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2013年8月

2013年8月26日 (月)

娘たちの帰省 ③

娘たちの滞在は4泊だったので、あっという間に終わり、26日月曜日から学校がはじまる

ということで、土曜日に沖縄に帰った。

娘は帰省した時は毎回のことだが、子供たちを我々に預け、今回も毎日一日中出かけていた。

2日間はケーキレッスン、ショッピング、2日間は友だちに会い、子供たちが寝てから帰宅した。

孫たちも40日間の夏休みを目いっぱい楽しんだようだ。

東京に来てからは、行きたかった横浜みなとみらいの「カップヌードル・ミュージアム」にも行き、

『楽しかったぁ!』と連発。

沖縄でもすばらしい夏休みを過ごしたようだ。

やんばるの国頭森林公園で、友だちたちファミリーと5日間キャンプ。

(以下の写真はいずれも娘のブログから借用)

              Camp

透明度抜群で、たくさんの魚が泳いでいるのが見える水納島。

Minnajima

誰もいない美しいオクマビーチ。

Okuma

EM農法で育った野菜の収穫体験。

Em

一番感激したのは、娘の留守中、孫たちが自分たちだけで作った弁当。

ふたりはiPadで、レシピサイト「クックパド」で「キャラ弁レシピ」を探し、材料を切ったり

型抜きして、かわいいキャラ弁を作り、出来上がったプーさん弁当とリラックマ弁当を

iPadのカメラで撮影したとのこと。(キャラ弁はキャラクター弁当のこと)

どうやってやったかを来たときに説明してくれた。

5歳、8歳の子がこんなことが出来るなんて、びっくり!

上は妹孫の作ったプーさん弁当、下は姉孫のリラックマ弁当。

Pusan

Rirakuma

大変いい環境の中で、孫たちはのびのびと育っている。

2年の予定で行った沖縄だったが、既に4年経った。

なかなか会えなくて寂しいが、今の環境の中、このまますくすく育って欲しい。

2013年8月25日 (日)

娘たちの帰省 ②

着いた翌日、孫たちは早速、『プールに行こう』

プールは我が家から歩いて5分少々のところにある。

スーパーでお昼のおにぎりとパンを買って、3時間みっちり遊んだ。

スイミングスクールに通っていた姉孫は泳げ、妹孫も去年に比べればずっと水に

なじんでいた。

夜は孫たちのリクエストで焼肉屋へ。

ふたりともたくさん食べるようになっていた。

翌日朝は、6時半前に起きて、近くの公園でラジオ体操。

自分たちは、よそ者と思ったのか、輪の中には入らず。

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公園で遊び、ぶらぶら帰る。

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午後はショッピングセンターに行き、気に入った筆記用具や文房具を買っていた。

カードゲームのUNOやマスターマインドゲーム、それに自分の家にもあるiPadは慣れた

もので、絵を描いたり、動画を撮ったり、ゲームをしたり、ボクよりずっと使いこなしていた。

それに姉孫の記憶力の良さにはびっくりした。

家族のことや出来事をよく覚えていて、パパが”外付けディスク”と呼ぶのがよくわかった。

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ときどきぶつかるものの、ふたりは仲が良い。

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Futari1

墓参りもしてくれたし、花火も2晩続けてやったし、孫たち、それにボクがやりたかったことは、

ほとんどやった。

2013年8月24日 (土)

娘たちの帰省 ①

お正月以来7ヶ月ぶりに娘と孫たちが沖縄から帰省してきた。

20日火曜日夕方、パパも一緒に6人で、パパが20年来の馴染みの横浜天王町のお店

とがしで全員合流。

姉孫(小学校3年生)、妹孫(幼稚園年長)、とがしのマスターと奥さんも孫たちの成長を

ずっとみてきてくれていて、久しぶりの再会にみんなで大盛り上がり。

マスターが腕によりをかけて、準備してくれていて、久しぶりに美味しい和料理を堪能した。

孫たちは奥さんからプレゼントをいただき大満足。

娘たちは先週土曜日から東京に来ていて、この日は娘が姉孫を連れてお菓子レッスンに

参加したあと、とがしで合流。

イギリス伝統の繊細なシュガークラフトを学びたくて講習会に参加したとのこと。

右の写真は姉孫が先生に教わり作ったストローハット。ブルーのリボンで夏らしく仕上がっている

娘は沖縄でお菓子教室をやっていて、教えられた技術を取り入れたお菓子づくりに

取り組んでいきたいと話していた。

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食事中、出てきた話題にびっくり。

孫たちが来る前、来たら孫たちにこれをさせてやりたいと思うことをボクはメモしておいた。

前もって話していなかったのに、孫たちもそれぞれ「じぃじのおうちでやりたいことリスト」を

書いて持ってきていた。

3人共通でやりたいことは、①プールに行く、②焼肉を食べに行く。

姉孫のリストには、①図書館に行く、②かわいい筆記用具を買ってもらう、③本を買って

もらう。

それ以外には、①肩をもんであげる、②だっこしてもらう、③お話しをする。

妹孫のリストには、①シール、②こうえんにいきたい、③シールがはいっているけしごむ。

それ以外には、①じぃじおんぶして、②ななちゃん(カミサン)だっこして、③ななちゃんの

かたをもむ、④おりょうりてつだう、⑤おそうじのおだちん

ボクのリストには、①ゲーム(マスターマインド、UNO)、②花火、③ラジオ体操、④図書館、

⑤墓参り

全員、『いる間にできるだけできればいいねぇ』

2013年8月20日 (火)

イギリスの旅(15:出会い)

長い間続けた「イギリスの旅」はこれが最後。

旅した2週間、さまざまな人たちとの出会いがあり、これまでのブログにも書いた。

最後に記憶に残る出会いを思い出しながらいくつか。

宿泊先での朝食、特に宿泊客の少ないベッド・アンド・ブレックファストでは、数日間

毎日同じ人たちと出会い話がはずんだ。

エディンバラのホテルで会った女性も記憶に残る。

我々のテーブルのとなりに座ったシニアの女性。ひとりで泊まっているとのことで珍かった。

カミサンが声をかけたら、いろいろ話してくれた。

シアトルから来ていて、数年前に亡くなったご主人のお墓がエディンバラにあり、墓参りに

来ている(ミッションと言っていた)と話していた。

『昨日着いたが墓参りは3日後。それまですることがない。どこか訪ねるお勧めの場所が

ない?』と聞かれた。

『バスツアーで行ったスターリング城がとてもよかった。インフォメーションセンターに行けば

ツアーの予約ができる』と話したら、『ぜひ行ってみよう』と。

湖水地方のウインダミアでは2日続けて、オーストラリアのブリスベーンから来ていた

陽気なおばちゃん、彼女も記憶に残る。

『コッツウォルズに行くんだったら、ボートン・オン・ザ・ウオータ』がお勧めだとか

ウインダミアの周りの見所もいろいろ教えてくれた。

ウインブルドンに行ったとき、小雨の中チケット購入の行列ではウエールズから来たという

若い女性に会った。お互い傘をさしながら、ずっと行列の前後で一緒だった。

彼女は友だちと待ち合わせしていて、ふたり分の小さな折りたたみイスを持って行列に

並んでいた。傘をさして折りたたみイスを持っていて気の毒なので、途中からイスを持って

あげた。友だちからケータイに電話がかかってきて、彼女は『列の途中では彼が見つけられ

ないので、列の最後に移動する。ありがとうございました』と言い別れた。

旅の最後に、フォーチュンクッキーに書いてあった、予期せぬ出会いがあった。

ロンドンから成田に帰るフライトの中での出来事。

機内は比較的すいていたが、我々の席は、我々ととなりに30歳くらいの男性。

前の席もこの男性の仲間のようであった。

出発前、前の席の男性が最後尾の席に移ることをOKしてもらったと言い、移って行った。

それに伴い、我々のとなりの男性が『ボクも前の席に移りますので、どうぞおふたりで

ゆっくりしてください』と言い、席を立って前に移った。

背が高くいい男だなぁとちょっと思った。彼は席につくなり食事もせずずっと爆酔していた。

成田に着いて上のロッカーから荷物を降ろす際、カミサンが『間違っていたらごめんなさい。

NHKの朝ドラでやってた梅ちゃん先生の松岡先生じゃないですか?』と聞くと、『そうです、

名前を言われないで、よく松岡先生と言われます』と。

しばらく話がはずんだ。

『番組名は言えないですが、イギリスの海岸地方にテレビのドキュメンタリー番組の収録に

行ってその帰りです。7月からTBSで月曜日夜8時から放映がはじまる”名もなき毒”

という番組にも出ます。もしよかったら観てください』

カミサンがせっかくの機会なのでサインをといい、書いてくれたサインが↓

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カミサンが家に帰ってiPadで検索して、『松岡先生は高橋光臣 さん』と言っていた。

彼の帰国翌日のブログを見たら『本日は名もなき毒の撮影でした。ただいま強烈な

時差ボケ。眠気が半端じゃない。写真は某空港のBarレストラン』

道理で飛行機で食事もしないで爆睡していたのだ。

以来、名もなき毒は夫婦でずっと観ている。

イギリスの旅のブログが15回になってしまいました。

イギリスに出発したのは6月18日、もう2ヶ月以上前。

どんどん記憶はうすれつつある。

15回書くのは大変だったが、記憶をとどめるという意味では、ボク本人にとっても

よい記録が残せた。

長い間、お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

2013年8月18日 (日)

神奈川県犯罪被害者支援委員会

神奈川県知事の委嘱を受け、神奈川県犯罪被害者支援委員会の委員に任命され、

第1回の委員会に出席したことは6月10日のブログに書いた。

3回目の委員会が先週月曜日に開催された。

前回のブログにも書いたが、委員の構成メンバーは、大学の教授、弁護士、県の民生

福祉協会理事、横浜市・藤沢市の行政関係者、それに被害経験者としてボクの7名。

毎回出席者は30名近く、犯罪被害者支援委員会との名称にもかかわらず、被害経験者が

ひとりということは解せない。

委員会での審議議事録は、発言者名含め、県のホームページに掲載されている。

委員会は今年度6回開催が予定されていて、今回が3回目ということは、あと3回しかない。

”お役所仕事”ではなく、何としても被害者に実効性のある結果を出させたいと思い、今回も

被害者の立場・視点との前置きで、孤軍奮闘しながら、厳しくしっかり意見を述べた。

初回委員会で述べた意見と重複するところがあるが、繰り返し言い続けることが、行政を

動かすのではとの思いで、以下3点を提言し、6回の委員会が終了するまでに必ず形に

して欲しいと強く要望した。(→は事務局、行政の返答)

 ①犯罪被害者の日々の生活支援の制度化と予算化、及びボランティアの組織化。

   犯罪被害に遭遇した人は、それまで当たり前に続けてきた生活(食事、育児、介護等)を

  続けられなくなる事例を、多くの犯罪被害者の方々に接し、見聞きしてきた。

   →社会福祉協議会などと連携し、ボランティアの充実を図る。

 ②県内の自助団体ほか犯罪被害者支援を行っている団体を調べて一覧にし、一般告知

   するとともに、行政として連携をとっていくこと。

   →県内の団体の把握はできていない。調査して行政としての連携も検討する。

 ③県のサポートステーションの存在を一般の人たちの目にとまるよう、一層の告知に

   努め、その方法・手段を工夫すること。(例えば、電車中つり告知、新聞記事掲載など)

   →情報が必要な方にいかに届けるかは常なる課題。方法・手段は継続して検討する。
  
次回、検討・進捗具合を見ながら『望むことは、6回の会合で決めたことが
”神奈川モデル”

となって、神奈川県以外にも広がっていくことを期待する』と発言したいと考えている。

そうなれば、担当している神奈川県の職員のインセンティブにもなるはず。

1年間で、”お役所仕事”を超えた成果が出ることを願い、期待している。

2013年8月13日 (火)

イギリスの旅(14:ロンドン④)

ロンドン3日目。ガイドブックに出ている観光地にはどこも行っていないことに気がつく。

地下鉄を乗り継いで回るのは疲れるので、テムズ川クルージングと市内観光がセットに

なっているバスツアーに乗ることにした。

ホテルのコンシェルジュにツアーを申し込んでもらった。

バスはホテルのすぐそばで乗れた。

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2階建てバスは当然2階が快適。

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8ヶ国語のガイドがついていたが、残念ながら日本語はなし。

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バスの中からあちこちパチパチ。

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乗り降りはまったく自由。どこのバスストップでも降りられるし乗れる。

ロンドン塔の近くで降りた。

外観は塔というより城砦という感じだった。

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ロンドン塔は英国王室の宮廷として使われていたが、その歴史はむしろ牢獄、拷問、

処刑の場の方が知られている。

ロンドン塔のすぐそばにはタワーブリッジ。

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リバクルーズの船の発着場はタワーブリッジの近くだった。

うしろの見える塔は、たしかバスの案内で新しいロンドンのシンボルになっていると

紹介されていたタワー・ミレニアム。

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リバクルーズは片道30分少々で国会議事堂近くを往復。

どの船もお客がいっぱい。

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観覧車のロンドンアイもリバクルーズのポイント。

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途中、ロンドンブリッジの下を通った。

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バスは夕方6時半で終わりと聞いていた。

市内をたくさん走っているバスが6時半にどのようにして終わりになるのか、それに

そのとき乗っているお客はどうなるのか、といくぶん心配しながら乗っていた。

我々のバスはホテルからそんなに遠くない地下鉄駅の近くで停まり、降りたいお客は

ここで降りた。

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バスはこの先左に曲がり、しばらく走り、朝乗ったホテル近くのバス停で降りた。

2013年8月11日 (日)

倉敷から横須賀へ

昨日午後の新幹線で横須賀に戻ってきた。

ちょうど1週間の滞在。ずっと妹宅で、上げ膳据え膳の毎日だった。

おふくろの手術は無事終わり、回復したのを見届けて帰ってきた。

胃ろうの手術は15分くらいで終わり、見舞いに行くと、うとうとしていたが、間もなく目を開け

話もできた。

血圧、血糖値ほかのチェックも問題なく、1週間後に抜糸し、退院の予定とのこと。

退院後の食べ物は胃ろうを通して液状食になるが、同時に口からも流動食が食べられる。

妹が美味しいものをミキサーにかけて、持って行くと言っている。

昨日帰る前に面白いものを見に行った。

以前のブログで同窓会で50年ぶりに会い、入院中のオフクロを見舞ってくれたSくんの

ことを書いた。

同窓会でSくんが『市会議員を辞めたあと、古物商をやっていて、0のつく日に、古物業者を

集めオークションをやっているんで、帰る前に見にきたら』と勧められていて、昨日午前

妹と一緒に見に行った。

大きな倉庫を借りて、30人くらいの人が集まり、Sくんが仕切ってオークションは行われていた。

Auction

業者が持ち込んだものを他の業者がセリ落とすという仕組みで、高額のものの出品は

少なかったが、場には活気があった。

岡山なので備前焼含め、陶磁器、置物が多かった。

妹宅に戻り、お昼を食べて駅まで車で送ってもらい、新幹線に乗り、19時ころ家に着いた。

1週間の倉敷だったが、大変充実した滞在になった。

オフクロの入院・手術に立ち会え、高校の同窓会でたくさんの仲間に会え、オヤジの

墓参りもでき、弟・妹と2度もいろいろ話せ、お盆休みで帰省してきた甥にも会え、

満足のいく1週間だった。

2013年8月10日 (土)

ブログアクセス件数、20万突破

定年退職した翌年に始めたブログのアクセス件数が20万件を超えた。

ボクにとっては、これはスゴイこと。

定年退職者が日々を綴ったブログを読む人なんていないだろうと思ってはじめたブログ。

ブログを立ち上げたとき、ボクのブログの存在を知っていたのは、カミサンと娘夫婦だけ。

それが8年足らずでこんなにたくさんアクセスしていただき、感謝の気持ちでいっぱい。

累計のアクセス件数はブログの先頭に出ている。その数字にマウスを当てれば、過ぎた

1週間の日ごとのアクセス数が出てくる。平均すると1日のアクセス数は80件前後。

ブログの右サイドには、都道府県アクセス順位が表示され、全国あちこちで見ていただいて

いることがわかり、これも大変うれしい。

因みに初めて書いたブログは2005年9月9日のこちら

当時1歳足らずだった姉孫は、今や小学3年生。

娘家族は、当時我が家から車で40分くらいの横浜に住み、何かあったらすぐ飛んで

行けたが、4年前沖縄に移り住み、会うこともままならなくなった。

その後生まれた妹孫も既に5歳。

東日本大震災のあと、それまで「定年バンザイ」のタイトルで書いていたブログをとても

続ける気持ちにならなくなり、3か月間休んだ。

幸いなことに、この8年の間、我が家には重大事はなかった。

この歳の夫婦だから、大過なく暮らし続けられていることは、何にも代えがたい幸せ。

結婚して間もないころ、カミサンの父親に『平凡に日々過ごせることが一番』と言われた。

当時若かったボクは、その真意が理解できず、『そんなものではないだろう』と思った。

しかし、いまこの歳になると、何の疑いもなく、まさにその通りだと納得する。

管理画面にはいろいろな数字が出ている。

8年足らずの間に書き込んだ投稿数は1460、いただいたコメントの数は約500件。

コメントは直接の反応なのでうれしい。

8年の間にひとりだった孫はふたりになり、成長記録を写真とともに残せた。

毎回丹念に書いた旅行記も思い出として残った。

ブログを通して新しい交友関係もうまれた。

周りには悲喜こもごもの出来事がたくさんあった。

どこでどのような方に見ていただいているのだろうか、と考えるのも楽しい。

管理画面で見る検索フレーズランキングでは”定年”関連が多い。検索サイトで”定年”で

検索し、見つけていただいた方も少なくないのではなかろうか。

以前にも紹介したが我が家はカミサン沖縄に住む娘もそれぞれブログを楽しんでいる。

それぞれの暮らしぶりは、それぞれのブログでお互い確認し合っている。

いつまで続けられるかわかりませんが、今後ともお付き合いよろしくお願いします。

2013年8月 7日 (水)

オフクロ入院後

月曜日入院したオフクロを妹と一緒に昨日、今日と見舞った。 

入院翌日の昨日は、当初聞いてた通り、胃ろう施術の確認と前処理のために、鼻から 

胃に管が入っていた。 

行ったときはボーっとしていたが、我々を認識したあとは、施設にいたときと変わること 

なく反応し、それに聞き取りづらい口調ではあるが、いくぶんかユーモアを交えて、しゃべる 

こともできた。 

昨夜は仕事帰りに弟が妹宅に寄り、3時間近く3人でワイワイ話した。 

入院まで、それに入院後の様子を話し、弟もホッとしたようで、時間ができ次第、病院に 

行くからと言っていた。 

11月に3人で紅葉を観に琵琶湖に旅行しようという話も決まった。 

今朝は同窓会でしばらくぶりに会ったTくんが電話してきてくれた。 

『女房があんたのブログを見ていて、おばさんが胃ろうの手術をすることを知った。 

術後にぜひ病院に見舞いに行きたい』と言ってくれた。 

『会ってくれれば、Tくんのことはもちろんわかるし、ものすごく喜ぶと思う。今日午後も 

妹と一緒に病院に行くので、もし午後時間があれば、そのとき一緒にどう?』と言ったら、 

『わかった、そうする』ということになり、4時に病院で待ち合わせした。 

Tくんとの付き合いは長い。小学校、中学校、高校が一緒だったから、もう60年になる。

我が家にしょっちゅう来ていたボクの仲間のひとりだった。 

Tくんは大学受験前、我が家で寝起きし、オフクロが作った食事を食べながら、ずっと

一緒に勉強していた時期があった。

今から思えば、多くの仲間がオフクロを慕って寄ってきてくれていたのであろう。 

『おばさんから元気にやってる?という電話をよくもらったがご無沙汰していて』とTくんは

電話で話していた。 

先日病院に寄ってくれたSくんと同じく、Tくんも倉敷の市会議員をやっていて、Tくんは 

5期、20年間務めた。 

病床でTくんに会ったオフクロの反応は予想通りだった。 

『よう来てくれた。うれしい』を連発していた。 

下でしばらく話そうということになり、1階のソファに座り、友だちの消息、お互いの

家族の話など1時間近く話し、帰る前もう一度オフクロに会ってもらった。

同窓会のおかげで、Sくん、Tくんのふたりに会え、オフクロは幸せだった。

2日後の胃ろうの手術の結果を見届けて横須賀に帰る予定にしている。

2013年8月 6日 (火)

オフクロの入院

昨日朝、妹と一緒にオフクロが入所している施設アミーユに行った。

行って間もなくしたら、前日の同窓会で『おばさんにどうしても会いたいので、施設に行く』

と言ってくれたSくんが施設に寄ってくれた。Sくんの自宅からは車で30分以上かかる。

『すぐ病院に行かなきゃ』と言うと、『いいよ、一緒に病院に行く』と言い、Sくんの車に乗り

病院へ。

おふくろは徐々ではあるが、Sくんが認識できるようになってきたようだった。

施設の職員の皆さん、入所者のお友達に『頑張って!元気になって帰ってきて、待ってるよ』

と言われ、病院へ。

入院の手続きをすませ、病室へ案内された。

今回の入院の目的は、お腹に穴をあけ、栄養を摂る胃ろうの施術を受けること。

数か月前から嚥下をつかさどる筋肉が極端に弱くなり、流動栄養物を摂るようになった。

ただ、意識や感情ははっきりしており、食べ物さえ摂取できれば延命はできるとの3名の

医者の判断で胃ろう施術を受けることになった。

胃ろうの話を妹から聞いたあとネットや本でいろいろ調べた。

胃ろうを施すかどうかは医者により賛否が分かれることも知った。

最後の判断は、おふくろの様子、状態を近くでずっとみてきて、医者の話を聞いてきた

妹の判断に任せることにした。

『胃ろうをやった方がいいと思う。アミーユの中にも胃ろうをやっている人が数人いて

それをみてきた職員さんの意見も胃ろうをやるべきでは、とのことなので、やることに 

したい』との妹の結論で、彼女の判断に従うことにした。

入院後は諸々検査し、胃ろうの施術は3日後の金曜日の予定。

オフクロの意識や感情ははっきりしていて、ボクに会えば、最高にいい顔をする。

オフクロ孝行のため、年に4度くらい帰省し、そのたびに施設アミーユに行き、職員の

皆さんとはなじみになっている。

皆さん誠心誠意介助してくださっていて、毎回その対応に頭の下がる思いで感謝している。

職員の皆さんもオフクロ対応でボクのことをうまく利用しているようで、『食事が進まない

ときは、またタカチャン(ボクのこと)が来るよ。しっかり食べてそれまでに元気になって

ないと、とタカチャンマジックを使わせてもらってますよ』と言われていた。

オフクロはSくんのことは何とか認識できた。Sくんと妹はお互いよく覚えていて話が弾んだ。

仕事なので行かなきゃ、というSくんに心よりお礼を言い、駐車場まで送った。

今夜は、近くに住む弟が仕事帰りに妹宅に寄ることになっている。

一緒に食事しながら、オフクロの状況を報告し、最期を迎えたときの対応をあらためて

3人で確認することにしている。

2013年8月 5日 (月)

高校同窓会

地元の倉敷で高校の同窓会をやるとの連絡が、1ヶ月くらい前ハガキで届いた。 

即、出席すると返事を送った。 

その後、郷里で施設に入っているオフクロの調子が悪く、入院・手術するとの連絡が 

妹からあり、運よく同窓会とスケジュールが合い、土曜日夜倉敷に帰ってきて、妹宅で 

世話になっている。 

同窓会は日曜日13時、倉敷のアイビースクエアーで行われた。

会場に行く前、かつて住んでいた家の近くを久しぶりにぶらぶら歩き、美観地区を通り、

アイビースクエアーに行った。

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東京では15年くらい前に同窓会をやったことがあり、その後何度も仲間が集まり飲み会を 

やっているが、郷里の倉敷での同窓会の参加は今回初めて。 

今年は全員にとって記念すべき70歳の古希の年であり、卒業してから52年、半世紀以上

経った。 

はじまる前、なじみの仲間だけでなく、卒業以来会ったことのない何人もが声をかけて

くれたが、失礼ながら思い出せず、 

詫びを言いながら言葉を交わした。Photo_2


受付ですばらしい名札をもらった。

倉敷の老舗の写真屋のIくんが

ボランティアで、卒業アルバムから

各自の写真を取りだし、それを

名札にしてくれた。

参加者は58人。卒業生は約400名。70歳になってこれだけが参加したのだから立派。 

同窓会に参加していつも思うのは、同窓会に参加するのはそれなりの日々を送っている

仲間たち、だと。 

もちろん亡くなった仲間もいる、この歳になると、病気や健康のすぐれない仲間も多い、

そもそも参加する気にならない仲間もたくさんいることだろう。 

座る席は自由。時間が経つにつれ皆それぞれ席を立ったり、移動したり、ざっくばらんな

雰囲気になってきた。 

小学校、中学校が一緒だった仲間も多い。 

『XX小学校のXX学級集まって。写真撮るよ』という声があちこちでかかりはじめた。 

小学校、中学校が一緒の仲間は、男友だちは「たけしさん、きよしさん・・・」、女友だちは 

「のりちゃん、かずみさん・・・」 

はじまってすぐ声をかけてくれたのはSくん。 

1年生のとき同じクラスで、Sくんとはお互いバスに乗って家を行き来した仲。 

会うのは52年ぶり。『XXをやったなぁ、XXだったなぁ』と昔話は尽きない。

Sくんは一時期、倉敷の市会議員をやっていた。

お互いの親の話になり、ボクが93歳になるオフクロが施設に入り、明日から入院し

手術する予定だと話したら、Sくんは『おばさんには色々お世話になった。どうしても

会いたい』と言うので、『ボケてきているので、たぶんわからないからいいよ』と言ったが

『明日入院する前に施設に会いに行く』ということになった。

最後に全員で校歌を歌い、1時からはじまった会は司会の締めのことば『次回は5年後に

やりますので、ぜひ多くの皆さんに参加していただきたい』で4時過ぎ、お開きに。

終わった後、15人くらいで、唯一参加して下さった小学校でお世話になったM先生を交え

お茶をした。

M先生は84歳。驚くほどお元気。

席につくなり、取り出したのはスマホ。

『毎日パソコンで日記を書いていて、重宝している。必要なとき”同窓会”や”訃報”などで

検索して欲しい情報が取れる』とのことで、一同びっくり。

5年後の再会を期して、みんなで『元気でね』と言いながら別れた。

2013年8月 4日 (日)

イギリスの旅(13:ロンドン③)

ケンジントン ガーデンズのあと行きたかったキューガーデンズは植物園。

超有名な植物園でもないのに、どういうわけかロンドンに行ったら、ウインブルドンと

キューガーデンズに行くと決めていた。

ロンドンにはバッキンガム宮殿、トラファルガー広場、大英博物館・・・、旅行者が訪れる

観光スポットがいろいろある中、あえてキューガーデンズを第一訪問地に選んだ。

ケンジントン ガーデンズから地下鉄を乗り換え、30分以上かけてロンドン郊外の

キューガーデンズへ。

既に夕方5時近くとなり、5時に閉館するのでないかと心配しながら行った。

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慌てていたため、ガーデンとは違う道を進み、気がつき引き返しやっとキューガーデンズへ。

受付で聞くと、夏場の土曜日の入場は19時までとのことで、ホッとした。

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入り口近くでクジャクが出迎えてくれた。

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庭園に入ったものの、かなり疲れていて、カミサンに『悪いけど、ちょっと休憩』と言い、

園内のベンチに座り、20分以上爆睡。爆睡中、カミサンの撮った写真は掲載NG。

ガーデンで一番見たかったのはバラ。ただ、ちょっとピークを過ぎていたよう。

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植物園とは関係ないが、2分おきくらいに上空に飛行機が絶え間なく飛んでくることに

驚いた。近くにあるヒースロー空港を離陸した直後の航空機の航路のようである。

ヒースロー空港は1~5までターミナルがあり、とにかく巨大な空港。

その空港を飛び立った飛行機の大半がキューガーデンズの上空を飛んでいくのだ。

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ぶらぶら歩いてスイレン館へ。

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このあと少々歩いて、力尽きたという感じ。

またベンチで休んでいる間、カミサンはガーデンショップで孫たちに買い物。

地図で見ると歩いた距離は、ガーデン全体のごく一部。全体の広さは歩いた距離の

15倍くらいありそう。

北にはテームズ川が流れていて、池や林や遊歩道がたくさんある。

キュー・ガーデンズは一日かけてゆっくり楽しむところ。残念だった。

帰り、地下鉄の乗換駅を間違え、行きつ戻りつしながらホテルに帰った。

この日の夜は歩いて3分のクインズウエイ駅近くのチャイニーズ レストランで食べた。

お客がいっぱいで美味しい店だった。

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チャイニーズ レストランで

食事がすんだあと、請求書とFortune_cookie 

一緒に右のようなフォーチュン

クッキーと呼ばれるものを出す

店は珍しくない。

フォーチュンクッキーの中には

おみくじのような感じで、文章が

書かれた小さな紙が入っている。

おみくじと違い、フォーチュンだから悪いことは書かれてていない。

 帰りヒースロー空港でカミサンのフォーチュンクッキーを開けたら「予期しない(unexpected)

出会いがある」と書かれていた。 

実は旅の最後に、まさに予期しない出会いがあった。

2013年8月 2日 (金)

イギリスの旅(12:ロンドン②)

ウインブルドンのほか、ロンドンでボクは行きたいところがあった。それはキューガーデン。

一方、カミサンは『マーケットに行きたい』と。

ロンドンの2日目、先ずはマーケットに行くことにする。

ホテルのコンシェルジュにお勧めのマーケーットを聞いた。

『歩いて15分くらいのところにポートベローという雑貨から生鮮食品まで揃う大きな

マーケットがある。今日は土曜日だから、たくさんストールが出てアンティークを売ってる』

と教えてくれ、早速出かけた。

ホテルから歩いて6分くらいのところにノッティングヒル ゲートという 地下鉄の駅があることは

前日歩いてわかっていた。カミサンにノッティングヒル駅が近いと言ったら「スゴイ!」、と。

何故かと聞くと、ノッティングヒルは高級住宅地で、「ノッティングヒルの恋人」という映画を

観たそうで、娘夫婦も観たと言ってたとのこと。

ノッティングヒル ゲート駅を通り、マーケットへ。

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マーケットはすごい賑わっていたが、あちこちで見たマーケットに比べれは、まあまあという

感じだった。

大道芸と可愛い子供たち、思わずパチリ。

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帰り道、なるほどなるほどノッティングヒルと思わせる家並み。

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カミサンが『女優の萬田久子が50歳前にロンドンに単身留学し、憧れた街が高級住宅地の

ノッティングヒルだった』と言っていた。

「ノッティングヒルの恋人」、DVDを借りてきて観よう。

このあと駅の近くのピザショップに寄り、持ち帰りピザを買って、ホテルの近くのハイドパーク

の木陰でお昼を食べた。

食後、ハイドパークに隣接するケンジントン・ガーデンを散策。

ケンジントン・ガーデンはもともと英国王室の庭園。

ケンジントン宮殿↓には、かつてチャールズ皇太子と故ダイアナ妃が暮らしていた。

先日、ウイリアム王子とキャサリン妃の間に誕生したジョージ王子を、ウイリアム王子が

運転する車に乗せて、病院から行った先もケンジントン宮殿だった。

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このあとぶらぶらケンジントン・ガーデン内を歩いて、キュー・ガーデンに行くため、

地下鉄のランカスター・ゲート駅へ。

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キューガーデンは次のロンドン③で。

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