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2017年6月 1日 (木)

1泊で群馬へ ①

行先は初めて聞く場所、みどり市。

我が家から電車を乗り継ぎ4時間かかった。 

まさに、みどり市の名にふさわしい場所だった。 

行った目的は「生命(いのち)のメッセージ展 」に参加するため。 

先ず、ほとんどの人が聞いたことがない「生命のメッセージ展」について。 

「生命のメッセージ展」の発案、企画、運営に携わっているのは鈴木共子さん

鈴木共子さんに初めて会ったのは2000年だから、もう17年前。

我が家は1995年に交通事故で当時23歳だった息子を亡くした。

前方不注視の暴走してきたトラックが息子の乗っていたバイクに突っ込んできて起きた

事故だった。

息子の事故から5年後、新聞、テレビで鈴木さんの息子さん、零君の事故が大きく報道

された。

2000年4月9日、早稲田大学に入学したばかりの男の子ふたりが、飲酒の上、暴走運転

した加害者の運転する車にはねられ、亡くなるという悲惨極まりない事故であった。

どちらの家庭も母親とひとり息子という境遇の家庭で、言葉がない思いでニュースを読んだ。

事故から1ヶ月くらいたったころであったろうか、母親の鈴木共子さんが朝日新聞の声の欄に

寄せられた投稿文を読んだ。

鈴木さんに連絡をとりたくて朝日新聞に電話し連絡先を聞いた。

朝日新聞は「連絡先は教えられません。鈴木さんへの手紙を書いて送ってもらえば、こちら

の方から鈴木さんに送ります」とのことで、すぐ手紙を書いて朝日新聞に送った。

しばらくしてから、鈴木さんから我が家に手紙が届いた。

この手紙をきっかけに鈴木さんとのお付き合いがはじまった。

鈴木さんは造形作家で、零君の事故の前から準備していた展示会を東京の大森で予定

通りやると聞き、カミサンとふたりで会場に出向き、初めて鈴木共子さんにお会いした。

2000年5月のことだった。

鈴木さんに再びお会いしたのは、たしか2か月後の7月。

飲酒悪質運転の撲滅を訴えるため、当時参議院議員、その後千葉県知事になった堂本暁子

さんに請願するため国会に堂本さんを訪ねたときだった。

「生命のメッセージ展」のアイディアをもとに、鈴木さんからお話をお聞きし企画書を見せられ

意見を求められた。

それから17年余の時を経て、「生命のメッセージ展」は社会を動かすまでになってきた。

交通事故のみならず犯罪被害者遺族が主催し、毎年全国各地で「生命のメッセージ展」は

開催されている。

のみならず、最近では学校・教育機関、全国各地の行政機関、被害者支援センター、刑務所

などで開催され、警察庁・文部科学省・法務省・国土交通省が後援するまでになった。

鈴木共子さんが悲嘆の中投じた小石が大変大きな波紋となって、多くの人たちに支えられ、

活動の輪は大きく広がってきている。

その「生命のメッセージ展」が群馬県みどり市で開催されるということで久しぶりに参加した。

みどり市で開催された生命のメッセージ展については、「1泊で群馬へ ②」以降で紹介。

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