« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月

2013年1月26日 (土)

たまたま傍聴した刑事裁判

水曜日午後、霞ヶ関での打ち合わせが30分で終わり、そのあと何も予定が

なかったので、裁判所に寄って興味のありそうな刑事裁判を傍聴することにした。

7階に上がり、いくつか法廷を回り、入り口に掲示してある審理予定表を見たら、

覚せい剤取締り法違反の初公判が2時半ら1時間の予定で入っていた。

傍聴席に座って開廷を待っていたら、傍聴者がどんどん入ってきた。

その中には見学者の名札をつけた司法修習生と思われる若い男女10数名がいた。

結局50人くらいの傍聴席はいっぱいになった。

間もなく被告が手錠と腰縄をつけられて入廷。40歳の女性だった。

冒頭、証拠調べ。

まず弁護人が被告の経歴、家族構成、生活ぶり、婚姻歴、前科歴などを紹介。

検察官が今回の容疑、過去の罪状ほか説明。

① 昨年4月、覚せい剤取締り法違反で逮捕され、1年6ヶ月・執行猶予3年の罪に

問われ、執行猶予中の再犯であること、② 昨年法廷で裁きを受けたとき、本人は

覚せい剤にはもう手を染めないことを誓ったにもかかわらず、短期間の間に同じ罪を

起こしたこと、③ 売人である前回と同じ暴力団関係者から今回も覚せい剤を手に

入れたこと、④ 夫婦関係がうまくいかないストレスから罪に走ったとの言い訳は

認めがたく、本人は覚せい剤との親和性はいぜん強く、断ち切れてなく、規範意識は

低いとの見解が述べられた。

本人の家族状況が議論となった。

前夫との子である20歳の長女、それに小学4年生の次女、4月に小学校に入学する

三女がいて、今回逮捕され留置されていた間は次女と三女の面倒は長女が長女宅で

みていたとのこと。その長女は今月第一子を出産する予定で、出産後は面倒をみる

ことは難しく、被告のダンナは朝早くから夜遅くまで働いていて、子供の養育が極めて

厳しい状況にあることが語られた。

ダンナが証人に立ち、夫婦は不仲ではない、何とか自分の監督の下で本人を

立ち直らせたいと述べた。

裁判官は、執行猶予中、再度手を染めたら今度は刑務所に入ることになることは

承知の上で、なぜ罪を犯したのか、どうしたら覚せい剤を絶つことができると思うかを

問いかけた。

証拠調べが終わったあと、検察官の論告求刑。

執行猶予判決の5ヵ月後、自分から売人に連絡をとり、再度薬に手を染めたことは

極めて重大で、再犯の恐れが高いと言わざるをえなく、矯正が必要であると論告し、

2年を求刑した。

弁護士は、執行猶予中の再犯なので、再度執行猶予を求めることが難しいことは

承知の上ではあるが、母親の庇護を必要とする子供たちのことを考え、寛大なる

処分をお願いしたいと述べた。

この日1回で弁論は終結した。

判決は2月4日。高い確率で実刑判決が出て、収監されることだろう。

とにかく子供たちが不憫である。

たまたま傍聴した事件であったが、きっと世の中には類似の話は珍しくないことだろう。

社会の縮図を見たとの思いになった。

2013年1月21日 (月)

ありがとう、J:COM

我が家の近辺は海なので電波が海上で減衰する可能性があること、それに

地区の美観維持のために、各戸でアンテナが建てられないとの制約があり、

居住した35年前から、地区の全戸が地元のケーブルテレビに加入した。

5~6年前、ケーブルテレビ事業者は、地元のケーブルテレビを取り込み、

今や全国展開するJ:COMに替わった。

10日ほど前にJ:COM横須賀の営業が訪ねてきた。

裏の電信柱から引いているケーブル、ブースターが経年劣化してきており、

J:COMが自らの費用負担で交換し、あわせて、テレビもBS、CSを観る

ことができるようになる、との申し入れがあった。

話がうますぎるのではと思い、『何か売ろうとしてるのではない?例えば

パソコンのネット環境をすべてJ:COMに移すとか』と聞いたが、『長い間

使っていただいているのですべてJ:COMが負担します。もちろん

プロバイダーをJ:COMにしていただければ、うれしいのですが』

ということで、昨日工事業者が来て、屋外のケーブル交換、屋内の配線、

テレビにBS,CSの取り込みを4時間くらいかけてやってもらった。

その後、別のパソコン専門の人が来て、ネットの設定ほかやってもらった。

プロバイダーは、もちろん現在のニフティのまま。

おかげで、我が家のテレビ環境は大きく様変わりした。

もちろん我が家でもこれまでに、BSを視聴しようかとの話は何度も出たが

ボクがそもそもニュース、ドキュメンタリーなど以外テレビはほとんど観ない

ため、BSましてやCSには縁がなかった。

作業が終わったあと、業者の方からBS,CSの使い方の説明を受けた。

これからはBSの気になる番組はきっと観るだろうし、CSの興味ある番組も

観ることだろう。それにレンタルビデオ店に行かなくても映画を観ることが

できるのはうれしい。

きっと、『BS,CSなんて今ごろ何を』、と言われる人は多いことだろうが、

我が家にとっては大きな出来事である。

来ていただいたパソコン専門の人に格好の機会なので、スピードの遅さに

イライラするノートパソコンを見てもらった。

我が家のパソコンはデスクトップ、ノート、ミニノート、それにiPad。

iPad以外はすべてXPで、デスクトップとノートは買ってもう5年以上になる。

チェックしてもらった結果、『ノートは512MBしかないシステムメモリーが

ボトルネック。512MBまたは1GB増設すれば、間違いなくサクサク使える

ようになる。512MBも1GBも値段はそんなに変わらないので、1GBの増設を

奨める』とのこと。

早速近くにあるPCDepoに買いに行こう。

これでXPのメンテナンスが終了する来年春までは凌げそうである。

それまでにWindos8の社会的評価も出るだろうから、来春までに次の

パソコン購入を決めればいい。

ということで、まさに昨日は「ありがとう、J:COM」日だった。

2013年1月15日 (火)

引きこもり若者塾

引きこもりの若者、子供向けに定期的に集いをやっている方を久しぶりに

訪ねた。

川口市在住の栗原 昌子さん。”FUUの塾”と呼ばれる塾を主宰している

栗原さんとは10年来のお付き合い。

ボクは定年退職する前、辞めたあとも何か会社に残る仕事をやりたいと

思い、シニアITアドバイザ(SITA:サイタ)という試験制度を立ち上げた。

思いは、定年退職した男性、子育ての終わった女性が地元で活躍できる

場をつくることを目指し、初心者にパソコン指導をやってもらうことをねらった

試験制度。

1~3級まで資格を作り、これまでに試験にチャレンジしていただいた方は

3つの級あわせて、おそらく全国で7~8000人になることだろう。

試験をはじめたのは、2000年10月。

栗原さんは第1回目の試験の合格者。

合格したあと彼女は埼玉県の合格者を中心にNPOをつくり、同時に富士通の

パソコン教室を開設した。

当初から彼女の思いは、パソコンを活用すれば引きこもりの若者、子供たち

の支援ができるはず、ということだった。

FUUの塾は自分のパソコン教室で月に一度開いている。

既に2年半以上続けていて、先日の塾は32回目だった。

塾をはじめたころ『来て子供たちに話して』と言われ、話したことがある。

ただ、それ以来、川口は遠いため、気になりながらもFUUの塾に参加して

いなく、日曜日久しぶりに参加した。

年末に教室の場所を引越ししていて、以前より広い新しいすばらしい教室に

なっていた。

教室に入る前、12年前に作ったSITAのポスターが扉に貼ってあり、感激。

  Oc   Sita_2

栗原さんは考え方が常に前向きで行動力があり、自然に周りのみんなが

彼女を助け、彼女は以前にも増して輝いていた。

日曜日に来ていた参加者は、若者、それに母親が連れてきた子供たち

含め7人。

2年半前にボクが話したとき来ていた若者が3人来ていて、うちふたりが

結婚していたことには、驚くとともに大変うれしかった。

男性の方は見違えるほど明るくなっていて、『飛び込みで営業に行き、

チラシつくりの仕事が取れました』と大変うれしい報告をしてくれた。

もうひとりの27歳の男性からは、仕事の悩み、職場の周りの人たちとの

関係に苦悩していることを30分以上聞いた。

昔の自分のことを思うと彼の悩みは大変よくわかった。

いろいろアドバイスしたものの、過ぎてしまった者と、まさにその渦中にある者、

話したことのいくぶんかでも彼の行動に結びついてくれれば、うれしいのだが・・

お母さんが連れてきていた24歳の男の子は、結局一言も話さないまま

終わった。何か聞かれても母親の顔を見るだけで、ときどき母親が代わりに

話していた。

小学校5年生の発達障害の女の子の言動もユニークだった。

パソコン指導のほかさまざまな形で栗原さんをボランティアで支えて活動して

いるMさんから、「コミュニケーションについて」のテーマで、パワーポイントを

使ったプレゼンテーションがあった。

参加者、支援者全員で聴いた。

次回以降、参加者がテーマを選んでプレゼンテーションの練習をすることに

なった。

栗原さんはどこからも金銭的な支援を受けることなく、将来のある子たちを

ひとりでも救っていければとの思いで、細々と地道に活動を続けられている。

間違いなく彼女のライフワークになることだろう。

彼女の思いと行動にただただ頭が下がる。

終わったあと、栗原さんとサポーターの5人で食事をし、大いに盛り上がった。

2013年1月10日 (木)

18年ぶりの再会

きっかけはフェイスブックだった。

息子が大変仲のよかった方と、一昨日、18年ぶりに再会した。

ご本人から名前を出していいとの了解をもらっているので実名で。

彼女の名前は貞末奈名子さん。

オーナーであるお父さんを支え、メーカーズシャツ鎌倉の常務を務めている。

そもそもコンタクトをとったきっかけは、新聞とテレビで、鎌倉シャツが10月に

ニューヨークに出店したことを知り、奈名子さんはきっとフェイスブックをやって

いるのではと思い、検索し彼女を見つけ、メールを送ったのが先月。

年が明けたら会いましょうということで、一昨日カミサンと一緒に丸ビルの中の

レストランでお会いした。

彼女がお勧めのお店ということで予約してくれたのは、丸ビル36階にあるフレンチ

レストラン「ブリーズオブトーキョー」

約束の12時に行ったら、彼女は既に席で待っていてくれた。

3人とも思わず「うわー!」と。

奈名子さんは、すばらしい雰囲気を醸し出す才気あふれるビジネスレディーに。

とにかくメーカーズシャツ鎌倉のことが聞きたかった。

20年前に鎌倉でご両親がはじめられたビジネス。途中いろいろ波乱万丈な

ことも経験しながら成長してきた過程、それにお父さんの夢であった

ニューヨークに昨年10月出店するに至った話を、食事しながらいっぱい聞いた。

ニューヨーク出店からまだ2ヶ月少々であるが、色々なメディアが取り上げて

くれたことで、知名度、ネームバリューがぐっと上がったとのこと。

現在、ニューヨークを入れて24店舗

いずれも、おしゃれなすばらしい場所ばかり。

最近では鎌倉シャツにテナントになって欲しいとショッピンセンターから
要請が

あるそうだ。

『ここまで成長し、成功にいたった要因を3つ挙げるとすれば、何だろう?』

とのボクの質問に対し、『心を込めた製品を、お求め安いお値段でご提供

してきたこと、それに、出会いやチャンスに恵まれた”運”でしょうか』

『テレビや新聞、マスメディアがたびたび取り上げてくれるのは?』の質問には

『この厳しいご時世、メディアは明るい心温まるテーマを探していて、うちに目を

向けてくださったようです。そのような中、小さな会社がニューヨークに飛び込んで

行ったことは、メディアとしても魅力を感じてくださったのではないでしょうか』

彼女の次の予定ぎりぎりまで、2時間話し込んだ。

『丸ビルのお店見て行ってください』と案内されて見せてもらった。

Tenpo 

お互いに『これを機にまたぜひ会いましょう』と言い別れた。

今日、奈名子さんからメールが届き『先日お会いしたとき持って行くのを忘れたのですが

去年9月、女性雑誌”STORY”で紹介されましたので、よかったらご覧ください』

すばらしい記事で紹介されていた。ブログにアップしようとしたが、データが大きすぎて

ダメだった。

今月30日(水)朝9時15分から、テレビ朝日のニュース番組「モーニングバード」で

10分間くらいメーカーズシャツ鎌倉が取り上げられるとのこと。

ご興味のある方はご覧ください。

2013年1月 8日 (火)

娘たちが帰った

年末年始の日めぐりがよく、今年のお正月は郷里でゆっくり英気を養った

人が多かったことだろう。

昨日から学校もはじまった。

それにあわせ、一昨日娘たちが沖縄に帰った。

年明けも娘は横浜に住んでいたときの姉孫の幼稚園仲間だったママ友、

それに入社同期の仲間たちとの女子会と、連日のように旧交をあたためた

ようだ。

3日にはダンナの父親のもとに親族が集まり、久しぶりの家族交流。

娘は年末年始の休みを目いっぱい有効に使って帰っていった。

一昨日、孫たちに会いたく、カミサンと羽田空港に見送りに行った。

先に着いていた娘たちと空港のレストランで合流。

休み中の楽しかった出来事で盛り上がった。

孫たちが残念がったのは、カミサンが孫たちが来たとき観せようと録画

しておいたビデオ「ホームアロン」が時間切れで、最後まで観ることが

できなかったこと。

東京の自宅でパパがレンタルビデオ店に借りに行ったが、ブルーレイ

バージョンがなく、結局観ることができなく、これがふたりにとって唯一の

心残り。まあ沖縄でビデオを借りて観ることだろう。

Cimg9339_2

チェックインする前、何度も孫たちがハグしてくれて、「バイバイ、バイバイ」

見送り展望デッキに行き、乗る飛行機のゲート62に駐機している機体を確認。

Cimg9346

話題になることの多い787もあちこちで見かけた。

    Cimg9349

乗った飛行機が62番ゲートから滑走路に移動し、飛び立っていった。

孫たちは帰り、これでまたしばらく会えない。

Cimg9350Cimg9352 

2013年1月 3日 (木)

箱根大学駅伝(復路)

今朝も復路を8時の箱根スタートから最後の大手町ゴールまで観た。

箱根のスタートは、往路の到着間隔に合わせ、日体大、東洋大、早稲田大、

そのあと往路到着時間が、トップの日体大から10分以内遅れのチームが

順にスタート。

10分以上遅れた7チームは、8時10分に一斉繰上げスタート。

大会の運営時間を抑えるために採用されているルールと思われる。

昨日の往路で棄権した2校、中央大と城西大は順位も記録も残らないオープン

参加でスタート。

山下りの6区は日体大のキャプテンが力走した。

以降、結局最後まで日体大はトップを維持し、2位に5分近くの差をつけて

ゴールした。

途中競り合いはもちろんあったが、大きな順位の移動はなく、大手町の

ゴール順は、30年ぶりに往路・復路を制し総合優勝した日体大、優勝候補と

目されていた東洋大、駒沢大がそれぞれ2位、3位と落ち着くところに落ち

ついた感じ。

ゴール直前の帝京大と早稲田大の両ランナーの競い合いはすごかった。

相手の様子をうかがいながら、ずっと並走していたふたりのランナーは

ゴール寸前に猛烈にスパートし、結局数10センチの差で帝京大の選手が

競り勝って、4位に入った。

9区では、中継所の1キロくらい手前で3位を走っていた明治大のランナーが

突如としておかしくなり、走行ペースが急激に落ち、3人に抜かれ苦しい表情で

ふらつきながら、何とか中継点にたどり着き、たすきを次のランナーに渡すことが

できたというアクシデントもあった。たすきがつなげて、観ていてホッとした。

最終10区では、9区の上武大のランナーがあと40秒を過ぎると、たすきを

つなぐことができず、10区のランナーは繰上げスタートで、用意された別の

たすきをかけて走らなければならないというルールにひっかかるところだったが

ギリギリ間に合い、無事最後までたすきがつながり、これもホッとした。

応援していた神奈川大は結局16位に終わった。シード権が取れず、来年は

また予選会から勝ち上がっていかねばならない。厳しい。

ただ、7区を走った我那覇が区間賞を取ったのはうれしく、来年は心機一転、

ぜひとも再起を期待する。

13位に入った学連選抜は関東圏の大学の選手選抜チーム。

学連選抜は今年を最後に来年は出場しないとのこと。

であれば、今や国民的行事になっている箱根駅伝、関東圏中心の大学だけが

参加しているが、もっと参加校の範囲を広げ、例えば、関西学連選抜を設けても

いいのでないかと思った。

今年も箱根大学駅伝、大いに楽しませてもらい、感動、感激をもらった。

2013年1月 2日 (水)

箱根大学駅伝(往路)

我が家の三が日恒例は、箱根大学駅伝を観ること。

今朝は8時、第1区スタートから第5区の芦ノ湖ゴールまで観た。

3年前には、二宮に住む夫婦共通の友だちOさん宅にお邪魔し、沿道で観戦した

こともあった。

今日はスタートからゴールまで強風が吹き、選手は気の毒だった。

特に5区は突風の中、箱根の山登りは大変だった。

前半のハイライトは2区の日大のベンジャミン選手の快走。1区の走者から13位で

受けたたすきを12人ごぼう抜きし、見事トップに躍り出て、3区の走者へたすきを

渡したのは圧巻だった。

毎年応援する神奈川大学は前半の調子は悪くなかった。

沿道に応援に行っていた息子の友だちのKくんと、途中フェイスブックでやりとりし、

『4区中継所、神大9位、トップ東洋との差、5分20秒。今年はシード権が取れる可能性

大いにあり!』と、iPadでKくんに知らせた。

しかし往路の結果は18位。明日の復路で頑張って 10位以内に入らないと来年の

シード権が取れず、今年同様、予選会から勝ち上がらなければならない。予選会は

40校前後が参加するので、勝ち上がりは厳しい。

今年の5区、箱根の山登りには去年まで4年間いたヒーロー、東洋大学の柏原がいない。

柏原は自分の記録を毎年塗り替え、4年間で5区の区間新を4年連続で達成した。

卒業後、富士通に入社し、陸上競技を続けている。

元日にあった実業団駅伝で富士通のメンバーのひとりとして走ったが、残念ながら

今年は富士通の成績が悪く、柏原の力量を活かし切れなかった。

今日の往路を制したのは日本体育大学。

日体大は昨年19位、予選会から勝ち上がり、2位の早稲田に2分35秒の差をつけ

見事に往路優勝を果たした。すごいことだ。

往路5連覇の東洋大は3位でゴール。

明日の復路は、日体大、早稲田、東洋大を軸に展開されることだろう。

大変残念だったのは、中央大と城西大が途中棄権し、たすきがつながらなかったこと。

1年間チームが一丸となり頑張ってきた中、棄権した選手がどのような思いでいるかと

思うと、切ない。

2013年1月 1日 (火)

快晴の元日

遅ればせながら、新年のご挨拶を申し上げます。

今年もお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

さて、今年のお節はカミサンが頑張って盛りだくさんに用意してくれた。

2012_006

お節を入れた重箱には由来がある。

今年92歳になるオフクロが、我々が結婚して間もなく、たぶん40年くらい前に手彫りで

作ってくれたもの。初めて気がついたが、ふたの裏には家紋が彫ってあった。

2012_0092012

晴天に恵まれた元日、裏の海岸遊歩道を歩いた。

我が家の左方向には、東京湾唯一の島、猿島、その右に横浜ランドマークタワー、

つばさ橋が見える。

Cimg9314

右方向には房総半島。京葉コンビナートが見える。

Cimg9325

京葉コンビナートの左方向には、この写真ではわからないが第3海堡が見える。

羽田空港はその奥あたりのようだ。

房総半島の右方向から、びっくりするくらいの間隔(3~5分くらい)で飛行機が

次々に飛んでくる。飛行機は第3海堡の上空あたりでは豆粒くらいの大きさに

なるのでよくはわからないが、まっすぐ行くものと、右方向に向かうものがあるようだ。

おそらくまっすぐ行くのは羽田、右方向に行くのは成田なのかなと、勝手に思った。

興味があり、30分近く見ていた。

遊歩道は端から端まで全長1.6キロあり、10メートル毎にマークがついている。

毎回やっていることだが、歩いて帰る途中、200メートル走って、しばらく歩いてを

5回繰り返し、1キロ走ることにしている。

今日は暖かだったため、じっとり汗をかいた。

天気がいいので、シルエット富士が見えるのでないかと思い、夕方もう一度遊歩道を

歩いた。とてもいい感じでシルエットの富士山を見ることができた。

Cimg9276

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

最近のトラックバック

無料ブログはココログ
フォト