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2017年1月

2017年1月31日 (火)

最近カミサンがはまっていること

年末からずっとカミサンがはまっていることがある。 

それはゲームソフトのファイナル ファンタジー。 

ずっとプレイステーションでやっている。 

我が家のプレイステーションは古いモデルのプレステ2。 

以前もやっていたファイナル ファンタジーだが、どういうわけかメモリーカードが見つからず 

暮れに買いに行くのに付き合った。 

ロールプレイゲームなので、途中の経過や結果をメモリーカードにセーブしておかないと 

続けてゲームができない。そのためメモリーカードは必須。 

先ず、ドンキホーテにメモリーカードを買いに行ったが、古いプレステ2のものはないと言われ 

「どこに行けばあるだろうか」と尋ねたら、「ハードオフに行けばあるかも」と。 

行く前にあるかどうかハードオフに電話して聞いたら、探してくれて「ひとつありますが、

使えるかどうかはわかりません」、との返事。 

電話したあと、電車に乗って教えられたハードオフの店へ行った。 

親切なお店で、500円くらいのものだったが、使えるかどうか確認してくれて、「大丈夫です」 

やっとの思いでメモリーカードを手に入れ、カミサンは大喜び。 

それ以来、年末年始も含め、ファイナル ファンタジー漬けの毎日。 

おそらく100時間以上やっているのでは。 

傍から見ていて、なにがそんなに面白いのかと思う。 

以前持っていたメモリーカードのときも相当時間をかけてやっていた。 

「前やっていたものが消えたから、最初からやらなければならない」と文句を言いながらも、

時折、息子の仲間のNくんから借りた攻略本を見ながら、まあよくやるものだと思って、

見ている。 

彼女は来月70歳 (歳をばらしてしかられそう bleah 

ゲームに、はまるタイプのようで、プレステだけでなく、ファミコン、スマホ、iPadでもゲームを  

やっている。ボクはぜんぜん興味がない。  

ゲームだけでなく、ネットにも強く、wifiの設定ほかすぐやってくれるし、スマホを買ったのも

早く、きっとはまると思い、結婚記念日にプレゼントしたiPadをマスターするのも早かった。 

ボクの方は、スマホをやっと先月のクリスマスに買った。

スマホについて聞けば、「自分で色々触ってやってみないと覚えないよ」と言いながらも 

渋々教えてくれる。 

ボクにはない探究心と執着心、取り組み姿勢には常々感服している。

2017年1月28日 (土)

感激した出会い

先日夕方外出の帰路、電車に乗るためホームに向かった。 

長くはないが待ち行列ができていて、そのひとつの列の先頭に白杖を持った40歳過ぎ 

くらいの目の不自由な男性が並んでいた。 

誰もサポートする人がいないようだったので、最近目の不自由な方のホームでの事故が 

続いたため、後にいた人に断わり、補佐させてもらうことにし、白杖を持った方にその旨 

声をかけた。 

この方の自宅はボクの帰り道と同じで、途中同じ方向の電車への乗り換えが必要だった。 

「お仕事の帰りですか?」と尋ねたら、そうですとの返事。 

それをきっかけに、車中で会話がはじまった。 

大学に勤めているとのことで、事務の関係かと思い尋ねたら、研究者とのことだった。 

学科を聞くと、物理学。 

「大学の物理学の知識はないですが、どのような分野ですか?」と尋ねたら、「超伝導って 

聞かれたことありますか?」と尋ねられ、「どのようなものかわかりませんが、言葉は知って 

います」と答えた。 

「昨年のノーベル物理学賞でアメリカの3人の学者がトポロジーをテーマに受賞しました」と。 

「覚えてません」と答えた。 

その方は「実はそのトポロジーを研究しているのです」と。 

トポロジーについて聞いても所詮は解るわけがないので、そのあとは、目が不自由な中、 

研究をしていく上でのご苦労をいろいろお聞きした。 

「開発途上国にも優秀な研究者はいますが、そのような人たちに比べれば、日本の研究者は

恵まれています。文献や資料をボランティアで点字にしてくださる人がいらっしゃいますし、

我々のような研究者だけでなく、目が不自由な中、医師や弁護士になっている人も珍しく

ありません」と、何を聞いても前向きな返事が返ってきた。 

乗り替え駅に着き、補佐させていただきながら、ボクも同じ線に乗り換えた。 

降りたホームの近くにエレベーターがあったので、「エレベーターで」と声をかけたら、 

「エレベ^ターには乗りません。この先の階段を下りて、そちらから乗ります」との返事。 

この方には決められたルーチンがあることがわかった。 

「この階段を降りたところで乗らないと、自宅の最寄り駅で降りたとき、どのように行けば 

よいかわからず、困るんです」とのこと。 

このようにも言われていた。 

「研究は点字にしていただいた本を読めばいいのですが、大変なのは通勤、特に途中駅での 

乗り換えです。週に2~3度大学に行っていますが、通勤には片道2時間かかります。 

大学の最寄り駅からはバスに乗ります。自宅の最寄り駅から家までは歩けば15分で 

帰れますが、途中自信がないためバスに乗っています」 

別れるとき思わず「スゴイ方にお会いできてよかったです。またお会いする機会があったら 

ぜひお声をかけさせていただきます」と言い、握手をして別れた。 

前向きに自分の目標に向かってポジティブに生きている方にお会いできてホントに良かった。

2017年1月25日 (水)

神奈川県犯罪被害者支援委員会(3)

当委員会にメンバーとして参加していることは何度かブログに書いた。

一番最初に神奈川県の安全防災局から声がかかったのは、13年6月。

既に3年半以上関わっていることになる。

検討は3期に分かれていて、1期目は、現行の問題と方策の洗い出し、2期目に方策の具体化、

最終3期目でその実践というステップで進めており、今回は2期目の最終第5回目の委員会

であった。

2期目の7名の委員の構成は、弁護士、産婦人科医会理事、大学教授2名、自治体課長

2名、それに被害者代表としてボク。

事務局は県の安全防災局の部課長及び神奈川県警幹部。

7名の委員の男女比は4対3、議論を引っ張る事務局の中心は女性課長という全体の

フォーメーションが大変良い。 

発言はすべて録音され、後日テープ起こしをして、県のホームページに掲載される。 

今回は第2期目の最後の委員会ということで、事務局のまとめた報告書案に委員が意見を言い

報告書をまとめあげることが目標であった。

報告書案は事務局から事前にメールで送られてきて、各委員はメールで意見を返し、それに

基づき、昨日は議論が進められた。

ボクは意見として以下を事務局に送り、昨日の委員会で意見を述べた。

  『報告書案、じっくり読ませていただきました。

  当委員会にお声をかけていただき初めて参加させていただいたのは13年6月でした。

  以来、委員の中唯一の被害者の立場で参加し、被害者の視点から様々な意見を

  述べさせていただきました。

  今回が成案を得る総括委員会ということで感慨深いものがあります。

  あらためて13年6月の委員会の資料を見て、回を重ねた議論ならびに事務局のご尽力で、

  さまざまな点で前進があり、大きな成果があったと感じております。

  そのような中、これまで申し上げたことと重複するものもありますが、以下意見を書かせて

  いただきます。

  1.今後の最重要課題であると何度も申し上げた県と市町の連携には是非とも一層の

    ご尽力をいただきたい。

    主要市が条例を制定することを後押しするとともに支援願いたい。

    条例制定では先進市である茅ケ崎の事例を参考にするよう主要市に働きかけて

    いただきたい。

    県と市の担当者主幹会議は是非とも実のある効果の上がるものにしていただきたい。

    実績を上げた市に対しては県が表彰する仕組みを作ってはいかがか。

  2.サポートステーション、ホットラインなど県の行っている支援、活動が県民にしっかり

    届くよう、アウトリーチ活動を一層工夫していただきたい。

    例えば、電車内のドアに連絡先を入れて、サポートステーション、ホットラインの 

    ステッカーを貼るのは効果があると考える。

  3.性犯罪、性被害については、経験された方、あるいはしかるべき方が主宰する

    参加者全員が女性の自助グループを作って、運用ルールをしっかり定め、被害者に

    広く門戸を開いた集まりを作ってはどうか。

  4.犯罪被害者条例の一環で、前回の委員会でご紹介した明石市の先進事例を研究

    されて、県が犯罪被害者から、加害者に対する損害賠償請求権を譲り受け、被害者に

    立替支援金を支給する「立替支援金制度」を是非ご検討いただきたい。

    裁判、示談等で損害賠償が決定しても、支払いを履行しない加害者が少なくない  

    ことから、求める施策である』

2017年1月21日 (土)

三島ぶらりひとり旅

1年前、静岡県三島市の富士山が望める場所に、日本最長の大吊橋ができたと聞き、

以前から行ってみたいと思っていた。

いくぶん曇り模様ではあったが、一昨日行ってきた。

三島駅から箱根湯本行のバスに乗り25分、三島大吊橋で下車。

大吊橋の通称は三島スカイウオーク。歩行者専用としては日本最長の吊り橋。

正面には富士山。

左遠方に広がる駿河湾は、残念ながら霞んでいた。

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全長400メートルの歩道橋を支えているのは、2つの橋脚。Img_0135
大吊橋を観たあと、バスで三島駅に戻る途中、新年なので、三嶋大社で下車し参拝。

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三嶋大社から駅までぶらぶら歩く。

三島は落ち着いた感じの大好きな街なので、何度も来たことがあり、土地勘はある。

特に、富士山の湧水が流れる疎水路が町中にあり、とても風情がある。

三嶋大社から駅までの疎水路が特に好き。

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小川にはいつもカモが泳いでいる。

スマフォが不慣れのため、右上隅に指が写っているのはご愛嬌。

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途中、瓢箪をつくっているお宅があり、年配の女性が門のところにいて、瓢箪つくりの話を

色々教えてくださった。

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「もしご興味があれば」と言われ、上の小さい千成り瓢箪の種をたくさんいただき、植え方、

受粉の仕方を教えてくださった。

千成り瓢箪の小さいものは1年、ひと回り大きいのは2年、下の大きな瓢箪は20年とのこと。

4月に植えればいいと教わり、ぜひ時期がきたら植えよう。楽しみ。

川沿いには、著名人の書いた文学碑がいくつも建てられている。

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いずれも三島の魅力を書いたもの。

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ついでにと思い、熱海で、今がちょうど時期の熱海桜を観てきた。まさに満開。

Atami_zakura

2017年1月18日 (水)

阪神・淡路大震災 (続)

昨日の朝日新聞記事。

優秀ですばらしい、大学の後輩たちに思いをはせながら、何度も読み返し、そのたびに

涙が止まらなかった。

                 特集:阪神大震災22年

 公認会計士になる――。22歳の神戸大生の夢は、阪神・淡路大震災に砕かれた。

ひたむきに生きた22年。両親は、同じだけ齢(よわい)を重ねた今も息子を思い続ける。

友人たちは、咲かせられなかった夢の貴さを改めてかみしめている。

 1995年1月17日、津市の自宅で藤原宏美さん(76)は大きな揺れで目覚めた。

長男で神戸大経営学部4年の信宏さん(当時22)が神戸にいる。電話はつながらない。

翌18日朝に現地へ。行けるところまで列車に乗り、3時間ほど歩いて神戸市東灘区の

木造アパートにたどり着いた。

「なんだ、大丈夫じゃないか」。一見、形を残しているように見えたアパートは、

信宏さんの部屋がある1階が2階に押しつぶされていた。遺体が見つかったのは、

震災の2日後。胸を圧迫されていた。

 約3カ月前、難関の公認会計士試験合格の報告を電話で受けた。

「お父さん、通ったよ。就職も決まった」妻の美佐子さん(72)と喜んだばかりだった。

 優しく、おとなしかった信宏さん。エアコン、風呂なしのアパートにも文句を言わず、

通っていた公認会計士受験の予備校の費用はアルバイトで工面した。

妹の進学のことも考え、「常に家計を心配してくれていた」と美佐子さんは振り返る。

 地震発生の直前の大みそか。信宏さんが1泊だけ津市の自宅に帰省した。

宏美さんが車で駅に送ると、降りたロータリーで車を見送ってくれた。

宏美さんは「社会人になって2、3年は、旅行とか楽しく過ごす時間をあげたかった」

 なぜ難関の公認会計士を目指したのだろう、と考える。

「目標を目指して努力していたこと自体に充実感があった、と信じたい」

 宏美さんと美佐子さんはこの17日も、アパート跡地の駐車場で手をあわせる。

                  ◇   ◇   ◇   

 震災の数日後、崩れたアパートから、信宏さんの遺品を掘り出す若者たちがいた。

公認会計士受験の予備校に通う仲間3人だ。

 田島照久さん(45)は、信宏さんの机から、合格時に自分が送った祝電を見つけた。

「取っていてくれたんだ」。涙がこぼれた。吉形圭右(けいすけ)さん(45)は、がれきの

隙間に潜り、遺品をひっぱり出した。

 西口卓さん(44)は遺品の中に、卒業論文の制作用に信宏さんに貸したワープロが

あるのに気づいた。「卒論が入っている」と思い、その中のフロッピーディスクを宏美さん、

美佐子さん夫妻に届けた。予感は的中。夫妻はディスクから卒論を印刷。

神戸大に提出した。授与された卒業証書は夫妻宅に飾られている。

 4人は「勉強漬けの貧困学生」(吉形さん)のグループだった。

昼食の弁当はコメを持参し、予備校近くの喫茶店から厚意でおかずを分けてもらった。

信宏さんは飲み物代を浮かせようと水筒を持ち歩いた。

 3人はみな、公認会計士になる夢をかなえた。3月には他の仲間と一緒に信宏さんの

墓参りをする。「頑張っているよ」「天国から見ていてくれ」。そう語りかけるつもりだ。

 勉強漬けだったけれど、確かに青春があった、あの日々を思いながら。

2017年1月17日 (火)

阪神・淡路大震災

あれから今日で22年。

22年前の1995年1月17日、朝5時46分、あの大惨事、阪神淡路大震災は起きた。  

あの年、1995年は大変な年だった。

大震災のあと、オウム真理教事件、それに7月には、我が家では息子の事故、一生忘れる

ことのできない年となった。

大震災の起きた神戸は、大学時代を過ごした思い出の地。 

もう50年以上前のこと。  

姫路で教養課程を終え、神戸に移り専門課程、最初に下宿したのは、JR六甲道駅近くだった。  

姫路の寮で一緒だった仲間3人と2部屋の1軒屋を借りて住んだ。

1軒となりが大家のYさん宅だった。  

賄い付きの下宿で、朝晩食事をYさん宅に行って食べていた。  

4人とも不規則な怠惰な生活をしていて、おばさんにはホントにお世話になった。 

おばさんは文句ひとつ言わず、ずっとお世話してくださった。  

そのおばさんも亡くなって、もう6年になる。 

六甲道駅周辺は、震災で最も甚大な被害を受けた地区のひとつだった。  

Yさん宅も完全に崩壊したが、幸いなことに、ご家族は全員無事だった。  

震災から2年後、下宿していた仲間3人とお見舞いに伺った。  

かつての建て込んでいた家並みは跡形がまったくなく、あちこちに更地ができていた。  

Yさん宅の数軒隣のアパートに住んでいた3人の神戸大学の学生たちが震災で亡くなった 

ことを、訪ねたときおばさんから聞いた。  

「つぶれた家の下敷きになり、燃え盛る火の中、周りの人たちは手を出すことができず、 

ただ茫然と、目の前で亡くなっていく人たちを見取っていくことしかできなかった」 

と、おばさんは涙声で話してくださった。 

大変な数の命がこのような最期を遂げたのかと思うと、今でも激しく胸が痛む。 

震災後、読んだ新聞に書かれていた記事をメモしておいた。 

『震災を”6千人が死んだひとつの事件”と考えるのは死者を冒涜していないか。  

ひとりが死んだ事件が6千件あり、6千通りの死があるはずだ。ひとり一人の命を 

見つめるべきではないか』  

今朝テレビのニュースを観て、手を合わせ黙とうし、無念の中、尊い命を落とされた

6434名の皆様のご冥福に、あらためて深く祈りを捧げた。

2017年1月16日 (月)

全豪オープン、錦織勝利!

メルボルンで今日オープンした全豪オープン初戦で、、第5シードの錦織圭、世界ランキング

45位のロシアのクズネツォフを接戦の末、5―7、6―1、6―4、6―7、6―2で破った。

ランクに大きな開きがあり、ノーシードのクズネツォフには、楽勝するではと予想するメディアが

多かったが、以前一度ゲームを観たことがあるクズネツォフは、決して楽に勝たせてもらえる

相手ではないと思っていた。

第1セット、いきなり5-7で先取された。そのあとすぐ2セットを一方的に制し、これはやはり

実力の差が結果に出たかとな思い観ていた第4セット、ブレークに対しブレークバックの応酬、

ヤバイのでは、もしこのセット落とせば、2対2でタイブレークになるのではと、ヤキモキしながら

観ていたら、不安は的中。

6-7で第4セットを落とし、勝負はファイナルゲームの第5セットまでもつれ込んだ。

ファイナルゲームの第5セット タイブレークで、かろうじて仕留めた。

3時間半を超える熱戦であった。

暑い中で行われる全豪オープン、1回戦は先々の対戦のために出来る限り力を温存して

おきたいところであったが、そうはうまくいかなかった。

これで7年連続で全豪オープン初戦突破。

勝ってくれたので、この先も楽しめる。

2回戦の対戦相手は、世界ランク72位のフランスのシャルディー。

大会の会場は、今年もハイセンスアリーナ。

毎年思うが、とっても響きの良い名前の会場。

全仏オープン・ウィンブルドン・全米オープンと違い、時差なく楽しめる全豪オープン、

是非とも、この先しばらく、錦織の手に汗握る試合を期待したい。

2017年1月 9日 (月)

かなこちゃん ちかこちゃんをしのぶ会

多くの皆さんがきっと覚えておられることだろう。

1999年11月、東名高速自動車道で飲酒運転のトラックが普通乗用車に衝突し起きた

交通事故で、幼い姉妹ふたりが死亡した悲惨で悪質極りない、許せない出来事のことを。

事故はマスコミ等で大きく取り上げられ、それが危険運転致死傷罪の成立に大きく影響した。

亡くなった2人のお嬢さんの名前は、井上かなこちゃん(3歳)、ちかこちゃん(1歳)

今年も千葉で「かなこちゃん  ちかこちゃんをしのぶ会」が行われ、昨年に続き参加した。

会を催したのは、かなこちゃん、ちかこちゃんのご両親の井上保孝さん、郁美さん、それに

4人の子供さんたち。

井上さんご家族は昨年からオーストラリアのメルボルンに転勤されていて、一時帰国され

今年も催しが行われた。スイスに留学中の長女も一時帰国、ご家族全員で開催。

会合には50人くらいの人たちが全国から集まった。

メルボルンとスイスでの井上家の近況がパワーポイント画像で紹介されたあと、かなこちゃん

ちかこちゃんの可愛い写真がスクリーンに映し出され、母親の郁美さんがお話しされた。

時は流れ、事故時3歳だった、かなこちゃんは今年は成人式の年。

「成人したかなこ(奏子)ちゃんよりプレゼント」とのプログラムは感動的だった。

以下、今朝の郁美さんのフェイスブックの書き込みから無断で引用させていただいた。

 「13年前に言い渡された民事裁判の判決に基づいて、奏子の逸失利益(18歳から就労

  していたと仮定し得られていたはずのお給料から生活費分を差し引いたもの)の支払いが

  一昨年の命日に始まりました。生きていたのなら、こんなもんじゃない。もっともっと社会に

  貢献していた娘となっていたはず、と臆さず親バカになります。せめて奏子に代わって

  そのお給料を飲酒運転の撲滅のため、被害者遺族のために役立てたい、と私たちは思い   

  ました。その趣旨を理解してくだり、意義のある活動をされているいくつかの団体  

  (アスク、運転代行振興機構、ハートバンド、中野勉強会、など)に今日は、目録をお渡し

  しました」

このあと、井上家と他家族の子供たちによる恒例の劇。今年のお題は「ライオンとねずみ」

Img_0098
そのあと、指名された参加者が近況ほか話し、なごやかな雰囲気で会は進行、最後に

井上さんご夫妻の挨拶でお開きとなった。

2017年1月 5日 (木)

箱根小旅行

クリスマス前あたりから、関東地方はずっと好天が続いている。

雪に埋もれている人たちがたくさんいる中、この時期天気が良い日にはいつも思う。

恵まれているなぁ、と。

その好天の昨日、富士山を観に、箱根に出かけた。

3が日が終わり、箱根駅伝も終わった翌日だから、もう大丈夫だろうと思って乗ったバス、

甘かった。

十国峠を越え、箱根町が近づくと大渋滞。

我慢できなく、運転手さんの許可を得て、他の乗客とともに降りて、途中から歩いた。

先ず、前々日・前日の箱根大学駅伝の往路ゴール・復路スタート地点に寄りたくて、芦ノ湖畔へ。

Cimg8593
すぐ近くには、箱根駅伝ミュージアム。

さすが青学は最も前、その後ろに東洋、早稲田、順天堂、神奈川の順。

Cimg8595
湖畔からは富士山がバッチリ。

Cimg8600
近くをブラブラ。

まあ、外国から来た人が多いこと。

話しかけただけでも、シンガポール、韓国、インド。

きっと日本のガイドブックで東京から手軽に来ることができ、日本を知ることの出来る箱根は

ベストスポットのトップグループで紹介されているのだろう。

歩いて、カミサンが行ったことがないという箱根関所へ。

Cimg8601
ボクは何度かひとりで来たことがある箱根関所だが見逃したところが多く、今回新たに

多くの発見をした箱根関所だった。

Cimg8602
いろいろ説明してくれた女性の話、それに最後に訪ねた資料館を観て、見逃していた関所に

ついて、あらためて多くを知った。

はるか昔学校で習った関所の役割り「入り鉄砲に出女」、「関所破り」など、徳川幕府がいかに

全国各地の大名の謀反を押さえることに手を尽くしていたのか、取り調べをする役人の

モデル像とともに説明されていた。

Cimg8603
特に江戸から国元に逃げ帰る女性に対し厳しい監視をするとともに、大名には年数度の

参勤交代で江戸に来させ、その両面で関所がいかに江戸幕府を守ってきたかが

あらためてよくわかった。

その仕組みにより、江戸時代250年間を通して、はり付けの刑に処せられる関所破りは

たった6件しかなかったと知り、びっくり。

関所破りを監視するために設けられた芦ノ湖と山岳方面を見張る監視小屋。

Cimg8608
足軽が監視小屋まで登る急坂が右に見える。手すりなどもちろん当時はなかったことだろう。

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まるで現在の北朝鮮のような恐怖政治が敷かれていたのだと思うとともに、いかに今が

良い時代であるかとつくづく思った。

とともに、これは歴女の孫達ふたりに見せたら、きっと間違いなく興味を持つと思い「こちらに

来たとき行くのお勧め」と娘にメールした。

関所のあと、これまたカミサンが行ったことがないと言う、すぐ近くの杉並木に行った。

Cimg8609
徳川時代、夏の強い日差しや冬の寒風から旅人を守るために街道の両脇に植えられた杉は

樹齢400年。昔は街道はこの道幅だったのだ。

Cimg8611
杉並木を抜けると元箱根。

関所であまりにも時間を使ったため、結局、赤い鳥居の箱根神社にはお参りできなかった。

Cimg8616
それとこれまた行きたかった、元箱根にある成川美術館も閉館が5時のため行けず。

まだまだ見所のある箱根、また来ようと言い、帰りのバスに乗った。

2017年1月 1日 (日)

年のはじめに

新年のお慶びを申し上げます。 

我が家は、今年も夫婦ふたりで新年を迎えました。 

大晦日にカミサンが作ってくれたお節にお雑煮、ワインで乾杯し、無事新しい年を迎えられた 

ことに感謝。 

以前はお重につめていたが、ふたりだけなので、今年は簡略に。 

Cimg8591
かつては、元旦の早朝のしきたりとしてやっていた、初日の出、神社への参拝は、このところ

やらなくなった。 

午後は楽しみにしていたサッカー天皇杯を最初から最後まで4時間近く観た。 

今年は川崎フロンターレVS鹿島アントラーズ。 

川崎フロンターレはかつて勤めていた富士通のJリーグチーム。 

川崎フロンターレは創部20年。未だ優勝経験なし。 

一方、鹿島アンタラーズは、過去19回の優勝経験があり、今年のJリーグも制した強豪。 

当然のことながら、自ずとフロンターレの応援に力が入る。 

前半、鹿島が先制、後半フロンターレが追いつき一進一退のまま、延長戦に突入。 

延長前半、アントラーズが1点先取、これが結局決勝点になり、フロンターレは敗退。残念至極。 

やはりアントラーズは強かった。これで今年はJリーグ、天皇杯ともに頂点を極めた。 

ただ、今年の富士通はアメフトで実業団優勝、サッカー天皇杯準優勝、すばらしい結果を残し 

2017年は、きっと会社にとっていい年になることだろう。

ついでに、以下今年出した年賀状。

年賀状をお送りした方は、読み飛ばしてください。

  新春のお慶びを申し上げます。

  ご家族お揃いで、新しい年を新たな気持ちでお迎えになられたことでしょう。

  我が家は今年、夫婦ともども70歳台の仲間入りをします。

  幸いふたりとも健康に過ごせていることに日々感謝しています。

  定年退職直後の12年前にはじめたブログ「無為に過ごす」

  フェイスブック、40歳からはじめたテニス、3年目となる

  市民オンブズマン活動などを通し、多くの仲間に恵まれ、

  「日々是好日」の毎日を過ごしています。

  娘一家は沖縄に移り住んで8年目を迎え、すっかり沖縄の人となり、

  公私ともども多忙な日々を送っています。

  新しい年が皆様にとりまして、旧年にも増して、健やかな

  実り多い一年になりますことを祈念いたしております。

                             2017年元旦
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