場所へ。

45年経った今、この場所に孫と一緒に立てることに感激。

着ているシャツは前回4月娘が来たとき、誕生日プレゼントにと沖縄で買ってきて

くれたもの。

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蒲田駅に戻り、夏期講習会が終わる姉孫を待って、娘が予約してくれていた

ベトナム料理レストランへ。

パパも途中から合流し、6人でワイワイ。

全員、料理を満喫。

先月家族で行ったソウル旅行の話で盛り上がった。

1975年過ぎ、さんざん出張し、当時は少しは解っていた韓国語の話でも

盛り上がった。

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帰宅する前「ちょっと我が家へ寄って」と言われ、娘家族のマンションへ。

ここでも、みんなでワイワイ。

9時半ころ、おいとまし帰ってきた。

この日もいろいろあり、楽しい一日だった。

2019年8月13日 (火)

観光公害

定年後長い間聴いているNHKラジオの実践ビジネス英語講座。

2週間続けてテーマは「観光公害」

観光公害、英語ではovertourism 言い当てている。

登場人物9人の会話は、内ひとりの新婚旅行を兼ねたウエルネスツアー休暇から

はじまった。

ラップトップを家に残し、それぞれの携帯電話をホテルの部屋の金庫にしまいこんで

旅を楽しんだこと、タイに向かう前に京都を訪れたことへと会話は進み、話題は

観光地での「観光公害」

著名な観光地に住む人たちが、いかに「観光公害」に悩まされているか、

住民の一部が街頭でデモをしたり、Tourists Go Home! Tourists Are Terrorists!

と書いた落書きが各地に登場し、抗議活動は世界的に広がってきているとのこと。

観光客が増えてきている要因として考えられるのは、格安航空会社の増加と

オンラインの民泊プラットフォームが増えてきていること。

「観光公害」は地元の人たちの生活に悪影響を与える一方、地元の事業者にとっては

大きな収入増につながるため、悩ましい問題であるという議論で盛り上がった。

日本を考えると、訪れる外国人旅行者は2018年に3,000万人を超え、5年間で

3倍に膨らんだ。

政府は、オリンピックの年、2020年には4,000万人にするとの目標を掲げている。

講座を聴いていて、このまま伸長していくことが果たしていいことなんだろうか

と思わず考えた。

2019年8月11日 (日)

我が意を得たり、朝刊記事

今朝の朝日新聞社会欄の大きな記事「横断歩道 車よ止まれ」に共感。

「欧米では当然」「五輪へ対策」「やまぬ事故摘発強化」との太字見出し。

都道府県別の数字が出ていた「信号機のない横断歩道を歩行者が渡ろうとして

いた時に一時停止した車の割合」

都道府県により大きなバラツキがある(2018年 JAF調査)

ワーストの1%前後は栃木の0.9%を筆頭に1%台が広島、三重、和歌山と続く。

全国平均は8.6%

あちこち行った海外、ヨーロッパ、オーストラリア、アメリカほかでは歩行者が

待つ横断歩道で止まるのは極めて常識。

我が家の近くの住宅街の中央に遊歩道があり、遊歩道を5mの道路が横切る。

その道路を渡ろうと思い、遊歩道で待つが、停まる車はほとんどない。

停まってくれる車があると、頭を下げてお礼を言って渡る。

道路交通法では車やバイクの運転者に対し、横断歩道を渡ろうとする歩行者がいたら

一時停止し、道を譲ることを定めていることを知っているが、ついつい頭を下げる。

これほど日本の道路交通マナーはレベルが低い。

警察庁は昨年10月全国の警察に指示し、半年間で横断歩行者妨害容疑で摘発した件数は

全国で10万件以上、反則金は6千円~1万2千円とのこと。

先進国を自負するのであれば、他の国に比べ社会マナーレベルの低いこの問題に対して

国を挙げて取り組んでいくべきだとの思いを一層強くした。

とりあえず、新聞記事を持って近くの交番2カ所に出向き、お巡りさんに定期的に

当該道路に立って、監視活動をやって欲しい旨話してくることにした。

2019年8月 6日 (火)

娘の帰省 ②

娘の滞在2日目の朝、我々の終活第2弾で、来る前に予約してくれていた

我が家の最寄り駅前にある地域包括支援センターに、娘とカミさん3人で行った。

地域包括支援センターは初めて。

しょっちゅう通っているこんな場所にあるのだと知った。

地域包括支援センターは高齢者の暮らしを地域でサポートするための拠点。

説明を聞き、これから我々夫婦がお世話になる大切な場所であることがよくわかった。

家に帰ったあと、娘が沖縄でアポを取ってくれていたリフォーム業者が来てくれた。

カーペット張替えとひとつの部屋の壁紙張替えの見積もりを出してもらうことになった。

娘は合い見積もりをとるため、時間をずらして、もう1つの業者を呼んでくれていて、

後日2業者から見積もりが出ることになった。

翌日、娘が前回来たとき一緒に片づけてくれた粗大ごみと不燃ごみの一部が未廃棄のまま

残っていて、2回に分けて二人で車で20分くらいのところにある粗大ごみ、不燃ごみの

処理場に持ち込んだ。

初回100キロ、2回目30キロ、130キロのゴミが我が家からなくなった。

2回で費用は3500円くらいだった。

市税を払っていることの恩恵を身をもって感じた。

当然、我が家はすっきりし、大きなスペースができた。

たった3泊であったが、今回も大車輪で動いてくれ、たくさんの課題が片付いた。

何度も「ありがとう」とお礼を言い、4日目の朝、最寄り駅まで送り、娘は沖縄の

自宅に帰って行った。

2019年8月 2日 (金)

娘の帰省 ①

沖縄から娘が日曜日から3泊4日で帰省し、一昨日帰った。

孫たちは部活、塾で忙しく、今回はひとりで。

年に数回帰省してくれるが、毎回いる間にやってくれるのは主に片付け、掃除。

今回、娘のテーマは我々夫婦の終活。

来る前それぞれの場所に沖縄からアポを取ってくれていて、来た翌日2カ所を回った。

午前中、公証役場へ。初めて行くところ。

行政書士に会い、成年後見手続き。

認知症になり判断能力が十分でなくなったときに備え、財産管理を娘に

任せるための任意後見手続き。

終わってタイ料理屋でお昼を食べ、カミさんを呼び出し、3人で野村證券へ。

3人で行くということで担当の女性のOさんが部屋を取ってくれていた。

この日のメインテーマは、夫婦それぞれ持っている株ほかを売って

孫娘たちふたりに生存給付金付養老保険を契約すること。

少々時間はかかったが、Oさんがしっかり説明してくれ、契約は終わった。

近くをぶらぶらし、電車を4駅乗って我が家の最寄り駅で下車。

テニスコートの仲間の女性から何度か「お宅の家の近くだから行ったら。

お勧めのお店」と言われていた銀平寿司へ。

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どれも美味しかった。

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娘の来訪初日はこれで終わった。

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