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2016年6月

2016年6月29日 (水)

富士通株主総会2016

定年退職したあと毎年出席している富士通の株主総会に今年も参加した。

会場は毎年同じ、新横浜プリンスホテル。 

このところ毎年のことになったが、昔の職場の仲間だった女性のTさんが先に会場に行って  

今年も前の方の席を取ってくれていた。  

今年は第1会場に加え、第3会場まで用意されていた。  

創立81年、第116期株主総会。  

大型スクリーンを使って、事業の経過および成果、当初計画との比較、事業セグメント毎の概況、

ならびに対処すべき課題が説明された。  

国内・海外の子会社500、従業員16万人。  

867億円の当期利益のうち、システム構築・開発を中心としたソフトウエア・サービスビジネスが  

伸長し、利益に大きく貢献した。  

ソフトウエア・サービスビジネスの伸長は、今月18日に亡くなった秋草直之元社長の大変大きな

功績である。  

また、海外売上比は目標であった40%をクリアした。  

とは言え、15年度は営業利益、当期利益ともに前年を下回り、好業績と言える年ではなかった。  

そのため、説明終了後、株主から出た質問はシビアなものが多かった。  

 ・今年度目指す目標に向かってやっていくことをもっと具体的に。  

 ・収益力強化に向けての具体策を。  

 ・グローバル化を標榜するが、海外事業が足を引っ張っているのでは?  

  方策を具体的に聞きたい(回答は昨年から取締役になった英国人のテイト氏)  

 ・費用対効果がしっかりとらえられ、改善に結びついているのか?  

 ・考えている改革を具体的に聞きたい などなど  

総会終了後、会場を出るとき、びっくりする出会いがあった。  

1970年に結婚して住んだ借り上げ社宅で隣の部屋だったUさんに会って、46年ぶりの  

再会にお互いびっくり。  

そのあと、こちらも毎年恒例になった製品展示会場に立ち寄り、いろいろ説明を受けた。  

AIと農業関連の製品に興味を引かれた。  

Tさんとお昼を食べておしゃべりし、高島屋で買い物をしたあと家路についた。

2016年6月26日 (日)

葉山町オンブズマンとの意見交換

1週間前の日曜日の話。

横須賀市民オンブズマンがスタートして1年。

毎月1回、メンバーのひとりである弁護士の事務所に集まり、定例会をやっている。

これはという成果はまだ出ていないものの活動の方向性は定まってきた。

メンバーは6人。新たに参加したメンバー、辞めたメンバーがいて、数はスタート時と同じ。

ホームページがまだなく、これは間もなく出来上がる。

このあたりで他のオンブズマンの話も聴いてみようということで、先輩オンブズマンである

横須賀のとなりの町、葉山町のオンブズマンのリーダーをお呼びして意見交換を行った。

葉山町は御用邸があることで知られる町。

人口は3万3千人。町議会議員数は13人。

人口40万人、議員定数41人の横須賀に比べれば規模は小さいものの、オンブズマン活動を

はじめたのは20年前。

スタートしたのは神奈川県のオンブズマン発足の1年前、活動の歴史は古く、今も頑張っている。

リーダーのKさんに電話して「横須賀の例会に参加してもらい、意見交換をしたい」とお願いしたら、

参加を快諾して下さった。

Kさんは代表を9年間務めていて、会員は13人の賛助会員を入れて33名。

会員のうちで70歳は若い方とのこと。

そのような中、2か月に1度会報を作り、全町民に配布していることはすばらしい。

葉山町議会は、最近議員が覚せい剤を使用した罪で逮捕され、全国ニュースにもなった。

活動の説明では、Kさんのリーダーシップのもと、陳情、条例改正申立て、監査請求、要望書提出、

懲罰規定申立てなど、さすが先輩オンブズマン、精力的に活動をされていることがよくわかった。

議員の政務活動費のチェックの必要性では意見が完全に一致した。

機会があったら、また意見交換をしよう、ということで散会となった。

2016年6月25日 (土)

沖縄「慰霊の日」

今日6月23日は沖縄戦終結71年目の「慰霊の日」  

1945年6月23日、日本軍の沖縄防衛司令官 牛嶋 満大将が自決し、その死をもって、  

日本軍の組織的戦闘が終結した節目ととらえ、沖縄慰霊の日は制定された。

先月沖縄の娘宅へ行った折、糸満市摩文仁の平和祈念公園で手を合わせたあと、裏手にある

摩文仁の丘へ上った。  

沖縄でガマと呼ぶ岩窟があり、入口に「第三十二軍司令部終焉之地」と書かれていた。 

地上戦による米軍の猛攻で沖縄の各陣地は陥落、首里にあった司令部は45年5月30日、 

摩文仁のこの壕へと後退した。 

71年前の今日6月23日午前4時30分、このガマの中で牛嶋 満大将は自決し、それを追って、 

他の司令部将校たちも自決、日本軍の組織的な戦いは終わり、沖縄戦は終結した。 

このことから、今日6月23日を沖縄では「慰霊の日」と定めている。 

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ガマの近くには第三十二軍司令部慰霊碑「勇魂の碑」が建てられている。 

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6月23日からさかのぼること3ヶ月前の3月26日、米軍は慶良間諸島に上陸した。 

3ヶ月の間、米軍の猛襲の中、住民は逃げまどい、本島南部に追いつめられていった。

4年前、娘宅に行った折、雨の中、本島最南端の喜屋武(キャン)岬を訪ねた。

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紺碧の海を臨む岬、その手前は険しい断崖絶壁。

沖縄戦の最期、この美しい海はアメリカの軍艦で埋め尽くされた。

米軍に追いつめられた住民や兵士は、この断崖から次々と身を投げ、海は一面

血に染まったといわれている。 

沖縄住民の4人に1人が沖縄戦で亡くなり、12万2千有余の方々が犠牲になられた。  

人の愚かさではじまり、愚かさで続け、愚かさを悔い、終わる戦争・・・  

あれから71年。 

今日は沖縄の学校は、慰霊の日でお休み。 

いまや沖縄戦を体験された方たちは県民の1割になっている。 

この先、凄惨、悲惨な体験がどのようにして語り継がれていくのか・・・  

慰霊の日を迎えるにあたり、今年もまた沖縄戦への想いが語り継がれていくことをただただ 

願うばかり。

2016年6月20日 (月)

定年退職記念日

定年退職したのは2004年6月20日。

今日でちょうど12年になる。

あっという間に過ぎた12年だった。

しばらく前に現役で働いている人と食事をしたとき、「朝起きたら部屋の雨戸を開け、夕方に

なったら雨戸を閉める毎日」と話したら、彼は「いいなぁ、早くそういう毎日が送れるように

なりたい」と言っていた。

ボクもそういう日が一日も早くくることを待ち望んでいた、というか、出来るだけ早く勤めを

辞めたかった。

当時、「生涯現役でいたい」とか言う人がいたが、信じられなかった。

58歳になったときカミサンに「早期退職したい」と言ったら、「会社は60歳までおいてくれるんじゃ

ないのと言われ「ダメ、ダメ」で終わり、「じゃあ60になったら辞める」で会話は終わった。

60歳になり会社に「辞める」と言ったら、ちょうどそのころ自分で立ち上げた仕事が道半ばで

あったため、「もう1年だけいて欲しい」と言われ、結局61歳で辞めた。

それが12年前の今日、2004年6月20日だった。

去年の6月20日のブログを見たら、退職した日のことを書いていた。

あらためて書いても同じようなことを書くだろうと思い、手抜きで去年のブログをそのまま

紹介させていただきます。

2016年6月19日 (日)

昨夜の会合

地元の懇意な仲間から「ぜひ参加して」とメールが届き、誘われた会合に初めて参加した。  

参加者は、神奈川県議会議員1名含め、男女16名。

誘ってくれたIさん以外は全員初対面。

会合は「参議員選で改憲勢力に3分の2を取らせないための横須賀発の市民運動」  

7月10日の参議院選の神奈川県の立候補予定者は12名。  

泡沫と思われる4人を除き、8人が4つの議席を争う。  

会合で目指すは「神奈川県全体で2対2(改憲勢力 VS 非改憲勢力)にもっていくこと」  

今回の参議院選全体で最大の注目点は、全国32の一人区の中選挙区で、前代未聞の  

共産党を含む4野党の統一候補の擁立が決まったこと、それにその結果がどう出るか。  

この動きは、4野党の合議プラス市民活動の所産と言える。  

もしも今回、与党が3分の2以上の議席を確保したら、既に3分の2を超える衆議院とともに  

憲法改正の方向に一気に動いていきそうである。  

まさに、安倍自民の思惑通りに事は進むことになる。  

一方、現状をみると「一億総活躍社会」を標榜するものの、足元では、格差は広がるばかり、 

国の債務は先進国中最悪で改善のきざしはまったく見えず、安全保障に対する国民の不安は  

募るばかり、経済成長率は鈍化、株価は低迷・・・  

ただ、もう一歩踏み込んで考えると、多くの国民が切望した二大政党は、ていたらくな民主党に  

裏切られた今、与党に拮抗する力を持つもうひとつ集団の出現はとても期待できない。  

たとえ、32選挙区で非改憲勢力が勝ったとしても、4野党が同じ方向に向くとはとても  

思えないし、与党に拮抗できる頼りになる集団ができるとも到底思えない。  

期待するのは、与党の独走だけは押さえることのできる力を持ってくれることだけ。  

地元の神奈川選挙区で、2対2を死守し、全国の32の一人区で野党勢力が勝利すれば、 

もうそれ以上は望まない。  

今回、240万人の18歳、19歳の若者が選挙戦に加わり、どういう行動志向を取るかにも 

大いに関心がある。 

彼らこそが、まさにさまざまなツケを回される人たちなんだから。  

次回の会合は、参議院選の結果をもとに、次の衆議院選も見据えた議論をしようということで 

7月21日に集まることが決まり、散会となった。

2016年6月18日 (土)

小学生が市議会に陳情

市政に対し要望する陳情は、年齢制限がなく誰でもできる。

今週月曜日、横須賀市議会の都市整備常任委員会で、小学5年生の児童が陳情した

案件が審査されると聞き、傍聴した。

議会事務局によれば、未成年からの陳情は確認できる範囲では初めてとのこと。

陳情内容は「子どもが自由に遊べる場所をつくってください」

当日は平日でもあり、児童本人は委員会には出席しなかった。

冒頭、議会事務局より陳情内容が読み上げられた。

陳情の趣旨は「野球やサッカーなどのボール遊びを禁じている公園が多く、学校の校庭も

放課後の利用に制限があり、周囲に遊べる場所がないので市は考えて欲しい」

陳情した5人は、自由に遊べる空地を求める署名活動を行い、約600筆を集めた。

陳情内容が読み上げられたあと、市の所轄の部局が所見を述べた。

そのあと、7会派10人の委員(議員)が意見を述べ、委員と市当局の議論となった。

議論の主なるものは、

 ① 子どもが陳情の形で意見を出してきたことは尊重すべきであり、意味あること。

   今回の陳情がきっかけとなり、新たな視点で街づくりしていく契機になることを期待。

 ② 役所側から出た「学校とも相談したい」に対しては、学校をからめていたら時間が

   かかる、と委員が指摘。

 ③ 地元の人たちは様々な意見を持っているはず。地元の人たちの合意形成が必要。

 ④ 公園ごとにルールに抵触することを改めて見直し、地元住民の総意で決めること。

 ⑤ 千代田区が進んでいると聞くので調べてみては。

議論終了後、採決。

7会派中、6会派が趣旨了承、1会派趣旨不了承で、審査は終了。

議会の委員会への陳情は全会派が趣旨了承でないと、市当局に陳情内容を実行に

移させる拘束力はない。

ただ、今回の陳情で出た意見、指摘を中心に、市当局は現状を見直し、改善を進めていく

ことであろう。

陳情は委員全員が趣旨了承でなければ次のステップに進めないことは、昨年12月議会で

「犯罪被害者支援条例の制定」を求めて、自ら陳情した経験から学んだ。

「犯罪被害者支援条例の制定」では10人の委員のうち、趣旨に了承したのは1会派と

無会派議員のふたりで、陳情はあえなく審査が終了し、市当局に陳情内容をアクションに

むすびつけさせることはできなかった。

これについては、リベンジすべく、知り合いの市議に相談しながら進めている。 

2016年6月14日 (火)

TSUTAYA通い

我が家から歩いて20分くらいのところにあるTSUTAYAに、このところ行く機会が多い。

借りたら返しに行くので、そこでまた借りるのパターン。

定年してから映画館に行き観た映画は100本を超えるだろう。

新聞他で評を見て面白そうだと思う映画は、横須賀だけでなく、横浜の封切館に足を運び

観てきたが、最近あまり映画館に行かなくなった。

期待した封切映画に期待が外れることがしばしばあったし、借りてきたDVDであれば、

時間に拘束されることなく観られるうえ、何よりも旧作のDVDは安く借りられるため、

どうしてもSUTAYAに足が向く。

TSUTAYAで借りるものは、どちらかと言えば外国映画が多いが、このところ連続して

日本映画を借りている。

最近借りた3本の日本映画を紹介。

1本目は「孤高のメス」

患者のたらい回しなど現代の医療問題に鋭く切り込む医療ドラマ。

地方の市民病院に勤務する外科医が旧弊な医療現場で困難な手術に立ち向かうさまを

描いた作品。リアルな医療現場に震撼とさせられるのはもちろん、鬼気迫るストーリー

展開は見応えがあった。

2本目は「紙の月」

原作は角田光代。

角田光代は多くの作品で受賞歴がある中で、代表作は「対岸の彼女」と「八日目の蝉」

直木賞をとった「対岸の彼女」は読んだ。

映画化された「八日目の蝉」は観た。すばらしい作品だった。

今回借りてきたのは、その角田光代の作品「紙の月」

作品の名前はもちろん聞いたことがあった。

あらすじは、自分にあまり興味を抱かない会社員の夫と安定した生活を送る主人公。

正義感の強い平凡な主婦。年下の大学生・光太と出会ったことから、金銭感覚と日常が

少しずつ少しずつ歪んでいき、「私には、ほしいものは、みな手に入る」と思いはじめる。

光太とはホテルのスイートに連泊し、高価な買い物をし・・・。そしてついには顧客のお金に

手をつけてゆく・・・

3本目は「海街Diary」

大好きな是枝裕和監督作品。

3作の中では、この作品が一番良かった。

鎌倉で暮らす3姉妹のもとに、15年前に姿を消した父親が亡くなったという知らせが届く。

葬儀が執り行われる山形へと向かった三人は、そこで父とほかの女性の間に生まれた

異母妹の中学生のすずと対面する。身寄りがいなくなった今後の生活を前にしながらも、

気丈かつ毅然と振る舞おうとするすず。その姿を見た3姉妹は、彼女に鎌倉で自分たちと

一緒に暮らさないかと持ち掛ける。こうして鎌倉での生活がスタートするが……

2016年6月12日 (日)

北朝鮮、知られざる国家の内幕

テニスコートで仲間が「NHKスペシャルで北朝鮮の実態を放映していて、初めて北朝鮮という

国の内幕を知った」と言っていた。

きっと再放送したことだろうと思い、ネットで探し再放送を観た。

ネットには番組の紹介として、以下書かれていた。

『NHKは北朝鮮の“内幕”を記した1万2千ページに及ぶ軍の“機密ファイル”を独自入手。

世界の専門家や元北朝鮮軍の関係者らとともに徹底分析した。知られざるキム・ジョンウン

党委員長と軍の関係や、核武装を急ぐ真相など、北朝鮮の真実に迫る』

NHKが入手した一本のUSBメモリーに入っていた1万2千ページに及ぶ軍の機密ファイルから

知られざる北朝鮮の実態が暴かれた。

恐怖政治、秘密警察、公開裁判、粛清、処刑・・・

キム・ジョンウンが抱く恐れは軍が起こすクーデター。

機密ファイルの分析には3年かかったとのこと。

機密ファイルに記されていた情報の分析にあたった北朝鮮の専門家のひとりは、

『こうした情報流出の背景には、「北朝鮮の現状を知らせたい」という人間が、内部に増えて

いるということの現れではないか。北朝鮮の中で、変化が起き始めている。身を危険に

さらしてでも、外部に伝えたいという意思が、今回の番組を実現させてくれた』

『 ときどき公表される北朝鮮からの情報とは全く異なる“裏事情”が、機密ファイルには

詳細に書かれており、その全てが発見だった』とのこと。

北朝鮮ではないが、韓国には深い思い入れと思い出がある。 

1980年ころ、数年間にわたり、仕事で韓国には20回以上出張した。

当時の韓国は今では到底考えられないほど貧しい国であった。

その上に、79年に韓国の現大統領であるパク・クネの父親パク・チョンヒ(当時の韓国大統領)が

韓国CIA幹部に暗殺されるという大変な事件が起きた直後であったため、韓国内の情勢、 

とりわけ、国民への北朝鮮の脅威の植え付けには異常なものを感じた。

戒厳令、灯火管制は言うに及ばず、当時出張中に経験したことは枚挙にいとまがない。

そのような中、勤務していた富士通が海外で初めてIBMの顧客をリプレース(置き換え)した商談で

SE(システムエンジニア)として、5~6人の部下と同数くらいの韓国富士通のSEと一緒に、

お客様である韓国電力のシステム開発を任せられた。

今はどうかわからないが、当時、韓国には電力会社は韓国電力1社だけだった。

失敗は許されない、決められた納期は死守しなければならない、という厳しい状況の中での

システム開発だった。

今でも顔と振る舞いをしっかり覚えているホンさんという電算機部門の課長。

毎日夕方、ホン課長に今日の作業の報告と明日の作業予定を説明するのが日課だった。

ホンさんは厳しい人だった。日本語は心許なかったが、ホンさんは通訳を入れることなく、

毎夕ボクから直接報告を聴いた。

システム開発は納期までに完了し、その後IBM機は撤去され、システムの完全移行を確認し、

全員任務を終えた。

そんな中、これだけ度々韓国に来ているのだから、一度全員一日休み、南北境界線の

板門店に行こうとチームのメンバーに提案し、東京には黙って、ボクの責任で全員で

板門店に行ったことを思い出す。

そのときのことを書いたブログはこちら

2016年6月11日 (土)

結婚記念日会食

定年退職して以来、我が家は結婚記念日にはほぼ毎年食事に行く。

昨日、新宿に行く用事があったので、3日遅れで、今年は新宿で会食。

年1回、数少ない我が家のイベントなので、毎年少々奮発する。

予約はしなかったが、都庁近くの新宿ヒルトンホテルの中にあるレストランへ。

夫婦で新宿に出てくる機会はほとんどない。

いなかの横須賀から出てきて、まわりの摩天楼のようなビル群にびっくり。

選んだお店は期待に違わなかった。

ヒルトンの宿泊客なのだろう、外国人のお客が多かった。

前菜からはじまりデザートまで、その味にふたりとも満足。

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お店の人に、「今日は結婚記念日」と言ったら、粋なはからいを。

デザートのプレートにHappy Anniversaryのデコレーションをしてくれた。

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4年前、汐留シオサイトで記念日の食事をしたときも「今日は結婚記念日」と言ったら、

こんなサービスをしてくれたことがあり、感激した。

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4年前、このシオサイトのレストランで食事したあと、歩いて銀座のアップルショップに行って、

きっとカミサンがはまるだろうと思い、iPadをプレゼントした。

案の定、毎日たぶん5時間以上使っていて、今じゃiPadなしではという感じになっている。

さて、昨日は食事をしたあと、ボクは行きたいところがあった。

地下鉄大江戸線で20分くらいで行ける本郷周辺の散策。

先ず、本郷三丁目の交差点の近くの菊坂へ。

途中、聞きながら樋口一葉に馴染みのある場所を2ヶ所訪ねた。

貧しかった一葉が通っていた伊勢屋質店。

質屋らしく、となりには土蔵があった。

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菊坂下道には一葉が使っていた井戸があった。井戸があるところが樋口一葉菊坂旧居跡。

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宮沢賢治も一時期菊坂に住んでいたそうだ。

このあと、ボクは行ったことがあるが、近くの東京大学の赤門・安田講堂・三四郎池を

カミサンに見せたいと思ったが、疲れたと言い、本郷三丁目から地下鉄に乗って帰った。

2016年6月 7日 (火)

潮来のアヤメ&成田山新勝寺バス旅行

先月、横須賀ポートマーケットに買い物に行ったとき、マーケットについて要望を聞くアンケートを

求めていたので書いた。

それが抽選に当たり、潮来のアヤメ&成田山新勝寺のバス旅行が当たった。

ひとりは無料、アンケートに書いた招待者は6,500円ということで夫婦で参加した。

5年くらい前にもカミサンが横浜で同じようなアンケートに応募し、山梨バス旅行が当たった

ことがある。

集合は朝7時、我が家から3つ先の駅の前でバスは待っていた。

大型バスは満席。平日でもあり、ほとんどが女性中心のシニア。

最初の立ち寄り先は、山梨旅行でもそうであったが、宝石製作販売所。

横浜の瀬谷区にある店で降ろされ、ここで1時間以上滞在。

もちろんまったく興味なし。持ってきた新聞を読んで時間を過ごした。

そのあとは、一路茨城へ。

途中、佐倉で停まり、昼食。

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お昼を食べたあと、潮来(イタコ)へ。

アヤメ(花菖蒲)を観る前、希望者は舟に乗り、川下り。

天気がよく、とても気持ち良かった。

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舟を降りて、見事なアヤメを鑑賞。

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アヤメ、カキツバタ、ハナショウブの比較が出ていた。

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潮来のあとは成田山新勝寺へ。さすが立派な真言宗のお寺。

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本堂では、ちょうど運良く、不定期で行われている法要に立ち会え、厳かな雰囲気を味わった。

あとは一路、横須賀へ。

横須賀へ戻ってきたのは6時半。

12時間近く、あちこち連れて行ってもらい、これでふたりで6千5百円とは、ありがたい。

バスを降りたあと、カミサンが「ちょうどジャカランダの時期だから、見に行こう」と言い、

歩いて10分くらいの神奈川歯科大のキャンパスへ。

毎年この時期、南国の花で日本では珍しい、大好きなジャカランダを神奈川歯科大に観に行く。

この日はまだちょっと早かったが、今年もジャカランダに会えて満足。

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お腹がすいてきて、「久しぶりにインド料理を食べに行こう」と意見が一致。

以前よく行っていたインド料理屋の近くに新しい店ができ、カミサンが「そちらの方が

少し安いみたい」という店に行った。

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インド料理は美味しくて、大好き。

「夏休み、孫たちが来たら、また一緒にこよう」と。

2016年6月 5日 (日)

もの忘れ外来

最近、あらためて物忘れが気になりはじめた。

人の名前やカタカナことばが出にくくなった、昨夜食べたものが思い出せないのは序の口。

数日前のことや、聞いた話をいつ誰から聞いたかなど思い出せないことが時々あり、以前は

なかったことを最近感じるようになった。

定年退職し、今年で12年目。

以来ずっと、ゆるーい毎日を過ごしているので仕方ないと思いながらも、しかるべきところで

一度診てもらった方がいいのではと思い、夫婦でずっとお世話になっている近くのクリニックの

先生に相談した。

状況を話すと、先生は「もの忘れ外来の受診をお勧めします。紹介状を書きます」ということで

横浜市立大学附属市民総合医療センターを紹介していただいた。

予約を取ってもらおうとしたら、9月までいっぱいで最も早いのは9月15日とのこと。

同じような症状で診療を希望する人がいかに多いのかと、あらためて知った。

もの忘れ外来と言えば、亡くなったオフクロが80歳過ぎたころ何度か行ったことを思い出す。

そうか、その歳になったのか、との思い。

渡された予約表を見ると、診療科は神経内科。

アンダーラインが引かれ、「疾患の特性から、診察当日は必ずご家族などが付き添い下さい」

と書かれている。

カミサンは元々、「もの忘れ外来に行くんだったら、ついていく」と言っていた。

診察当日の流れが書いてある。

8時45分までに病院に行き、頭部CT検査からはじまり、血液・尿検査、検査終了後、

神経内科で検査結果を見ながら、医師の診察を受けるという手順。

この検査で何がわかり、対処の仕方が示されるのかどうかわからないが、検査・診察を

受けるタイミングになっているのは間違いなさそうだ。

2016年6月 2日 (木)

沖縄の娘宅へ(7:LAST)

最後はもう一度家族の話を。

娘宅に滞在中、5月8日はカミサンと娘の母の日だった。

この日は娘のダンナも休み。

娘がカーネーションを飾っていた。

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6人で母の日を祝う食事。

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カミサンから娘へのプレゼントは、エコバッグ。娘からカミサンへのプレゼントは、携帯ポット。

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姉孫からママへはチョコ。パパからは仕事で行った韓国のノリ。

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孫たちが覚えていることをそらんじてくれた。

「いろはにほへと」「竹取物語」「平家物語」「奥の細道」

ベッドのそばにぶら下がっていた姉孫が学校で作った予定を書きこむボードを見せてくれた。

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妹孫からはおねだりを書いたメモを渡された。

  「じいじが買ってくれるもの」

    ちょ金ばこ

      ・かぎがついてる

      ・黒や青やむらさき色

   じいじ、ぜったいかってね!!

   じいじは50だいにみえるよ

      ↑

   これはよけいだね

姉孫は毎晩寝る前に来て、「大好きだよ」と言いながら、ボクとカミサンにハグしてくれた。

すいません、最後に、たわいもない話を書いて。

だらだら長い間書いた沖縄の話にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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