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2018年6月

2018年6月27日 (水)

この時期恒例

月曜日、富士通の株主総会に参加した。

定年する前はまったく縁のなかった自社 富士通の株主総会、定年退職して以降

毎年出席している。

場所は毎年同じ新横浜プリンスホテル。

それに、これも恒例になった、かつての職場の仲間の女性のTさんが早めに行って席を

取ってくれた。今年は大きなメイン会場の前から2列目の真ん中を取ってくれていた。

今年の株主総会は第118回目とのこと。

その昔はどうであったか知らないし、事業体も大きく推移し、もしその間ずっと年1回

開催されていたのであれば、118回ということは、その始まりは明治の後半なのだろう。

式次第は例年と変わらず。

冒頭、17年度の決算が報告された。

連結決算ベースで、17年度売上収益は前年比プラス345億円で4兆円を超えた。

1兆円企業になることが目標だったのはいつ頃だったろう。15年くらい前かな。

かつての目標の4倍の売上規模に成長した。

当期利益は、前年を800億円上回り、ほぼ倍増の1700億円。

自己資本比率も7.2%上昇し、34.8%となり、財務体質も大幅に改善した。

すべてが好決算である。

という中で、今年も「対処する課題」が説明された。

施策のキャッチフレーズは「ビジネスモデル改革。”形”を変える。”質”を変える」

具体的には、

 ・強みの「通信と情報の一層の融合」

 ・グローバルビジネスの更なる強化

 ・お客様本業分野への深耕

 ・新たなビジネスモデルの創出

株主還元としては、これまで比較的渋かった配当の増額、および自社株買い。

全体的に心地良い話が例年以上に多く出た株主総会であった。

終わったあと、これまた恒例になった製品や技術の紹介コーナーを観に行った。

展示説明の中で興味を持ったのは、ふたつ。

 ① 国連が提唱し,世界中で動きが起きているSDGsに向けた活動の志向。

  SDGs《Sustainable Development Goals》持続可能な開発目標。

    ビジネスに結びつけていくには、まだまだ時間がかかることであろう。

  ただ、企業としては先を見据えて追っかけなければならないテーマであることは

  間違いなさそうである。来年の展示での進展を期待したい。

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  ② 新しい方向を模索するAIベースの翻訳システム

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展示のキャッチコピーに惹かれて説明を聴いた。

是非とも「形」にして欲しい。

終わったあと、一緒に行ったTさんとお昼を。

今年もまた、長崎ちゃんぽん「リンガーハット」

カミサンもTさんを知っていて「リンガーハットでなく、もっと美味しいものをご馳走して

あげて」と今年も言われたが、ふたりで「美味しいよね」と言いながらリンガーハットへ。

2018年6月24日 (日)

映画「30年後の同窓会」

これも観たい映画だった。

ただ、横須賀ではやらなくて、最近良い映画はTOHOシネマズが独占して上映する

傾向にある。

そのため今回もTOHOシネマズ川崎まで観に行った。

アメリカ映画で、原題は「LAST FLAG FLYING」

原題通りだと日本人には受けないということだろう、日本人に受けやすい

「30年後の同窓会」

今のアメリカの世情を見事に反映した、とてもいい、期待通りの映画だった。

作品のあらすじは、

 「30年ぶりに再会した男たちの再生の旅路を描いたロードムービー。男ひとりで

 酒浸りになりながらバーを営むサルと、過去を捨てて牧師となったミューラーのもとに、

 ある日、30年にわたって音信不通だった旧友のドクが突然現れる。ドクは1年前に

 妻に先立たれ、2日前に遠い地で息子が戦死したことを2人に打ち明け、死んだ息子を

 故郷に連れ帰る旅に同行してほしいと依頼する。30年前のある事件で大きく人生が

 変わってしまっていた3人は、ともに旅をし、語り合うことで、人生に再び輝きを取り

 戻して行く」

作品紹介は、http://30years-dousoukai.jp/

 

2018年6月19日 (火)

エディンバラ、思い出した

テレビの旅行番組を観ていたら、スコットランドが紹介されていた。

思い出し、5年前に行ったスコットランドのブログをあらためて見てみた。

番組で紹介されていたエディンバラ城、ロイヤルマイルなどの記憶がよみがえってきた

この旅のメインはロンドンでウインブルトン テニスを観ることだった。

せっかくイギリスに行くんだからとスコットランドまで足をのばし、エディンバラへ。

イングランド、スコットランドを電車で回ったこの旅も、忘れ難い旅になった。

テレビの映像を見て「おっ、あそこ行った。あそこ通った」とカミサンと話が盛り上がった。

2週間の旅、たくさんの場所に泊まったが、移動の大半が公共交通機関だったため

ほとんど疲れを感じることのない2週間だった。

この旅でも、道中たくさんの出会いがあった。

時間がかかり大変だったが、ブログに残しておいてよかった、とあらためて思った。

2018年6月14日 (木)

シンポジウム「辺野古埋め立て即時中止」

日曜日、東京へ「辺野古埋め立て工事の即時中止を求める」講演会を聴きに行った。 

「沖縄意見広告運動の会」の東京集会。 

今回が9期目とのことで、地道に9年間続けられている活動であること、前々日に

大阪でも同じ集会が開催されたことを知った。 

会場には300人を超える人が集まった。 

冒頭、辺野古の状況について沖縄代表から現地報告があった。 

辺野古の写真を映しながら、周辺の海が生き物にとっていかに豊かな海であるかが

説明された。 

映像にはジュゴン、アオウミガメ、サンゴが生息する豊かな藻場が映し出された。 

話を聴いていた人たちは皆、この藻場が根こそぎ壊され、米軍の飛行場に変わる 

ことに戦慄を覚えた。 

続いて特別ゲストで招かれた前名護市長の稲嶺 進さんの講演。 

稲嶺さんは2期8年間名護市長を務め、ずっと辺野古工事反対を訴えてきたが 

2月の市長選で政権が担いだ工事推進派の市長に敗北した。 

この選挙結果は全国で大きく報じられた。 

稲嶺さんの講演テーマは「あきらめない!11月の県知事選勝利で埋め立て工事は

必ず止められる」 

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 以下、稲嶺さんの話のポイント。

 ・沖縄に起きていることは横田基地へのオスプレ配備ほか全国に広がっている。 

  政権、権力の思うがままに、同じ状況が全国に拡大してきている。

 ・市長を務めた8年間「子供たちの未来のため、名護市の未来のため」を目指し  

  やってきた。その思いが今や極めて危なかしい状況になりつつある。

 ・あきらめたときが負け。現実は厳しいが、しなやかに、したたかに非暴力の活動を

  続けていく。

 ・国、政権の思うがままにはさせないという辺野古での活動をはじめて5200日。

  その間に普天間所属のオスプレイほか米軍軍用機が12回墜落。

  普天間小学校では1日30回避難指導。

  辺野古の埋め立ては進んでおり、8月にはいよいよ豊かな生き物が生息する海に

  土砂を入れる予定。

 ・今年2月の名護市長選挙には、政権側が6か月間で100名以上の国会議員を

  送り込んできて、族議員が補助金をぶら下げてやってきた。

  選挙期間中、候補者の顔を見たことがない。

  相手は辺野古のへの字も出さず、申し入れした公開討論会も拒否。

  結果、政権側が担いだ候補者に3500票差で敗北。

 ・11月の知事選で政権側に、とにかく勝つことしか道はない。

稲嶺さんの発言は穏やかであったが、終始苛立ちを覚えた。

感動的な話が終わったあと、しばらく拍手が止まなかった。

2018年6月10日 (日)

セミナー「未来技術に投資しよう」

野村証券横須賀支店が開催した掲題のセミナーを聴きに行った。

講師は野村證券投資情報部グローバル戦略課のYさん。

セミナーの案内チラシには以下のような講師の紹介が書いてあり、それに惹かれて

聴きに行ったセミナー。

『日本株および外国株の投資戦略を策定するストラテジスト。加えて、最先端技術を

中心とした中長期的な投資テーマを調査しており、投資情報部が発行した書籍

「未来技術に投資しよう。日本発”金の卵”を筑波大学に探しに行く』の著者。

『過去10年以上日本だけでなくグローバルの視点からテーマ調査を行っており、

手掛けたテーマは再生可能エネルギーや二次電池、スマートグリッド、シェールオイル

といったエネルギー関連に加え、水や農業といった環境関連、サイバーセキュリティや

人工知能、量子コンピューターといったIT関連、再生医療やゲノム編集といった

バイオテクノロジ-関連など、非常に幅広い分野をカバーしている』

野村証券から講演、セミナーの案内が届くのは珍しくないが、今回は特別セミナーと

銘打つだけの内容だった。

昔は証券会社のセミナーは「儲かる株、株価上昇が期待できる株の紹介」が

中心であったが、今はそのようなセミナーは減ってきている。

期待通り、面白い話がいろいろ聴けた。

内容の紹介は割愛するが、配布された資料の目次でセミナーの内容を紹介。

 ・未来技術への投資が意味すること

 ・不可能を可能にする次世代IT技術(脳型チップ、量子コンピュータ、大脳皮質性

  学習アルゴリズム)

 ・新技術の到来により、平均寿命100歳の実現が視野に

 ・治療から予防へのパラダイム・シフト

 ・人の能力を支援・増強・拡張する新技術

 ・新技術によるエネルギー革命

医療分野に多くの時間を割いて話は進められた。

講師は経済学部の出身、所属する部署は投資情報部、取り上げたテーマは未来技術。

さすが証券会社の雄とも言える野村證券、懐の深さ、人材の幅の広さを感じた

セミナーであった。

2018年6月 7日 (木)

結婚記念日

今日、6月7日は我々夫婦の結婚記念日。 

結婚式を挙げたのは、昭和45年6月7日。4567と覚えやすい日。 

で、今年は48回目の結婚記念日。 

2人とも元気であれば、あと2年で金婚式。 

「よくもまあ」との思い。 

思い起こせば、結婚したのは大阪万博が開催された1970年だった。 

ボクはそのころ仕事で九州の小倉に住んでいて、オフクロから見合いをするようにと 

連絡があり、帰省して見合いをしたのが夫婦の縁のはじまり。 

実はそのころお付き合いしていて、結婚したいと思っていた女性が門司にいた。 

我が家は結婚ということではオフクロが信念に近いものを持っていて、ボク、弟、妹の

結婚相手は3人とも見合い。

良い人を探してくるので、とオフクロはずっと言い続けていた。

オヤジは当時どのように思っていたのか、ほとんど何も言わなかったと思う。 

そういう中で「この人だと良いと思うので帰ってきて見合いするように」とオフクロから 

連絡があったのだろう。 

その勢いに押されたのか、このあたりのことはよく覚えていないが帰省し見合いした。 

話はとんとん拍子に進むとともに、門司の彼女も同じようなタイミングで親が見つけた 

相手と見合いし、彼女の方も話が進んだ。 

そのうちカミサンが東京に出てきて、今でも覚えている、銀座の不二家でお茶をして、

もし一緒になるとするとという感じの話をしたことを。 

倉敷でも両家が話し合い、話が前に進み、徐々に段取りが整っていった。 

その後、初めてのデイトらしきものは、大阪万博。 

このとき初めて手をつないだことを覚えている。 

式の日取りも決まり、帰省し岡山の式場で挙式という段取りで進んだ。 

結婚式の新郎の挨拶で「ジューン ブライド」という言葉を何度か使ったことを覚えている。

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それから48年が過ぎ、今や押しも押されぬ年寄り夫婦。 

2年後、ふたり元気に金婚式を迎えることができれば、どこかにまた旅行して、庭に

記念樹を植えたいと思っているが、2年後は77と73の夫婦、さてどうなっていることか。

2018年6月 4日 (月)

英検リベンジ

昨日日曜日、英語検定試験を受けに行った。

受けたのは英検準1級の一次試験。

去年の秋受けて、あえなく不合格。今回再挑戦。

受けた会場は、我が家から3つ目の駅から歩いて15分のところにある湘南学院高校。

ここはちょうど1年前、英検2級の一次試験を受けたところ。

駅まで歩いていた途中、今がシーズンのアジサイ、珍しく白いものを見つけパチリ。

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9時半集合。

試験は10時開始。

会場の教室に集まったのは24人。20歳代と思われる受験生が中心。

女性の方が少々多いかという感じ。年寄りはボクひとり。

最近、小学校での英語教育、大学入試に採用される英語試験が話題になる機会が

俄然増えたためか、英検受験者数も増えてきているのでは。

試験がはじまる直前まで多くの受験生が持参したテキストに目を通していた。

試験は文章問題とリスニングで2時間。

英語教育、大学受験の話題が盛り上がっていることが影響してか、前回受けた試験より

問題数が多く難しくなっているように感じた。

今回も体力勝負の感があり集中力の勝負では75歳はちょっとというのが正直な印象。

それが顕著だったのがリスニング問題。

ヒアリングそのものは週3回聴いているNHKラジオのビジネス英語で鍛えられているため

問題はなかったが、問いかけ時間の短さと問題数の多さには勝てないという感じだった。

5問の長文読解、質問の多さ、こちらもタフだった。

終わったら、精魂尽き果てたという感じ。

合否結果の発表は6月18日とのこと。

1次に受かっていれば、もちろん2次試験は受けるが、いずれにしても英検はこれが最後で

打ち止めと決めている。

終わったあと初夏のグランドでやっていた部活の運動をしばらく見ていた。

平素付き合うシニアの仲間と違い、若さとエネルギーをまじかで見て大いに心地良かった。

2018年6月 1日 (金)

またまた映画2本

観たいと思っていた映画2本をやっている映画館をネットで探したら、川崎のチネチッタで

やっていることを見つけ、火曜日観に行った。

2本の間に1時間50分間隔が空いているのは止む得ない。

お昼を食べて、持ってきた新聞を読んで、スマフォをチェックし、近くをブラブラすれば

いいと思い、出かけた。

2作品は韓国映画「タクシー運転手」、それに最近の話題作「モリのいる場所」

「タクシー運転手」は実話で感動的な作品だった。

舞台は韓国の光州(クワンジュ)、時代は1980年。

ボクが韓国電力のシステム開発のため、頻繁にソウルに出張していたころ。

当時、韓国は南北が激しく対峙していて、全土に戒厳令が敷かれていた。

今の韓国からはとても想像できない大変な時代だった。

映画の舞台となった光州は、とりわけ軍と住民の熾烈な衝突があった街。

作品紹介は↓

『1980年5月に韓国でおこり、多数の死傷者を出した光州事件を世界に伝えたドイツ人

記者と、彼を事件の現場まで送り届けたタクシー運転手の実話をベースに描き、

韓国で1200万人を動員する大ヒットを記録したヒューマンドラマ。

1980年5月、民主化を求める大規模な学生・民衆デモが起こり、光州では市民を

暴徒とみなした軍が厳戒態勢を敷いていた。「通行禁止時間までに光州に行ったら

大金を支払う」というドイツ人記者ピーターを乗せ、光州を目指すことになったソウルの

タクシー運転手マンソプは、約束のタクシー代を受け取りたい一心で機転を利かせて

検問を切り抜け、時間ギリギリにピーターを光州まで送り届けることに成功する。

留守番をさせている11歳の娘が気になるため、危険な光州から早く立ち去りたい

マンソプだったが、ピーターはデモに参加している大学生のジェシクや、現地のタクシー

運転手ファンらの助けを借り、取材を続けていく』

「モリのいる場所」も実在の夫婦をモデルに描かれた作品。

老夫婦を演じたのは山崎努と樹木希林。

伝説の画家・熊谷守一夫妻を描いた人間ドラマ。

作品紹介は↓

『30年間もの間、ほとんど家の外へ出ることなく庭の生命を見つめ描き続けたという

熊谷守一=モリのエピソードをベースに、晩年のある1日をユーモラスに描いていく。

昭和49年の東京池袋。守一が暮らす家の庭には草木が生い茂りたくさんの虫や猫が

住み着いていた。それら生き物たちは守一の描く絵のモデルであり、じっと庭の生命

たちを眺めることが、30年以上にわたる守一の日課であった。そして妻の秀子との

2人で暮らす家には毎日のように来客が訪れる。守一を撮影することに情熱を傾ける

若い写真家、守一に看板を描いてもらいたい温泉旅館の主人、隣に暮らす夫婦、

近所の人々、さらには得体の知れない男まで。

老若男女が集う熊谷家の茶の間はその日も、いつものようににぎやかだった』

山崎努と樹木希林が演じる老夫婦ということで楽しみにしていた作品だったが

感動的な「タクシー運転手」を観たあとだったこともあり、期待していたほどではなかった。

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