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2014年9月

2014年9月29日 (月)

屋根の工事完了

住んで36年になるこの家で、これまでに最も大きな工事となる屋根の修理がはじまったことは、

今月初めブログに書いた。

お願いした業者は1軒隣の懇意なSさんの紹介。 

Sさんは地元で建設業を営んでおり、Sさんの知り合いのOさんに工事は頼んだ。 

工事がはじまる前、O社長とは何度か会って工事の計画と予定を聞いた。 

Oさんは社長自ら屋根に上がり、職人さんを陣頭指揮するタイプの人だった。 

カナダに行く前にはじまった工事は旅行から帰ってきたら終わっていた。 

事前にOさんから「留守にされてもまったく問題ないですよ」と言われていた。 

旅行から帰った翌々日Oさんが我が家に来て「工事は予定通り、問題なく終わりました」 

と報告してくださった。 

Oさんは「これをどうぞ受け取ってください」と言い、渡されたものは工事中の状況を 

撮った写真集と、もうひとつは大変うれしいOさんお手製のすばらしいプレゼントだった。 

銅と真ちゅうとスズで作った鶴。 

Tsuru
それに工事の進捗を撮った写真集。 

肝心の部分には銅板が貼られていた。 

海からの風雨にさらされる我が家には必須の処置である。 

Yane
工事はSさん宅も一緒にやった。 

工事費は既に修理した近所のお宅何軒かから聞いてた金額より安かった。 

顔の広いSさんに業者を紹介してもらってよかった。 

これで最低10年間は屋根の修理、それに屋根からの雨漏りの心配はないだろう。

2014年9月27日 (土)

「花子とアン」が終わった

日曜日を除き、毎朝15分間、NHKが放映している連続テレビ小説は定年して以来、ずっと 

観ている。 

2004年退職した直後、会社からどうしても行って欲しいと言われ、JICAの仕事でカンボジャ 

に3ヶ月間行ったとき、泊っていたホテルで観た「わかば」が連続ドラマの最初の作品だった。 

以来、観はじめて面白くなくて観るのをすぐ止めた2つを除くと、今回の「花子とアン」含め 

観た作品は18。 

18の中には、好みにぴたりと合ったもの、大いに共感を覚えたもの、イマイチと思いながらも 

半年間観たもの、いろいろあったが、今回の「花子とアン」はその中でもトップクラス。 

ビデオリサーチの視聴率でもずっと20数パーセントを維持していた。

モンゴメリ原作の「赤毛のアン」の翻訳者 村岡花子さんの半生を描いた物語。 

戦時の描写もなかなか良かった。

花子役の吉高由里子は初めて知った役者だったが、とってもいい感じだった。 

これまでいろんな作品の締めを観てきたが、今朝の最終回の締めは大変良かった。 

花子の腹心の友であった蓮子も実在した人物で、九州の炭鉱王との政略結婚後、

青年との逃避行、結婚、大正時代に実際にあった話で今回の放映を通して話題となった。

作中、毎回のように語られた「ごきげんよう。さようなら」はときどき参加する町田のNPOの

月例会で、女性メンバーが別れ際、「ごきげんよう。さようなら」と言ってくれていた。

原作「赤毛のアン」の舞台のカナダ東部のプリンス エドワード島については、たまたまだが

こんな話があった。

先日の旅行で、バンクーバ市内の周遊トローリバスに乗ったとき、前の席に座った女性

ふたりがカナダ東部から旅行で来ていた人たちで、「プリンス エドワード島近くに住んで

いるんだけど、最近たくさんの日本人が島に来るのでびっくりしている」と話していた。

半年間楽しんだ「花子とアン」

月曜日から新しくはじまる作品は「マッサン」

ニッカウイスキーの創業者である竹鶴政孝をモデルに、スコットランド出身の妻との夫婦が

織りなす人情喜劇のようだ。

半年間、また楽しめそう。

2014年9月26日 (金)

カナダの旅(番外編)

このところ連日のトップニュースは「イスラム国」の脅威と壊滅への動き。

9・11の前日だったから、もう2週間前の話。

ウイスラー滞在3日目、ホテルで観ていたCNNニュースは一日中、イスラム国 

ISIS(アイシス)別称isil(アイシル)関連の報道を流していた。

この日の夜、ワシントン時間たしか9時から、オバマ大統領が全国民に向けて、「ISISの

脅威に対しアメリカがいかに対応していくか重大発表を行う」との主旨の報道であった。

英語は半分ちょっとくらいしか理解できなかったが、緊迫感は十分に伝わってきた。

テレビをつけるたびにCNNではこのニュースを報道していて、わからないのを気にする

ことなく、この日はずっとCNNを観ていた。

ニュースキャスター、特に女性キャスターの番組を引っ張る力に引き込まれ、たくさんの

コメンテーターが自らの意見、見解を述べ、迫力があった。

記憶に残った数字は、ISISがアメリカでテロを起こすと考えているアメリカ人の割合が

たしか70%以上であったこと。

インタビューを受けた市民が「9・11があったことを考えると、この国にこの先何が起こるか

わからない」と恐怖を訴えていたことが、アメリカ国民の今の心境を表していると思った。

それから2週間、イラクに加えシリアへの空爆が、中東5ヶ国が参加しはじまった。

ニューヨークで開催中の国連総会で、オバマ大統領がISIS壊滅の正当性を訴える

演説をした。

米国人記者2人がISISに殺害されたこと、シリアにいるアルカイダ系武装組織の米国など

へのテロ計画が最終段階に入ったことを踏まえ、米国は自国民を守る自衛権を行使した

と主張し、米国が進める軍事行動への支持、協力を各国に呼びかけた。

同時に、欧米など80か国から1万5千人以上の若者らが中東地域に渡り、ISISの

戦闘員となり、こうした若者らが自国に帰国し、テロを起こすことを防ぐ対策を各国が

国を挙げて、かつ連携して取っていくことが、国連の安全保障理事会で決議された。

ただ、 今朝のネットニュースで、イラクの首相が訪問先のニューヨークで、「ISISが

フランス・パリや米国の地下鉄を狙ったテロを計画しているとの情報がある」と述べたと

報道されている。

この先、まだまだ世界で何が起きるかわからない。

このような事態が世界的な規模で広がっているのは、格差社会(国・個人)の拡大と

ネット社会の影の部分が禍を引き起こしているものと考える。

2014年9月24日 (水)

カナダの旅(8:ウイスラー④)

ウイスラー3日目、4日目は山道を散策し、2つの湖まで歩いた。

3日目に行った湖はLOST LAKE

ホテルの近くにLOST LAKEに行く道の表示があり、そこから散策道のトレイルへ。

途中、人が住んでいる感じじゃなかったので、別荘なんだろう。

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道をはさんだ前はゴルフコース。

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気持ちのいい山道を歩いて、30分くらいでLOST LAKEへ。

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湖のそばでヨガをやってる人がいた。 

ビクトリアに行ったときバスのドライバーのジェフが、「今バンクーバーの若い女性の

関心事は、ホットヨガとフェイスブックとスターバックスだ」と言ってたのを思い出した。 

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トレイルを通り、ところどころにある標示を見ながら、LOST LAKEを一周した。

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帰りは別の道を通り、ホテルまで歩いた。

途中、子供たちがサッカーに興じ、ホッケーの練習をしていた、ゆったりした雰囲気の

公園を通った。

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帰り道、大きな立派な家がたくさんあった。

定住者人口、1万人くらいのリゾート地、ウイスラー。まったく下世話な話ではあるが

ついついあくせく働く日本人の感覚で、このような家に住んでいる人たちは主にどんな

仕事をしてるのだろうかと思った。

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翌日は、PEAK 2 PEAKのケーブルから見た、念願のGREEN LAKEまで歩いた。

迷いながら、途中何度も聞きながら、1時間少々かけてGREEN LAKEに着いた。

思っていた通り、緑濃いすばらしい湖で、感激。

ちょうど湖に来ていた近くに住む男性がいて、いろいろ教えてもらった。

右上に白く見えるのは、通称Two chairs glacierと呼ばれる氷河だと教わった。

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帰り道、もう一度、前日来たLOST LAKEに寄り、ホテルに戻った。

2日続けてだったため少々疲れた。

ウイスラーでは、PEAK 2 PEAKのケーブルに乗り、2つの湖まで歩いただけで終わった

5日間だったが、ウイスラーの村の風景はしっかり脳裏に刻まれ、十分に満足した。

翌日の朝、予約していたバスが8時40分にホテルに迎えにきてくれて、バンクーバーの

ダウンタウンを通り、2時間半かけて空港へ。

14時15分のフライトで成田に帰ってきた。

忘れそうなので、一気に書いたバンクーバー、ウイスラーの旅だった。

連日、好天に恵まれ、ホントにラッキーだった。

長い間ブログにお付き合いいただきまして、ありがとうございました

2014年9月23日 (火)

カナダの旅(7:ウイスラー③)

ウイスラーでは、これだけはどうしてもやりたいということがあった。

それはPEAK 2 PEAKという高いふたつの山の頂上を結ぶケーブルカーに乗ること。

ウイスラー2日目、ホテルでPEAK 2 PEAKに乗る場所を聞いた。

ホテルから歩いて15分くらいのWhistler Villageで乗れると教えてもらい、早速出かけた。

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このあたり冬場は雪が積もり、スキー場になるので、BASEと呼んでいるのかなと思った。

Whistler Villageにはウイスラー唯一のショッピング街がある。

ウイスラーでは2010年に冬季オリンピックが開催され、それにあわせ作られた

ショッピング街のようだ。

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しゃれた店がたくさんあった。

旅行したら今や定番になっている孫たちへの誕生日カードを買い、お土産も買った。

PEAK 2 PEAKの乗り場はすぐ見つかった。

PEAK 2 PEAKに乗る前、ゴンドラで上り、上ったところでPEAK 2 PEAKのケーブルカーに

乗り換える。ゴンドラもケーブルカーもそれぞれ約30分と教えられた。

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チケット売り場のそばの建物に各国の旗が掲げられていた。日本の旗があり、うれしかった。

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PEAK 2 PEAKに乗る前、先ず、ゴンドラで頂上まで。

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頂上に上がったら、いよいよPEAK 2 PEAKのケーブルカー。

ケーブルカーは2種類あって、数は少ないが、床が透明なものがあり、ボクはこれに

乗りたかったが、カミサンがゼッタイ乗らないといい、下の写真の普通のケーブルカーに

乗った。

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遠方に見える白い部分は氷河だと教わった。

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眼下には緑色のものすごくきれいな湖が見えた。

この湖を見たくなって、帰ってホテルで聞いたら、グリーンレイクだと教わり、翌々日、

歩いて見に行った。

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ケーブルカーを降りたら5時前。運行は5時で終了。

終了したあと、ケーブルカーはどうするんだろうかと知りたくなり、係りの人に聞いたら

どうしてそんなことを聞くのかと、けげんそうな顔で「メカニカルエンジニアが点検したあと

そのままケーブルにぶらさがっているよ」

カミサンに「バカみたいなこと聞かないで。当然でしょう」と言われた。

ゴンドラに乗る前、自転車道を大きくジャンプしながら、上から下りてくる自転車の人たちを

見て、スゴイと思った。

ケーブルカーの建物を出たところには、自転車で下りていくグループが何組かいた。

何分くらいで下まで下りるのか聞いてみたら、早い人は20分くらい、怖くないかと聞いたら、

スリルはあるが、慣れているから怖くないと言っていた。

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PEAK 2 PEAKは期待した通り、すばらしかった。

2014年9月22日 (月)

カナダの旅(6:ウイスラー②)

チェックインしたあと、もらった地図を見ながら近くをぶらぶら。 

細かく地図を見る必要がないくらい簡単な道。 

ホテルの前の道でカミサンが写真を撮って Cimg8818_3

いたら、通りすがりの我々と同年輩くらいの 

カップルが「ふたりの写真を撮ってあげよう」 

と声をかけてくれた。 

我が家は旅行に行っても人物写真は 

ほとんど撮らない。 

今回も残っている人物写真はこの1枚だけ。

近くに道路標識があった。

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Health Careの先にスーパーがあった。

歩いて20分くらいのこのスーパー、マーケットプレイスには毎日のように食材を買いに行った。

Whistler Villageは、村の中心で唯一のショッピング街。

泊ったホテルはUpper Village。

たしかに紅葉はまだまだ。9月後半から本格的にはじまると聞いた。

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近くを流れる川が、とてもいい感じだった。

石灰岩のためか、他にも同じような色の川を何カ所かで見た。

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歩いた道はトレイルと呼ばれ、歩行者・自転車専用道。

何も考えないで左側を歩いていたら、「右側を歩くのがルール」と歩行中の女性から

教えられた。

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ウイスラーをPRするキャッチコピーを道沿いのあちこちで見た。

「見て、聞いて、感じて、味わって、ウイスラー」

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帰り道、スーパーに寄り、食材を買った。

買った食材でカミサンが作ってくれた翌朝の朝食。

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2014年9月21日 (日)

カナダの旅(5:ウイスラー①)

バンクーバーに4泊した翌日、バンクーバーの北120キロにあるウイスラーという街に

移動した。

ウイスラーでは2010年に冬季オリンピックが開催された。

スキーヤー憧れのスキーならびに山岳リゾート地。

少々早いかとは思ったが、紅葉を楽しめるのではと期待したものの、やはり早かった。

移動する朝、いろいろお世話になったコンセルジュのワンダにお礼と前日のビクトリア

ツアーの報告に行った。

別れ際お礼の握手をしたら、ワンダにハグされ感激。

ウイスラーまではワンダに予約してもらったバスで1時間半。

バスの待ち合せは10時半、ホテルから歩いて10分くらいの場所にあるフェアモント

ホテルの前。

「道をはさんだ前にルイビトンがあるからすぐわかるよ」とワンダに言われたが、前もって

確認しておいた。

この日のバスも何ヶ所かホテルに寄って、お客をピックアップしてウイスラーへ直行。

路線バスに近い感じで、前日のビクトリア行きのバスと違い、ドライバーの女性からは

道中案内は何もなかった。

バスの中、ガイドブックでウイスラーをあらためて読んだが、やること、見るとこあまりなさそう。

カミサンに話したら、「いいじゃないのゆっくりすれば」。たしかにそうだ。

ウイスラーでも何ヶ所かホテルに停まり客を降ろし、4泊する我々のホテル、クラブ

イントラウエストは最後になった。着いたのは1時。

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バンクーバーも同じクラブ イントラウエストだったが、雰囲気はぜんぜん違う。

ここは比較的長く滞在する人向けにできた施設。

フロントには次から次に人がきて、担当者たちはバタバタ。

やっとチェックインの順番がきた。

「部屋に入れるのは4時。荷物はそれまで預かっておくので。部屋が空いたらケータイに

電話する。これが施設内マップ。これがこの近辺のマップ」といろいろ親切に教えてくれた

のはミッシェルという男性。

「ミッシェルって女性の名前かと思ってた」とミッシェルに言ったら、「自分はフレンチ

カナディアンなので、フレンチカナディアンは男でミッシェルは珍しくないよ」と言い、

ミッシェルとミシェルの違いを発音して、それぞれのスペルを書いてくれた。

「実はボクの妻は日本人。北海道出身。彼女がここに来たとき知り合った。初めての子が

6か月になり、いま子どもを連れて妻は北海道に帰っている」と話していた。

「部屋が準備できるまではリクレーションルームがあるのでそちらで休んでいたら」と

言われ、リクレーションルームへ。

リクレーションルームにはテレビがあった。

時間的にはちょうど錦織圭のファイナルゲームがニューヨークではじまった時間。

テレビのチャネルをあちこち替えるが出てこない。

近くで工事していた人がいて聞くと、スポーツチャネルではと言い、あちこち20分くらい

チェックしてくれたが、結局全米テニスの決勝戦は出てこなかった。

どうしても観たくて、フロントにチャネルを聞きに行ったがわからない。

フロントで「どこかこの近くのホテルのロビーでテレビが観られるところがないだろうか」と聞き、

教えてもらい2ヶ所に行ったが、ほかの映像が流れていて、替えて欲しいとお願いするのは憚り、

断念した。

結局、残念な結果はこの夜パソコンのネットニュースで見て知った。

4時過ぎ、やっと部屋が入れた。

部屋は長く滞在する人のため、レンジほかフルキッチン、洗濯機に大きなベッドがひとつ。

ゴミは、燃えるゴミとそれ以外に分別して、地下の駐車場のゴミ置き場へ、と書いてあった。

余談だが、7~8年前のアメリカはゴミの分別はなく、すべてが一緒。紙ゴミと一緒にベッドが

捨てられていたのを見てびっくりしたことがある。

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ベランダには富士通製のエアコンの室外機があり、こんなところで見るとはと感激。

カミサンが「あなたは定年退職し10年以上経つのに、なんで今だに富士通富士通なの」

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こうしてウイスラーの5日間がはじまった。

2014年9月20日 (土)

カナダの旅(4:ビクトリア②)

イルカのエサやりのあと、バスはビクトリアのダウンタウンに入った。 

途中、ドライバーのジェフがビクトリア一番の見所のブッチャートガーデンの紹介、それに

待ち合せ場所を全員に説明し、待ち合せ場所のフェアモント・エンプレスホテルにマークを

つけた地図を渡してくれた。 

「2つのグループに分ける。第1グループはこのあと1時半にブッチャートガーデンに行き、 

ガーデンを見たあとダウンタウンを各自観光。5時にフェアモント・エンプレスホテル前に集合。 

第2グループは先にダウンタウンを観光したあと、3時にフェアモント・エンプレスホテル前に 

集合し、ブッチャートガーデンに行く。そのあと5時にフェアモント・エンプレスホテル前で 

第1グループと合流。ブッチャートガーデンとフェアモント・エンプレスホテルへはそれぞれ 

バスを回す」 

話が少々複雑で、大丈夫かと心配だったが、3:00と書かれた地図をもらい、ちょうど

昼時だったので、第2グループに入り、バスを降りて、お昼を食べに行くことにした。 

お昼はガイドブックで紹介されていたフィッシャマンズ ワーフにあるBARBという海鮮 

レストランへ。 

歩いていた人に聞くと、フィシャマンズ ワーフまでは歩いて30分近くかかるとのこと。 

心配なので、フィシャマン ズ ワーフに行く前に、3時に待ち合せすることになっている 

フェアモント・エンプレスホテルの場所を確認した。 

写真はフェアモント・エンプレスホテル。ビクトリアのランドマーク的建物のようだった。 

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フェアモント・エンプレスホテルの場所を確認したあと、海岸通りをフィシャマンズ ワーフまで歩いた。

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フィシャマンズ ワーフに到着。

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海鮮レストランBARBはレストランとは言いがたい店だが、大変な人気で行列ができていた。

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店には下のような掲示があった。

「サンセットマガジンで、Barbは北米で海そばのトップ シーフード スポットとして紹介された」
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ここでもカミサンはタラの「フィッシュ&チップス」を注文。

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3時までにバスが待っているフェアモント・エンプレスホテル前に戻らないと、あわてて食べ、

早足で海岸通りを歩き、バスへ。

フェアモント・エンプレスホテル前、とジェッフが言ったのでボクはホテルの正面だと思い

芝生の中を歩き、上の写真のホテルの正面に向かおうとした。

カミサンはあんな立派なホテルの正面に観光バスは停められないと言い、ホテルの前の

海岸通りの道へ向かった。

ここでもカミサンが正解だった。

ボクが回り道したため、バスに着いたら3時3分だった。

バスの前でジェフが待っててくれていて、「フィッシュ&チップスは美味かったか?

遅れなくてよかったね」

バスに乗ったらみんながよく時間通り帰ってこれたね、という感じで「おー」と声を上げた。

きっと帰ってくる前、ジェフが「Japanはフィッシャーマンズ ワーフまでフィッシュ&チップスを

食べに行った」と話してたのだろう。

このあと、バスはブッチャートガーデンへ。

ブッチャートガーデンはすばらしいイングリシュガーデンだった。

ブッチャート氏が夫人とともに、石灰石採掘場の跡地に花を植えたのがはじまり。

22万㎡ある公園は、サンクン・ガーデン、ローズガーデン、日本庭園、イタリアンガーデン、

地中海の庭に分かれている。

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バラ園には、モナコプリンセスやエリザベステーラの名のついたバラもあった。

ブッチャートガーデンのあと、5時にフェアモント・エンプレスホテル前で第1グループと合流し、

フェリー乗り場まで戻った。

ガラス窓を通してだったのでイマイチだが、フェリーから見た沈む夕日は見事だった。

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フェリーに1時間半乗り、バンクーバーのフェリー乗り場に戻った。

バンクーバーの港からジェフが各自をホテルに送ってくれて、ビクトリア日帰りツアーは

終わった。

2014年9月19日 (金)

カナダの旅(3:ビクトリア①)

バンクーバー4日目。 

コンセルジュのワンダの勧めで、1日ツアーで、バス→フェリ→バスを乗り継いで 

バンクーバーの北西にあるバンクーバー島中心の街、ビクトリアに行った。 

バスは朝7時に泊っているホテルへ迎えに来てくれた。 

我々をピックアップしたあと何カ所かホテルを回り、バスは7割方席がうまり、ビクトリアに 

向けて出発。 

乗るとき、ドライバーのジェフから、どこから来たかと聞かれ、JAPANと答えると、以後 

ずっとJAPAN、JAPANと呼ばれた。

「ビクトリアに行くんだよね?」と確認すると、ジェフは「バンクーバー市内観光だよ」と答え、

一瞬びっくり。すぐジェフは「冗談だよ。ビクトリアへ行くよ」

乗客はアジア人は我々夫婦だけ。一番多かったのはアメリカ人、次はオーストラリア人、 

カナダ人、イギリス人・・・ 

ジェフが「今日が誕生日の人?」と聞き、ひとりいてみんなで拍手。 

「ハネムーンカップルは?」と聞くと、我々の前の席の2人がそうだと答え、一段と大きな 

拍手。「どこから?」とのジェフの問いに「アイルランド」 

ジェフは海外から来ているお客が興味を持つと思う話題を道中ずっと話してくれた。 

もちろん英語についていけない話題、会話は少なくなかった。

ジェフが取り上げた話題は、観光情報に加え、カナダの物価、福祉、社会制度、教育、

家の値段、ホームレス問題などなど多岐にわたった。 

バスは30分くらいでフェリー乗り場に着いた。 

スタバでコーヒーとスイートを買い、フェリーに乗り換え、ビクトリアまでは1時間半。 

この日も天気がよく、たくさんの島を見ながら海峡を通ってビクトリアへ。 

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船上でおじいさんに声をかけられ、しばらく話した。 

マルタ島から家族で来ているそうで、81歳、とてもその歳には見えなかった。 

アメリカの大統領の話をしきりにしていた。

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間もなくビクトリアに着く時間になったので、バスの停まっている場所に行くと、 

ジェフがいて「接岸するときハッチが開くのを見に行ったら」と勧められ、見に行った。 

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フェリーを降り、バスでそのままビクトリアの街へ。 

ダウンタウンに行く途中、ジェフがイルカにエサをやれるところに停まってくれた。

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2014年9月16日 (火)

カナダの旅(2:バンクーバー②)

バンクーバー2日目。 

ホテルには食事がついてない。 

カミサンがホテルの近くのスーパーで買ってきた食材で朝食を食べた。 

滞在中、朝食はずっとこのパターンだった。 

2日目、ボクの仕事はコンセルジュに相談し、バンクーバー滞在中の観光予定をたてること。 

コンセルジュの部屋は29階。 

何度も行き、係りの女性のワンダには大変お世話になった。

旅行中、世話になった人に渡せる簡単な日本のお土産を持ってきていたらよかったと思った。

去年イギリスに旅行したとき持って行った百均で買ったものですら喜んでくれた。 

ワンダと相談し、滞在2日目、3日目はトロリーバスで市内巡りすることにし、4日目は 

バンクーバー北西の島のビクトリアに一日ツアーで行くことで決まった。

市内周遊トロリーバスのバス停はホテルの前にあった。

料金は一日乗り放題で40ドル(97円/ドル)、シニア割引で38ドル、2日乗り放題が

43ドル、迷わず2日間切符をゲット。

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コンシェルジュのワンダから「先ずは市内一周して、もう一度乗って、降りたいところで 

降りたら。1周は2時間。バスは20分おきに来る」と教えられた。

ドライバーは道中、いろいろ説明してくれた。

トロリーには3回乗ったが、最初のドライバーの英語が一番よくわかった。

北バンクーバーをつなぐ大きな橋を渡り、スタンレーパークをゆっくり走った。

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スタンレーパークはバンクーバー市民の憩いの場。対岸はバンクーバー中心街。

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スタンレーパークで降りてぶらぶらしようかと思ったが、どのバス停にも待ち行列ができて 

いて、バスは座席数を超えては乗せないため、降りたら今度乗るのが大変と思い、ワンダから

「ここに行ったら」と勧められたグランビル・アイランドで下車。

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アイランドにはマーケットがある。マーケットに行く前にお腹がすいたので腹ごしらえ。

カミサンがフィッシュ&チップスを食べたいと言い、バスを降りた近くにあったお店に。

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カミサンは黒ビールを飲みながら、フィッシュ&チップスを食べ、大満足。

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グランビル・アイランドをぶらぶら。対岸はバンクーバー中心街。

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マーケットは広くて、たくさんの店があり、楽しかった。

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この地方に豊富なブルーベリー、ラズベリー、それにプラム、アプリコット・・・、

旅の途中、あちこちで何度も買って楽しんだ。

マーケットではカナダのお土産の定番メイプルシロップを買った。 

ポットパイと書かれたこんなものもあった。

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この日の夜はアメリカでも何度か行ったスーパーマーケットのホールマートに買い出しに 

行き、夕食はホールマートで買った総菜をスーパの外のテーブル席で食べた。

スープをコップに半分くらい入れてレジに行こうとしたら、見ていたおばさんが「いっぱいに

すればいいのよ!」と言い、「もっと、もっと」と教えてくれた。どこにでもいるんだこんな人。 

食べていたら物乞いにきた、30歳台後半くらいの男性が憐れだった。 

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トロリーバスには翌日も乗り、一周した。 

バス停は30数か所あり、最後のバス停のあと、残ったお客をそれぞれ泊っているホテルへ

送ってくれた。

 

2014年9月15日 (月)

カナダの旅(1:バンクーバー①)

カミサンとカナダへ10日間旅してきた。

大きなカナダ、10日間で行けるところは当然限られている。

行ったところは西海岸のバンクーバとバンクーバーの北120キロの町、ウイスラー。

10日間もずっと一緒にいたら、毎回の旅行と同じく、今回も言い争いが随所で起きた。

男と女の意識、感受性、考え方の違いを旅行をするたびに思う。

ただ、お互いに一番気を使わない相手なので、旅行する相方はどうしてもカミサンになる。

今回の旅行を思い立ったのは、取ったeチケットの日付を見て1月だとわかった。

ボクのチケットはたまったJALのマイレージでとり、カミサンのチケットは早割チケットをとった。

泊るホテルはメンバーであるヒルトンの関連施設を、たまっているポイントでとった。

そのため安上がりな旅行になった。

我が家はツアー旅行には縁がない。

面倒で大変で時間はかかるが、すべて自分でアレンジする。

カミサンは「旅程はできた?」と聞いても、自分ではガイドブックも読まない。

ただ、現地に行けば、地図を見て積極的に動く。

出発したのは4日、成田からバンクーバー直行便。

バンクーバー空港で持っていた米ドルをカナダドルに換え、空港のインフォメーションで

ホテルへの行き方を聞いた。応対してくれた男性が「おー、そのストリートは自分が

住んでるところだ」と言い、行き方、ホテルまでの道を教えてくれた。

ホテルはバンクーバーの中心街。

バンクーバは徐々にわかってきたが、街は完全に碁盤の目になっていて縦、横ストリートが

交差している。そのためストリートの名前を覚えても、縦だったか横だったかわからなくなり

着いた直後は簡単に間違え、何度も無駄歩きをした。それに主要なストリートは長い。

300番の番地から1600番台の番地まで歩いたこともあった。

すぐ気がついたのは、バンクーバーは超高層タワーマンションの林立した街であること。

4泊したホテルは30階建て。シェラトンホテルの最上階の3階をヒルトンと提携した

クラブ イントラウエストというメンバー制の宿泊施設運営会社が持っていて、我々は

30階の眺望のいい部屋に泊まれた。

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初日の夜はガイドブックに出ていたラーメン店の山頭火に行くことで珍しく意見が一致。

ホテルから30分近く歩いてロブソン通りにある山頭火へ。

ロブソン通りには、アジア系含めたくさん食事をする店があったが、山頭火ほど行列の

出来ていた店はなかった。

さすが山頭火、ラーメンは美味かった。

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2014年9月14日 (日)

スコットランドは独立するか?

18日にスコットランドの独立の是非を問う投票があると報じられている。

昨年6月、英国旅行をした折にスコットランドに行った。

英国(UK:United Kingdom)は4地域(イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイル

ランド)から構成されていて、スコットランドは一番北に位置する。

独立の動きはもちろん今にはじまったことではなく、スコットランドの長い間の宿願である。

北海油田の9割がスコットランド沖にあり、独立したら、油田の恩恵にあずかり、北欧各国

同様、高い福祉国家を目指すことが独立推進派の主張である。

スコットランドの中心都市エディンバラで見た街並みには歴史を感じたものの、活気、勢いは

感じなかった。

一方で、スコットランド人のアイデンティティの保持と独立心を垣間見た。

そのあたりのことを書いたブログはこちら

旅行から帰ったあとスコットランドとイングランドの関係をもっと知りたく、「ブレイブ・ハート」

というビデオを借りてきて観た。

13世紀末、悪政に苦しむスコットランドの独立と開放を目指して戦った実在の英雄、

ウィリアム・ウォレスの生涯を描いたイギリス内戦がテーマの3時間の歴史スペクタクル。

1995年に制作された映画で、アカデミー賞作品賞、監督賞ほか6部門を受賞した作品。

映画を観て、現在のスコットランドに独立の気運があることがよくわかった。

メディア報道では、独立賛成派と反対派の比率は拮抗していて、結果は予断を許さない。

心情的には、独立に賛成である。

大変な歴史のある、あのエディンバラの街に勢い、活気が出てくるためにも。

2014年9月 8日 (月)

熱海市長選挙結果

先日、お手伝いしたことを書いた熱海市長選挙が昨日日曜日にあり、応援した現職の

齊藤市長が新人ふたりを破り、圧勝したことをネットニュースで知った。

実は4日前の木曜日に発って、いまカナダのバンクーバー近郊をカミサンと旅している。

そのため、投票日の前日と当日は熱海に行くことができず、結果もネットで知ることになった。

今回の選挙は前回と違い、予測が難しく、結果が不安ということで、選挙事務所の雰囲気は

ピリピリしていた。

ボクは個人的には8年間の実績から、楽勝するのではと思っていたが。

ネットで見つけた開票結果は、

 当11,131 齊藤栄 51 無現(3)

    6,420 森田金清 46 無新  前市観光協会長

    2,307 田中秀宝 46 無新  前熱海市議

     投票総数 20,011  投票率 59・41%

落選した新人ふたりの得票数を足しても、齊藤市長の得票数にははるか及ばず、

圧勝であった。

多くの市民から信任された齊藤さんは、3期目の公約である「新生熱海」を目指し、

観光と商業振興に努め、福祉と教育を充実させ、市民の暮らしを豊かにするものと

確信する。

以下、静岡新聞掲載の齊藤さんの略歴。

東京都出身。東工大院修了。1988年に国土庁(現国土交通省)入庁。米国デューク大で

経営学修士を取得し、99年に退職。国会議員2人の政策秘書を務めた後、2006年に

市長初当選。

2014年9月 7日 (日)

屋根の修理

海沿いのこの家に住んで36年、これまで大掛かりな修繕、修理はやったことがない。 

地域一帯を拓いたデベロッパーの西武建設が丁寧な仕事をしてくれたおかげか、 

海風吹きさらしにもかかわらず、家に目立った損傷がないことは大変ありがたい。 

とは言え、屋根はそろそろ全面修理しないと、と思いだして久しい。 

一軒隣りの懇意なSさんが建築業を営んでいることから、Sさんに複数業者に 

相見積もりを取ってもらい、業者を決め4軒で修理することになった。 

先週は雨続きであったため、作業に取りかかれず、やっと火曜日から工事がはじまった。 

足場が組まれ、工事がはじまると職人さんが屋根を歩くため、どんどんと大きな音が響く。 

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Sさんに「職人さんに10時と3時のお茶はどうしようか」と相談したら、「職人はお茶も 

弁当を持ってくるので必要ない」と言われ、カミサンと「それは楽だね」 

工期は5日間とのこと。 

これで雨漏りや漏水の心配はなくなる。 

海そばの立地を考えると、あと10~15年住めれば良しとしないと、と思っている。

2014年9月 1日 (月)

熱海市長選挙お手伝い

知り合いからフェイスブックで、9月7日に熱海市長選挙があるとの連絡をもらった。  

4年に1度の選挙、これはお手伝いに行かないとと思い、2か月ぶりに熱海に行った。 

現市長の齊藤栄さんに新人ふたりが挑む選挙。  

齊藤市長とは8年前の選挙を通して知り合った。  

熱海には縁がなかった落下傘候補であった齊藤さんがわずか62票の僅差で現職市長を 

破ったことは、自分のことのようにうれしかった。  

8年前、そのときの感激を書いたブログはこちら

それから4年が過ぎ、2期目の市長選挙は2010年9月に行われた。 

2期目の選挙は、1期目の実績がたくさんの人たちに評価され、圧勝した選挙であった。 

得票数は1万3千票、1期目の得票数の何と1.8倍。 

相手は8,500票。4,500票の大差をつけ、文句なしの圧勝であった。 

2期目の選挙について書いたブログはこちら

そして迎えた3期目の今回の選挙。 

8年間で成し遂げた実績を踏まえ、齊藤さんの目指す第3期のテーマは「”新生熱海”、  

これからがまさに正念場」  

齊藤さんが取り組んだ課題は、1期目はとにかく財政再建、2期目は観光振興、  

そして今回3期目は「住まうまち熱海」づくり。

1期目の財政再建の8年経った現在の成果は、何と債務の8割が削減できたこと。

2期目の観光振興についても来熱する観光客は徐々に増えてきており、今年度は前年

同期比7%増。

3期目の取り組み課題は、①子育て世代の応援、②高齢者の見守り(熱海は65歳以上の

高齢者42%)、③雇用の確保  

熱海に行った木曜日から横須賀に戻ってきた今日まで、我が家から歩いて15分の 

熱海市内の後援会事務所に毎日通った。

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お手伝いした作業は、①8年の実績と3期目の思いと公約をまとめたパンフレット・資料の 

ポスティング、②支援をお願いする電話コール、③ヒアリングした情報の整理とまとめ・・・ 

事務所に詰めた初日の木曜日夜は決起大会が開かれ、150人以上の支持者が集まった。 

決起大会は地区毎に3日間にわたり行われた。 

大変だったことも織り交ぜ、齊藤さんが語った8年間の労苦、実績をあらためて聴き 

感動した。 

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土曜日には熱海駅前に静岡県選出の民主党元防衛副大臣渡辺周さんはじめ国会議員、 

県会議員、市会議員が集まり、国会・県会・市会報告、ならびに齊藤市政が語られた。

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選挙の告示があった昨日日曜日は朝10時から後援会事務所前で出陣式が行われた。

齊藤さんの挨拶の前に、齊藤市長の想いに共感し、さまざまな支援をしてきてくださった

大塚商会名誉会長の大塚実さんが激励の挨拶をされた。

大塚実さんは、熱海を花で甦らせようとの思いで、梅園のリニューアル、熱海ざくら植樹、

ジャカランダ遊歩道づくりに資金支援してくださって、見事に咲いたそれぞれの花は

人々を楽しませてくれている。

大塚名誉会長は挨拶の中で、「熱海のために役に立つかどうかで選んで欲しい」と。

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最後に齊藤市長の力強い決意表明で出陣式は終わり、告示で解禁となった市内遊説に

市長は選挙カーに乗り出発した。

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出陣式が終わり、いよいよ1週間の選挙戦の火ぶたが切られた。

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