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2018年12月23日 (日)

追想「我が家の変遷」(2)

先日書いた「我が家の変遷」(1)の続き。 

前回の最後に、公団住宅の賃貸住宅から1978年、35歳のとき、ここ横須賀の家に

越してきたことを書いた。 

今回は越してきた、いきさつについて紹介。 

78年、子供が7歳と5歳になり公団住宅の2DKでは狭さを感じるようになり、いつまでも 

ここではと思うようになった。 

そのようなタイミングでたまたま新聞で見つけたのが、いま住む横須賀のこの家。 

カミさんが新聞の広告を見て、「海のそば、いいなぁ。見に行ってみようよ」と言ったのが

きっかけ。 

当時乗っていた小さな車、三菱ミニカで、4人で延々と東京の北から名前しか聞いたことが

なかった神奈川県の南、三浦半島の横須賀まで長い時間かけて、途中道がわからない中

迷いながら、やっとの思いでたどり着いた。 

たしか10月末、着いたときは夕方4時を過ぎていた。 

販売していた西武不動産の担当者の方を見つけ、案内してもらった。 

カミさんは即、「いいねぇ、気にいった」と。 

販売員の人が「完売したのですが、昨日1軒キャンセルが出ましたので、もしよければ 

ご案内します」と、今住んでいるこの家を案内してくれた。 

カミさんは即、「気にいった。決めようよ」 

ボクは「ここからだと、どれくらいかかるかわからないけど、通勤が大変」と渋った。 

カミさんはかまわず「環境は抜群だし、幼稚園も小学校も近いとのこと、家族4人の中 

あなたが我慢してくれれば、快適な生活ができる」と言い、販売員の人に内金1万円を渡し 

「購入します」。これですべてが決まった。 

4人の中ひとりだけが我慢すればと覚悟し、カミさんの決定に従うことになった。 

それから26年間、ハンパじゃない混んだ電車に乗り続け、1時間半かけて職場に通った。

冬場の朝は、空に残る星を見ながらの電車の駅までの道だった。 

35歳、貯金はわずか。足らないお金は両方の親に無理を言い、支援してもらった。 

やっと、自分の家を持ちたいとの夢はこうして叶った。 

それより何より、定年退職したいま、こうして環境、住み心地の良い家に住むことが 

できたのは、40年前の、あのカミさんの即断即決があってのことだと感謝している。 

以来40年、定年退職してから14年、大変心地良い気分で日々が過ごせているのは

ありがたい。

Img_0632_2_2
1970年に結婚し、1DKの借り上げ社宅からはじまり、2DKの賃貸公団住宅、

シドニーで3年間住んだ大きな庭付きの家、帰国して賃貸公団住宅に戻り、たまたま

新聞で見つけ、カミさんが即決即断した、この横須賀の前面に海が見え、瀟洒な家が 

立ち並ぶ住宅街、色々あった我が家の住屋の変遷は、最終的には間違いなく正解で

あったとあらためて思う。 

ここ地元にはたくさんの知り合いができ、墓も建てたので終生この地に住むことになるのは

間違いない。 

2回にわたる我が家の変遷の歴史にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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