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2018年8月

2018年8月29日 (水)

楽しい一日だった

一週間前、メルボルン在住の女性のIさんから以下の趣旨のメールが届いた。 

『勤める設計事務所では、毎年LFRA(Large Format Retail Association of Australia) 

と呼ぶ視察団を各国に連れて行って、大型店舗や商業施設を視察して、 

いくつかの店舗ではその企業の顧客層の捉え方や店舗における工夫などを現場で 

説明してもらう催しをやっている。今年は東京・大阪に3日間ずつ行くことになった。

途中から自分も同行できるのだが、どうしても8月28日の午前中だけは無理なので
 

もし時間が空いていれば視察に同行していただけないか。バス会社から1名通訳が 

出るが参加人数が40余名なのでちょっと心もとない。 

行き先は9時から埼玉県のカインズ鶴ヶ島店、11時半からジョイフル本田瑞穂店』 

返事した。「当日予定がないので、視察に同行できます」 

朝が早く、行き先は埼玉県。 

待ち合わせ場所は、8時に団体が宿泊している帝国ホテル。 

ほとんだ使うことのない目覚まし時計をセットして、前日の夜寝た。 

このような趣旨の視察は、現役時代何度もオーストラリアのお客様のグループを 

東京で受け入れた経験があり、あちこちで同じようなことをやってるんだなぁと思った。 

久しぶりに満員電車に乗り、帝国ホテルに8時前に着き、世話役のフィルに会った。 

参加者43名、大半が男性。 

バスは一番前の席に座った。通路をはさんだ席にはフィルが、隣の席はメルボルンから 

来た女性のミッシェル。 

最初の目的地は鶴ヶ島のホームセンター、カインズ。 

ミッシェルとはすぐ打ち解け、おしゃべりが盛り上がった。 

便利なものだ。彼女は持参していたパソコンをネットにつなぎ、家族の写真ほか 

見せて説明してくれた。 

そのあと、オーストラリアの家族や友人に様子を知らせる電話をしていた。 

ボクもスマフォで娘家族の紹介、我が家の話と家の近所の様子を彼女に見せた。 

最初に訪ねたのは鶴ヶ島にある大型ホームセンターのカインズ。 

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カインズは横須賀にもあるが、鶴ヶ島店の方が大きそう。 

店舗の沿革、立地、商品の品揃え、売上高、経営に力を入れているポイントなど 

店舗責任者から説明があった。 

ただ、同業者の集団なので、見て回れば大体解り、逐語の通訳はそれほど必要 

なかった。 

途中歩きながら様々な質問が出たが、それらについては通訳し、回答含めて伝えた。 

お土産にパンケーキをいただき、見送ってもらい、次の目的地へ。 

次に行った店はジョイフル本田瑞穂店。 

ここはカインズより一層規模が大きかった。 

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中央のこの通路の長さは500mとのことで、びっくり、 

当然それだけのスペースをうめるだけの商品の品揃えが必要。 

このフロアの年間の売上高について質問が出た。 

オーストラリアドルへの換算を音声でスマフォのシリに聞いた。 

その額に一同びっくり。 

駐車場の台数が3千台と聞き、これにもビックリ。 

食品中心のスーパも併設していた。 

オーストラリアにない品物が並んでいて、視察者の多くが興味を持ち、いろいろ

面白い質問が出た。 

途中、カミサンにユリの球根とイチジクを土産に買った。 

視察が終わったあと、全員で店内のカフェテリアで食事。 

業者が入った食堂で多数の店舗があったが、参加者の多くがラーメン店へ。 

バスの席がとなりだったミッシェルと一緒に行ったら「タック(ボクの呼称)ヌードル 

わたしがおごる」と。 

お言葉に甘えおごってもらい、お返しにギョウザを。 

ミッシェルはギョウザを見て、「これ大好き。よく家で作る」 

ふたつの店舗の視察が終わり、お昼も食べて、次の場所に移動。 

アウトドア ビレッジ モリパーク。 

アウトドアに関わる商品がいろいろ陳列されていて、昔子供たちを連れて行った 

キャンプのことを思い出しながら見て回った。 

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「写真を撮って」とミッシェルに言われ、撮った写真の1枚。 

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一角にスポーツ用品店が入った建屋があり、興味を引くブランドがいろいろ。 

FIVE TENというアメリカの会社のブランドのロゴが一瞬わからなかった。 

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約束の時間になったのでバスに戻った。 

ツアリーダーのフィルが帰ってこないため、みんなで待った。 

フィルは大きな袋を3つ持って戻ってきて、ボクのとなりの席へ。 

何だろう、こんな大きな荷物をと思い聞いたら、中にはバスケットボールサイズの 

大きなカラーボールが3個入っていた。 

彼曰く「最後の夜、会食のあとの余興で使う」 

何に使うか教えてくれた。 

参加者43人全員が3個のボールに各自名前と一言メッセージを書いて、抽選をして

当たった3人が賞品として持ち帰るとのこと。なかなか良いアイディア。 

これは盛り上がるし、いい思い出になる。 

最後にフィルが来年の視察旅行はポルトガルかスペインを考えていると話していた。

帝国ホテルに戻り、一休みしたあと、みんなで銀座シックスに行くと言っていた。 

ボクはこれには付き合わず、皆さんに挨拶をして帰路についた。 

とても楽しい一日だった。 

2018年8月23日 (木)

オンブズマン月例会&暑気払い

われて、横須賀市民オンブズマンのメンバーになって3年。  

3年前スタートしたとき4人だったメンバーは、今も変わらず4人。  

毎月第3日曜日の6時から、メンバーのひとりである弁護士のHさんの事務所で月例会を  

やっている。  

最近はブログの更新が月1回程度と低調であるが、月1度の定例会は毎回議論が盛り上がる。 

直近ここ数回のメインの話題は、前横須賀市長が現職中にかかわったNPOの問題。 

これはまだまだ突っ込める。 

それと、来年4月に予定されている統一地方選挙の話、ならびに現在の市議会議員定数が 

適正か否かの議論。 

横須賀市の人口は数年前に40万人を割った。 

現在の市議会議員数はいぜん41人。 

一時、人口では下位であった藤沢市に人口は抜かれ、議員数は藤沢市と変わらない。 

議会の中でも議員定数を減らすべきとの話は出ていて、いくつかの会派では減じる数まで 

具体的に出してきている。 

オンブズマンでも何かアクションを起こそうと議論を続けている。 

定例議会で一度も質問に立ったことのない議員など、まったく不要である。 

この日は、会合のあと場所を変えて暑気払い。 

メンバーのひとりが家でときどき知り合いを招き、魚料理をふるまっていて、この夜も彼の家へ。 

退職後、自らのボートで釣りに出たり、人を乗せて釣りをさせたり、優雅に過ごしている。 

彼の料理の腕前は玄人並み。 

この夜は釣ってきた魚、アジ、カワハギ、白ギス、イカなどをさばいて調理してくれて、 

お酒と一緒にみなで楽しんだ。 

最初に出てきたのは自分で作ったトコロテンの酢の物、最後はアジのどんぶりと吸い物。 

料理の腕に一同感嘆。 

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次から次へと話は盛り上がり、3時間近くしゃべて笑って、楽しい時間を過ごした。

とってもいい仲間たち。

2018年8月21日 (火)

終戦のこの時期 ②

横浜の神奈川県民ホールギャラリーへ「ノー・ウオー横浜展」を観に行った。

この展示会には何度か行ったことがある。

戦争に思いを馳せる、毎回この時期に開催。 

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午後の後半だったためか、観にきている人は少なかった。

先ず、沖縄の掲載に、ついつい目が入った。

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広い会場にはさまざまな展示が。

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展示を観たあと、エンドレスで映像が流れていた投稿者の体験に基づき制作されたビデオを鑑賞。

ビデオはそれぞれ15分くらいで、自らの戦争体験が綴られていた。

4本観た作品は、

「小山上等兵が撮った日中戦争」「女学生と風船爆弾」「原爆記者~いま語り部に~」

「爆弾ボートのキャッチボール」

どれも選りすぐりの作品だった。

自ら体験したことが具現化されていて、戦争の悲惨さが心にグサリと届いた。

NO MORE WARを強く感じながら、会場を跡に。 

会場を出たあと、すぐ前にある山下公園へ。 

公園では、家族や仲間と遊んだり、ベンチに座って談笑したりする人たちを見て、ここでもまた 

平和であることの尊さを痛感した。

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山下公園をブラブラしていたら、間もなく始まりそうな大道芸に遭遇。

最後まで観た。

さすが山下公園でやるだけあって、芸とトークが洗練されていた。

そのあと、電車に乗るため関内の駅まで。

途中、この日ベイスターズVS広島カープ戦をやっていて、浜スタのそばのパブリック ビューイングで

しばらく観戦。

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この日もまた気ままに過ごした土曜日の午後だった。

2018年8月20日 (月)

終戦のこの時期 ①

土曜日、我が家から2つ目の駅 浦賀のコミュニティセンターに展示を観に行った。

終戦直後の引き揚げ者の悲劇の記録を取り上げたパネル展。

栄養失調で痩せ細った復員兵や、引き揚げ船内ではコレラがまん延して故郷を

目の前にして命を落とした感染者、終戦直後の悲劇が200枚ほどの写真や資料で

紹介されていた。

軍医として南方に行ったカミサンの父親も引き揚げ船で浦賀港に戻ってきた、と本人から

聞いたことがある。そのため、どうしても行きたかったパネル展だった。

展示を見て、浦賀港は12カ所あった引き揚げ港のうち、引揚者の数が4番目に

多い港であったこと、それにコレラ患者の出た船はすべて浦賀港に着岸することが

義務付けられていたことなど、すべて初めて知る話ばかり。

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生々しい写真がたくさん紹介されていた。

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最初の引き揚げ船は、今は横浜みなとみらいの山下公園に停泊し展示されている

氷川丸。1945年10月のこと。

以降、南方地域や中国大陸などから56万人の軍人、一般人が浦賀港で祖国の地を

踏んだ。

パネルでは、あふれるほどに乗船した復員兵が手を振って祖国に帰れたことを

喜んでいる姿をとらえた写真が紹介されていた。

「復員兵ははだしでやせ衰え、力ない足取りで上陸してきたとき、これが歓喜の声で

送られた兵隊さんかと涙が出た」など、出迎えた住民の証言も紹介されていた。

痩せこけて骨と皮だけのようになったコレラ患者や船上で行われた予防接種、

故郷を目の前にし、無念にもコレラ他で亡くなり、祖国の地を踏むことができなかった

兵隊さんが少なくなかったなど紹介されていた。

写真、記録をじっくり観たあと、エンドレスで繰り返し上映されていた20分くらいの

映像も2度観た。

映像の最後で制作に携わった人たちの名前が紹介されていた。

構成担当者の名前を見てビックリ。

以前近くに住んでいて、娘の友だちで、今はボクのフェイスブックの仲間でもある

紀久子ちゃん。

亡き義父が実体験したことを知ることができ、複雑な思いになったとともに

戦争はどんなことがあっても、未来永劫ゼッタイに許されないとの思いをあらめて

強くした。

PS 引揚者記念館は5年前、弟・妹3人で若狭方面に旅行した折に、舞鶴でも

 見学したことがある。

2018年8月15日 (水)

1年前の今日のブログ(沖縄の娘宅にて)

ブログの最後は、滞在中に娘が連れて行ってくれたところを紹介。 

この時期まさに沖縄の旬であるマンゴを知り合いに贈りたいと思い、

連れて行ってもらった糸満にあるマンゴ農家。 

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同年輩の農園のオーナーからマンゴにまつわる話をいろいろ聞いた。 

上の樹は植えてから35年くらい経っていて、年輪を重ね、幹はこんな

立派に。 

1本の樹がこの時期たくさんの実をつける。 

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訪ねた糸満も沖縄戦で米軍から壊滅的な襲撃を受けた地域。 

あちこちに戦跡があり、何度も訪ねた。 

またある日、娘はボクが大好きなことを知っていて、やはり糸満にある

大度浜海岸へシュノーケル潜りに連れて行ってくれた。 

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娘が貸してくれた足ひれをつけて、遠方に見えるリーフの手前までふたりで

行った。 

途中濃紺の魚や黒い縦じまの入ったグレーの魚、テーブルさんごなどが

たくさんいる海を楽しんだ。 

別の日には、娘が行きたいという店で外食。 

娘の家の近くのタイレストランのシャム。 

娘が自宅でやっている外国人シェフを招いて教わる料理教室に、タイ出身の

シャムのママを講師に呼んで来てもらったことがあるそうだ。 

シャムは以前娘宅を訪ねた折には毎回のように行っていたレストラン。 

その味の良さは以前から我が家では定評。 

この日頼んだ料理、どれも美味しかった。 

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3歳違いの孫たちふたり、なにやらおしゃべり。 

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別の日、娘が「前から一度行きたいと思ってたステーキハウスがあるので、

行かない? 

”いきなりステーキ”のお店もできたけど”SAM'S”に行きたい」と言い連れて

行ってくれた店。 

ハワイを思わせる雰囲気の店で、お肉も大きく全員堪能した。 

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Sams

夫婦で出かけた日もあった。 

以前からカミサンに「忘れないように毎日飲んで」と言われずっと飲んでいる

ウコン。 

沖縄に行くたびにウコンを買いに行くところがある。 

娘の家から南に車で30分くらいの知念にあるクルクマの仲善。 

春ウコンを2瓶買ってきたので1年近くはありそう。 

クルクマから見る海は絶景。 

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左にかすかに見えるのは、神に守られ、神と共にある、久高島。 

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久高島には忘れられない思い出がある。 

娘に教わった糸満のうまんちゅマーケットにも初めて行き、我が家に持ち帰る

沖縄特産品を色々買った。

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市議会議員と意見交換

我が街横須賀の市議会議員は29名。

29名の議員の中で一番信頼するのはAさん。

これまでに面談した機会も一番多い。

昨日、諸々あって久しぶりに議員事務局にAさんを訪ね、懸案含めいろいろ意見交換した。

問いに対する意見、考え方が明快で、ウマがぴったり合う。

先ずは、懸案の犯罪被害者支援条例の制定。

何度も意見交換し、市長交え3人で議論したこともある。

犯罪被害者条例の制定では、一昨年ボクが議会の生活環境常任委員会で陳情した

ことをきっかけに、ふたりで神奈川県で犯罪被害者条例で先行している茅ケ崎市を

訪ねたり、去年はAさんが議員たちに声をかけ、議員団が西宮市に視察に行った

こともあった。

このところ、お互いにバタバタしていて、会って話す機会がしばらくなかったため

Aさんにメールし、昨日久しぶりに会った次第。

その間、Aさんは犯罪被害者条例について議会内で粛々と進めてくださっていて、

昨日は以下の発言があった。

他につくりたい条例があり、パラで進めている。犯罪被害者条例は来年初めの制定を 

目指す。条例には明石市で定めている被害者への立替支援金制度を是非入れたい。 

予算措置が伴うため、ハードルはいくぶん高いが、処分が決まっても金銭的救済が 

受けられない被害者のため、市が加害者に肩代わりし、支援金を立替払いする制度を 

ぜひ条例の中に入れたい」

立替支援金については、兵庫県の明石市に先例があり、Aさんが明石市の市長に

議員団で面談に行くことを申し入れしたが、スケジュールの調整がつかず、やはり

犯罪被害者条例では先行している西宮市訪問が決まった経緯がある。 

立替支援金制度については、Aさんと何度も話し、予算措置について議会・市当局を

説得する覚悟を感じた。 

Aさんは自らが主導し、これまで議会で3本の条例を作った実績がある。

自らが主導し条例を作る力があるかどうかが、そのまま地方議員の能力につながら

バロメータであると以前から思っている。

Aさんは犯罪被害者条例以外に、ガン克服支援条例、口腔衛生条例、スポーツ

コミッション条例を、各会派がメンバーを出している政策検討会議の俎上に上げて

議論しているとのこと。

頼もしい、まさにこういう方に地方政治は担ってもらいたいとあらためて思うとともに、

先々この街の市長になって欲しいと強く思った。

2018年8月12日 (日)

悲惨な出来事が続いた8月

6日の広島原爆の日に続き、9日は長崎原爆の日、15日は終戦の日、それに 

今日12日は33年前に起きた日航機墜落事故。  

犠牲になられたすべての方々を悼むかのように、15日はお盆。  

日航機墜落事故、33年前のあの日のことは忘れられない。  

羽田から大阪へ向かう途中、群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落し、520名の 

方々が命を落とされた。  

夏休みだったので子供たちや学生もたくさん乗っていた。  

事故さえなければ、その人たちはそれぞれ家庭を持っていたはず。 

日航は事故後「安全啓発センター」をつくった。 

センターには、壊れた尾翼や圧力隔壁、ぐにゃりと曲がったメガネやペン、乗客の方々が 

書いた遺書も展示されている。 

是非、「安全啓発センター」訪ねてみよう。 

今朝も早朝から、御巣鷹の尾根にはたくさんの方々が慰霊登山をされたと報じられた。  

命を落とされた方々が520名、信じられない数の犠牲者。  

3年前の今日書いたブログはこちら 

2018年8月10日 (金)

許せない事件

信じらない最高にアタマにくる最近の事件は、東京医大の受験生を欺いた

入学試験に関わる到底許せない不正極まりない行為。

入試なんて、小手先でいくらでも操作、不正が できること、

すべてが金がからむことを国民は知った。

たしかにやろうと思えば難しいことではないのでは。

厳正だと思っていた大学の入学試験に大変な疑惑・疑念を

植えつけた罪は到底ぬぐいきれないほどの重罪。

関係した者たちはもちろん厳重に処罰し、厳罰に処し、

メディアにはそれを継続して伝える責任と義務がある。

一部の者たちの利得に走るこういう大学は潰せばいい とすら思う。

ひとつの医大を潰しても世の中の大勢に影響はない。

2018年8月 4日 (土)

「大学生の卒業支援」

もう6年以上、週3回聴いているNHKラジオ 実践ビジネス英語、今週のテーマは

「大学生の卒業支援」

以下、要旨。

 ・現在のアメリカには、大学の中途退学という深刻な危機がある。

  若者の60%が大学に進学しているが、学生たちはかつてない難題に直面している。

 ・4400万人のアメリカ人が学資ローンをかかえていて、ローンの総額は

  1兆4千億ドルを超え、クレジットカードの借入額を上回り、史上最高額。

  ローンの返済が終わるのは、自分の子どもが大学に入るころというケースも珍しくない。

 ・日本で4年以内に大学を中退する学生の割合は10%であるに対し、アメリカでは

  6年以内に卒業するのは学生の55%に過ぎず、中退する学生が半数以上いて、

  社会問題になっている。

 ・家族の中で初めて大学に進学した世代の1年生は、3年以内に3分の1近くが退学。

  この中途退学率は、両親が大学卒である学生の3倍。

講座に登場する人物は、同じ職場に勤務する30歳代から45歳前後の男女6人。

仕事のみならず、各々の生活、日々感じること、人生感を各回のテーマにそって自由に

披露し議論する。

今回のテーマ「大学生の卒業支援」についても、各自それぞれの経験、立場から意見交換

していて、興味深いやりとりが続けられている。

2018年8月 1日 (水)

お施餓鬼法要

お施餓鬼と言っても、多くの人には馴染みのないことば。 

ネットで引くと「施餓鬼とは、お盆の時期に行われることが多い仏教行事のひとつ。

餓鬼(がき)とは、俗にいう生前の悪行によって亡者の世界に落とされた魂や
 

無縁仏となっているような霊や魂の事を言い、常に飢えと乾きに苦しんでいるものを指す。

施餓鬼とは、そういう者たちにも食べ物や飲み物などの供物を施すことで餓鬼の供養を
 

行う法要行事」 

毎年夏のこの時期、檀家になっているお寺さんから「お施餓鬼法要の御案内」が届く。 

23日14時に行うということで出かけた。 

施餓鬼に加えて、毎年11月には、お十夜という法要がある。 

こちらも11月23日。曜日に関係なく両法要、何故だかわからないが23日。 

お盆には住職が読経に来られる。何故だか聞いてみよう。 

さて、このお寺、浄林寺に墓地を求めたのは、7年前。 

我が家から歩いて15分。 

墓地を求めたのは、23年前に亡くなった息子の墓を近くに建てたかったため。 

墓を建てた年の夏、郷里の倉敷の墓に眠っていた息子を横須賀の地に連れてきて 

息子の仲間たちに集まってもらい、開眼納骨法要と会食を行った。

遠くは愛知県から、30名近くの仲間が集まってくれた。

墓を移したのを機に、先祖代々続いている倉敷の我が家の宗派、天台宗から

浄土宗に宗派替え。

長男にもかかわらず宗派替えすることには、もちろん複雑な思いがあった。

倉敷でずっと墓守をしてくれている弟・妹夫婦、それに両親に申し訳ないとの気持ちを

持った中での宗派替えと墓の建立であった。 

この墓は、息子のあとは我々夫婦が入るだけの小さな墓。 

ただ、倉敷から息子を連れてきたことで、散歩がてら息子に会いに行けるし、 

仲間たちにも息子に会いにきてもらえる。 

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