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2016年10月

2016年10月31日 (月)

マレーシア ③ (クチン1)

旅行7日目、ボルネオ島の北のコタキナバルから南のサラワク州の州都クチンに移動。 

今回の旅行では、シンガポール、マラッカ、コタキナバル、クチン、クアラルンプールと5都市を 

回ったが、夫婦ともクチンが一番気に入った。 

コタキナバルからクチンまでは飛行機で1時間半。今回も格安航空のエアーアジア。 

今回の旅ではエアーアジアを最大限に利用した。 

マラッカの旅行店で買ったエアーチケットは3経路。 

クアラルンプールからコタキナバル、コタキナバルからクチン、クチンからクアラルンプール、 

3経路、夫婦2人分で払った航空券代金は約3万円だった。 

格安航空会社はコスト削減のため、多くの搭乗手続き作業を搭乗客自らでやらなければならない。 

日本でもやっとお客の作業となった手荷物の計量とタグ付けはもちろんのこと、荷物の中身の 

チェックほか必要な手続きはすべて搭乗客がやることになる。 

最初戸惑っていたら、若い男性が手伝ってくれて、2回目以降は自分たちでやった。 

コタキナバルからクチンまでは1時間半。 

クチンの空港からホテルまではタクシー。 

ドライバーに日本人だと言ったら、アニメ漫画の話で盛り上がった。 

子供とテレビ番組の取り合いになると話していた。 

マレーシアの空港でのタクシー代の支払い方法も奇異だった。 

乗る前に空港でクーポン券を買わなければならない。 

行き先を言うとその料金に相当するクーポンの料金を告げられ購入する。 

仕組みをタクシードライバーに聞くと、空港だけのようだが、お客が払ったクーポン代のうち 

20%は国が税金として取るそうだ。 

税の徴収漏れをなくすこと、それにドライバーが不当に客に料金を請求しないためとのこと。 

泊ったホテルはサラワク川の河畔。 

両岸を渡舟が頻繁に行き来していた。 

夕方には学生たちが帰宅に使っていて、料金を聞いてみると10円くらいだった。 

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翌日、川を上り下りする舟に乗った。 

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1時間半くらいかけて船頭さんが案内してくれた。

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川沿いには王宮や金ピカの州の議会場や砦が見えた。 

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クチンは猫で有名な町。猫の像が町のあちこちにあった。

下の像は8匹の猫の表情と趣きがよく出ていた。

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クチンの続きは、次のクチン2で。

 

2016年10月27日 (木)

マレーシア ② (コタキナバル)

前回のブログで書いたように、マラッカのタクシードライバーに値引き交渉し、クアラルンプールの

飛行場まで行ってもらうことになった。

この日の目的地は、マラッカからクアラルンプール経由で、ボルネオ島のコタキナバル。

クアラルンプールからは格安航空LCCのエアーアジア。

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クアラルンプールからコナキタバルまでは2時間半。

コナキタバルはマレーシア ボルネオ島サバ州の州都。

州都と言っても、町の中心部は20分もあれば歩ける。

ホテルに着いて近くをブラブラ。

大きなマーケットがあった。野菜、果物、肉類、雑貨、何でもある。

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特に興味があったのはココナツミルクつくりの工程。

聞いたら、飲ませてくれて、親切に詳しく教えてくれた。

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歩いていたら、路上でドリアンとともに熱帯地方の果物の女王と呼ばれるマンゴスチンを

売っていたので買った。

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町中は道がボコボコで、あちこちに段差があり、工事をしているところが多く、つまずいたり、

転倒しないよう、細心の注意を払って歩いた。

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こんなところもあった。昭和20年代の日本のイメージか。

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泊ったホテルは海の近く。夕陽がきれいだった。

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夜、海岸をブラブラ。 

漁師さんが船で釣ってきた魚を並べ、お客が選び、その場で調理する簡易食堂。 

簡易食堂の場所は、昼間行ったら駐車場になっていた。

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簡易食堂の前は海で、漁師さんの船がとめてあり、子供たちが船と岸を飛んで遊んでいた。

まさに職住接近の船上生活。

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コタキナバルには一泊しかしなかった。

コタキナバルに行った仲間に1泊しかしないと話したら「コタキナバルに一泊はないよ」と

2人から言われた。

翌日は、次の訪問地、ボルネオ島のクチンに移動。

2016年10月25日 (火)

大学の仲間を偲ぶ会

しばらくブログの筆が進んでない東南アジアの旅、時間をかけて書くとして、今回は旅から 

帰ってきたその日に参加した大学の仲間を偲ぶ会について。 

11日の朝、成田に到着。 

一度家に帰り、12時の会合に間に合うよう、すぐ有楽町の大学のクラブに直行。 

年4回やっている会合、今回は先月亡くなった1年先輩のUさんを偲ぶ会。 

お世話になったUさんを偲ぶ会に参加できるよう、旅行も11日の朝到着するよう予定を組んだ。 

この日は、遠来の参加者2名、神戸からTさん、高松からMくん、久しぶりに参加のNさん、

それにお招きしたUさんの奥様の総勢13名。

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全員でUさんを偲び、思い出を語り合った。

寮時代の話、仲間で行った旅行、強かったマージャン・・・

特に、寮時代コンパのたびに皆で歌った、旧制神戸高等商業高校愛唱歌「商神」の歌い出しの

「宣誓」は、「Uさんがベストだった」と全員の意見が一致。

最後、全員で「商神」を歌った。

神戸から参加したTさんが歌詞をコピーし持ってきてくれていて、Uさんの代わりにTさんの

「宣誓」のもと、全員で歌った。

今回が今年最後の会合であったため、皆で来年の4回の開催日を決め散会。

2016年10月24日 (月)

脳の諸々検査の結果

「物忘れ外来」のタイトルで、先月、横浜市立大学附属病院の神経内科に 

検査に行ったことはブログに書いた。 

その後、3度通院し、脳血管CT、MRI、脳波の検査を受け、すべての 

結果が出たので、先週金曜日、担当医の診断を受けてきた。 

初診のとき同様、家族同行で来るようにと言われ、カミサンと一緒に行った。 

以下、担当医の所見。 

 ・脳波には問題ない  

・頭部CT異常なし

・頭部MRI、多少、海馬に委縮があるか(数年前にも言われた)  

 ・隠れ脳梗塞の疑いあり  

・脳血流、いくつかの場所での血流低下はあるが認知症のパターンではない 

  ・気になるほどの物忘れがあるのではあれば、初期のアルツハイマーの疑いあり 

  (物忘れの具体例として、人の名前、カタカナの名称、人の顔の記憶・認識、

   数日前の出来事や体験が飛ぶことが時にあり、など話した) 

・パーキンソンのおそれなし 

 ・検査では決め手に欠けるが、基本的に物忘れが主体。 

今後症状が変化して病名が変わる可能性もある  

全体的に著しい所見は認められないとのことでひとまず安心。 

病院を紹介してもらった主治医あてにメモを書いて欲しいと頼んで書いてもらった。 

何に気をつければよいかの問いに対しては「物忘れの進行を抑えるためには 

基本は頭を使うこと」 

今後どのような変化があったら再診を受ければいいかとの問いに対しては、

先ず主治医に相談し指示を仰ぐこと。

70年以上生きておれば、何もないのがおかしいと自ら納得して、診断を
聴いた。 
今回、体系立った検査を受け、専門医に判断してもらって大変良かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 



 

 

 



 

 

 


			

2016年10月17日 (月)

マレーシア ① (マラッカ)

シンガポールに3泊したあと、マレーシアのマラッカに移動した。 

前日、両替屋に行き、マレーシア リンギットに換金した。 

ガイドブックでは、2年前1リンギット32円と書いてあったが、換金レートは25円。 

得した気分になった。 

最初、マラッカまではバスで移動することを考えていた。 

前々日のジョホールバル観光ツァーで、シンガポール国境越えは経験したので、バスで行き

国境を超え、マレーシアに入国することはもちろん出来る。 

だが、カミサンがバスで行くことは自信がないと言い出し、ホテルのコンシェルジュに相談したら、

リーゾナブルな値段でタクシーで行けることがわかり、タクシーで行くことにした。 

結果的には正解だった。 

タクシーには9時にホテルに来てもらった。 

ドライバーのチャンさんは朝マレーシアの自宅から来てくれた。 

家はマラッカの近くで、高速道路を通っていたとき、「我が家はこの左」と教えてくれた。 

途中、チャンさんの家族の話、仕事のこと、奥さんが会社のバスで毎日シンガポールまで 

働きに来ていること、マレーシアの首相はマハティールは良かったが現職のナジブになって 

物価は上がるなど不評、政治の話や暮らしぶりなど、いろいろ話してくれた。 

道路の脇にココナツやゴムの樹が植えられている高速道路を通り2時間半位でマラッカに着いた。 

ホテルに送ってもらい、ホテルの近くの食堂でチャンさんも一緒にお昼を食べた。 

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2泊したホテルの窓から見たマラッカの街。 

写真左方向がマラッカの中心街。奥に見えるのはマラッカ海峡。 

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チェックインしたあと先ずやらなければならなかったことは、この先マレーシア内で移動する

航空券の購入。 

ホテルではやれそうにないので、コンシェルジュンに旅行代理店が近くにあるかどうか尋ね、 

すぐ近くにあるとのことで、早速訪ねた。 

予約が必要なフライトは、クアラルンプールからボルネオ島のコタキナバル、コタキナバルから

クチン、クチンからクアラルンプールの3便。

シンガポールで換金した手持ちのリンギットでは足らず、クレジットカードで払うと手数料が

2%かかるとのことで、旅行代理店の近くにある換金所を聞き、円からリンギに換金し

全フライトを予約した。フライトはすべて格安航空会社LCCのエアアジア。

そのあとマラッカ セントラルに向かって歩いた。

向かったのはマラッカのランドマーク的建物のオランダ広場にあるセントポール教会。

ホテルからは20分くらいだったが、途中場所がわからなくなり、店主が店先で作業していた

ガラス屋さんで道を聞いた。店にいた11歳の息子が案内してくれることになった。

おー、これだ、ガイドブックに写真が出ていたのは。

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案内してくれた子はChong Nick

「ブログやってる?」と聞いてきたので「やってるよ」と答えたら、「写真撮って送りたいので

名前教えて」ということでNickと一緒に撮ったのが下の写真。Nickは姉孫と同じ歳。

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Nickは早速フェイスブックで写真を送ってきてくれた。

「マラッカで若い友だちができてうれしい」と返事した。

昨日、無事日本に帰ってきた、とフェイスブックでメッセージを送った。

Nickと別れ、教会の近くをブラブラ。

近くにはチャイナタウンもあった。

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近くに川が流れ、川沿いの家々とうまくマッチしていた。

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えっ、マラッカって街全体がユネスコの世界遺産に認定されているんだ、知らなかった。

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マラッカには2泊したので時間的に余裕があり、中心街以外に観るところがないかと

ホテルのコンシェルジュに聞いたら「戦争で亡くなった日本人の墓地がある」と教えられた。

ホテルの近くで客待ちしていたタクシーに日本人墓地に連れて行ってもらった。

車で20分くらいのところに墓地はあった。

塀に囲まれていて中には入れなかったので、外から手を合わせた。Cimg1577_2

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マラッカの次の行き先、ボルネオ島のコタキナバルまでは、マラッカでバスに乗って

クアラルンプールまで行き、クアラルンプールから飛行機でコタキナバルに行く予定にしていた。

マラッカからコタキナバルへ直接行くフライトがないので、これしかないと思っていた。

ただ、荷物を持ってバス停まで移動し、長距離バスでクアラルンプールまで行くのは大変だし

バスの遅れでクアラルンプールからコタキナバル行きの予約したフライトに乗れないこともある

と思い、たまたま知り合った日本人墓地まで連れて行ってもらったタクシーの運転手に事情を話し

値引き交渉をし、150kmを160リンギ(4千円)で、翌朝7時半にホテルに来てもらい

クアラルンプールの飛行場まで行くことで交渉が成立した。

2016年10月15日 (土)

シンガポール ②

久しぶりの海外旅行で今回感じたことのひとつ。 

それは、ホテルのインターネットの設定方法が変わってきたこと。 

泊った5か所同じだったから、広くこの設定方法になっているのだろう。 

具体的には、ホテルの部屋で使えるWifiのID,パスワードが部屋番号と名前で簡単にログイン

できるようになっていた。 

かつては苦労し、ホテルのフロントの人に聞いたことも何度かあった。 

それと部屋の電圧対応。コンセントの差し込み口に二股の110ボルトが備わっていた。 

これだと国ごとに違うコンセントを持参する必要がない。

さて、シンガポールの話の続きを。 

シンガポール、マレーシアいずれも市内の移動にはタクシーは使わず、公共交通機関を 

利用した。特にシンガポールでは大変充実した便利な地下鉄を最大限に活用した。

その地下鉄を使って行ったところを2ヶ所紹介。

クラークキィという駅まで行き、ナイトクルージングに参加した。

湾内を遊覧するクルージング。

左側は、完成したとき話題になった超高層の巨大ホテル。

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見える建物の多くは銀行かホテルかマンション。いかにもシンガポールらしい光景。

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シンガポールと言えば、これという、マーライオン。

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中国語と思われる言葉をしゃべる一団が我が物顔で船の中を占拠していて、気分が悪いこと

この上なし。今や世界中どこに行ってもいる輩。

船からJUMBOと表示の出たレストランが見えた。

昔出張でシンガポールに来たとき駐在員が連れて行ってくれた懐かしいレストラン。

夕食はここ!と決め、船から降りたあと入った。

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さすがJUMBO、美味しかった。

ただ、回りを見ていてJUMBOのウリはカニだったのだと、あとで気がついた。

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翌日、シンガポールに行った目的である、23年前にカミサンと息子と娘が行った思い出の

場所を訪ねた。

20年以上前のことなのにカミサンはよく覚えていて、彼女がiPadで探していたルートに従い

行った。

泊ったホテルの地下鉄の最寄り駅はFarrer Park

駅を見て、カミサンは「ここ、ここ!変わってない!」

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ホテルの名前を覚えていたので、地図で検索して通りの名前も出てきた。

ツアーで3人が泊ったホテルPARKROYALはすぐわかった。

カミサン、「ここ、ここ!」

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23年前、3人が歩いたホテルの近くを歩いた。

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大きな道には飾り付けがされていた。

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飾り付けされた道の先には、息子も行ったヒンドゥー寺院があると聞き訪ねた。

入り口で靴を脱いで、訪ねた趣旨を神様に伝えお祈りした。

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そのあとLittle Indiaという街まで歩いた。

Little Indiaだったそうだ、息子が話していたのを覚えている。

「おもしろかったよ。路上で革のジャケツトを売っていて、日本人だと思い、”やすいよ

やすいよ”、とういうのを”うすいよ、うすいよ”と言ってた」と、おもしろおかしく話していたのを

思い出す。

2016年10月14日 (金)

シンガポール ①

一昨日、東南アジアの旅から帰ってきた。 

帰ったばかりなのに、10日あまりで5か所へ行ったため、ごっちゃごちゃになっている上に、

既に記憶があやふやになっている部分もある。 

撮った写真を見て思い出しながら、ブログに残しておかないと、記憶が散逸する気がする。 

さて、先ずは最初のシンガポールから。 

シンガポールのチャンギ国際空港に着いたのは、9月30日金曜日の夕刻。 

久しぶりのチャンギ空港、その大きさにあらためて驚いた。 

空港でシンガポールドルに換金し、市内の中心オーキッドにあるホテルに電車MRTで向かった。

MRTは台湾でも乗った。MRTは今や電車・地下鉄の各国共通の呼称なのだろう。 

退社時間帯であったため電車は混んでいた。車窓からきれいな虹が見えた。 

翌日は朝から、カミサンが出発前ネットで予約していたシンガポールとマレーシアの国境の町 

ジョホールバルへツアーで出かけた。 

宿泊したホテルの裏にあるフォーシーズンホテルのロビーに7時50分集合。 

行ってみると参加者は我々以外日本から来た女性2人の4人でツアーはスタート。 

ガイドのロバーツから国境(ボーダー)超えの手続きの説明を受け、ボーダーの近くまでは 

すぐ着いた。 

ボーダーの近くになると車は大渋滞。 

ロバーツによると日常茶飯事、朝夕は毎日この状態とのこと。 

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日本に住む日本人は国境超えにはまったく縁がない。

アメリカのサンディエゴからメキシコに入ったとき、国境越えの経験があるが、島国以外どこの

国でも、国境超えの手続きは人々の日常生活に密着している。  

30分以上かけて渋滞を抜けだし、チェックポイントに着き、バスを降りて入管手続きを行い  

手続きが終わったあと待っていたバスに乗り、マレーシアのジョホールバルに入った。  

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ジョホールバルは「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれ、日本中が沸いた熱い思い出がある街。

1997年ジョホールバルで行われたサッカーFIFAワールドカップアジア最終予選の

第3代表決定戦でイランと戦い勝利し、初めてFIFAワールドカップの本戦出場を決めたという

日本にとって大変因縁のある街。

マレーシアに入ると、ロバーツに加え、ガイドはマレーシア人の女性のカンさんに代わった。  

ロバーツも親切なガイドだったが、カンさんの日本語、もてなし姿勢はすばらしかった。  

結局ふたりのガイドがついたJTBのツアーだった。 

我々プラス日本人2人でお客は4人、大きなバスで一日、ふたりがつきあってくれて、とても 

採算に合わないのではと思った。  

午後はカンさんの案内で、王宮とモスク、途中ホテルのバイキングをいただき、カルチャー 

ビレッジを訪ねた。 

カンさんはガイドの仕事には定番という感じで、行く先々で写真を撮ってくれた。 

旅行してもほとんど人物写真は撮らない我々には珍しく写真が残った。 

下はモスク。まぎれもなく、70前後の夫婦。  

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モスクのあと、マレー・カルチャー・ビレッジへ。 

カルチャービレッジらしく、踊りを見たり、お茶とお茶菓子をいただいたり。

いただいたお茶とお菓子はマレーシアでポピュラーなロティチャナイとテタレ。

Photo
ロティはパンのことで、油をつけて広く延ばし、パイのようにたたんで焼く。

一緒にツアーに行った女性が実演に参加した。

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ボクも手を離していく宙で混ぜるミルクティー、テタレの実演に参加した。

残念ながら、こちらは写真が残っていない。

テタレは道中、あちこちで何度も飲んだ。

バティック(ジャワサラサ)と呼ばれるワックスで線が引かれた絵に色を入れる作業もやった。 

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このあと、ガイドのカンさんにマレーシア側のボーダーまで送ってもらい、シンガポールへ戻り、

ホテルまで送ってもらったリチャードと別れ、ジョホールバル一日ツアーは終わった。

2016年10月 8日 (土)

センチメンタル ジャーニ

先月30日、羽田を発って、シンガポール、マレーシアを回り、9日間が過ぎた。 

一昨日から、ここ、マレーシアのボルネオ島南端サラワク州の州都クチンに来ている。 

今回のシンガポール、マレーシアの旅は、まさにセンチメンタル ジャーニ。 

ここクチンは、カミサンの父親が戦争中、軍医として出征していた地のひとつ。 

義父は戦争体験を1962年に「茶羅茶羅経」という本にまとめ、書き遺している。 

本のはしがきには、以下のように書かれている。 

「3回出征し、砲煙弾雨の中をくぐり抜け、自分は負傷もせず、内地の土を踏むことができた。 

軍医だから後ろの方からひょこひょこついて行ったんだろうと言われるかもしれないが、近代戦には 

後も前もない。空からと長距離砲だから、どこにいても同じだ」 

「3回出征し、通算5年間戦地で過ごし、終戦後、フィリピンで捕虜となった」 

「帰国後は地元岡山で医院を再開、村長を1期務めた」などなど 

252ページの著作には、歴戦し経験したことがつぶさに書かれている。 

豪放磊落な人だった。 

この著作は読んだことはあったが、直接戦争の話を聞いた記憶はほとんどない。

義父が亡くなってもう30年近くになる。 

戦争の話を聴いておけばよかった、と今になってつくづく思う。 

旅の途中、久しぶりに夫婦で義父の思い出をいろいろ話した。 

クチン滞在記はまた後日書く予定。 

もうひとつセンチメンタル ジャーニである由縁は、シンガポールは95年に23歳で亡くなった

息子の因縁の地。 

息子が大学3年生のとき、カミサンと大学生だった娘3人で、夏休みにシンガポールを旅した。 

旅をプランしたのは、いま沖縄に住む娘。

娘のプランに従って、JTBかどこかのツアー旅だった。

家族3人での海外旅行はこれが初めてだった。残念ながらボクは仕事で付き合えず。

今回シンガポールに行ったのは、息子がシンガポールで歩いた場所を巡り、旅先での

息子の言動をカミサンから聞くことだった。

3人が出発する前にはこんなこともあった。

当時息子がお付き合いしていたお友だちのTさんは夏休みで郷里の青森に帰省した。

彼女が帰省したため、彼女が飼っていた金魚3匹を息子は我が家に預かっていた。

息子から「留守中、毎日このエサをやって、面倒みて」と頼まれていた。

旅行中、カミサンが我が家に電話してきた。

ボクの状況はほとんど聞くことなく、息子は「金魚にエサやってくれてる?」

夜店の金魚すくいで獲った金魚だったが、息子は大好きなTさんに面倒みるよう頼まれた手前

夏休み彼女が帰省している間、何としても守らなければならない金魚だったのだ。

金魚の話以外にも、今回カミサンからシンガポールでの息子の言動をいろいろ聞いた。

このことはまた後日。

今日は午後3時のフライトで最後の滞在地クアラルンプールに移動し、2泊して来週火曜日朝

成田着の便で帰国する予定。

今朝はカミサンはひとりで買い物に出かけ、ボクはこのあと近くにあるサラワク州の5つの

小さな博物館に行く予定。

近くのモスクからコーランが聞こえている。

毎朝5時からのコーランで目が覚める。

他にもいろいろ経験し、見聞きした。

この先ゆっくり紹介していきたい。

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