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2015年10月12日 (月)

箱根から郷里の倉敷へ(2)

妹の家に泊まった翌日、妹と墓参りに行った。 

初めてのことだが、近い関係にある墓をすべて参ろうと言い、9時半に家を出た。 

お花を買って、先ずは倉敷にある両親の墓に。 

父は亡くなって18年、母は2年。 

この墓を建てて20年。 

代々墓は、この日の午後行った岡山市の北の大変辺鄙なところにある。 

そちらに祀ってある祖父母の墓ほかをこちらの移そうと言いながら、そのままになっている。 

両親に、兄弟妹三家族の近況を報告をし、見守って欲しいとお願いした。 

Cimg0249

次に、久し振りに行ったのは、倉敷市内から車で30分くらいのところにあるオフクロの 

両親の墓。 

祖母は、ボクが生まれる前の昭和16年に亡くなっている。 

祖父は、昭和30年だから、ボクが中学生のとき亡くなり、亡くなったときのことは覚えている。

Cimg0252

ここから岡山市の北東方向にある次の墓まではかなりあり、山陽道に乗ったが、1時間半 

近くかかった。 

途中、道の駅のような施設2ヶ所に寄って、カミサンが喜びそうな野菜ほかを買った。 

こちらの墓はオヤジの先祖代々墓。 

この墓には小さいころの思い出がいろいろある。 

子供たちが小学生だったころ、年に1度くらい両親が子供たちを墓参りに連れて行っていた。 

とにかくスゴイ田舎で、岡山市内からバスで延々と時間をかけて行く以外に術はなかった。 

バスを降りてからも、たぶん2時間くらいかけて歩いていたのだろう。

長い道中を歩き、途中何ヶ所かわかれ道があり、両親も毎回どちらに行くかをはっきり

覚えていなかったため、帰りに間違えないようにと、わかれ道に木の枝を置きながら、

歩いていたことを思い出す。 

当時、この墓参りは数少ない家族のイベントだった。 

妹は弟と一緒にときどき墓参りに行っていて、今は舗装された道を、迷うことなく車で 

一気に行くことができる。 

Cimg0256
下は祖父母の墓。 

祖父が亡くなったのは、昭和22年、祖母は昭和30年。 

祖父は、昭和10年代、岡山市の収入役をやっていたと聞いている。 

そのためか、立派な戒名。大居士と大姉。 

Cimg0253

遠方でなかなか行けないため、平素の墓守は弟が地元のシルバー人材センターの

人たちにお願いしている。 

祖父母よりもっと古くは、代々このあたりの庄屋だったそうだ。 

小学生のとき連れて行かれていたころ、オヤジがここが屋敷だったという場所に何度も 

連れていってくれた。墓から歩いて3分くらいのところだった。 

屋敷がその後どうなっているのかを見たくて、50年近くぶりに見に行った。 

当時残がいが遺っていた屋敷跡には、今はまったく何も残っていなかった。 

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岡山市内まで戻り、最後にもう一ヶ所、親戚の墓を訪ねた。 

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行きたかった4ヶ所の墓を巡り、満足した気持ちで帰路についた。 

夜は、弟といとこの女性のKちゃんが妹宅に寄ってくれて、楽しい話をいっぱいした。 

ボクより2歳年下のKちゃんは勤務医だったが、今はほぼリタイア。 

Kちゃんは手土産に、瀬戸内海の高級魚のあこうのお造りとジャンアント マスカットを 

持ってきてくれ、みんなで楽しんだ。 

3時間以上、ワイワイしゃべっていた。

こういう内輪の仲間との歓談は楽しい。

翌日、1週間ぶりに横須賀に戻ってきた。

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