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2016年12月11日 (日)

沖縄の娘宅へ ⑥

書こうと思っていた沖縄のブログを書いていないことに気がついた。

行ってすぐ娘からチラシを見せられ、「ちょうどいる間にやってるから、これ見に行ってきたら」

チラシを見たら、世界のウチナーチュ大会」(大会ダイジェスト動画コンテンツあり)

沖縄では沖縄人のことを「ウチナーチュ」と呼ぶ。本土の人間は「ヤマトンチュ」

大会は5年に1度開催。今年が6回目。

世界大会だから、沖縄から海外に移住した人たちが沖縄に戻ってきて、内外地の人たちが

一緒になってやるお祭り。

それを観ることができるのは、最高にラッキー scissors

10月26日の前夜祭からはじまり、30日にグランドフィナーレ。

27日にカミサンと行くことにした。

娘のアドバイスは「会場のひとつ先のモノレール駅のそばにあるイオンの駐車場に車を停めて、

モノレールで行くのがいいよ」

モノレールの駅を降りたら、いかにも会場に向かう人たちのシニア5人組に会った。

聞いてみると、ブラジルのサンパウロから来た、3世の人たちだった。

「5年に1度なので、どうしても来たかった。いる間に親戚を訪ねる予定」と話していた。

会場に入るとすぐあったのが、このブース。

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国籍さまざま。

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ブラジル、アメリカ、ペルー、アルゼンチン、ボリビア・・・各国の文字で書かれたそれぞれの

国の受付けテントが設けられていた。

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ハワイから来た人たちの行列。聞いてみるとハワイからだけでも1700人来ているとのこと。

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「どこの国から?」と聞いたら、ボリビア。

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暑くて疲れたので、屋台でかき氷と沖縄ぜんざいを食べた。

同じテーブルに座ったおじいさんと話が弾んだ。

歳を聞いてみると86歳。とても見えない。

悲惨な沖縄戦の話からはじまり、いろんな昔の沖縄の話をしてくださった。

若いころからずっと三線(さんしん)を弾いていていて、翌々日に地元の読谷まつりで三線を

奏でるとのことだった。

「ちょうど2日後に読谷方面に行く予定なので、お祭りに寄ります」と言い別れた。

ウチナーチュ祭りを見終えたあと、沖縄戦の悲惨さを体験者が描いた絵が会場の片隅に

ひっそり掲示してあった。

沖縄戦を記録した写真や文書は多く観たことがあるが、体験者が描いた絵を観たのは初めて。

これまでのどの記録よりも壮絶であった。

Cimg2004

大会終了翌日の新聞、沖縄新報の見出しは、

  「沖縄魂 熱く 継承 絆深め再会誓う」

  「1万5395人が集い閉幕」

  「県人の団結強く 世代超え発展へ」

運良く、5年に1度の世界のウチナーチュ大会を観ることができ、とてもラッキーだった。

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