« 2016年2月 | トップページ | 2016年4月 »

2016年3月

2016年3月25日 (金)

アメリカ食事情

しばらく前のラジオ英語講座で話題になったアメリカの食事にまつわる話をふたつ。 

ひとつ目は、「朝食のスタイル」

アメリカ人の朝食のスタイルは近年、大きく変化しているそうだ。

かつては10人に9人が欠かさずとっていた朝食は今は3分の1程度。

同時に、社会生活も変わってきており、まず、幼い子を持つ働く母親が増えてきている。

彼女たちは朝食を用意し、子供たちを学校や保育園に送ったあと仕事に行くので、時間の

節約が大きな課題。

そのため、1日の初めに家族が朝食のテーブルを囲むことが以前ほど一般的ではなくなった。

ある調査によれば、アメリカ人が朝食に費やす時間は、平均12分とのこと。

そのため、ゆっくり座ってとる朝食よりも、ベーグルやサンドイッチやドーナツなど簡単な

朝食が好まれる傾向にある。

アメリカでは一番の健康食品はヨーグルト。中でもギリシャヨーグルトという名前で知られる

ヨーグルトが特に人気。普通のヨーグルトに比べずっと濃厚で、たんぱく質の含有量が

いくぶん多く、脂肪分がいくぶん少ないため。

健康志向で、炭水化物が少なく、カロリーが低く、たんぱく質の多い朝食が人気。

また、オレンジジュースは消費量が減少しており、ザクロや食用ビーツのジュースが好まれる

ようになってきているとのこと。

全体的に日本人の食事性向と変わらない。

もうひとつの食事にまつわるテーマは、「食物を粗末にしない」

平均的なレストランが1年間に捨てる食べ物は20トン、そのうち30%は食べ残し。

世界で毎年生産されているすべての食品の約1/3、重さにすると約10億トン、額に換算

すると1兆ドルの食品が廃棄されているそうだ。

無駄にする食べ物がそれだけあれば、世界の飢餓を4度一掃できるとのこと。

講座で話題になったのは、レストランで食べきれなかったものを持ち帰るドギーバッグ。

飼い犬に食べさせる名目で持ち帰ることからドギーバッグと呼ばれる。

オーストラリアに駐在していたとき、レストランで食べ残したものをよくドギーバッグにして

もらっていた。ドギーバッグはたいてい翌日の朝食や昼食になった。

最近日本では、「フードバンク」と呼ばれる団体活動がはじまった。

フードバンクは、食品企業の製造工程で発生する規格外品などを引き取り、福祉施設等へ

無料で提供する活動。

食品・食材提供元は食品企業にとどまらず、農家や一般家庭も含まれる。

ねらいは、食品ロスの削減と食品・食材の有効活用。

フードバンクの設立は2000年以降はじまり、徐々に全国に広がりをみせはじめているものも、

認知度はまだまだ低い。

食に問題をかかえている人の数、家族はますます増えてきている。

各種メディアを通し、フードバンクの活動を紹介・告知していくことが大変重要になってきている。

2016年3月19日 (土)

AED講習会

1週間前の話。日曜日にテニスクラブでAEDの講習会を受けた。 

講習会をやったきっかけは、ボクとほぼ同じ歳の男性が、年末にテニスのプレー中、急性 

心筋梗塞で倒れ、今も意識が戻らないというハプニングがあったため。

会員の平均年齢を考え、同じようなことが起きたとき、救急車が到着する前に可能な応急

処置ができるようにとのことで講習会は企画された。 

また、クラブでは急遽AED機器を購入しテニスコートに設置した。 

講師は消防署からおふたりの救急救命士の方に来ていただき、40名くらいが受講した。 

今まで極めて漠然とした知識しかなかったAED、解りやすい解説で、こんなものなんだとの 

理解はできた。 

  • AEDは心臓の状態を判断して、自動的に電気ショックを与える必要があるかどうかを判断し
  • 電気ショックを与えることで、心臓がこまかくふるえる「心室細動」を止めて、正しい心臓の

    リズムに戻すものであるとのこと。 

    AEDは音声や画像で指示を出してくれるので、その指示に従って行動する。 

    手順としては、 

     ①AEDが到着したらすぐに電源を入れる。 

     ②倒れている人の衣服を取り除き、AEDのケースに入っている電極パッドを胸の上下に 

       貼り付ける。電極パッドを貼る間もできるだけ胸骨圧迫を続ける。 

     ③ボタンをONにすると、「離れてください。心電図の解析中です」との音声メッセージと 

       ともに、AEDが自動的に解析を始める。 

     ④電気ショックが必要な場合は「ショックが必要です」と音声でその必要性を教えてくれる。 

     ⑤電気ショックの後は直ちに胸骨圧迫を再開する。AEDの指示に従い、約2分おきに 

      心肺蘇生とAEDの手順を繰り返す。 

    AED到着前にやることは、胸骨圧迫と口うつしによる気管への空気の送り込み。 

    概ね理解はできたが、1回の講習で教わったことを、咄嗟の場合実践できる自信を持つには、

    残念ながら至らなかった。

    2016年3月14日 (月)

    通夜参列

    金曜日、元職場で一緒だった仲間から「Hさんの奥様が亡くなられました」とのメールが届いた。

    Hさんとは40年前、お互いにオーストラリアで駐在した仲。

    奥様にお会いしたのは1度か、2度。

    すぐメールに「お通夜に伺う」と返事した。

    昨夜千葉で行われたお通夜に参列した。

    Hさんはボクより2歳下。奥様は女房と同じお歳。

    Hさんは大変優秀なシステムエンジニアだった。

    3年間いたオーストラリアではずっとメルボルンに駐在した。

    メルボルン事務所にいた日本人は彼ひとり。

    赴任したあと新しく取扱いをはじめた機種を独学で学び、現地のスタッフから大きな信頼を

    かちえ、頼りにされる存在だった。

    最近では会う機会はほとんどなく、ご家族の写真入りの年賀状を毎年いただくお付き合いに

    なっていた。

    奥様は活発にいろいろ活動されていたそうだが、年末にガンの転移が見つかり、あっという間の 

    最期であったとのこと。

    祭壇に飾られた遺影の写真がとても良かった。

    喪主であるHさんが挨拶をされ、挨拶文は参列者に配られた。その一部は、

       「妻XXは3月10日、68年の生涯を閉じ、悠久の旅路につきました。

      季節を彩る花々を求め、各地の花園をめぐった日々が妻の笑顔とともに想い出されます。

      家庭をしっかり守ってくれた妻のおかげで、私は安心して働きに出ることができました。

      昨年の暮れに病が発覚してしまい、もっと妻孝行をさせて欲しかった、と感謝とともに

      名残惜しさは尽きません。せめて今年の桜の花を妻と一緒に眺めたかった、と寂しさは

      つのりますが、ここまで頑張り抜いてくれた妻の眠りが安らかであるよう祈るばかりです」

    これまでの長きにわたるご夫婦の情愛がうかがいしれるご挨拶であった。

    特に、「桜の花を一緒に眺めたかった」のくだりは、痛いほどよくわかる。

    通夜次第が終わったあと、別室で用意されたお食事をいただいた。

    かつての会社の仲間が数名声をかけてくれた。

    同時期にオーストラリアに駐在したKさんご夫婦と久しぶりにお会いし、帰りの電車ではずっと

    Kさんと話しながら帰った。

    奥様のご冥福を心からお祈り申し上げます。

    2016年3月11日 (金)

    あれから5年

    大震災から5年の節目である今年は、特にメディアが、2011/03/11の惨状、それに 

    まだまだ復興が進んでいない状況を連日伝えている。 

    NHKスペシャルでは「あの日から5年」のタイトルで連続番組を放映している。

    その中で「風の電話」という話には涙が止まらなかった。

    岩手県大槌町の丘の上に、ひっそりと置かれた電話ボックスには線がつながっていない

    ダイヤル式の黒電話が置いてあり、亡くなった人と話をしたい人が来て、ダイヤルして

    話をするという内容であった。

    今年もあの時間、14時46分にテレビの前で黙とうをした。  

    あの日のあの時間、我が家は夫婦で家にいた。  

    お昼をすませ、くつろいでいた時間だった。 

    突然の激しい揺れに驚き、ふたりで表に飛び出した。

    その日の様子は翌日書いたブログに残っている。

    その後も大震災への思いを10回続けてブログに書いた。

    8日後の3月19日、とてもブログを書く心境ではなくなり、しばらく休むことを宣言し、4月9日に

    以下の主旨のことを書いて、ブログを休止することにした。

    『いろいろ迷った末、極めて過酷な生活を強いられている方々がたくさんいらっしゃる中、 

    定年退職者が緩い日々を綴ったブログ「定年バンザイ」を書くのは慎むべきだとの結論に

    至りました。どれくらい時間がかかるかわかりませんが、いまの大変な事態が少しでも

    落ち着き、またその気になれば、タイトルと内容を変えて、新しくブログをはじめたいと

    思います』

    休刊したブログは2ヶ月休んだあと、6月6日に再開した。

    再開にあたり多くの方々から再開を喜んでくださるコメントをいただき、うれしかった。

    そののち、地震直後から、何か被災地でお役に立てることができたらと思っていたことが

    実現した。

    陸前高田に、心のケアボランティアで行くことが決まったことを7月27日のブログに書いた。

    あれから5年、ご家族・お友だちを亡くされた皆さま、原発被害でいぜんとして苦難の日々を

    お過ごしの皆さま、それぞれの方々が過ぎし5年間の日々に想いを馳せながら、今日の日を

    お迎えになられたことでしょう。

    ただただ、幸多からんことを、お祈りするばかりです。

    2016年3月 6日 (日)

    市議会定例会傍聴

    先週火曜日、横須賀市議会の今年第1回目の定例会を傍聴した。 

    定例会は、多くの市町も一緒であろうが、年4回(3月、6月、9月、12月)開催される。 

    第1回目の定例会では、市長の施政方針に対する質疑が行われる。 

    質疑は、会派のひとりが行う代表質問と会派に属さない議員が行う個人質問があり、 

    市長が中心に答弁する。 

    質問内容は事前に市議会のホームページに発言通告として掲載され、それを見て 

    興味のあるテーマを選び傍聴できる。 

    議会傍聴をする人は、おそらくどこの市区町も少数であろう。 

    40万人都市の横須賀でもせいぜい10~15人、傍聴席は100席くらいあるのだが。 

    さて、今回傍聴したのは無会派の3名の議員が登壇した日の質疑。 

    先ず、20分の質問時間を使い、問題提起と市長への質問を発言通告の内容に従い行う。 

    それに答えて、壇上で市長が用意した原稿(多くが役所の職員の作文か)を読み、10分程度

    答弁を行う。 

    ここまでは作文の読み上げなので面白くない。 

    市長の答弁のあと、質問した議員は答弁に対し、質問や追及、突っ込みを行う。

    追求・突っ込みの方式には、「一問一答」と「一括」のふたつがある。 

    最近は、多くの質問者が問題の核心に一層迫り、追及ができる「一問一答」スタイルをとる

    ようになってきた。 

    「一問一答」方式では、答弁する市長席の前に設けられた「一問一答」席に座り、市長に

    対峙する形で、まさに「一問一答」で議員は質問・指摘・追求ができ、緊迫感がある。 

    それに対して、「一括」方式では質問者は再度壇上から質問・指摘を行い、市長も壇上から 

    回答し意見を述べる。 

    そのため、「一括」方式では「一問一答」に比べ問題指摘、追求が難しい。

    また、当然のことながら、「一括」方式に比べ、「一問一答」方式は議員の技量が問われる。 

    質問者は、今や「一問一答」方式でなければ質問すべきでないというのがボクの持論。 

    今回質問した3名の無会派議員はいずれも「一問一答」方式で行った。 

    3名の質問のポイントは以下の通り。 

    先ず、最初はA議員。 

    A議員は、ブログにも何度か書いたことがある百条委員会「吉田市長の不透明な市政運営に 

    関する検査特別委員会」のメンバーであり、毎回独自に調査した詳細な情報を元に、極めて 

    的確な質問や追及、指摘を行う、ボクが敬服する議員である。 

    この日A議員が発言し、市長を鋭く追及したテーマは、 

      ・市長が標榜する「選ばれるまち横須賀」への取り組み姿勢 

      ・定住促進のための教育環境の充実について 

      ・出産へのサポート事業について 

      ・大規模スポーツ大会の誘致について 

    2番目の発言者は、昨年初当選した女性のK議員。 

    新人議員とは思えないしっかりした発言で、子育てママの抱える問題を的確に指摘していた。 

      ・若い人たちの目から見た「選ばれるまち横須賀」 

      ・子育て支援について 

      ・放課後児童対策事業について 

      ・施設配置適正化計画について 

      ・米海軍基地及び旧日本軍の歴史遺産について 

    3人目はF議員。F議員が持論とする下記3テーマの議会質問は何度か聴いたことがある。 

      ・さらなる自殺対策の強化の必要性について 

      ・「性的な多様性」の存在が当たり前のこととして保障されるまちになるための取り組みについて 

      ・貧困から子供を救い出すための取り組みの必要性について 

    議員それぞれの問題提起、質疑、それに対する市長答弁は、あわせて概ね1時間半。 

    10時からはじまり、昼休み休憩をはさみ、終わったのは3時半。 

    すべて録画されていて、市議会のホームページで検索し視聴できる。

    興味のある方には、一度地元市区議会の定例会を傍聴されることをお勧めする。

    議会事務局のホームページを見れば、議会開催日はわかる。

    それぞれの地元で、議会と市当局の二元代表制がしっかり機能しているかどうかを

    住民として確認するには、議会傍聴は格好の場である。

    2016年3月 3日 (木)

    のり・わかめフェスタ

    先週土曜日、カミサンと一緒に我が家の裏の海沿いを歩いて20分ちょっとのところにある

    走水漁港で開催されていた、この時期恒例ののり・わかめフェスタを見に行った。

    我が家は夫婦で一緒にウオークするのは珍しく、いつもそれぞれ別々に散策。

    この日はフェスタでのり・わかめほか、漁師さんたちが直売する海産物を買うためふたりで。

    好天に恵まれ、気持ち良く歩いて、水源地の先の走水漁港へ。

    去年は2時ころ行き、販売が終了していたため、今年は10時過ぎに出発。

    既に海のそばの会場にはたくさんの人。

    Cimg0486
    カミサンのお目当ては、採りたての生ワカメとアカモク。

    生ワカメは大きなかたまりで、一番上がワカメ、その下に茎ワカメとアラメがついていて、

    一番下の根っこの部分はメカブ。

    ふたりで食べるには、ひとつで十分。

    走水のノリ養殖とタネつけの解説がボードで説明されていた。

    Cimg0483

    Cimg0485

    小学生がノリ作りの実習でつくった出来たてのノリを見せてくれた。

    Cimg0482
    帰りは、2つのトンネルを通り、墓参りして帰ってきた。

    家に着いて歩数計を見たら、1万2千歩。

    早速、カミサンが生ワカメを部位にばらしてゆでて、それぞれを冷蔵、冷凍していた。

    しばらく楽しめそう。

    Cimg0488

    « 2016年2月 | トップページ | 2016年4月 »

    2017年7月
                1
    2 3 4 5 6 7 8
    9 10 11 12 13 14 15
    16 17 18 19 20 21 22
    23 24 25 26 27 28 29
    30 31          
    サイト内検索
    ココログ最強検索 by 暴想

    最近のトラックバック

    無料ブログはココログ
    フォト