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2019年4月29日 (月)

横浜ブラブラ

以前にも行ったことのある横浜の神奈川近代文学館で「松本清張特別展」を

開催しているとの案内メールをもらい、昨日行ってきた。

好天でもあるし文学館に行くのであれば、少々時期は早いが港の見える丘公園で

バラが楽しめるのでは、ついでに元町を歩き、他に行きたいところもあるしと思い

珍しく朝8時半に家を出た。

元町・中華街駅を降りて、アメリカ山公園から散策スタート。

アメリカ山公園を抜けて、外人墓地へ。遠くに富士山。

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外人墓地から10分ほど歩いて近代文学館へ。

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松本清張展は期待に違わなかった。

若い人にはあまり馴染みがないかもしれないが、ボクが清張にはまったのは

高校生だった1960年ころ。受験勉強で親はとても本を買ってくれないので

図書館で借りてきて、秘かにたくさんの作品を読んだ。

展示で見たら、まさにこれが清張代表作と言える「ゼロの焦点」「点と線」

「眼の壁」などは1958年前後の作品。

ということは、世に出て間もない時期に多くの作品を読んでいたことになる。

その後もたくさんの著作があり、映画やテレビで放映されたものも数多くある。

あらためて、図書館で借りてきて読み直そうと思った。

文学館のあと、港の見える丘公園の花々を楽しんだ。

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港の見える丘公園を出たあと、久しぶりに元町ショッピングストリートを歩いた。

途中、ショッピングストリートを左折して、娘の通った大学、フェリス女学院へ。

大学は中高とともに教会や大きな瀟洒な家が立ち並ぶ一角にある。

自分で行きたいと決めて行った学校だった。

元町や中華街、港の見える丘公園からも近く、きっとカレッジライフを楽しんだ

ことだろうと思いながら近くを散策した。

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帰宅したのは6時ころ。帰ってスマフォの歩数を見たら、13,500歩。

心地良く疲れ、昨夜はぐっすり爆睡した。

 

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コメント

YHさんからこのブログを紹介されました。実は2年程前から松本全集(文芸春秋社:全67巻)を始めから読み出しています。今は26巻を読んでいます。後2年半位で全巻読むつもりです。松本清張と言えば ”推理小説作家 ” と思われていますが、これは間違いです。推理小説も素晴らしい作品がありますが、通俗的で有名(東京駅ホームでの目撃)な ”点と線” については私は駄作と思います。余りにも符丁が会い過ぎ、何か作為的過ぎます。【一番の符丁は ”東京駅での目撃” です。今は余り使われていないが、当時は入場券を良く使い、知り合いの見送りに良く使用されました。第一に、たまたま気が向いてホームを歩いたかもしれません。そのホームに居たから、そこの電車に乗ると考える人の方が間違っているのです。私はこの場面を読んでいて、直ぐに気が付きました。】 松本清張の短編は非常に優れています。”時代物” は、その時代はこの様な情景だったのかが良く分かります(但し、事実か否かは読者の判断ですが多分、平仄があっていますから事実の方が多いと思われます。出典の文献資料名をしっかり書いています)。昨日読んだばかりの第26巻の短編 ”光悦” はお薦めです。本阿弥光悦と俵屋宗達が意外と意外の関係です。また ”熱海・MOA” 所蔵の光悦作 ”紅梅白梅図絵” 等
殆どは光悦が自分で描いたのではなく、、光悦が ”プロディース及び監督” をしてお抱えの芸達者の職人達に作らせたと清張は言うのです。私は初めて知りました。”目に鱗・ホントかいね!!” です。  若い時に松本清張は可成り読んだつもりでしたが、それも1/3位だったのです。清張の執筆量は膨大だったのです。昔読んだ作品を再読すると新鮮さは変わりありません。26巻まで来て、読まなかったのは ”砂の器” (これは映画も見たし、また昔読んだ時の内容を鮮明に記憶しているからです) ”もう一作は3/4まで読んで止めました” (余りにも中年女のエゴと自分勝手さに辟易したからです。お判りの様に、この女は大金持ちの老人の後妻(後・後・・・妻)です) 。最近は色々読む本があり、松本清張全集を読む歩調が遅くなりましたが全巻読むつもりです。

先程のコメントで、補足しておいた方が良いので追加いたします。
”本阿弥光悦と俵屋宗達が意外と意外の関係です。” この関係とは、性的関係ではなく、人間関係の事です。  以上

滝山さん
コメントありがとうございます。
多方面に亘る博学ぶりがうかがい知れます。
花房

先日、コメントを書かせて頂きました滝山です。
コメントを書いた後、気が付きました。あれ、尾形光琳と言う人がいたが確か ”紅白梅図(屏風)” は彼の作品だった筈だが? その内、調べるつもりで今に至りました。
”紅白梅図(屏風)” は矢張り尾形光琳作でした。  修正致します。
本阿弥光悦と俵屋宗達の関係は先日書いた通りです。光悦と俵屋宗達の合作で有名なのは ”鹿下絵和歌巻(光悦書、宗達下絵):・シアトル美術館所蔵” の様です。
光悦は多彩な芸術家で、書道、陶芸、蒔絵、庭園造り等で活躍した芸術家でした。

先日、コメントを書かせて頂きました滝山です。
コメントを書いた後、気が付きました。あれ、尾形光琳と言う人がいたが確か ”紅白梅図(屏風)” は彼の作品だった筈だが? その内、調べるつもりで今に至りました。
”紅白梅図(屏風)” は矢張り尾形光琳作でした。  修正致します。
本阿弥光悦と俵屋宗達の関係は先日書いた通りです。 光悦と俵屋宗達の合作で有名
なのは ”鹿下絵和歌巻(光悦書、宗達下絵):シアトル美術館所蔵” の様です。
光悦は多彩な芸術家で、書道、陶芸、蒔絵、庭園造り等で活躍した芸術家でした。

間違って、二度送信してしまいました。失礼致しました。

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