« 冬に向けて | トップページ | 恒例の忘年会 »

2017年12月 4日 (月)

東京湾要塞跡見学ツアー

横須賀市の広報で見つけ、先月の里山歩きツアーに続き、土曜日、史跡東京湾要塞跡の

見学ツアーに参加した。 

史跡に精通した市の職員の方とシニアボランティアの皆さんの説明を聞きながら、

好天の中ツアーを楽しんだ。 

三浦半島と房総半島が入口となり、東京湾に通じる浦賀水道は最も狭いところでは

1400m、ここを一日500隻以上の船が湾内外を出入りしている。 

戦時、浦賀水道は国土防衛の要所であることから、東京湾に要塞が建設された。 

日清、日露戦争が勃発したのは1900年前後。 

見学した千代ケ崎砲台が造られたのは同時代。 

当時、外敵の侵入手段は艦船であり、防御線は千葉の富津岬と横須賀の観音埼で

あったことから、東京湾の入口に位置する横須賀には、千代ケ崎砲台のほか3つの

砲台が建造された。 

Chiyogasaki
2グループに分かれ、砲台内を見学。 

煉瓦、壁の作りは120年前に造られたとは思えないくらいすばらしいもの。 

Cimg9840
部屋の中央には井戸。

当時もちろん電気は通っておらず、ランプの灯りを頼りに動いていた。 

Cimg9839
弾薬庫 

Cimg9843_2

弾薬庫を上から見たところ。 

Cimg9845
階段を昇り、弾薬庫の上部にある砲座へ。 

大砲を打つ砲座は湾に入ってくる敵の艦船から見えないよう、たこつぼ状の場所に置かれ、

ここから浦賀水道に入ってくる敵艦めがけて大砲を打った。

Cimg9847
敵艦の位置がまったく見えないため、指令塔から敵艦の位置は聴導管と呼ばれる

下のような管を通して音声で伝えられた。

標的に当たらず、再試行が繰り返され、当然弾の無駄打ちも多かったことだろう。 

ボタンひとつ押せば一撃で終わる今の戦いと比べれば、なんともまあ、と思いながら

説明を聴いた。 

Cimg9846

見学したのは第一砲台。 

となりでは第三砲台の発掘が進んでいた。 

Cimg9850
きっと面白いと思って参加した見学会であった。予想した以上に興味深い話が聴けて満足。 

終わったあと近くにある燈明堂と呼ばれる三浦半島八景を見に行った。 

江戸の終わりから明治のはじめ、浦賀水道を出入りする舟の安全を守った灯台を復元

したもの。 

Cimg9852

« 冬に向けて | トップページ | 恒例の忘年会 »

コメント

皆さん お元気そうで何よりです。花房さんは髪が黒く若々しいです。内田さんは昔 お世話になり 当時の兄貴的存在でした。ありがとうございました。
同室の木原さんがあまり掃除をしないので悩んで
いましたね。同じ九州出身なのにでも木原さんは 麻雀のプロでした。寮のおばちゃんも
一目置いていました。又、佐藤昇はいつも寮の帰りが深夜で何度か家にはいれるように
対応しました。あれから50年も昔ですね。。
原さんはいつもサングラスで粋な恰好で素敵です。いつも 故平野さんに怒られて気の
どくでした。とうじは 出来の悪い私(部下で)をサポートしてくれてありがとう。都丸さんは
遠く大分まで幹部社員合格時にきてくれた個と感謝しています(よく覚えているでしょう)。
赤尾君 寺本君が部長になりましたのでお祝いに来て下さい。。以上

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 冬に向けて | トップページ | 恒例の忘年会 »

2018年6月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

最近のトラックバック

無料ブログはココログ
フォト