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2017年8月

2017年8月15日 (火)

娘宅へ (⑥ LAST) 

ブログの最後は、滞在中に娘が連れて行ってくれたところを紹介。 

この時期まさに沖縄の旬であるマンゴを知り合いに贈りたいと思い、連れて行ってもらった

糸満にあるマンゴ農家。 

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同年輩の農園のオーナーからマンゴにまつわる話をいろいろ聞いた。 

上の樹は植えてから35年くらい経っていて、年輪を重ね、幹はこんな立派に。 

1本の樹がこの時期たくさんの実をつける。 

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訪ねた糸満も沖縄戦で米軍から壊滅的な襲撃を受けた地域。 

あちこちに戦跡があり、何度も訪ねた。 

またある日、娘はボクが大好きなことを知っていて、やはり糸満にある大度浜海岸へ

シュノーケル潜りに連れて行ってくれた。 

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娘が貸してくれた足ひれをつけて、遠方に見えるリーフの手前までふたりで行った。 

途中濃紺の魚や黒い縦じまの入ったグレーの魚、テーブルさんごなどがたくさんいる海を

楽しんだ。 

別の日には、娘が行きたいという店で外食。 

娘の家の近くのタイレストランのシャム。 

娘が自宅でやっている外国人シェフを招いて教わる料理教室に、タイ出身のシャムの

ママを講師に呼んで来てもらったことがあるそうだ。 

シャムは以前娘宅を訪ねた折には毎回のように行っていたレストラン。 

その味の良さは以前から我が家では定評。 

この日頼んだ料理、どれも美味しかった。 

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3歳違いの孫たちふたり、なにやらおしゃべり。 

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別の日、娘が「前から一度行きたいと思ってたステーキハウスがあるので、行かない? 

”いきなりステーキ”のお店もできたけど”SAM'S”に行きたい」と言い連れて行ってくれた店。 

ハワイを思わせる雰囲気の店で、お肉も大きく全員堪能した。 

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Sams

夫婦で出かけた日もあった。 

以前からカミサンに「忘れないように毎日飲んで」と言われ、ずっと飲んでいるウコン。 

沖縄に行くたびにウコンを買いに行くところがある。 

娘の家から南に車で30分くらいの知念にあるクルクマの仲善。 

春ウコンを2瓶買ってきたので1年近くはありそう。 

クルクマから見る海は絶景。 

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左にかすかに見えるのは、神に守られ、神と共にある、久高島。 

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久高島には忘れられない思い出がある。 

娘に教わった糸満のうまんちゅマーケットにも初めて行き、我が家に持ち帰る沖縄特産品を

色々買った。

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2017年8月12日 (土)

娘宅へ ⑤

今回沖縄に行くにあたり、事前にフェイスブックで連絡を取り合っていた方がいた。

6年くらい前に知り合った那覇在住の女性のKさん。

メールのやりとりをし、お昼をご一緒することになった。

聞いていた住所を借りたレンタカーのカーナビに入れ出発はしたものの、目的地の設定が

うまくできず、結局途中で断念し、ケータイに電話して、コンビニに車を停めて待ち、申し訳

なかったがKさんに来ていただき、先導してもらって、Kさん宅まで行った。

しばらくご家族の話をして、彼女の案内で近くのお店にお昼を食べに行った。

とても雰囲気のいい沖縄の古民家。

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飲みたかったがこれまで飲む機会がなかったと彼女が言う、ぶくぶく茶をデザートで

いただいた。

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食事のあと、自らが社長をつとめる学習塾の本部に案内していただいた。

沖縄ゼミナールというこの塾には、一時期孫も通っていた。

沖縄NO1の学習塾で、大学合格実績はすごい。(Kさんの了解をもらい写真掲載)

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Kさん宅に歩いて帰り、少々おしゃべりして、お宅を後にした。

夜娘に話したら「Kさんとフェイスブックのお友だちになりたい」と言い、そのあとふたりは

つながった。

この日の帰り、娘宅の近くのアブチラガマと呼ばれる沖縄戦跡に寄った。

アブチラガマには2度行ったことがある。

沖縄でガマは洞窟のこと。

戦時中、アブチラガマは避難した住民だけでなく、多くの兵士が起居をともにし、たくさんの

悲惨極まりない話が残っている。

これまで行った2度とも、ボードに掲示されたガマの説明を読んだあと、事務所で

ヘルメットと懐中電灯を渡され、真暗い中を手探り、足探りで独りで歩いて回って怖かった。

きっとそのような見学の仕方はもう禁止されたのであろう。

今は説明する人がついて、案内を聞きながら見学でき、悲しい凄惨な話をいっぱい聴いた。

ここがガマの入口。

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こちらはガマを出たところ。

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出口近くで案内して下さった女性が「ホタル、見えますか?私も今年初めて見ました」

と言われた。

場所は、ひめゆり学徒隊ほか多くの勤労支援の女学生が亡くなった所だと説明を受けた。

それで思い出した。

何年か前、鹿児島の知覧特攻平和会館を訪ねたとき聞いた話。

特攻隊員がお母さんと呼んでいた富屋旅館の鳥濱トメさんが「自分を慕った特攻隊員が

出撃した日の夜にはホタルが飛んできた」と。

2017年8月11日 (金)

娘宅へ ④

1週間いた間、ボクの好みを熟知している娘のアドバイスで、あちこちに出かけた。

これまで何度も行ったことのある孫の体操教室に、今回も娘と一緒に行った。

教室は昔孫たちが通っていた幼稚園。

幼稚園に着く直前、娘が「この近くに沖縄の鉄道歴史館があるので行ってみたら」

歴史館は幼稚園から歩いて5分のところにあった。

いま沖縄にはゆいレールと呼ぶモノレールが那覇市内にはあるが、鉄道はない。

戦前には、那覇と幼稚園のある与那原(よなばる)を結ぶ沖縄県営鉄道があったことを

初めて知った。

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与那原駅は米軍の空襲により完全に破壊された。

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展示物を観終わったあと、お客が誰もいなかったので、管理人の男性と沖縄の鉄道の

必要性、ありようや与那原の町の話をしばらくおしゃべりした。

そのあと、幼稚園の体操教室へ。

娘は夕方の家事があるため家に戻り、パパが交代で迎えに来ていた。

体操教室の先生は何度も会い顔見知りになった元気のいい60歳前の男の先生。

姉孫は中学生になり卒業、妹孫は最年長か。

もう3年以上通っているので、出来ることが増え、身のこなしも軽快になっていた。

マットの手前で踏みきり、ジャンプし1回転で着地。うまく写真が撮れなかった。

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別の日午前中、娘のフェイスブックの仲間が関係している南風原(はえばる)町の

文化センターが主催する「琉球かすりの道歩き」に参加。

娘から「興味があれば、お友だちがガイドしてくれるツアーなので申し込むけど」とメールが

届き「興味あり」と返事し、夫婦で参加することになった。

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参加者は定員いっぱいの20人。地元の人たちが大半のようで夏休みの課題研究を

兼ねて参加した小学生連れの家族が多かった。

ツアー中何度も娘のお友だちが「花房さん」と声をかけてくださった。

この日はとても暑く、集落一帯を2時間半かけて歩き、終わったら参加者みんなぐったり。

気の遠くなるような細かな琉球かすりの着物が作られる工程を見学させていただいた。

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ツアーの最後、琉球かすりの作者のお宅を訪ね、話を聴いた。

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南風原は沖縄戦で米軍の激しい襲撃を受けた地区。

南風原の沖縄戦を展示した南風原文化センターには2度行ったことがあり、その悲惨さ

には目を覆った。

http://tak05.cocolog-nifty.com/banzai/2011/08/post-c7a8.html

2017年8月 9日 (水)

娘宅へ ③

娘家族がこの家に移り住んで2年。 

娘夫婦が丹精込めて育てている庭の木々、花々、果物が夏真っ盛り。 

先ず、沖縄ならでのドラゴンフルーツ。

ドラゴンフルーツは鮮やかな色と独特の姿形、ビタミンやミネラルが詰まった栄養豊富な

果物。

炎天下の夏の高温時、夜間に開花する。

ちょうど娘宅に滞在していた夜に開花し、2日続けて5つの花が楽しめた。

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蜂が蜜を吸うため、花弁に群がっていた。
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パパイヤがいくつも実をつけていた。パパイヤは年間何度も結実する。

今回は荷物が多かったこともあり、もらって帰らなかった。

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バナナとさとうきびはとなりの畑のもの。

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バナナは取る人がいないので、娘がもらってきて天日干しにしていた。

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パパが育てているスイカ。間もなく食べられそう。

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花樹もいろいろ。

赤と黄のハイビスカス。

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パパが作ったメロンと干したバナナが食卓に並んだ。

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いつも借りるレンタカー屋でなく、娘の家の近くでレンタカーを取扱っているところで借りた

ダイハツの軽。

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田舎であるためか、とてもいい加減な店だった。

貸し出す前の説明はまったくなく、借りたあと娘に指摘されて、左前のこすりキズに

気が付いた。

返す日時を娘が予め電話で伝えておいたのに、返しに行ったら不在。

娘が電話し、車は家の近くの空き地に置いてカギをポストに入れ、帰りの飛行機に

乗るためそのまま空港へ。

もうここでは借りたくない。

2017年8月 7日 (月)

娘宅へ ②

1週間いた娘宅、今回は色々やって大変充実していた。 

先ず、4日間、毎朝庭の雑草を刈った。 

溝をはさんでとなりの土地に生えた雑草、土地の持ち主が誰だかわからないとのこと。 

雑草はどんどん生い茂ってくるので、刈っておかないとますます厳しくなるため刈って

欲しいと娘に頼まれた。 

刈る前はこんな感じだった。 

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30分くらいしかやらなかったが、初日の成果は、たったこれだけ。でも、暑くて疲れた。 

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要領がわかり、1時間以上やった2日目の成果。 

ただ、無理な体勢でやるためか、腰にきた。 

この日は特に暑くて、娘のダンナのつなぎを借りてやったため、途中2度水シャワーを

浴びた。 

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3日目、見かねた娘がやってきてボクの数倍のスピードでこなし、その結果ここまで進んだ。 

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最後はわずか残った部分を帰る日の朝やっつけた。 

「来年もこの時期に来たら、またこれやらなければ」と言ったら、「来年はシルバー人材

センターさんに頼むかなぁ」と娘は言っていた。

ただ、刈りとった雑草を捨てるのは楽。

家の前の道路のガードレールからバナナの植わっているところに投げ込めば終わり。

何回も何回もここから投げ込んだ。いずれ雑草は朽ちて土に戻る。

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このガードレールの手前に生えた根株には思い出がある。

去年やはり夏のこの時期、娘宅を訪ねたとき、このガードレールの下に生えていた大きな

根株をいくつも掘り起こす作業をカミサンとふたりで3日間かけてやった。

この作業は今年の雑草刈りよりきつかった。

根株が再生していなくてホッとした。

娘宅の草取りということでは、こんな思い出もある。

6年前の8月娘宅を訪ねたとき、当時娘家族が住んでいたアパートで大家さんから各戸が

借りていた畑の草取り 、これも暑い中厳しかったことを思い出す。

2017年8月 6日 (日)

娘宅へ ①

1週間、夫婦で沖縄の娘宅へ。

今回のメインは、姉孫が4月に入学した中学校で、悩んだ末入った部活のブラスバンドの

サマーコンサート。

日曜日、中学校の音楽教室で3時開演。

部員22人、全員女子。

姉孫の担当はサクソフォン。

サクソフォンは1、2、3年生各1名。(写真の並びは3、1、2年生)

入学して初めて触ったサクソフォンだったが、3か月少々特訓を受け、家でも練習し

立派に役が果たせた。

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2・3年生によるリコーダー合奏。

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締めくくりは、ジャズの名曲”Sing Sing Sing”

躍動的でとっても良かった。

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最後に、今回の発表コンサートで、高校受験準備のためであろう全員退部する3年生の

あいさつ、部長あいさつ。みんなすばらしい挨拶だった。

とても感動的なコンサートで、となりに座っていたカミサンは感極まったのか泣いていた。

終わって姉孫が出てくる前、校舎内をすこしブラブラ。

1学期の期末テストの成績順位が掲示されていた。

妹孫にもいろいろ付き合った。

近くの公民館で毎朝あったラジオ体操。

となりのお宅の同じ4年生のMちゃんと一緒に、毎朝近くの公民館へ。

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この週は娘が当番でラジオ体操の曲を流し、終わったあと子供たちに参加印を押していた。

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体操が終わったあと毎朝近くを散歩して帰った。 

散歩道からは海が見える(別の日に撮った一枚)

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近くにはお墓があった。内地の墓とは趣が違う。

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別の日、娘から妹孫の夏休みの課題研究を手伝ってと頼まれた。

妹孫が選んだ課題は水質検査。

沖縄でヒージャと呼ばれる湧水池の水の採取に付き合った。

何度か孫たちを連れて行ったことのある垣花ヒージャへ久しぶりに行った。

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遠くには海が臨める。

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ペットボトルに水を汲んだあと孫は遊んでいた女の子と仲良くなり、滝になったところで

ビーチサンダル流しをしたり、水をかぶったり、帰ろうとせずしばらく遊んでいた。

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孫が嬉々として遊ぶのを見ていて、ボクも夏休み、生まれ育った倉敷で遠くの貯水池まで

歩いて行って、疲れ切るまで遊んでいたのを思い出した。

課題研究ということでは、中1の姉孫がとても興味ある課題を選んでいた。

テーマは「日焼け止めの効果」

夏休みの沖縄にぴったりのテーマ。

「ぜひ結果を見せてね」と頼んだ。

8月6日

毎年のことだが、今朝は8時から、広島原爆記念日のNHK放映を観た。 

あれから72年、8時15分、原爆投下時間にあわせ、テレビの前で、無念無残の中、 

命を奪われた方々に思いを込めて、心から黙とうを捧げた。 

松井広島市長の平和宣言には、今年も胸を打たれた。 

広島の空で一瞬のうちにさく裂した絶対悪、その下で日々の営みを続けていた人たちは 

そのすべてを失った。 

平和の誓いを、文章を読むことなく訴えた小学校6年生の男女の生徒にも心を打たれた。 

今年も原爆記念公園の慰霊碑に刻まれた文字が紹介された。 

 「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」 

安倍首相の挨拶のあと、毎年放映される来賓の挨拶放映はカットされ、代わりに紹介された 

「原爆の絵が語る広島ーキノコ雲の下ではー」はとても良かった。 

惨禍の中、生存された4200名の方々が、自分たちが自らの目で見た情景、惨状を絵に 

残されていて、10枚くらいの絵と描かれた方の説明が紹介された。 

14万人の方々が、その年に亡くなられたと聴き、あらためて思った。 

中核市の人口に匹敵する人たちなんだと。 

今年は核兵器禁止条約が国連総会で圧倒多数の賛成で採択され、HIBAKUSYAの 

思いが取り入れられた、との大変喜ばしいニュースを何度もメディアがとり上げた。 

多くの日本人が、条約が採択された国連総会の場に、唯一の被爆国である我が国が 

出席せず、賛否を投じなかったことを大変残念に思った。 

被曝された方々の平均年齢は81歳を超えたとのこと。 

あと5年もすれば、被爆の実相を自らの口で語れる人たちが、ほとんどいなくなるのでは 

と誰もが懸念する。 

3日後の8月9日は長崎に原爆が投下された日。 

毎年のように思う。 

世の中の関心、メディアの取り上げなど、同じ悲惨な体験をした長崎と広島は、まったく 

同じトーンで扱われるべきだと。

2017年8月 5日 (土)

大学オリエンテーション

先日のブログに書いた横須賀米軍基地内にあるメリーランド大学のオリエンテーションに

昨夕参加。

2日前まで1週間、沖縄の娘宅に行っていたがオリエンテーション参加のため引き上げた。

オリエンテーションは17時から。

米軍基地(ベース)内には入れないため、ゲート前で待ち合わせ。

集まったのは、ボク入れて男性3人、女性4人。

見た感じ、40歳前後の人たち。

5月に開催された説明会には7~80名が参加していたが、結局今回は7名でスタート。

係りの女性パトリシアに案内されて教育センター棟まで10分くらい歩く。

オリエンテーションはパソコン入力と手書きにより提出書類の作成、およびゲートに入る

カードの申請。

事前に送られてきていたメールを見落としていたようで、個人情報の入力ほか他の人たち

より時間がかかり、終わったのは最後になった。

学籍番号も決まった。

提出資料には、勤務先ほか知り合い3人の名前、連絡先を書く欄があり、3人に了解を

取る必要があるため、この作業が残った。

勤務先の知り合いはいないので、隣のSさんと月曜日朝行くテニスコートの仲間2人に

お願いし了解をもらい、月曜日2時、説明してくれた係りの女性パトリシアとベースの

ゲートで会い、この書類を渡すことになった。

あとは授業スケジュールの説明があった。

事前にメールで送られてきていた候補曜日、時間に参加者7名が答えた希望曜日、時間が

調整された結果、月曜日、水曜日の19時30分~21時40分に決まった。

プラス、通常授業ヒトコマ2時間40分なのが、大学側の事情で2時間10分になったため、

8月、9月は金曜日3回、19時30分~22時10分に補充授業が行われる。

この部分はややこしいので、紙をプリントしてもらった。

今回の講義は横須賀基地の教室にカメラを置き、ネットでつないで岩国基地と

Live-streamされるとの説明があった。

今回の秋の授業に限り、教科書が無償でもらえることとなり、授業初日に渡される

とのこと。

欠席は事前にメールで先生に届け出、欠席が多い場合は資格停止になることもある

当講座はブリッジ プログラムとの名称で、1学期8週間、週2回、6学期構成。

すべてが終了するのは来年10月。

ブリッジの意味は、ブリッジプログラムが終わったあと、希望し大学が認めれば、基地に

勤める軍人と一緒に本講座を受けることができるため、ブリッジと呼ばれている。

授業料は1学期663ドル。クレジットカード払い。

大学とのやりとりはすべてメール。

思っていた以上にタフそう。

途中で落後する可能性もありそうなので、授業料は学期毎に払うことにした。

こんな感じで、74歳の大学生活がはじまった happy01

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