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2017年1月17日 (火)

阪神・淡路大震災

あれから今日で22年。

22年前の1995年1月17日、朝5時46分、あの大惨事、阪神淡路大震災は起きた。  

あの年、1995年は大変な年だった。

大震災のあと、オウム真理教事件、それに7月には、我が家では息子の事故、一生忘れる

ことのできない年となった。

大震災の起きた神戸は、大学時代を過ごした思い出の地。 

もう50年以上前のこと。  

姫路で教養課程を終え、神戸に移り専門課程、最初に下宿したのは、JR六甲道駅近くだった。  

姫路の寮で一緒だった仲間3人と2部屋の1軒屋を借りて住んだ。

1軒となりが大家のYさん宅だった。  

賄い付きの下宿で、朝晩食事をYさん宅に行って食べていた。  

4人とも不規則な怠惰な生活をしていて、おばさんにはホントにお世話になった。 

おばさんは文句ひとつ言わず、ずっとお世話してくださった。  

そのおばさんも亡くなって、もう6年になる。 

六甲道駅周辺は、震災で最も甚大な被害を受けた地区のひとつだった。  

Yさん宅も完全に崩壊したが、幸いなことに、ご家族は全員無事だった。  

震災から2年後、下宿していた仲間3人とお見舞いに伺った。  

かつての建て込んでいた家並みは跡形がまったくなく、あちこちに更地ができていた。  

Yさん宅の数軒隣のアパートに住んでいた3人の神戸大学の学生たちが震災で亡くなった 

ことを、訪ねたときおばさんから聞いた。  

「つぶれた家の下敷きになり、燃え盛る火の中、周りの人たちは手を出すことができず、 

ただ茫然と、目の前で亡くなっていく人たちを見取っていくことしかできなかった」 

と、おばさんは涙声で話してくださった。 

大変な数の命がこのような最期を遂げたのかと思うと、今でも激しく胸が痛む。 

震災後、読んだ新聞に書かれていた記事をメモしておいた。 

『震災を”6千人が死んだひとつの事件”と考えるのは死者を冒涜していないか。  

ひとりが死んだ事件が6千件あり、6千通りの死があるはずだ。ひとり一人の命を 

見つめるべきではないか』  

今朝テレビのニュースを観て、手を合わせ黙とうし、無念の中、尊い命を落とされた

6434名の皆様のご冥福に、あらためて深く祈りを捧げた。

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