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2015年9月14日 (月)

江東区の資料館、2ヶ所へ(1)

以前から行きたいと思っていた江東区の資料館2ヶ所に行った。 

期待していたとおり、どちらもとても良かった。 

先ず、深川江戸資料館 

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この施設はフェイスブックの仲間のOさんの紹介。 

年代が明治に変わる30年前、江戸時代末期の深川の佐賀町と呼ばれたところに実在した

長屋横丁の町並みを再現したもの。 

地元のボランティアの人たちが案内、説明してくださった。

いやー、面白かった。

当時、江戸の人口は約100万人、深川は1万人とのこと。 

表通りには八百屋、肥料問屋、船宿、それに米屋。 

米屋が長屋の大家。 

八百屋には、漬物、こんにゃく、卵などが並んでいて、このような感じの八百屋は今もある。 

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深川だから、土地柄、船宿がある。 

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角を曲がれば、長屋がいくつか続く。 

下の家は木場の木挽職人の大吉の家。妻とふたり暮らし。他と比べ大きい。

右の衝立は押入れに相当するフトンをしまう場所。

左に炊事場がある。もちろん水道はないので、水を売る行商から水は買っていた。

神棚、あんどん、火鉢、戸棚、他の家に比べ家財も揃っていた。

家賃は今の相場で言えばどれくらいだったのだろうかと聞いたら、2万円位かとの返事。 

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下の家は米屋の職人、秀次の家。妻と小さな子供の3人暮らし。神棚の左に子供用の 

ぼんぼん太鼓が飾ってある。神棚の下に、両親のものか仏壇もある。ここにも衝立が。 

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下は家は、あさり、しじみのむきみを天秤棒でかついで売るのが仕事の政助の家。 

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外には長屋の男女共用の共同便所があった。用をたしているところは、外からまる見え。

江戸時代は鷹揚だったのだ。 

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便所のとなりにあったのは、長屋のゴミ置き場。

江戸時代、ゴミで捨てるのは、陶器など燃えないものだけ。紙や木は燃やして灰を活用。

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ゴミ箱の上に面白い広告が貼ってあった。

説明してくださった方が「これは小伝馬町の薬問屋の広告で、月水早おとしは、不本意

ながらできた子供を堕ろすための薬」。当然のことながら、いつの時代にもあったんだ。

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いろいろ見ていて、次に行く予定の「東京大空襲・戦災資料センター」が入館4時まで

ということで、行きたかった深川江戸資料館の近くにある清澄庭園には残念ながら行けず、

急いで、電車を乗り継いで「東京大空襲・戦災資料センター」に移動した。

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