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2014年1月

2014年1月29日 (水)

「神奈川県犯罪被害者支援委員会」、終了

昨年4月、神奈川県安全防災局で犯罪被害者支援を担当している方から

「神奈川県犯罪被害者支援委員会の委員になって欲しい」との連絡があった。

承諾する旨応えたら、後日県知事名で委嘱状が送られてきた。

昨年6月、第1回の委員会が開かれ、つごう6回、先週木曜日に最終回が開催され、

委員会は終了した。

委員は、大学の教授、弁護士、県の民生福祉協会理事、横浜市・藤沢市の行政関係者、

それに被害経験者としてボクの7名で、男性4名、女性3名の構成だった。

第一回委員会の前に送られてきた資料には、「被害者代表は被害者団体の事務局を

担うなど、個人の視点以外からの意見が期待できる方」と書かれていた。

犯罪被害者の対象は、殺人事件、性犯罪事件、交通事犯、DV被害など。

事務局から、「委員会は原則として公開で行い、傍聴可とし、各委員確認のうえ、発言者

氏名と発言の全内容を記載した議事録を作成し、県のホームページに公表する」と

説明を受けていて、毎回の会議録が神奈川県のホームページに掲載された。

第1回目の冒頭で、被害者の立場、目線から以下3点の意見を述べた。

  ①支援の仕組み、制度を作っても、それが犯罪被害者の目に留まらないと、実効には

   つながらない。新しい取り組み、制度、仕組みを作ったあと最も大切なことは、

   いかに県民に広く告知・周知していくかである。これを今年度の最重要テーマとして

   取り上げて欲しい。

  ②これまでやってきてまだ出来ていない積み残した重要テーマを3つ挙げ、優先順位を

   高くして、それらに集中的に取り組むこと。

   ③県内にはお金も人も乏しい中で活動している小さな自助団体が相当数あるはず。

   そのような自助団体と連携をとり、支援活動を行っていくことが極めて重要。 

せっかく指名を受けた委員なので、これまで接してきた、あるいは見聞きしてきた犯罪

被害者の立場に立って、メリハリをつけた支援活動につながるよう、1年間委員会活動を

続けていきたいとの思いで、毎回委員会に参加し、意見を述べた。

とは言え、初めて参加する行政の委員会であったため、民間の仕事の進め方と比べ

違和感を感じ、戸惑うことが結構あった。

特に、やることが多岐にわたるので、進捗をチェックするために行程表を作ることが

必須である、と何度も発言し要求したが受け入れられなかった。

事務局の担当課長のSさんからは「花房委員のおっしゃることはよくわかりますが・・・」

という発言が何度もあった。

ただ、Sさんには大変頑張ってもらい、希望した意見が下記のような形で取り入れられ、

大変うれしかった。以下、上記①、②、③に対応。

  ①電車のドアに担当窓口であるサポートステーションの連絡先の案内ステッカーを

   貼ることが決まった。他の委員からも再三指摘のあったサポートステーションと

   県内の市区町村の連携が一層強化されることになった。

  ②重要テーマとして具体化することの決まったトップは、性犯罪・性暴力被害者への

   総合的支援体制の整備。具体的には、性犯罪・性暴力の被害者がいつでも安心して

   相談できる24時間対応の被害専用ホットライン(相談電話)の設置。

    都道府県では初めての取り組みとのこと。

   ボクが強く求めた市町村や地域で活動する団体と連携し、特に犯罪直後の

   被害者の家事、育児などの生活支援、手伝いを行うボランティを育成していくことも

   決まった。

  ③同じ苦しみ、辛さを抱えた被害者が集う自助グループについて、県内で活動する

   グループの情報を収集し、被害者に自助グループの活動を紹介していくことも

   重要テーマとすることで決まった。

委員会審議は実質半年間であったが、多くの課題の取り組みに道がついて満足である。

終わったあと打ち上げ食事会があった。

毎回の委員会では個別に会話することはほとんどなかった委員、事務局の人たちと

大いに盛り上がり、これにも満足し、達成感を感じ、うれしかった。

2014年1月24日 (金)

久々の熱海(2)

熱海にはMOA美術館というすばらしい美術館がある。

MOAの名前の由来は、創立者である岡田茂吉さんから。

国内外のたくさんの美術館を観てきたが、ボクの見方ではロケーション、鑑賞者への

心配り、展示作品、いずれもMOAはトップクラス。

美術館のメインロビーからは、相模灘に浮かぶ初島や伊豆大島が一望でき、遠くは

房総半島から三浦半島、伊豆半島まで180度の大パノラマが楽しめる。

数えたことはないが、我が家はMOAには20回くらいは行っているのでは。

訪ねた日曜日は好天で、左前方に初島、遠方に大島が臨めた。

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今回MOA美術館に行ったのはわけがあった。

しばらく前に娘から、「ミサキ(姉孫)がMOAの全国児童作品展に応募し、銅賞をもらった」

とのメールが届き、展示されているかもしれないと思い出かけた。

行く前日の土曜日、娘にメールして、「明日MOAに行く予定」と知らせたら、娘は姉孫に

話したようで、翌日娘から返事があり、「ミサキはうれしかったらしく、美術館で表彰されて

いる夢をみたって」

土曜日の夜、マンションの古くからの知合いのKさんに風呂で会った。

Kさんは長い間、MOAの要職にあった人で、「銅賞とはスゴイ」と言ってくれた。

ということで、姉孫の絵は例年と同じあの場所に展示されているのでは、と思いながら

出かけた。

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受付で事情を話し、姉孫の名前を言い、展示されているかどうか担当の方に調べてもらった。

結果、「ここには展示されていなく、沖縄県で銅賞に選ばれ、MOAの沖縄の展示会場に

展示されていると思います。海外11カ国含め45万点以上の作品の応募がありました。

各都道府県で組織された実行委員会でボランティアの方々に審査していただいた結果

選ばれた作品が熱海に送られてきて、熱海での最終審査で303作品が選ばれ、いま

会場に展示されています。沖縄だけで2万4千点の応募があり、熱海での最終審査で

12作品が選ばれ、303作品の中に展示されています。最終審査までには至らなかった

ものの、沖縄県で銅賞ですから、きっとすばらしい作品でしょう。ぜひ娘さん、お孫さんに

お話ししていただき、沖縄会場にご家族皆さんで観に行ってください。多くのお友だちの

作品も一緒に観ることができます」と親切に教えていただき、沖縄会場の電話を教えて

くださった。

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3年生の銀賞作品。

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3年生の金賞作品。

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下は内閣総理大臣賞作品。描いた5年生の子どもの学校の名前を見てびっくり。

なんとカミサンの出身小学校。

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児童作品展のあと、館内を観て回った。

毎年1月に展示される尾形光琳の国宝「紅白梅図屏風」

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今年の新春展は「広重 東海道五十三次」

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海を眺めながら、ゆっくりと館内を観てまわった。

人も少なく、心なごむ美術館である。

2014年1月21日 (火)

久々の熱海(1)

先週金曜日の夜から熱海に来ている。

いくつかやりたいことが運良く重なり、温泉にも入りたく、今回もひとりで来た。

先ず、土曜日、マンションの管理組合の理事会にオブザーバーで参加した。

管理組合の理事会は理事長を1年、理事を3年やったことがあり、現在理事長を

やっているHさんとは15年来の知り合いで、今回難しい話をいろいろやるので

出席して欲しいとメールをもらい参加することにした。

このマンションを購入したのは18年前。戸数は85戸。

購入当初はボクのような非常住者が多く、常住VS非常住の比率は2対8くらいだった。

その後、常住者の数が増え、今は半々くらいになっているのでは。

特にこの5~6年、居住者間の軋轢含め、さまざまな問題が起きている。

管理会社も数社替わり、住み込みの管理人、フロントの女性も何人も替わった。

そのような中、当面最大の問題は、現管理会社から契約を解除したいとの申し出があり

新しい管理会社を選定しなければならない状況になってきたこと。

土曜日1時からはじまった理事会が終わったのは6時。延々とさまざまな問題を話し合った。

来月、候補管理会社2社からプレゼンを受け、3月に臨時総会を開き、新管理会社の選定を

行うことで話が決まった。

日曜日の夜、案内メールをもらっていた静岡県民主党県議会議員の橋本一実さんの

県政報告会を聴きに行った。

橋本さんと知り合ったのは彼が熱海市議会議員をやっていた10年くらい前。

橋本さんが質問に立った定例市議会を何度も傍聴し、選挙活動を支援し、一緒にお昼を

食べたこともあった。

政治姿勢、真摯な活動姿勢に共感を覚え、この人は市議で終わる人ではないと当初から

確信を持っていた。思っていた通り、3年前の統一地方選挙で県会議員に立候補し当選した。

県議になった橋本さんの話を久しぶりに聴き、いちだんとステップアップした橋本さんを

実感した。熱海を思う気持ちにも一層の情熱を感じた。

寒い夜、集まった人たちは200人を超えていただろう。

それに、静岡県の川勝知事、渡辺周衆議院議員、細野豪志衆議院議員が橋本応援団

として駆けつけた。

まず、橋本さんの県政報告。

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川勝静岡県知事。前職は静岡県の大学の学長。知事は2期目。

「ふじのくに」への思いが熱く語られた。

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渡辺周衆議院議員、民主党での防衛、安全保障分野の第一人者。

この日も、特定秘密保護法案関連で渡米し、夕方成田に着き、その足で会場へ。

写真がぼけていてスミマセン、周さん(地元での愛称)

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細野豪志衆議院議員、民主党が政権を外れ、福島支援が志半ばに終わったことに対し

自責の念を語った。政治家になって15年、まだ43歳とのこと。失地回復を願う。

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2014年1月15日 (水)

新春放談会

大学時代、寮にいたときの仲間が集まり定期的に飲み会をやっていることは何度か 

ブログに書いた。 

神戸の本校に行く前、1年半教養課程を姫路で過ごし、その間かつての旧制高校の

寮で生活した。

そのときの仲間だから、初めて会ってからは何と50年以上経っている。 

古い汚い寮で過ごした仲間、結束は強い。 

当時寮費は寝て食べて1ヶ月3千円。豊かでなかった我が家にとってはありがたく、 

おふくろが「幼稚園より安い」と喜んでいたのを覚えている。

ただ、食事はめちゃめちゃまずく、風呂は信じられないくらい汚かった。 

飲み会は年に4回。メーリングリストのメンバーは40人位いるが集まるのは10人前後。 

ボクは万年幹事。場所は帝国劇場のとなりにある大学のクラブ。 

大学の大先輩の出光興産の創業者である出光佐三さんが寄贈してくださった施設。 

会合では毎回スピーカー持ち回りで、テーマ自由でスピーチをすることにしている。 

今回はスピーカーを決めていなかったため、O君の提案で新春放談になった。 

T君が在住している酷寒のシカゴからかけつけてくれた。今の時期シカゴは零下25度 

近くになるとのこと。 

放談にしたこともあり、さまざまな話題が飛び交った。

姫路でやったアルバイト。

多くが家庭教師はやったが、面白いアルバイトでは市議選挙の弁士。大学に入った

ばかりの若造にできたのであろうか。朝早くの製麺屋の配達。これはボクもやった。

交通量調査。これは今でもポピュラーなバイト。 

やはり定番の話題は病気の話。 

甥の医者の最先端医療技術のおかげでガンを克服した1年先輩のOさんの経験談が

印象的だった。 

平素あまり話題にならない孫の話でも盛り上がった。 

4歳の孫が驚くほど生意気になりとのSさんの話、3歳の女の子に既に女の片鱗を感じる 

とのNさんの話、みな自分の孫と比べながら喧々諤々。 

教養課程時代の先生のこと、講義の話も話題にのぼった。 

Oくんが三国志に最近凝っていて、登場人物ほかをびっしり書き込んだノートを見せて

くれた。「もっと読み進むだろうから、次々回くらいにスピーチしてよ」という話になった。 

とにかく博学が多い。中でも「Mさん、Nさん、Tくんが三賢人」というボクの意見には 

誰からも異論が出なかった。 

5時からはじまった会合はあっという間に3時間が経ち、8時過ぎにお開きに。 

クラブの維持・運営は会費・寄付でまかなわれている。 

毎回、飲食代プラスアルファを徴収し、貯まったお金が1万円になったのでクラブに納めた。 

昨夜は終わったあとメンバーが足りず、マージャンしようという話にはならず、全員 

そのまま帰宅した。

2014年1月13日 (月)

新春投資セミナー

先週金曜日、久しぶりに野村證券のセミナーを聴きに行った。 

アベノミクスにうまく乗って、という人たちで横須賀支店内の会場はいっぱい。 

平日のセミナーなので、当然参加者の大半はシニア、百数十人はいたのでは。 

講師は横須賀支店の支店長。1時間45分の話は退屈することがなかった。 

セミナーには何度も出たことがあるが、面白い話だと思ったセミナーはほとんどなかった。 

今回はとても興味を引く話題が多かった。 

講師のメリハリのきいた語り口、話の組み上げと内容、いずれも大変良かった。 

以下メモしたポイント。 

  ・米国FRBの金融政策の見通しと日銀の金融政策の見通し。 

   日銀黒田のバズガホー的金融緩和(270兆円の金を刷る)は当面止められない。 

   止めたら借金が残るだけ。(現在の1000兆円の財政赤字に加えて) 

   ただ、続けている間は株は上がっていくだろう。(ここは株屋の野村のPR) 

  ・金融緩和継続・拡大が実効を上げるに必須なのはイノベーション。両方の連携が 

   うまく回れば株価上昇、金利抑制につながる。 

  ・向こう3年間の主要国GDP成長率見通し。最も伸びが予想されるのは米国。 

   工場の新設は米国が今や中国・東南アジアを凌ぐ。リーマンショック以降米国の 

   人件費はずっと下降傾向が続くため。やっぱりアメリカ強し。

   日本は来年のGDP伸び減速。中国は3年続けてGDP成長率下降。 

  ・国内企業の内部留保総額304兆円。国の目論見は規制緩和とイノベーションで 

   70兆円の設備投資を喚起。 

  ・イノベーションにつながる日本のもの作り技術の力はすごい。

   特に強調していたのはセンサーネットワーク。センサーネットワークはビッグデーターの    

   源泉。 

   次は身につけるウエアラブル端末。スマートグラス、スマートウオッチはもうすぐ 

   そこまできている。 

   ここ数年で注目される分野は、車の進化と高度な交通インフラ、クリーンジャパン、 

   コンパクトシティー、農林水産業へのICT活用、最先端医療・・・ 

  ・理由をつけて、推奨株として挙げていたのは、日立、マツダ、クボタ。 

   それに例年年明けの大発会で出来高が上位だった銘柄は株価が上昇する傾向に 

   あることから、今年の出来高トップ3のみずほ、UFJ、日立は期待できる。 

資料をいろいろもらった。じっくり読んで情勢を勉強してみよう。

2014年1月 7日 (火)

思い出深い贈り物

大変思い出のあるマグカップが出てきた。  

25年近く前、富士通オーストラリアのお客さまからいただいたもの。  

オーストラリアでトップのビール会社Carlton & United Breweries(CUB) は 

当時富士通オーストラリアの重要なお客さまだった(今もそうかどうかは?)  

CUBのコンピューター部門の責任者はJeff Dober氏だった。  

Jeffからはいろいろ指摘、注文、アドバイス、時に苦情を言われはしたが、彼はずっと

富士通シンパであった。  

Jeffとはお客さまとサプライヤーの関係を超えて親密にお付き合いしていただいた。

日本に来たとき、横須賀の我が家を2度訪ねてくれた。 

一度は奥さんと一緒で、そのときはカミサンと4人で車で箱根を案内した。

まだ娘が高校生で、金沢八景島シーパラダイスでアルバイトをしていて、箱根の帰り

夫妻をシーパラダイスに連れて行き、夜娘も入れて5人で食事をしたのを覚えている。

オーストラリアに出張した折にメルボルンに行く機会があった。

Jeffに連絡したら、ぜひ我が家に来るようにと誘いを受けた。

招待された当日、富士通オーストラリアのメルボルン事務所までJeffは車で迎えに

来てくれた。

彼の家に行くまでの車の中の出来事で鮮明に覚えていることがある。

彼の車には当時はまだ珍しかった車載電話がついていた。

Jeffが「奥さんに電話したら」と言ってくれた。

今はまったく当たり前だが、25年前メルボルンで乗っている車から本当に横須賀に

電話がかけられるのだろうかと信じられなく、重い車載電話を借りて自宅に電話した。

カミサンが出てきて、たぶん「えー、メルボルンの走っている車から!」と言っただろう、

ふたりでびっくりし、感激したことをしっかり覚えている。

Jeffの家に行き、奥さんの手料理をいただき、食事が終ったあと、Jeffが「Tak、プレゼント」

と言い渡してくれたのが、Carltonの名前の入ったすずのマグカップだった。

そこにはこう書いてあった。

「Presented to Tak Hanafusa on 23 May 1990 when he visited Fujitsu's best customer

…at last!」

うん、たしかにat last(とうとう)だった。Jeffから何度もメルボルンに来て、うちに来いと

言われていたので。

というストーリーのある思い出深いすずのマグカップである。

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2014年1月 4日 (土)

今年もうれしい年賀状

元日、配達された年賀状の束の中に、あしなが育英会奨学生の専門学校3年生の女生徒

から届いた年賀状が入っていた。

あしなが育英会には4年前から毎年年末、郵便局の自動引き落としで、少々まとまった額の

寄付をさせてもらっている。

会からときどき会誌が届く。

生計の柱のお父さんを亡くし、お母さんが必死の思いで子供たちを育てている家庭の話が

しばしば掲載されている。特にお父さんを自死で亡くした家庭の悲惨さは涙を誘う。

あしなが育英会が長い時間をかけて必死の働きかけをした結果、来年度から国による

高校生への給付型奨学金制度が新設されることになった。

それに「子どもの貧困対策法」も議員立法で成立した。画期的なことである。

あしなが育英会の訴えがやっと形になり実現した。

以下は元日に届いた年賀状。 

  新年あけましておめでとうございます。

  私は歯科衛生士になるために勉強しています。そして今年は国家試験です。

  就職活動と勉強の両立で大変ですが、3年間で得た知識と経験をいかして

  試験に挑みたいと思います。

  頑張ります。

  今年があしながさんにとって良い年でありますように。

昨日返事を出した。

  新年あけましておめでとうございます。

  お葉書ありがとうございます。

  歯科衛生士を目指し、今年は国家試験を受験されるとのこと、勉学に励まれている

  様子が想像できます。

  3年間で学ばれたこと、経験されたことをいかして、立派な歯科衛生士さんに

  なられますこと、心より願っています。

  風邪をひかないよう、目標に向かって精一杯頑張ってください。

幸多かれと願いながら返事を書いた。

葉書を送ってくれた生徒の住所はわからないので、返事はあしなが育英会気付で出し

育英会が本人に送ってくれる仕組みになっている。 

2014年1月 3日 (金)

今年も箱根大学駅伝観戦

遅ればせながら、新年のご挨拶を申し上げます。

今年もよろしくお願いいたします。 

3が日の定番になっている箱根大学駅伝観戦、パソコンと年賀状の整理をしながら、

今年もほとんどフルに観た。2日間で10時間以上観ていたことになる。 

往路2区で山梨学院大学の走者に突然アクシデントが起き途中棄権した以外、大きな 

ドラマも波瀾もなく90回目の大会は終わった。 

結果は東洋大学、駒沢大学、日本体育大学の順でまったく下馬評通り。

その意味では面白さはイマイチだった。

東洋大は首位に立った3区から結局最後の10区まで首位を守り、往路・復路を制し、

11時間を切る歴代2位の総合優勝。 

戦時中中止になったものの、年1回開催されるスポーツ競技で90回続いている大会は

他にはないのでは。 

競技の運営ルールが厳しいことは毎年感じる。

上記の山梨学院大学の2区走者オムワンバは右足痛で走りが止まり座り込んでしまった。 

競技委員が集まり協議し、赤旗を挙げて途中棄権を決めた。3区以降の選手は走りは

したものの、チームはオープン参加扱いとなり、記録は残らない。 

毎年思うが、タスキがもし自分で途切れたら・・・という不安で、どの選手も走る前、言葉では

言い表せない大変なプレッシャーがあるはず。

そのプレッシャーをはねのけるのは、練習を重ねた末の自信しかないのであろう。

その意味で、駅伝は体育会系の最たる競技であり、そこが観る人を引き付ける。

繰り上げルールも厳しい。決められた時間内に走り終えないと、一斉スタート、繰り上げ

出走となる。

復路のスタート6区は、往路で首位と10分以上差がついた13校が一斉スタートとなった。

繰り上げスタートはもっと厳しい。

たしか3区、8区、9区で適用されたと思うが、決められた時間内に走者が到着しないと

母校のタスキをつなぐことができず、大会側が用意したタスキで走ることになる。

もっと悲惨なのは一定時間を経過したら、走者が到着しなくても次走者を走らせる。

そのため走者が到着したときには本来タスキを渡す選手がゴール地点にいない。

運営時間を守るという趣旨で設けられたルールであろう。以前はここまで厳しくなかった

のではと思う。選手にとっては屈辱的な掟である。

こちらは以前から決められた規定であるが、翌年のシード権が確保できるかどうかも厳しい。

10位以内に入らないと翌年のシード権が取れず、予選会から勝ち上がらなければならない。

予選会の勝ち上がりも厳しい。40校くらいが予選会に出場するそうだ。

毎年応援している神奈川大学は今年も予選会から勝ち上がり臨んだが、結果は22校中

18位。今年もまた予選会から挑戦することになる。

走り終え、疲れ切った選手のうち何人かが走ってきた走路に向かって一礼したのを見て

とても好感が持てた。

ついでに、昨年まで4年間、5区の山登りで区間新を更新し国民的人気者になった

東洋大学の柏原竜二選手、卒業後富士通に入りもちろん陸上部に所属している。

元旦にあった実業団ニューイアー駅伝での快走を期待していたが、アキレス腱痛で

出場しなかったとのこと。

各大学は来年に向けて、強豪校は打倒東洋大に向けて、明日からまた厳しいトレーニングを

はじめることだろう。

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