« 神奈川県犯罪被害者支援検討委員会 | トップページ | 沖縄の娘宅へ ② »

2016年11月16日 (水)

高校同期会

昨日昼、高校の仲間の集まりが東京駅近くであった。

出身高校は倉敷青陵高校。

入学した年は1960年、56年前。半世紀以上も前。

ありがたいことに、毎回Hくんがメールで呼びかけてくれて、年に1度は集まっている。

アレンジしてくれる人がいなくなると、きっと自然消滅してしまうのでは。

昨日は12名が集まった。

久しぶりに女性のNさんが参加し、雰囲気が変わった。

先ずは、毎回のことながら各自の近況報告から。

まあ、こうして出てくる人は元気で、それぞれ日々やることがあり、という感じだった。

70年以上生きてきた12人が集まると、歩んできた道は違うものの、まさに12様の

人生があり、各人の話、それぞれ興味深く聴いた。

当時、倉敷青陵高校は、大学に進むなら青陵という感じで、倉敷唯一の普通科高校だった。

決して名門進学校ではなく、田舎の普通科高校だった。

だが、我々が卒業した年の卒業生の進学先は、それまでの卒業生に比べ、どういう訳か

良かった。

東大に10数名が合格したのは極めて異例であった。

昨日の会合にはそのうち3人が来ていた。

さて、会合で話題になり、興味を引いた近況をいくつか紹介。

多くがもう職とは無縁の中、長い間かけてロシア語を徹底的にマスターし会社を立ち上げ、 

ロシアとのビジネスをやっているFくん。 

唯一女性の参加者Nさんは、長い間やっていた弁護士業はほどほどに、今は成年後見の 

仕事を中心にしている。彼女は「もう争いに絡んだ仕事は結構という感じ」と言っていた。

Nさんがテレビで成年後見の話をするのを何度か聴いたことがある。 

Oくんの娘さん家族はオーストラリアに住んでいて、日本人のダンナがやはりオーストラリアで 

弁護士をやっているそうだ。

キャンベラにあるオーストラリア国立大学を優秀な成績で卒業すれば、優位な条件で

弁護士になれる、と話していた。

長い間自民党本部の要職についていて、衆議院選挙に立候補したものの当選は 

叶わなかったNくん、彼とは生年月日が同じで、小学校、中学校、高校、卒業したあとも、 

節目節目で付き合っている仲。 

今でも、Nのことは「よっちゃん、よっちゃん」と呼んでしまう。

弱かった青陵高校の野球部で、「青陵にエースEあり」と当時評判になったEくん。

今もシニア野球チームで投げているそうだ。

ヨーロッパに長い間駐在し、ドイツ語、英語が堪能で、毎回幹事をやってくれるHくん。

出席していない多くの仲間の話でも大いに盛り上がった。

食事が終わったあと、毎回のことだが、お茶を飲みながら、話しは尽きない。

1時にはじまった会が終わったのは結局5時。再会を期して散会に。

« 神奈川県犯罪被害者支援検討委員会 | トップページ | 沖縄の娘宅へ ② »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 神奈川県犯罪被害者支援検討委員会 | トップページ | 沖縄の娘宅へ ② »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

最近のトラックバック

無料ブログはココログ
フォト