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2014年9月21日 (日)

カナダの旅(5:ウイスラー①)

バンクーバーに4泊した翌日、バンクーバーの北120キロにあるウイスラーという街に

移動した。

ウイスラーでは2010年に冬季オリンピックが開催された。

スキーヤー憧れのスキーならびに山岳リゾート地。

少々早いかとは思ったが、紅葉を楽しめるのではと期待したものの、やはり早かった。

移動する朝、いろいろお世話になったコンセルジュのワンダにお礼と前日のビクトリア

ツアーの報告に行った。

別れ際お礼の握手をしたら、ワンダにハグされ感激。

ウイスラーまではワンダに予約してもらったバスで1時間半。

バスの待ち合せは10時半、ホテルから歩いて10分くらいの場所にあるフェアモント

ホテルの前。

「道をはさんだ前にルイビトンがあるからすぐわかるよ」とワンダに言われたが、前もって

確認しておいた。

この日のバスも何ヶ所かホテルに寄って、お客をピックアップしてウイスラーへ直行。

路線バスに近い感じで、前日のビクトリア行きのバスと違い、ドライバーの女性からは

道中案内は何もなかった。

バスの中、ガイドブックでウイスラーをあらためて読んだが、やること、見るとこあまりなさそう。

カミサンに話したら、「いいじゃないのゆっくりすれば」。たしかにそうだ。

ウイスラーでも何ヶ所かホテルに停まり客を降ろし、4泊する我々のホテル、クラブ

イントラウエストは最後になった。着いたのは1時。

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バンクーバーも同じクラブ イントラウエストだったが、雰囲気はぜんぜん違う。

ここは比較的長く滞在する人向けにできた施設。

フロントには次から次に人がきて、担当者たちはバタバタ。

やっとチェックインの順番がきた。

「部屋に入れるのは4時。荷物はそれまで預かっておくので。部屋が空いたらケータイに

電話する。これが施設内マップ。これがこの近辺のマップ」といろいろ親切に教えてくれた

のはミッシェルという男性。

「ミッシェルって女性の名前かと思ってた」とミッシェルに言ったら、「自分はフレンチ

カナディアンなので、フレンチカナディアンは男でミッシェルは珍しくないよ」と言い、

ミッシェルとミシェルの違いを発音して、それぞれのスペルを書いてくれた。

「実はボクの妻は日本人。北海道出身。彼女がここに来たとき知り合った。初めての子が

6か月になり、いま子どもを連れて妻は北海道に帰っている」と話していた。

「部屋が準備できるまではリクレーションルームがあるのでそちらで休んでいたら」と

言われ、リクレーションルームへ。

リクレーションルームにはテレビがあった。

時間的にはちょうど錦織圭のファイナルゲームがニューヨークではじまった時間。

テレビのチャネルをあちこち替えるが出てこない。

近くで工事していた人がいて聞くと、スポーツチャネルではと言い、あちこち20分くらい

チェックしてくれたが、結局全米テニスの決勝戦は出てこなかった。

どうしても観たくて、フロントにチャネルを聞きに行ったがわからない。

フロントで「どこかこの近くのホテルのロビーでテレビが観られるところがないだろうか」と聞き、

教えてもらい2ヶ所に行ったが、ほかの映像が流れていて、替えて欲しいとお願いするのは憚り、

断念した。

結局、残念な結果はこの夜パソコンのネットニュースで見て知った。

4時過ぎ、やっと部屋が入れた。

部屋は長く滞在する人のため、レンジほかフルキッチン、洗濯機に大きなベッドがひとつ。

ゴミは、燃えるゴミとそれ以外に分別して、地下の駐車場のゴミ置き場へ、と書いてあった。

余談だが、7~8年前のアメリカはゴミの分別はなく、すべてが一緒。紙ゴミと一緒にベッドが

捨てられていたのを見てびっくりしたことがある。

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ベランダには富士通製のエアコンの室外機があり、こんなところで見るとはと感激。

カミサンが「あなたは定年退職し10年以上経つのに、なんで今だに富士通富士通なの」

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こうしてウイスラーの5日間がはじまった。

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コメント

昨日ドイツより帰国しました。例年どうり8月21日から9月21日の1カ月の欧州での避暑です。最初の2週間はStuttgartの娘一家と過ごし3日間孫一家と南チロル、夫婦で初めての1週間のシシリー島、疲れをとって3日間のロンドンでの旧友との出会いと70歳には少しきついスケジュールでした。平均寿命に10年の焦りです。昨年同様今回も感じたのは円の異常な安さです。ロンドンはスコットランド選挙のせいか60ポンドのホテルが300ポンドとか。1ポンド(180円)100円感覚で費ってきました。ロンドンの住宅価格は1974年(帰国時)の3倍です。友人、昔の秘書たち、は持ち家が2-3軒で10億円長者になっていました。

「例年どうり8月21日から9月21日の1カ月の欧州での避暑」、いやーサイコー!

「平均寿命に10年の焦り」、わかるなぁ。
ではあるものの、重ねる年齢は贈り物と考え、お互い元気なうちにやりたいことを
やりたいだけやろうよ。

「昨年同様今回も感じたのは円の異常な安さ」、でしょうねぇ。
特にロンドンではもろに感じたことでしょう。

ボクも77年にシドニーから帰国するとき、仲の良かったオーストラリア人から
「いまフラット(マンション)買うべきだ。絶対上がる。定年するまでは人に貸せば
いいし、その間自分が面倒をみてやるよ。定年したらこちらへ来ればいいじゃないの」
と強く勧められ、不動産屋を一緒に見て回ってくれましたが、思いきれず、
いま思えばアドバイスに従っておけばよかったとの思いです。
3倍はおろか、軽く5倍以上になっていたことでしょう。

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