« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

2012年2月22日 (水)

台湾旅行

明日からカミサンと6泊7日で台湾旅行。

台湾は20年以上前に出張で一度だけ行ったことがあるが、ほとんど覚えていない。

たまっているJALのマイレージの一部が来月期限切れになること、暖かい台湾は

この時期行けば避寒できること、それに物価安の台湾、加えて円高メリット。

沖縄に住む娘に連絡したら、『沖縄からだと1時間半で行けるので、女3人一緒に

行きたい』ということで、5人旅になった。

ただ、姉孫の学校があるので、娘たちは1日あとに合流し、3泊で帰る。

ガイドブックは買いはしたものの読むのが面倒で、新橋にある台湾観光協会に

質問を持って話を聞きに行き、アドバイスを受けいろいろパンフレットをもらってきた。

台湾観光協会はとても応対が丁寧で親切だった。

これまで旅行計画を作る段階でニュージーランドやオランダ、ベルギーなど、都内の

あちこちの観光協会に行った。いずれも応対はイマイチだった。

台湾観光協会には後日2度電話し交通機関について問い合わせしたら、時刻表まで

ファックスで送ってくれた。

それと今回はネットのクチコミサイト”フォートラベル”を活用した。

「子連れのお勧め場所は?」、「夫婦でゆっくりできるところは?」、「クレジットカードの

使える範囲は?」など、質問を送ったら3日で9人の方が懇切丁寧な意見、コメントを

返事してくださった。

娘たちとの合流場所は、観光協会にアドバイスを求め、台北駅のそばの台湾三越の

ライオン像の前になった。

旅程を決めるのはいつものことながらボクの役目。

カミサンはいつも同じ、『任せるから、ただあまり予定を詰め込まないでね』

娘はメールで返事してきて、『忙しいので、信じて任せる。お母さんに美味しいお店を

ネットで探してもらって。きっと楽しい旅になるよ』

当初のボクの希望だった「新幹線・列車を使って台湾一周」も何とか実現できそうだ。

ホテルも安い。朝食がついて日本のビジネスホテル並み。

英語、それに日本語も通じるところが少なくないようで、言葉も大丈夫そうだ。

なにより、2ヶ月ぶりに孫たちに会えるのが楽しみ。

2012年2月21日 (火)

民事裁判原告・被告尋問

18歳の大学生だった息子さんを交通事故で亡くした知り合いのTさんの民事裁判を

傍聴支援した。

Tさんの息子さんは友だちの運転する2人乗りバイクの後に乗っていて、片側3車線の

道路を走っていたとき事故は起き、息子さんは亡くなった。

バイクの前方を走行していた被告の運転する車が急にUターンしようとして、右方向に

急転回し、バイクは避けきれず、衝突して起きた事故であった。

車を運転していた被告は事故当時、Tさんの息子さんと同じ18歳。

そのため少年鑑別所送りとなり、少年審判を受けた。被告の供述に不合理な点が

多かったため、事件は逆送で検察庁に送致された。

しかし、少年犯だったこともあり、結果は有罪にはならなかった。

これまでに何度も法廷が開かれており、この日は被告の尋問と亡くなった息子さんの

お母さんの原告尋問が行われた。

焦点になったのは、被告がどこで後方から進行してきたバイクを認め、その後車を

どのように走らせたかであった。

原告の弁護士は被告に鋭く問い質し、被告の後方確認が不十分であったことにより

事故は起きたはずであることを論証した。

尋問のポイントは、①衝突地点の手前に立っている転回禁止の標識に何故気付か

なかったのか、②衝突地点の直前には車線の境にチャッターバーがあり、それを

乗り越えると車は上下に揺れたはずである、③衝突地点のすぐ先には右折できる

交差点がある。何故その交差点まで車を進めて右折しなかったのか、④警察の

実況見聞調書に書かれた走行スピードと走行距離を計算すると、0.9秒の間に

バックミラー、フェンダーミラー、目視の動作を行ったことになる。絶対あり得ない。

弁護士は『後方の安全確認を行わないまま、急に強引に車をUターンさせようとした

ために、事故は起きたはずである』と結んだ。

弁護士が何度確認しても、被告はしぶとく『後方の安全確認はしました』の一点張り。

被告人尋問のあとは、原告のTさんへの尋問。

母親として、息子さんについて、多くの時間を費やし、涙ながらに語り、訴えられた。

傍聴席もすすり泣きが止まらなかった。

被告の男は、結局最後まで自分の言い分を通し、一切謝ることはなかった。

息子さんと同じ歳のこんな男に殺られたTさんご家族のことを思うと、いても立っても

いられない思いになった。

最後に裁判官が判決期日を申し渡して閉廷となった。

閉廷後、弁護士を交え、Tさんご家族と傍聴者で話した。

激しい憤りとやりきれない気持ち、切なさだけが残った裁判であった。

2012年2月17日 (金)

海岸遊歩道

我が家の裏は海。海岸沿いに1.6kmの遊歩道がついていて、格好の散歩道。

Rimg0534 

夫婦ともども、主治医から、『できるだけ早足で1日1万歩歩くように』と言われている。

ほとんど一緒に散歩することはなく、それぞれが好きなときに歩いている。

先日久しぶりにカミサンから、『走水まで歩かない』と誘われた。

走水は遊歩道を終端まで歩き、その先、我が家から40分位のところにある漁港。

走水海岸にはワカメが干してあった。

Cimg8432 

ワカメや海苔を買いたくて、近くの漁師さんの家に寄った。

おばさんがいろいろ懇切丁寧に教えてくれ、海苔を採る船まで案内してくれて、

取り方を解説してもらった。

この船で海苔棚の下を潜り、前方についた金具が回転し、海苔を巻き取るとのこと。

Cimg8433 

おばさんの店でワカメ、海苔、塩蔵ワカメ、アカモクと呼ぶ海藻を買ったら、茎ワカメや

生ワカメをたくさんおまけしてくれた。

Cimg8441 

眺めのいい高台まで歩いた。

昔は前方の防波堤や橋がなく、すばらしい眺望だったのが、興ざめ。

左方に富士山が臨め、春と秋の天気のよい日には、この場所から、頂上に太陽が

かかるダイヤモンド富士を見ることができる。

右に見える島は東京湾で唯一の島、猿島。

Cimg8436 

正面右方向は東京、千葉。

Cimg8437 

この日の万歩計の表示は、1万3千歩だった。

2012年2月14日 (火)

ヨコスカをよくする会

3年前の横須賀市長選挙で応援したのがきっかけとなり、知り合い、市長選で惜しくも

敗れた弁護士の呉東正彦さんの主宰する「ヨコスカをよくする会」の総会&新年交流会

に参加した。

呉東さんは日本弁護士会会長の宇都宮健児氏の愛弟子で、3年前の市長選の

スローガンが「弱者の立場に立った市政」ということに惹かれ応援をはじめた。

以来会員となり、平素の活動には関わっていないが、総会ほか催しには参加している。

総会の前に、横須賀市でも制定作業が進んでいる「自治基本条例」、それに

「住民投票制度」について関東学院大学の先生がわかりやすく講演して下さった。

いまいち理解ができてなかった「自治基本条例」と「住民投票制度」、よく理解できた。

「自治基本条例」が制定される意義は、

  ① 自治(自治体運営)の理念・基本的指針、依るべきルールの確立

  ② 他の条例等のルール化および政策等の指針化

  ③ 団体自治と住民自治の結合  とのこと。

自治基本条例が制定されることにより、① 住民自治の確立、② 自治体ルールの

再構築、③ 自治体運営の確立が期待できる。

自治基本条例の制定状況をみると、全国では、全市町村の1割超の200を超える

自治体で制定済み。神奈川県内では33市町中、16市町で制定済みで、横須賀市を

含む7市町で検討中。

加えて、神奈川県は都道府県で唯一の自治基本条例制定済みで、自治基本条例

先進県とのこと。

自治基本条例のあと説明のあった「住民投票制度」についても、頭の整理ができた。

住民の意思を直接確認・反映できる「住民投票制度」、確固たる地方自治確立、

その先の地域主権の分権社会を構築するためには、必須の制度であると思った。

小休憩をはさんで、「ヨコスカをよくする会」の総会と新年交流会が行われた。

2011年の取り組み報告、2012年の取り組み方針の説明、会としての政策提案の

説明があり、質疑応答が行われた。

来年は市長選挙の年である。

会の活動の焦点が絞られ、文字通り、横須賀がより良い方向に向かっていくことを

皆で願い、会合はお開きとなった。

2012年2月11日 (土)

この時期恒例

水曜日、2月この時期恒例の確定申告の書類を持って、神保町の税理士事務所へ

行った。

税理士のFさんとは、パソコン教室をはじめて以来のお付き合いで、もう7年になる。

1年間とっておいた領収書を整理し、必要な資料をつくり、あとの作業は事務所に

お任せ。これまでは運良く税金の還付を受けられてきた。

資料を作るとはっきりわかる。生徒さんは明らかに減ってきており、あと数年で終わり

かなぁ、と思いはじめた。

税理士はこの時期、1年で最も多忙な時期なので、毎回(と言っても1年に一度

だけの訪問だが)、手短に話し、申告関連の話をしたら、早めに切り上げることに

している。

ただ、この日はFさんが『今日は時間は大丈夫です』と言われ、1時間半くらい

税務申告とは関係ない、最近の国内企業業績や、お互いの海外経験など

よもやま話で盛り上がった。

事務所を出たあと、神保町から内堀通りを、九段下、竹橋、大手町、日比谷、

有楽町駅まで歩いた。

有楽町で食事をしたあと、帝劇の下にある大学のクラブへ。

月曜日から10日間やっている『学生寮の青春譜』という写真展を観に行った。

ボクは1962年から1年半、教養課程を姫路の分校で学び、その期間、寮生活を

した。旧制高校時代の寮で、古い木造の汚い寮であったが、仲間と寝食を共にし

まさに青春を謳歌した時代であった。

考えてみると、入寮したのはちょうど50年前。食べて寝て、寮費は月3千円。

オフクロが何度も『安くて助かる』と喜んでいたのを思い出す。

Ryou1 

Ryou0 

1枚大変貴重な写真があった。30_2

ボクが入寮したときはもういなかった 

寮のマドンナの女性が写った写真。

先輩たちが名づけた呼び名は

「チンクシャさん」

「チンクシャさん」の話は代々

引き継がれていて、聞いた話を

かすかに覚えている。

「チンクシャさん」の現所在は

不明で、6年先輩が中心となり「チンクシャさん」を探索しようとしているものの、

いぜん探し出すには至らず。

「チンクシャさん」はお元気であれば、70歳を超えたおばあちゃん。

探している側も70歳を超えたおじいちゃんたち。

もし探し出せたら、ビッグニュース。

ロマンいっぱいの話である。

2012年2月 6日 (月)

生活習慣病検診

かつて勤めていた会社の健保組合から生活習慣病検診の案内が届き、金曜日午後

川崎にある会社の病院に検診に行ってきた。

病院は、93年から4年間所属した部署の事務所があった本社工場のそばにある。

最寄り駅で降りると、勤務していた当時のことがいろいろ思い出され大変懐かしかった。

定年退職し、今年で8年。いまだに健保組合の費用負担で検診が受けられることは

大変ありがたい。

現役時代も毎年この病院で、年1回人間ドックと称する検診を受けていた。

そのため、病院も大変懐かしかった。

従業員の検診は午前中、午後は定年退職者のみ。

そのため、かつて午前中毎回多くの人たちで混んでいた検診施設はがらがら。

検診はスイスイ進み、これも大変ありがたかった。

血液・尿検査からはじまり、胸部エックス線、胃部エックス線、心電図、聴力検査、

便潜血検査、それに問診と内科診察。一通りの検査は網羅されている。

ひょっとしたら誰かかつての知り合いに会えるかもしれないと思っていたら、

内科診察を待っていたとき、ばったりYさんに会った。

お互いの近況を披露し合い、『どこかで会って食事しよう』ということになった。

内科診察では、担当医が現役最後の年の記録をパソコンの画面に映し出し、

問診し、この日出ている結果を見て、『血糖値がいくぶん高い以外は数値的には

特に問題ない』

終わったあと、去年の秋から病院がはじめた脳ドックについて担当者に話を聞いた。

結果、当面は受診する必要はなさそうだと思った。

2012年2月 3日 (金)

映画「ALWAYS三丁目の夕日’64」

現役中は無縁であった映画鑑賞、リタイアしたあと相当の数の映画を観た。

映画はまさに好みなので、カミサンと『一緒に観に行こう』と意見が合う映画は少ない。

その中で、「三丁目の夕日」はふたりの好みが合う映画で、久しぶりに一緒に

観に行った。(gooポイント 86点)

今回の「ALWAYS三丁目の夕日’64」はシリーズ3作目。

前作は1958年(昭和33年)、東京タワーが完成した年が舞台。

今作はそれから6年後、1964年、オリンピックにわき立つ東京下町を背景に、

三丁目で育った子供たちのそれぞれの旅立ち、それにこれまでの2作同様、

三丁目で暮らす人たちの人間模様、人情話を描いている。

3作目となると、登場人物には親近感がわくし、6年間の生活ぶり、子どもたちの

成長ぶりに思いがいく。

ただ、1作目を観たときほどの感激はなかった。

1作目を観たあとは、西岸良平原作の漫画「三丁目の夕日」の3部冊セットを買って

きたほどだった。

今回の終わり方だと、どうも4作目が作られそうな感じがする。

以下、ネットから引用したあらすじ。

  ---------------------------------------------------------------

昭和39年(1964年)。オリンピック開催を控えた東京は、ビルや高速道路の建築

ラッシュとなり、熱気に満ち溢れていた。そんな中、東京下町の夕日町三丁目では、

6年前と変わらず、個性豊かな住民たちが元気に暮らしていた。

小説家の茶川竜之介(吉岡秀隆)は、ヒロミ(小雪)と結婚し、高校生になった古行

淳之介(須賀健太)と3人で仲良く生活している。茶川商店の一角は改装され、

ヒロミがおかみを務める居酒屋「新山藤」となった。ヒロミは身重で、もうすぐ家族が

一人増える様子。だが茶川は「冒険少年ブック」の看板作家として連載を続けて

いるが、新人小説家の作品に人気を奪われつつあった。編集者の富岡(大森南朋)

から「もっと新しい雰囲気で」と言われ、茶川はますますスランプに陥っていく。

一方、鈴木則文(堤真一)とその妻・トモエ(薬師丸ひろ子)、一人息子の一平

(小清水一揮)、住み込みで働く星野六子(堀北真希)が暮らす鈴木オートは、順調に

事業を拡大し、店構えも立派になった。六子にも後輩の従業員ができ、厳しく指導を

する姿はすっかり一人前。彼女なしでは鈴木オートの仕事は回らないほどであった。

そんな六子は、毎朝おめかしをして家を出て行く。それは、通勤途中の医者・菊池

孝太郎(森山未來)とすれ違い、朝の挨拶をかわすためだった。六子のほのかな

恋心を温かく見守るのは、大田キン(もたいまさこ)。そして小児科医・宅間史郎(三浦

友和)は、今日も町の人のために診療を続けている。そんな折、茶川が隠していた、

とある電報をヒロミが見つけてしまう……。

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

最近のトラックバック

無料ブログはココログ
フォト