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2015年7月28日 (火)

宝田明 講演会

地元で懇意にしている方が主催した講演会に参加した。

講演者は、若い人には馴染みがないであろうが、一時期、東宝の二枚目俳優でならした

宝田明さん。

その宝田明さんも齢を重ね、81歳。

でもさすが、とてもその歳には見えないし、立ち振る舞い、話の内容、いずれもすばらしかった。

200名の会場は満席。やはり年配者が多かった。

演題は、風化させない戦後70年、「命と平和を考える」

登壇し、第一声は「宝田明の父です」。

昔の二枚目宝田明をイメージに講演会を聴きに来た聴衆向けに、すばらしいジョーク。

役者とは言え、話ぶりは最高に上手く、教養あふれる雰囲気で、笑いを誘う話も交えながら、

すばらしい講演だった。

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戦前、父親が南満州鉄道(満鉄)に勤務していた関係で住んでいたハルピン時代の話、

終戦直前に侵攻してきたソ連兵の蛮行、ソ連兵への憎しみ、子供心に戦争はまさに

狂気の沙汰だと痛感したことなど、いまだに話せる中国語、ロシア語を時折ちょこちょこ

織り交ぜながら話された。

戦争が終ったあと、ハルピンを発つ引き揚げ船に乗り、2ヶ月かけて博多にたどり着いた話、

船の中での物々交換、中にはあまりのひもじさから、子供を手放し、じゃがいもと交換して

いた家族もいたなど、70年経った今も生々しく語られた。

こういう話も出た。

97年、長時間に及ぶ狭心症バイパス手術を受けたとき、半日近く昏睡しており、麻酔から

覚醒してからの第一声が「三船敏郎が亡くなったから、東宝のみんなに連絡しろ」だったそう。

自身はこの経緯について「三船さんとボクは満州から引き揚げて来た者同士で仲良し

だったから、三途の川まで一緒だったけどボクだけ途中で戻って来ちゃったんでしょう。

昏睡状態の中起きた出来事なのに理屈では説明できないことがこの世の中あるんですねぇ」

話題にはならなかったが、宝田明さんで思い出すのは、ミスユニバース世界大会で優勝した

児島明子さんと一時期結婚していたこと。

ネット検索すると、世界大会での優勝は、1959年、56年も前のことだ。

当時、ボクは高校生。大変誇らしく思うとともに、こんなにスタイルのいい人がいるんだと

思ったことを思い出す。

最後に、「戦争放棄、不戦の誓いを定めた憲法第9条をないがしろにすることは許されない。

70年間、大切に立派な樽に入れ封印してきた原酒。閣議決定で見事な太い樽のタガが

外され、流れ出したら原酒はもう元には戻らない。憂国の士はいないのか」

「学校教育でもっと時間をかけて近現代史をしっかり教えるべきである」

予定の1時間半をオーバーし、2時間熱弁をふるい、聴く人たちを魅了した。

話が終わったあと、しばらく拍手が鳴りやまなかった。

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