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2019年7月

2019年7月23日 (火)

昨日朝の話

天気がどうかなぁ、と思いながらテニスコートへ。
9時半、着いたら門扉に鍵がかかっていて、誰も来てない。
門扉のカギを暗証番号に合わせ開けた。

倉庫にはノートがあって、来た人と時間、最後に閉めた人と時間を
書くことになっている。
ノートを見ると、Sさんが来ていて15分前に帰ったことになっている。
もうちょっと待っていてくれれば一緒に出来たのにと思いながら
練習用のマシンを出し、カゴいっぱいを2度に打って納得。
そのあとサーブをカゴ2杯、フォアとバックに打って練習したが
いぜん誰も来ず。
みんな選挙結果を観ているのかなと思いながら1時間ちょっとで引き上げた。
テニスコートは3面あって、こんな感じ。
いつも行ってすぐやるのは、準備体操のため、手前の2面のコートの周りを
軽く3周すること。
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コートの横は大きな菖蒲園。
周りはこんな感じで緑が多い気持ち良いところ。
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帰りにちょっと回り道して美味しいパン屋に寄って、カミさんが好きそうな
パンをみつくろって買い、12時ころ帰宅。
午後は昼寝。
お金のかからない、しっかり体が動かせた一日だった。

2019年7月21日 (日)

大学の寮の仲間の懇親会

年4回やっている大学の教養時代を同じ寮で過ごした仲間たちとの

懇親会が一昨日あった。

かつては夜やってたが全員リタイアした今は12時から。

場所は毎回同じ、有楽町の帝劇地下の大学のクラブ。

今回集まったのは6人。1年先輩2人と同期4人。

やりはじめて15年くらいになる。

ボクは万年幹事。

幹事と言ってもやることは、メーリングリストに開催通知を送ることと

当日の弁当と飲み物の手配だけ。

大学は神戸大学経済学部、入学したのは1962年。

ということは、みんなと初めて会ったのは57年前。

半世紀を超す付き合い。

寮は教養課程があった姫路。

神戸近郊の自宅通学のできる連中は神戸にあった学校に通っていた。

寮費は住んで朝夜食事付きで月3千円だった。

お金のなかった我が家ではオフクロが「幼稚園より安い」と喜んでいたのを

覚えている。

夏休みほか帰省は3時間くらいかけて姫路から倉敷まで普通電車で帰っていた。

仲間は四国、九州、中国地方と田舎の出身者ばかり。

寮では方言が飛び交っていた。

寮の部屋は12畳で6人。

1寮から6寮までの2階建て。旧制姫路高校の寮だったため、古くて汚かった。

食事は、まづかった。風呂には垢が浮いていて、60年近く前とは言え、食住環境は

厳しかったが、当時は気にはならなかった。

そういう中で、共に青春を謳歌した75歳を超えた仲間が年4回集い、ワイワイ

やっているこの集まり、皆心待ちにして、楽しんでいる。

毎回、誰かが紙を用意しスピーチをすることが慣例になっている。

今回は1年先輩のSさん。

スピーチのテーマは「沖縄問題を2つの図書を通して考える」

参考にした書籍は「沖縄問題ーリアリズムの視点から」「内閣総理大臣の沖縄問題」

大変興味深い話であった。

娘家族が10年以上住む沖縄。配布された紙2枚、娘夫婦に渡す予定。

スピーチが終わったあと雑談し、次回10月のスピーカーと演題が決まった。

次回は1年先輩のTさんが「クラシックの聴きどころ」のテーマでやることになり、

当日はレコード鑑賞付きとのこと。

12時からはじまった懇親会が終わったのは2時半過ぎ。

終わったあと、同期のふたりが囲碁をやるということで観戦した。

ボクも何度もやったことがある。

かっては終わったらマージャンだったが、もう今やマージャンやろうという声は出ない。

この日の対戦は序盤はかなり優勢だった黒が白の反撃に合い、白のOくんが勝った。

「じゃあ、10月またね」と言い別れた。

次のブログでは寮の時代の思い出を。

2019年7月19日 (金)

英語講座「キャッシュレス社会へ」

先々週、先週、2週間続けてNHKのビジネス英語講座のテーマは

「キャッシュレス社会へ」

登場人物のひとりのアメリカ人が「キャッシュレス生活はもうじき3カ月になる。

この90日間、紙幣にも硬貨にもほとんど触れてない」から会話がはじまった。

これに対し、一緒に働く唯一の日本人が「いまだに現金を持ち歩いている。

先日ピザを一切れ買ったときは驚いた。ピザ店の店員から、もう現金は受け付けて

いないと言われた」と。

もうひとりが「ある調査結果によれば、アメリカ人の25%がもう現金をまったく

持ち歩いていない」と。

他の人が「飲食店経営者や小売店の人たちは、現金でなくカードを使うことが

効率的だ。盗難のリスクは減り、現金輸送車の費用はかからず、強盗の心配もない。

計算のミスや盗難のリスク、偽札を受け取るリスクも減る」

「加えて、消費者の支出習慣に関する有益な情報源も得られる」

「デメリットとしてはチップを渡すのが容易でなくなる」

こういう発言もあった。

「キャッシュレスの傾向はいたるところで見ることができる。

顕著な例のひとつはATMの数が急速に減ってきた」

「ただ、キャシュレスに全面的に移っていくにはまだまだ障害もある。

アメリカ人の7%が銀行口座を持っていない。また、18~37歳の

人たちの3分の1強がクレジットカードを持っていない」

「今はプリペイド式のデビッドカードがあって、親が小遣い代わりに

子供たちに与えれば、我が子のお金の使い方を把握でき、願わくば貯金の習慣を

身につけさせることもできる」

ボクはまだまだ現金第一主義の典型的な日本人。

もちろん額が大きい場合や飲食ではクレジットカードを使うものの財布の中は

現金が主。

そんなに遠くない将来、日本もキャッシュレスが常識になるのかなぁと思いながら

講座を聴いた。

2019年7月14日 (日)

帰省、その帰り大阪途中下車(3)

郷里倉敷で両親の法要が終わった翌日、横須賀の自宅に戻る途中

大阪地裁であった裁判に出廷していたKさんに大阪地裁で会った。

Kさんは2015年、24歳のお嬢さんを極めて悪質な飲酒運転の女に殺された。

Kさんは大阪地検、高検の処分に不服で、2年前の10月、最高検察庁に

異議申立てをした。

上京してきたKさんに会い、一緒に初めて最高検に行った。

そのときのことを書いたブログはこちら

それから時間が経ち、現在Kさんは加害者を相手に民事訴訟を係争中。

そのKさんの民事訴訟があるということで大阪で途中下車し大阪地裁に行った。

ただ、この日はラウンド法廷と言い、実際の法廷ではなく、裁判所のテーブルで

裁判官と訴訟申立て本人が話し合う場であるため、傍聴はできなかった。

それを承知で、ラウンドが終わるであろう時間を見計らい、大阪地裁に行った。

しばらく裁判所のロビーで待っていると、Kさんと息子さんが出てきた。

「どうだった?」と聞く前に、夕飯時で「どこか食事に行こう」と3人で食事に。

裁判所の近くのたまたま入ったイタリアンレストランがとても良かった。

先ず、Kさんから今日の様子と今後の予定を聞き、初対面の息子さん交え

和気あいあいと食事。

とても上品で美味しい料理を3人で楽しみ、加えて堂島川沿いの正面に見えた

中之島公会堂のすばらしい夜景を楽しんだ。
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中之島公会堂の夜景。

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食事が終わったあと、おふたりは新大阪駅まで送ってくださった。

次回の法廷は9月20日、あの憎き加害者の女の被告本人尋問の予定。

朝から夕方まで一日かけて被告本人及び同乗者2人の尋問は極めて異例。

きっと、あの女は嘘を並び立ててくることだろう。

「しっかり準備し追及し、ぐうの音も出ないように追い込んでください。

次回は法廷なので傍聴させていただきます」と言い、ふたりと別れた。

2019年7月13日 (土)

毎年の恒例

毎年この時期観に行く夏の高校野球神奈川県大会予選。
今年はラッキー、息子の母校、横須賀学院の試合が横須賀スタジアムであり、
昨日観に行った。
昨日は朝から小雨模様、開催されるかどうか危ぶまれ、スタジアムに2度電話。
「まだ大会本部からやるかどうか連絡が届いていません」との返事。
雨は小降りになってきた。
行かなくて、やっぱり行けば良かったとなるのはイヤなので小降りの中出かけた。
電車で15分少々。
車で行こうかと思ったが、駐車場の数がそんなに多くないため電車にした。
スタジアムに行ったときも小降りの雨は続いていた。
開始はしたものの途中中止になってもおかしくない空模様。
たしか一昨年もこんな感じの空模様で、途中で中止になり、しばらくスタジアム内で
雨宿りしたことを覚えている。
入場券を500円で買い、横須賀学院は一塁側だったが、バックネット裏の席に。
相手は、武相高校。かつては神奈川県の強豪校のひとつだった。
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投手力が相手がいくぶん上回っていた。
残念ながら結果は↓
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頑張った横須賀学院の夏は終わった。
雨が上がったので第2試合の藤沢総合と県立川崎の試合も最後まで観た。
夏の高校野球は大好き。
神奈川県の決勝戦は毎年、横浜スタジアムで行われる。
「えっ、休んで今年も観に行くんですか」と周りから言われる中「行くよ」と言い
毎年行っていた。
決勝戦を勝てば甲子園、負ければ夏が終わるという感動的なクライマックスに
立ち会えるので、一日会社を休むことなどには代えられないと周りに言い、
仕事を調整して、自分としては当然と思い、休んでいたことを思い出す。
今年も予定が重ならない限り、浜スタに行くつもり。

2019年7月10日 (水)

帰省、その帰り大阪途中下車(2)

倉敷に着いた翌日、オヤジの二十三回忌とオフクロの七回忌をやった。

40年くらい前の両親

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法事に行く前、泊まった妹宅のいつもの朝のルーティンである、近くを散歩。

先ず、妹宅から10分少々のところにある池へ。

池ではブラックバスを釣っていた人がいて、いろいろおしゃべり。

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翌日、朝食を食べ、妹の車で岡山市の北にある我が家の先祖代々墓へ。

墓参りは帰省時の定番。

2泊3日だったが、今回も3カ所墓参りをした。

この先祖代々墓が最も遠方。

途中、お花と弁当を買い、岡山市内を抜け、北へ20キロ少々。

場所は石村という大田舎で、我々兄弟妹が小さかったころは両親がバスに

乗せて連れて行ってくれていた。

バスを降りてからも遠く、1時間以上歩いていたと記憶する。

年に1度しか来ない山道なので、行く道はわかっても、帰りは左右どちらに

曲がればバス停に戻れるかわからなくなるため、曲がり角に木切れを置いて

墓に行っていたことを思い出す。

今は車、曲がる場所に「石村方面」と書いた標識があり、迷うとなく墓地に着いた。

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持ってきたお花とお水を先祖代々墓に。

どの墓も我が家の歴史を感じさせる古いものばかり。

下のこの墓が一番奥にあり、一番古い墓のようだ。

文字は解読できない。

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判読が難しかったが、この墓には文化の年号が。

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墓参りしていたら、びっくりする出会いがあった。

墓の奥の方からお年寄りの女性が出てきて、会うなり「花房さんですか」

「Nです」と。

お墓の面倒を長い間みてくださっている方だった。

墓地の下の畑にイノシシが出るため見に行ってきたとのこと。

両親と墓参りに行っていたころは、毎回近くのNさん宅にご挨拶に行っていた。

その後、弟夫婦が墓参りしていたころもNさん宅に寄って平素のお礼をしていた。

そのNさんご夫婦も80歳後半。

墓参りしたあと、近くの昔の屋敷跡に行ってみた。

両親が連れてきてくれていたころには朽ちてはいたものの屋敷は残っていたが

今は大きかった屋敷は跡形もなく、大きな樹々がうっそうと茂っているだけ。

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地元では由緒ある家であったと聞いている。

往時を偲び、1時間少々いた墓をあとにして岡山の妹宅へ戻った。

2019年7月 9日 (火)

帰省、その帰り大阪途中下車(1)

郷里の倉敷にオヤジの二十三回忌、オフクロの七回忌で帰省した。

新幹線のとなりの席に座ったのはインドのニューデリーから来たカップル。

京都、大阪に行くとのことで、東京で過ごした3日間の日本滞在の印象を

いろいろ話してくれた。

宿泊はいつものことながら、岡山郊外の妹宅。

いつも駅まで妹が迎えに来てくれる。

今回は妹宅に行く前、メールで連絡しておいた小学校、中学校、高校が

一緒だったTくんと妹宅の最寄りの庭瀬駅で会った。

庭瀬は山陽本線の岡山からふたつめの小さな駅。

駅前には地元生誕の犬養木堂さんの表示が掲げられていた。

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庭瀬駅近辺の唯一のお茶が飲める店をTくんが予め駅で聞いてくれていて

歩いてその店に。庭瀬にこんな店が、と思うようなイタリアンの店だった。

しばらくワイワイ。

Tくんが、先日東京でやった高校の同期会の話を聞かせてくれから始まり

話題の大半は地元の仲間のこと、共通の仲間の消息、まぁ話は尽きない。

そんな中、こんな話題も出た。

昔、小学校のころ学校から行っていた海、沙美の話。

日本のなぎさ百選に選ばれているきれいな浜。

この浜の前に建つ家がほとんど空き家になっていて、所有者が、住んで家の

維持管理をしてくれる人を求めていることが話題になった。

Sami_coast   

日本のそこらじゅうにある話であろう。

1時間近く話していたらTくんが「Jちゃん(ボクの妹)を呼ぼう」と言い

妹に電話したら、すぐ来た。

結局、延々と2時間以上3人でわいわい。

終わったあとTくんと別れ、妹が息子に電話し、3人でスパゲティが美味しい

という店に行き、食事。

妹の息子であるボクのおいにあたるHくんに会うのは久しぶりなのでスマフォで

写真を撮り、女房と娘にメッセンジャーで送ったら、即反応があった。

食事のあと妹宅に車で行き、帰省初日は終わった。

 

2019年7月 3日 (水)

高校同期会

一昨日、高校の同期会があった。

毎年この時期行われ、欠かさず参加している。

アレンジしてくれるのはこれまた毎年同じ、大阪在住のWくん。

大阪の仲間にやってもらい悪いなぁと思いはするものの、ボク含め

東京の人間は誰もやろうとしないで、Wくんにおんぶにだっこ。

今年は最多、14名が集まった。

以前何回か女性も参加したことがあったがいつの間にか、じいさんの集まりに。

場所は毎年同じ八重洲地下街の日本料理屋。

通っていた高校は岡山県立倉敷青陵高校。

在学していたのは、もう60年前。

60年経っても欠けることなく、毎年元気に集まれることはすばらしい。

お互い名前は呼び捨て。

加えて、よっちゃん、こういちなど呼称。

小学校、中学校が一緒だった仲間も多い。

各自の近況報告は定番。まだ現役がひとりいた。

卒業した年は、東大に合格した者が10数名いた。

おそらくその後もこの記録は破られていないはず。

となりに座ったSくんが「近いうちに倉敷に帰る。そのとき、かっちゃんと

ぺっしゃんに会う。お前の写真撮ってふたりに見せる」と言い、ケータイで

パシャリ。

終わったあと、これも定番、近くでお茶飲んで「元気でな」と言いながら

別れた。

60年経っても変わらず会える仲間たちがいることに感謝。

 

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