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2015年9月

2015年9月27日 (日)

葬儀参列

千葉の親戚の通夜、葬儀に参列した。

報せを受け、すぐホテルを探したが、どこもいっぱいで、やっと先月オープンした千葉駅

至近のホテルが空いていて予約した。

全国展開しているダイワロイネットホテルズというホテルネットでとても良かった。

きっと全国どこもお勧めなのでは。

葬儀は家族葬。

家族含め、参列者は11名。

数十年ぶりに会った人、初めて会った人もいたが、故人の話題を中心に、いろんな話で

盛り上がり、斎場近くのホテルに戻ったら夜中の12時だった。

全員が一気に親密になった。

亡くなった方のお孫さんたちが2カップル、あらためて若い人たちはいいなぁ、と思った。

全員で故人を偲び、心のこもった送りができ、心地良い気持ちで帰路についた。

あらためて思った。

ボクも送られるのはそんな先ではない。

家族葬以外考えられない。

常々お付き合いしている人たちには後日お伝えさせていただくことで、いずれは

そのあたりをまとめなければと思いながら、手が付いていない。

来年こそは初版を作ろう。

2015年9月23日 (水)

原子力空母の母港化

米海軍が米国外で、原子力空母を母港としているのは、世界で唯一、横須賀の米軍基地だけ。 

福島第一原発1基分規模の原子炉が首都圏洋上に浮いていることになる。 

7年前初めて、原子力空母ジョージワシントンが横須賀米海軍基地に配備された。 

5月にジョージワシントンは任務を終え離日、後任艦であるドナルドレーガンが来月2日に 

入港することが決まっている。 

この交代が明らかになったのは、昨年1月。 

この街、横須賀に原子力空母が配備されていること、ならびに空母は交代が決まり、 

原子力空母の停泊が恒久化することになる事実を広く市民に知ってもらう必要がある、 

ということで、市内の懇意な弁護士が中心となり、「原子力空母交代の是非を問う会」が 

立ち上がった。 

ボクもメンバーとして参加し、地区で開催された集会への出席、チラシのポスティング、 

駅頭での署名活動に参加した。 

日米の防衛政策の一環として決まったことであるため、所詮、計画撤回を訴えても 

叶うものではないため、活動は、市民に広く現状と事実を知ってもらうことに注力した。 

今後の計画を伝え、知ってもらうことを目指し、5月から4ヶ月間かけ、無記名のアンケートを 

実施した。 

先週土曜日、アンケート結果を発表する会合が催された。 

報告会場には、200名以上が参加し、大いに盛り上がった。 

集まったアンケートの数は、1万人の目標を超え、12,059通。 

半数の人たちが交代の事実を知らず、また半数の人たちが配備に反対と答えた。 

米軍・日本政府・市の安全対策については、不十分と分からないが、全体の9割。 

報告書にはさまざまな角度からの分析、考察が加えられた。 

また、朝日新聞の地方版は5回シリーズで大きな紙面をさいて報道してくれた。 

今後、さまざまな機会や場をとらえ、結果を国、市、米国に報告、要請していくことが 

決まった。

2015年9月22日 (火)

アメリカのいじめ事情

考えもしなかったテーマ。 

一昨年5月から聴いているNHKラジオ第2放送の「実践ビジネス英語」講座の今月のテーマの 

ひとつは「いじめをなくす」

えっ、アメリカでも同じようなことが学校で問題になっているんだ、と思いながら聴いた。

登場人物のひとりが「傍観者でいるのはやめよう」と書かれたバッジをつけて出社してきた。

彼、スティーブはいじめ(Bullying)防止キャンページに取り組んでいる。

いじめは全国的に深刻な問題で、アメリカでは10月は全国いじめ防止月間になっているそう。

以前、人々はいじめを見て見ぬふりをしてきた。

あるいは、子供時代の通過儀礼だと、黙認してきた。

しかし現実には、いじめは不登校、自尊心の喪失、不安と絶望感の増大といった恐ろしい

問題を引き起こす。

いじめはアメリカの若者の間で最も一般的な形の暴力だと言われている。

専門家の推定では1300万人を超える子供たちが何らかの形で毎年いじめに遭っている。

子供たちは学校で、バスの中で、家庭で、そして自分の携帯電話やパソコンを通じて

いじめに遭っている。

ある報告書によると、子供の70%が学校内でいじめの現場を目撃したことがあるとのこと。

また、いじめは、子供だけの問題ではない。大人の世界でも起きている。

最近ある調査で、成人の30%近くが職場でいじめに遭った経験があることが判明した。

この調査では、いじめを「繰り返される虐待行為、すなわち脅迫的、威圧的、屈辱的な

労働妨害あるいは労働暴力」と定義している。

人と人が共生している社会では、いずこも同じなんだと思いながら聴いた。

2015年9月19日 (土)

市議会連日傍聴

今週月・火・水と開催された横須賀市議会の今年度第3回本会議定例会をフルでは

ないが傍聴した。

傍聴のため、3日間市議会議場に行くのは初めて。

印象は、①毎回のことながら、傍聴者の数の少なさ、②退屈する質問をし、時間のムダを

感じさせる議員の散見。

収穫もあった。

初めて、初日の議会運営委員会を傍聴した(傍聴者数、上限10名)

議会運営委員会は、定例会の事前調整の場。

41人の議員全員が出席し、議事進行を務める議会運営委員会の委員長を中心に、

ラウンドテーブルで主に以下を討議する。

  ・一般質問する議員の順番決め

   発言内容は当日配布され、また市のホームページにも掲載される。

  ・市民から出された請願・陳情への対応

  ・各常任委員会からの審査報告書 ほか

以上の定例の報告に加え、この日は以下の提案が出され議論された。

 「98条委員会の設置について(提案)」

具体的には、「吉田市長の不透明な市政運営に関する検査特別委員会の設置」

設置目的、理由が述べられ、委員会の委員定数は12名、閉会中も審査する、との提案。

全会一致で提案は採択された。

議事進行を務める委員長の議会運営委員会の進行は、こぎみよく、フェアである。

決めなければならないときは、6つの会派すべてに意見を言わせ、その結果で決める。

会社の会議よりずっと肌に合う。

「吉田市長の不透明な市政運営に関する検査特別委員会の設置」の話は出るのでは

ないかの予兆は、前回議会を傍聴したとき感じた。

メンバーになっているオンブズマンが出した請願、「政務活動費の事前一括交付方式の

改訂」は、提案通りには受け入れられなかったが、収支報告書を半期毎に提出することが

義務付けられることになったとともに、領収書の写しを市議会ホームページに掲載する

ことが決まった。

あとは興味がある発言をつまみ食いし傍聴した。

2日間で発言した議員は9名。うち傍聴したのは6名。

発言通告書を見て、面白くなさそうな発言であっても、聴きたい議員にはさまれた順序で

あったら聴かざるを得ない。

発言者9名のうち、6名が市長と対峙して議論をたたかわす一問一答形式で発言した。

発言時間は、合計で40分。40分間で自分の意見・主張を述べ、望む回答を市長から

引き出すことがポイント。

今回も思った。一問一答形式の議論ができない議員は質問すべきでないと。

さすがと感じたのは、前々回も前回もトップ当選したK議員の発言と市長とのやりとり。

思わずほれぼれする。こういう議員が地方議会では必要なんだとあらためて思った。

もうひとりF議員。

最近取りざたされることの多い、性的マイノリティ(LGBT)問題を持ち時間いっぱい使って

主張し質した。

たしかに社会として考えなければならない問題にはなってはきているものの、年4回の

定例会の貴重な場でそれ1点に絞るのはどうか、それ以外にも社会的弱者といわれる

市民にスポットを当てたテーマがたくさんあるのではないかと思った。

いずれにしても、議会傍聴は、横須賀市のこと、ならびに社会問題全般について知るには

良い場であると、あらためて思った。

2015年9月15日 (火)

江東区の資料館、2ヶ所へ(2)

「深川江戸資料館」のあと、「東京大空襲・戦災資料センター」に移動した。  

4時少し前に着き、かろうじて入館できた。  

ここも以前から、ぜひ行きたいと思っていたところ。  

Cimg0206_2
この施設は東京都が設立し運営しているものと思っていたら、募金で設立された民立・民営の 

資料センター。  

入館時、この日の訪問者数を見たら一桁で、がっかり。  

以下、サイトに掲載された文章を借用。 

『1945年(昭和20年)3月10日の未明、約300機のアメリカ軍爆撃機B29による 東京下町 

地区を目標にした無差別爆撃で、人口過密地帯は火炎地獄と化し、罹災者は 100万人を 

こえて、推定10万人もの尊い命が失われた。3月10日を含め、東京は 100回以上もの 

空襲を受けて、市街地の5割を焼失した』

施設は3階建てになっていて、多くの文献・資料・図書が閲覧でき、いろいろな地図が壁に

掲げられていた。 

また40名が座れる会議室があり、大空襲当時の体験者の話を聞いたり、映像作品や 

記録を鑑賞したり、学校やサークルなどの学習の場としても活用されているとのこと。 

まさに「語り継ぐ戦争」が実践されていることを大変うれしく思った。 

また、たくさんの写真が掲載されていた。 

中でも、亡くなられた方々の生々しい写真は悲惨極まりなかった。 

Cimg0208
中でも、とりわけ、心にずしりときたのは下の写真。 

お母さんと赤ちゃん。 

赤ちゃんをおぶっていたお母さんの背中に赤ちゃんの影が白く、くっきり残っている。 

Cimg0207_2
見終わったあと、訪問感想を書くノートが置いてあったので、以下のような趣旨を書いた。 

『貴センターには以前から来たいと思っていて、やっと思いが叶いました。昭和18年、 

戦中の生まれですが、戦争の記憶はまったくありません。ただ、沖縄はじめ戦争の悲惨さを 

紹介した施設はこれまで数多く訪ねました。今まさに安保法案が参議院で連日議論されて 

います。全国民が戦争を誘発する可能性は、絶対に排除すべきだと考えています。 

為政者に貴センターを見せ、戦争の実相をしっかり認識させたい、と強く思いました。 

大空襲当時の体験者の話を聞いたり、映像作品や記録を鑑賞したり、学校サークルなどの 

学習の場として活用されていることを知りました。世代を超えて、戦争の実相が語り継がれて 

いくこと、切に切に願っています』

2015年9月14日 (月)

江東区の資料館、2ヶ所へ(1)

以前から行きたいと思っていた江東区の資料館2ヶ所に行った。 

期待していたとおり、どちらもとても良かった。 

先ず、深川江戸資料館 

Cimg0190
この施設はフェイスブックの仲間のOさんの紹介。 

年代が明治に変わる30年前、江戸時代末期の深川の佐賀町と呼ばれたところに実在した

長屋横丁の町並みを再現したもの。 

地元のボランティアの人たちが案内、説明してくださった。

いやー、面白かった。

当時、江戸の人口は約100万人、深川は1万人とのこと。 

表通りには八百屋、肥料問屋、船宿、それに米屋。 

米屋が長屋の大家。 

八百屋には、漬物、こんにゃく、卵などが並んでいて、このような感じの八百屋は今もある。 

Cimg0192

深川だから、土地柄、船宿がある。 

Cimg0194
角を曲がれば、長屋がいくつか続く。 

下の家は木場の木挽職人の大吉の家。妻とふたり暮らし。他と比べ大きい。

右の衝立は押入れに相当するフトンをしまう場所。

左に炊事場がある。もちろん水道はないので、水を売る行商から水は買っていた。

神棚、あんどん、火鉢、戸棚、他の家に比べ家財も揃っていた。

家賃は今の相場で言えばどれくらいだったのだろうかと聞いたら、2万円位かとの返事。 

Cimg0197_2

下の家は米屋の職人、秀次の家。妻と小さな子供の3人暮らし。神棚の左に子供用の 

ぼんぼん太鼓が飾ってある。神棚の下に、両親のものか仏壇もある。ここにも衝立が。 

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下は家は、あさり、しじみのむきみを天秤棒でかついで売るのが仕事の政助の家。 

Cimg0200
外には長屋の男女共用の共同便所があった。用をたしているところは、外からまる見え。

江戸時代は鷹揚だったのだ。 

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便所のとなりにあったのは、長屋のゴミ置き場。

江戸時代、ゴミで捨てるのは、陶器など燃えないものだけ。紙や木は燃やして灰を活用。

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ゴミ箱の上に面白い広告が貼ってあった。

説明してくださった方が「これは小伝馬町の薬問屋の広告で、月水早おとしは、不本意

ながらできた子供を堕ろすための薬」。当然のことながら、いつの時代にもあったんだ。

Cimg0201
いろいろ見ていて、次に行く予定の「東京大空襲・戦災資料センター」が入館4時まで

ということで、行きたかった深川江戸資料館の近くにある清澄庭園には残念ながら行けず、

急いで、電車を乗り継いで「東京大空襲・戦災資料センター」に移動した。

2015年9月 9日 (水)

ブログはじめたのは、10年前の今日

リタイアして1年ちょっと経った2005年9月9日、ブログをはじめた。

それを思い出し、あらためて、「へー、10年もやってるんだ。よくぞまあー!」と。

10年前、初めて書いたブログはこちら

娘たち家族はまだ横浜にいて、姉孫は1歳前。

その子が今や小学5年生に。

このころ我が家には老犬チェリリンもいた。

ブログを教わったのは、先にはじめていたカミサン。

初めて書いたブログに、カミサンが、ちぇりりんの名前で、開設おめでとうのコメントを

書き込みしてくれた。

ブログの管理ページを見てみると、10年間に書いた記事の数、1692件。

これにも「よくぞまあー!」

ただ、これだけ長くやっていると、記事を書くことは、日々の日課。

「これはブログのネタになりそう」と思うことはあっても、書くことに負担を感じることはない。

ブログをはじめたときのタイトルは、”定年バンザイ\(^o^)/”

東北大震災があり、このタイトルでブログを続けることは、どうしても憚り、しばらく休んだ。

3ヶ月後再開し、タイトルは今の「無為に過ごす」に替えた。

ブログには、プロバイダーが提供するオプションツール「人気記事ランキング」や

「アクセス地域ランキング」を徐々につけ足した。

「アクセス地域ランキング」では、全国あちこちの方々が、定年退職者の日々を綴ったに

過ぎないブログを見ていただいていることを知り、いつも感激している。

ブログの先頭の数字は、ブログ開設当初、ネットでどこからか探してきたアクセス件数

表示ツールが毎日表示してくれている数字。

この数字にカーソルをあてていただくと1週間の日々のアクセス件数が出てくる。

概ね、一日ブログにアクセスしていただいている件数は70件前後。

累計アクセス件数、25万件超、一日アクセス件数、70件。

定年退職者が日々を綴ったに過ぎないブログ、どちらの数字もスゴイことだと思う。

あらためて皆さまに厚くお礼を申し上げます。

徒然なる日々の移ろいに加えて、ブログにはさまざまな出来事の記録が残っている。

孫たちの成長、娘家族の沖縄移住、仲間たちとの交流、日々感じたこと・思ったこと・・・

加えて、海外の旅。

これは毎回まとめるのが大変だったが、写真とともに記録が残っているのはうれしい。

写真はデジカメのメモリーカードには残ってはいるが、見ることはまずない。

72歳、この先いつまで続けられるかわからない。

いずれにしてもどこかで店じまいしようと思っている。

やめたときには、やっている業者がいることを知っているので、本にしようかと考えた

こともあったが、誰が読むだろうかと思い、最近その気はなくなった。

10年の節目は過ぎましたが、今後とも気が向いたとき、のぞいていただければ、

望外の喜びです。

2015年9月 8日 (火)

感動した映画

先日、リタイアしたあと観た映画のことをブログに書いた。 

書き込みを見た知り合いの女性のKさんから、「私の今おすすめは”おみおくりの作法”」

と、フェイスブックにコメントがあった。 

早速、ツタヤでDVDを借りてきて観た。 

すばらしい映画だった。間違いなくおすすめの作品。 

Kさんにフェイスブックで返事した。 

「深く心に染みた最高の作品でした。「こんな人になりたい」と思わず思ってしまいました。 

教えていただき、ありがとうございました」 

世界の映画祭で高い評価を受けたイギリス映画。原題はStill Life

ストーリは作品紹介サイトをみてもらえばいいが、手短く紹介すると、

『主人公の仕事は、たったひとりで亡くなった人の葬儀を行うこと。作品を手がけた監督は

そこになにか深く、普遍的なものを感じたという。孤独、死、人と人のつながり…』

サイトに書かれているコメントをいくつか紹介すると、

『観終わった後に、こみあげてくる数々のセリフ、場面の意味、今生きていることの

素晴らしさ、小津映画のような、静かな饒舌さ』 

『主人公の愚直なまでに真心に生きる姿に、心が和みました。生きることは、死をも含めて

のことであり、死に優しい社会は生にも温かいと思います』

『最後の一分、静かに豊かに深い感動が押し寄せた』

DVDを借りに行った折、棚に「白鯨(Moby Dick)」を見つけ、一緒に借りてきて観た。

若い世代の人たちは聞いたことがない1956年製作のアメリカ映画。

ボクは中学生のとき、オヤジに連れられて観に行ったことを覚えている。

鯨の歯でできた白い義足に肩幅の広い体を支えられたエイハブ船長。足を食いちぎられた

恨みに宿敵である白鯨(モビー・ディック)を追うことを、荒くれの船乗りたちに誓わせる。

長い年月の航海の後、遂に宿敵白鯨がその巨大な姿を現した。

これ以上書くとネタバレになりそうなので・・・

60年近く前に観た映画、まずカラー作品であることに驚いた。

ストーリーの詳細は覚えてなかったが、巨大モビー・ディックの激しい動きはかなり

はっきり覚えていた。

60年前、娯楽の少なかった時代、きっと目を輝かせて観た映画だったことだろう。

2015年9月 4日 (金)

あしなが育英会

あしなが育英会のことは何度かブログに書いた。

あしなが育英会には5年前から毎年年末、郵便局の自動引き落としで、少々まとまった額の

寄付をさせてもらっている。

会からときどき会誌が届く。

生計の柱のお父さんを亡くし、お母さんが必死の思いで子供たちを育てている家庭の話が

しばしば掲載されている。特にお父さんを自死で亡くした家庭の悲惨さは涙を誘う。

平均的な所得の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子供の割合を示したものが

「子供の貧困率」 

数年前「子供の貧困率」が16%を超え、過去最悪を更新し、6人にひとりが貧困状態にある、 

と新聞が報じていた。 

母子家庭が増え、働く母親の多くが非正規雇用であることが影響している。 

特に「貧困の連鎖」という言葉を目にすると胸が痛む。

育英会のメンバーの学生さんからときどきハガキが届く。

一昨日届いたハガキは大阪府の高校生から。

葉書を送ってくれた奨学生の住所はわからないので、返事はあしなが育英会気付で出し

育英会が本人に送ってくれる仕組みになっている。

ハガキには↓のように書いてあった。

  『残暑お見舞申し上げます。私は高校3年生です。父母共に精神障害で、父は身体

   障害者でもあります。今は、母がパートをし、私と姉がアルバイトをして、家計を

   支えています。私は3年生で進路を決めなければならないのですが、まだ悩んでいます。

     しかし、こうして将来について考えることができるのも、あしながさんのおかげです。

  これからもお元気でお過ごしください。 27年夏、淡路青少年の家にて』

返事を書いた。

  『お葉書拝読いたしました。苦境の日々をお過ごしの中、お便りありがとうございました。

  進路を決めなければならない今、先々について深く心をくだかれていること、痛いほど

  よくわかります。必ず光明は見えてくると信じて、一歩一歩前に進んでいかれますこと

  念じています。幸あらんこと、心より願っています』

2015年9月 2日 (水)

映画観続けて11年

定年後、たくさんの映画を観てきた。

一日2本、同じ映画館(シネマコンプレックス)で観たことも何度かあった。

TSUTAYAで借りてきたDVDを含めれば200本以上になるのでは。

ただ、心に残る名画にはなかなか出会えない。

むしろ、こんなものかと思った映画の方がずっと多かった。

先日、評点が5点満点の5点に近く、ストーリーも面白そうなので観に行ったアメリカ映画

「しあわせへの回り道」

きっと感動的な映画だろうと思い、横須賀でやっていないので、横浜まで観に行った。

良い映画ではあったが、ストーリーが比較的平淡で期待したほどではなかった。

「しあわせへの回り道」の作品紹介は、こちら

本当に面白い映画にはなかなか巡り合えない。

評価の尺度はもちろん個人個人で違う。

年齢、性別、心情、感受性・・・

そのため、うちでは最近はほとんど夫婦一緒には観にいかない。

定年後観た映画の中で良かった映画、感動した映画はすべてブログに書いてきた。

「映画」をキィワードにブログを検索してみて、11年間で観た映画を邦画、洋画に分け、

順位も考えながら、それぞれ5作品づつ選んでみた。

 【洋画】

   ① 愛を読むひと

   ② サラの鍵

   ③ きみに読む物語

   ④ チェンジリング

    ⑤ 最高の人生の見つけ方

 【邦画】

   ① 春との旅

   ② 一枚のハガキ

   ③ 八日目のセミ

   ④ 氷雪の門

   ⑤ さまよう刃

これらの作品、TSUTAYAで借りてきて、もう一度観てみよう。

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