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2013年4月

2013年4月30日 (火)

テニス チーム対抗戦

テニスクラブで年2回あるチーム対抗戦が日曜日にあった。

当日は最高の天気だった。

参加者は男女ほぼ同数の37人。

9時に集合し、用意されたクジを引き、チームと組み合わせが決まった。

組み合わせを決めるやり方には、いつものことながら感心する。

37名を男女混成で6チームつくり、3つのコートで男子ダブルス、女子ダブルス、

ミックスダブルスを全員が各5ゲームづつやる、この組み合わせつくりは見事。

人数が多かったため、1試合は4ゲーム先取で勝負が決まるため、あっという間に

勝ち負けが決まる。

我がチームは、最初劣勢で負けが込み、全員が恐れる最下位チームが次回の

幹事をやる決まりに、はまるのでないかとメンバー全員戦々恐々だった。

後半盛り返して、結果は6チーム中4位。個人としては2勝3敗。

各自持ってきた弁当を食べながら、ゲームが休みの間はワイワイだべり、仲間

チームを応援。

全ゲームが終わったら3時過ぎていた。

賞品のボールほかもらって、みんなで写真を撮って散会。

好天の中、楽しい時間を過ごした一日だった。

2013年4月26日 (金)

映画「飢餓海峡」

先日、俳優の三國連太郎が亡くなった。

大好きな役者だった。

訃報を聞き、昔観た映画「飢餓海峡」をどうしても観たくなり、TSUTAYAでDVDを借りてきた。

「飢餓海峡」は、原作水上勉、1965年の映画だから、もう50年近く前の作品。

大学時代に観た映画で、とにかく最高に面白かった。

映画のシーンもところどころをしっかり覚えている。

「飢餓海峡」は、同じころ観た黒澤明の「天国と地獄」とともに、鮮明に記憶に残る作品。

主演は三國連太郎、左幸子、伴淳三郎、それに刑事役に若い高倉健。

もちろん白黒映画で、DVDの画面はいくぶん観にくかったが、3時間息つく間なく楽しめた。

北海道地方を襲った猛烈な台風の中起きた青函連絡船洞爺丸転覆事故、同日起きた

町の大半を焼き尽くした岩内の大火を題材に、原作は書かれている。

90歳で亡くなった三國連太郎は、当時40そこそこ。

昭和の大名優だった。

これを機会に三國作品を観てみようという気持ちになった。

「ビルマの竪琴」、「はだしのゲン」、「復讐するは我にあり」、「ああ野麦峠」、

「未完の対局」、「大河の一滴」

2013年4月21日 (日)

Chatswood会

去年9月、かつて勤めていた富士通で大型コンピューターのソフトウエア開発を担当し

オーストラリア事業に関わっていたふたりの先輩の発起でChatswood会と呼ぶ懇親会が

できた。

会の名前は、当時シドニーにあった富士通オーストラリアの本社の所在地に因んでつけた。

前回は土曜日昼だったが、2回目の今回は、金曜日夜7時スタート。

参加者13名のうち、現役がまだ半数以上のためやむ得ない。

一緒に仕事をしていたのは、80~90年代だから、もう数十年前になる。

オーストラリアから出張できていた古くからの仲間、バラも飛び入り参加。

バラは富士通オーストラリアに28年間勤め、61歳になったと聞き、びっくり。

途中から、マドンナ的存在だった女性のIさんもジョイン。

Img_2702

ボクが富士通オーストラリアに駐在したのは1974~77年。

31歳のときだから、もう40年近く前になる。

駐在した当時は、事務所がシドニー、メルボルン、ブリスベーンにあり、従業員は

100名いなかった。

駐在後も数知れずオーストラリアに出張した。

多くの仲間と一緒に仕事をし、多くの顧客とも知り合いになった。

日本に出張で来たたくさんのオーストラリア人の仲間を、何度も何度も横須賀の

我が家に招いた。

今では、富士通オーストラリア・ニュージーランドはすごい会社になっている。

オーストラリアではIBM、HPに次ぐ第3位のIT企業となり、売り上げ高12億ドル

(約1200億円)、従業員は5千人、拠点はオーストラリア・ニュージーランドに40ヶ所。

押しも押されぬIT大企業に成長し、富士通の海外ビジネスを牽引する存在になり、

かつてのオーストラリアの仲間は海外のあちこちで活躍している。

家族ぐるみで付き合っていたCraig Batyも家族を帯同して東京の本社に出向し、

海外マーケティングのキィマンになるとのこと。

まさに隔世の感。

会社がグローバル化していくためには、当然の帰趨。

バラがいたため、日本語・英語チャンポンで、3時間盛り上がりぱなしで、10時過ぎ

お開きになった。

2013年4月 8日 (月)

朝日歌壇から

メモっておいた印象に残った短歌。

  ※  本当にこれでいいのか離婚印押しつつこの人のやさしさ ふと

  ※  夜勤する電話にささやく先輩の声はやさしく「ママだよおやすみ」

  ※  ふる里に無言で還る人がゐる派遣社員と言う名のままで

  ※  客あれば旗をかかげし乗合のバス停兼ねる母の駄菓子屋

  ※ 五十年貸出記録なき本に廃棄の印を黙々と押す

  ※ あの世あらば知らせてあげると姉逝って知らせはないが夢によく来る

  ※ 特別な用じゃないんよ繰り返す受話器の向こう故郷の母

  ※ 一年前子宮の住人だった子は石鹸香らせキラキラ笑う

  ※ もういないあなたをつれて冬がくるふるさとずんずんずんずんさみし

  ※ 歌を詠み碁を打つ九十八歳の舅は今も家長の風格

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