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2011年11月

2011年11月30日 (水)

カップヌードル・ミュージアム

先月アメリカへ旅行した折に大変お世話になった小林くんから数週間前にメールが

届いた。『末娘のハンナを連れて日本に行きます。ハンナを連れて行くのに、どこか

いいところはないですか?』

これはカミサンに聞いた方がいいと思い、聞いたら、『みなとみらいのカップヌードル

ミュージアムがいいんじゃない。14歳のハンナは喜ぶと思う。わたしも一緒に行きたい』

との返事。

ネットで調べたら、『"Creative Thinking ~創造的思考~"を目指し、こどもの想像力や

探究心の芽を育てる体験型ミュージアム。世界初のチキンラーメンを発明し、地球の

食文化を革新した日清食品創業者の安藤百福さんのミュージアム』、との紹介。

先週木曜日朝、小林くんとハンナとCimg8171

みなとみらい駅で待ち合わせ。

9月にオープンしたばかりなのに

大変な人気。

10時のオープンにあわせ行ったが

既にチケット売り場は行列。

親子連れ、それに小学校の社会

見学が多かった。

平日の10時、みなとみらいを歩いている人はまばらの中、これだけ集客するとは、

大したものだと思いながら列に並んだ。

左は創業以来の日清食品製品すべて。右は1958年に発売されたチキンラーメン。

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自分のカップヌードルを作る、マイカップヌードル・ファクトリーへ。

右はデザインした4人のカップ。ハンナはカップに”GO NAVY”と書いていた。

14歳の女の子のハンナは海軍志望。

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出来上がったマイカップヌードルを首からぶら下げて、パチリ。

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このあと、ハンナと小林くんは、来る前

からハンナがどうしても行きたかったCimg8216_2

チキンラーメン・ファクトリへ。

粉を練るところから始めるため1時間半

かかるということで、我々は別行動。

1時間半後、『ものすごく面白かった』

と言いながら、ハンナが見せてくれた

チキンラーメン。

彼らがチキンラーメンを作っている間、我々は館内をぶらぶら。

50年前、創業者の安藤百福さんが苦労を重ねチキンラーメンを発明した研究小屋。

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安藤百福さんの歴史が展示で紹介されていた。96年間の生涯を通じて持ち続けた

「クリエイティブな発想」と「最後まであきらめない執念」。世界食になったカップ

ヌードルの生みの親がたどってきた歴史はとても印象的だった。

最後に展示されていた20世紀の日本の発明トップテン。

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数年後、孫たちを連れて、是非また来よう。

カップヌードル・ミュージアムを出たあと、山下公園までぶらぶら歩いた。

小林くんがハンナに『ここは50年前、お父さんが小学校の遠足で来たところ』

と話していた。

後日、ハンナから『カップヌードル・ミュジアムはとても面白かった。楽しい一日だった』

とお礼の手紙が送られてきた。

2011年11月29日 (火)

犯罪被害者全国大会

以前ブログに書いた犯罪被害者団体ネットワーク(ハートバンド)が主催する

全国大会が土~日曜日に開催された

ハートバンドは全国の20の犯罪被害者団体がゆるやかに連携していくことを趣旨に

つくられた組織で、ボクは数年前から事務局メンバーとしてお手伝いしている。

20団体は、交通事故犯罪、殺人事犯、暴行事犯などさまざまな犯罪被害を受けた

被害者・遺族の方たちで構成されている。

今年は9回目となる全国大会の実行委員長を仰せつかった。

今年の大会には全国から120名を超えるハートバンドのメンバーが参加した。

大会の企画原案を作り、5~6人の運営メンバーと何度何度も議論を重ねた。

「全員参加」「互いに寄り添う」「思いを存分に語る」「初めて参加された方へ手厚い

配慮」を念頭に置き、『参加してよかった。来年も参加したい』と思っていただける

企画およびプログラム作りに腐心した。

はじめに3名の犯罪被害者の皆さまに辛く、悲しい、不条理なご経験をお話しして

いただいた。いずれの方のお話も参加者全員の心にずっしり重く響いた。

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休憩をはさみ初めての試みであった

「車座トーク」と呼ぶセッシヨンを持った。Cimg8230 

大会のテーマに定めた「全員参加」

「思いを存分に語る」を具現化する

ことを目指し、できるだけ多くの方々に

発言していただけるよう運営をいろいろ

工夫した。

はたして意見が出るだろうかと

心配したが、議論は大いに盛り上がり予定時間をオーバーした。

夜の懇親会、二次会では1年ぶりに

会う顔が揃い、毎年のことながら  Cimg8231 

盛り上がりは真夜中まで続いた。

翌日の分科会でも有意義な

意見交換ができ、最後に

それぞれの分科会で議論された

内容を分科会の代表者に発表

していただいた。

終了後記入してもらったアンケートでは、好意的な意見が多く、2日間の集いを

成功裏に終えることができた。

詳細は、ハートバンドの会員のご尽力で出来たホームページに、大会の模様を

撮ったUstream動画および取材を受けたテレビニュースを掲載していますので、

ご興味のある方はこちらをどうぞ。(ただし、プライバシー保護の観点から一部の

映像はパスワード保護されています)

2011年11月25日 (金)

十夜法要

家から歩いて20分少々のお寺さん、浄林寺に墓地を求め、墓を建てたことは、以前

ブログに書いた。

一昨日、檀家向けの法会、「十夜法要(お十夜)」に初めて参加した。

十夜法要は、正しくは「十日十夜法要」Jyorinji

と呼ばれ、毎年この時期、全国の浄土宗

寺院で行われる念仏会(ねんぶつえ)。

ネットで見ると『もともとは10日10夜に

わたり、不断念仏を称え、阿弥陀さまの

お慈悲に感謝する法要』とのこと。

本堂の前に立てられた柱には念仏が

書かれていた。

2時から本堂ではじまった法要には、檀家100数十名が参加していた。

近隣の浄土宗の寺院の住職も10人ほど列席し、本堂に安置された阿弥陀さまの

周りを念仏を称えながら、繰り返し繰り返し回るところからはじまった。

回りながら僧侶は絵の描かれた丸い形の紙を投げ、それを参列者が、ご利益を

求めて拾うということがしばらく続いた。

長い間ずっと同じやり方で、浄土宗のお寺で執り行われてきたのだろうとなぁと

思いながら儀式を見ていた。

帰って検索したネットには、この法会が初めて営まれたのは、今から550年前と

書かれていた。このような形で、お寺さんと檀家は営々とつながってきているのだと

あらためて思った。

この儀式のあと、檀家の名前が読み上げられ塔婆が渡された。

前日行き掃除していた墓に塔婆を納め、初めて参加したお十夜は終わった。

2011年11月21日 (月)

パソコン教室

約8年前、定年退職する半年前にはじめたパソコン教室「キュリオステーション横須賀

教室」、当時会社の仲間に『会わせたい人がいるので』と言われ、キュリオステーション

の創業者であるオーナー社長の石川さんに会ったのが教室をはじめるきっかけだった。

石川さんの『パソコン教室を手始めに地域のディジタルステーションを全国に展開する』

との熱い思いを聞き、直感でこれは面白そうだと思い、石川さんとのお付き合いが

はじまった。

キュリオステーションの教室は、今では全国130教室になっているが、横須賀を

はじめたときは、まだ5~6店舗しかなかった。

日々の教室運営は本部の社員である店長がすべてを任されやっており、オーナー

であるボクはあまり口を出すべきでないとの思いから、1ヶ月に数回店舗に顔を出す

程度。ただ、長い間通っていただいている生徒さんの中には顔なじみの人が結構いて、

会えば話が盛り上がる。店長との会話も楽しい。

8年の間に店長は7~8人交代し、今のAくんになったのは2ヶ月前。

Aくんは横須賀在住で、接客、指導力、技術力、集客、どれも文句なく、長くやって

もらいたい人である。

4年前、石川さんは社長の座を若い松本さんに譲り、他の事業の立ち上げと推進に

邁進されている。

多忙の中、松本社長が先日横須賀まで足を運んでくださった。

お茶を飲みながら、1時間半近く、松本社長の思いをいろいろ聞き、意見交換した。

新しく開発したコース体系、社員のリクルート・育成、広報活動、モチベーション向上、

社内情報システムの拡充、新事業など幅広い分野の話を聞いた。

iPadを駆使してさまざまなプレゼン資料、情報、データを見せながらの松本社長の

説明にも感嘆した。

この人であれば、間違いなく思いをどんどん形にできると、あらためて確信した。

2011年11月18日 (金)

刑事裁判傍聴

昨日東京高裁であった交通事故の刑事裁判を傍聴した。

知り合いの埼玉の小沢さんが起こした裁判で、『運転手が泥酔状態であることを

知りながら同乗した被告ふたりの飲酒運転幇助(ほうじょ)を問う』裁判の判決法廷

であった。

今朝、新聞各紙が取り上げていたので、ニュースを読んだ人も少なくないのでは。

裁判員裁判の一審から傍聴を続けていて、一審では被告らに実刑2年が

言い渡されたが被告らが控訴し、昨日が控訴審の判決だった。

冒頭裁判官の『控訴を棄却する』との判決文の読み上げを聞き、自分のことのように

うれしかった。

判決文は入念に丁寧に論理的にまとめられていて、読み上げに40分かかった。

それともうひとつうれしかったのは傍聴抽選に当たったこと。

傍聴席は28席、傍聴希望者は39人、その中で当たったので大変うれしかった。

これまで他の人の裁判も含め、傍聴抽選の結果は0勝3敗だったので。

閉廷後、法廷から出てきた小沢さんご家族と言葉を交わした。

新聞によれば、被告ふたりは上告するとのことなので、もうしばらく小沢さんご家族

には心の休まることがない。

上告後、最高裁が一審、二審の判断を支持し、同乗者の飲酒運転幇助に対し

2年の実刑が確定すれば、すごい画期的なビッグニュースとなり、これが判例化

されれば、大変な朗報である。

以下、今朝の朝日新聞記事。

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※飲酒運転の同乗者、二審も実刑 埼玉の9人死傷事故


埼玉県熊谷市で2008年、2人が死亡し7人が重軽傷を負った飲酒運転事故で、

同乗者として危険運転致死傷の幇助(ほうじょ)罪に問われた大島巧被告(48)

関口淳一被告(46)の控訴審判決が17日、東京高裁であった。

村瀬均裁判長は、2人を懲役2年の実刑とした一審・さいたま地裁の裁判員裁判に

よる判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。

村瀬裁判長は「運転者がひどく酔っているのを知りながら発車を了解し、運転中も

黙認した」と一審判決に沿って認定した。大島被告は即日、上告した。関口被告も

上告する方針。

一審判決は、裁判員裁判で飲酒運転の同乗者に幇助罪が適用された初めての

ケースだった。

控訴審では刑の重さは争点とならず、事実関係などが争われ、プロの裁判官だけで

構成する高裁も裁判員らの判断を維持した。

判決は、両被告が事故前に運転者の玉川清受刑者(36)=危険運転致死傷罪で

懲役16年が確定=と5時間近く一緒に飲酒していた点などを挙げ、

「玉川受刑者の深酔いに気づかなかったという主張はあまりにも不自然で不合理」

と批判。正常な運転ができないことを十分認識していたとした。

その上で、玉川受刑者が「(車で)一回りしてきましょうか」と職場の先輩にあたる

両被告に意向を確認した際に両被告はうなずくなどして了解し、事故までの

約15分間、車を止めさせずに運転を黙認していたと指摘。「処罰に値する実質が

備わった幇助行為だ」と結論づけた。

弁護側は、捜査段階で飲酒運転を了解したと認めた関口被告の供述調書を検察が

取り下げたのに、地裁が裁判員の要望に応えて職権で採用した点を「手続き違反」

と主張した。

しかし、高裁判決は「職権での証拠採用は刑事訴訟法で認められている」と退けた。

判決によると、両被告は08年2月17日夜、玉川受刑者が運転するスポーツカーに

同乗した。車は時速100~120キロで熊谷市内を走り、対向車2台と衝突。

夫婦2人が死亡し玉川受刑者と両被告を含む計7人が重軽傷を負った。(藤田絢子)

2011年11月17日 (木)

帰省(2)

先週土曜日、今回の帰省のもうひとつの目的だった、弟と妹3人で初めての

一泊旅行に出かけた。

行き先は弟がいろいろ考えてくれて、広島県の福山市の沖にある仙酔島。

仙酔島へは福山の鞆の浦から船で5分。

倉敷から鞆の浦までは車で1時間少々。

鞆の浦は坂本龍馬ゆかりの地。昨年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」でも、長崎から

大阪に鉄砲を運んでいた蒸気船「いろは丸」が、紀州藩の船と衝突し沈没、

その賠償交渉が行われたのが鞆の浦。

写真左は昨年建造され、鞆の浦と仙酔島の往復に使われている「平成いろは丸」

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鞆の浦の町のあちこちで龍馬のゆかりを見た。

弟が連れて行ってくれて食べたお昼は、瀬戸内の味で美味しかった。

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仙酔島で泊まったホテルは、

デトックスがウリの「ここから」という宿。Cimg8149

「ここから」は「こころ」と「からだ」から

きている。ユニークな宿だった。

テレビ、新聞、パソコンは一切なく、

こころとからだが充電できるよう、

いろいろ心配りがされていた。

海沿いの散歩道を15分くらい

歩いたところに足湯(下左)があった。足湯のあと展望台まで歩いた。

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夕食前に、江戸風呂と呼ばれる洞窟蒸し風呂に入った。

毎朝炊き上げたビワやヨモギの葉、それに海藻を入れた洞窟蒸し風呂があり、

それぞれをじっくり楽しんだ。

夕食は、近海であがった瀬戸内の旬の海鮮が丸ごと味わえるのをウリにした

海鮮囲炉裏会席料理」を堪能した。

食事のあとは部屋で、兄弟妹3人で昔話も含めワイワイしゃべり、笑い、

心地よい時間を過ごした。

翌朝は朝食を食べたあと、チェックアウト時間までゆっくり。

昼前、仙酔島から「平成いろは丸」で鞆の浦まで戻り、海沿いの漁師の店で

お土産にカニ、タコ、メバルを買った。

そのあと倉敷に戻り、オフクロのいる施設に寄り、『また来るから』と言い別れ、

妹に岡山空港まで車で送ってもらい、3泊4日の帰省の旅は終わった。

2011年11月15日 (火)

帰省(1)

先週の木曜日、6月以来5ヶ月ぶりに、3泊4日で郷里の倉敷に帰省した。

今回の帰省は、4月より高齢者施設に入っている91歳のオフクロに会いに行くこと、

それに初めてのことだが、郷里に住む弟と妹3人で一泊旅行をすることが目的だった。

岡山空港に妹が迎えに来てくれ、そのままオフクロの入っているアミーユという施設に

直行した。 

アミーユは岡山の医者が創設した有料老人ホームで、今では全国に194ヶ所ある。

入所料は要らず、行き届いたサービスがしてもらえ、家族全員満足している。

オフクロも入所し半年以上となり、かなり落ち着き、特に問題はないようである。

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係りの女性に許可をもらい、オフクロと妹3人で外出した。

行き先は、妹が『ちょっと早いと思うけど、紅葉が見られるかも』と言い、宝福寺

という禅寺に連れて行ってくれた。宝福寺は小学校の遠足で行ったことがあり、

それ以来。紅葉の見ごろには少々早かった。

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宝福寺には、地元出身の雪舟が描いたネズミの絵があることで有名。

雪舟が宝福寺で修行をしていた小僧時代(400年以上前)、しかられ、

柱にしばられたとき、涙でネズミの絵を描いたことが言い伝えられている。

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宝福寺のあと、オフクロの好きな

国分寺に五重塔を観に行った。Cimg8132 

国分寺は吉備路沿いにあり

とても風情のあるお寺。

近くを散策すると心が和む。

『夕食は、寿司、焼肉、中華、

日本食、何を食べたい?』と

オフクロに聞くと、アミーユでは

食べられない焼肉が食べたいということで、妹の案内で岡山の焼肉屋に行った。

オフクロは『久しぶりのお肉で美味しい』と言いながら、91歳とは思えないくらい

たくさん食べた。

「幸せ」、「うれしい」、「楽しい」、「美味しい」など自分の気持ちを、以前にも増して、

言葉でどんどん出すようになってきた。

これだけ喜んでくれるのだから、オフクロが元気な間に、もっと頻繁に帰省しないと、

と思うとともに、帰省しないのであればもっと頻繁に手紙を書かないと、とあらためて

思った。

2011年11月 9日 (水)

夫婦考

先週久しぶりに10数年前からの知り合いの女性ふたりに会い、長話をした。

おふたり、XさんYさんはある団体活動の仲間。

お歳はふたりとも62歳。Xさんのご主人は70歳ちょっと。Yさんのご主人はボクと

同じ歳で、なんと大学も同じ。おふたりとも我が家のカミサンとも知り合い。

ふたりに会ったのは久しぶりで、これまでじっくり長話したことはなかった。

いろんな話をした中、3人それぞれの家族の話で盛り上がった。

XさんもYさんもご夫婦仲がとってもいいことに、あらためてビックリ。

ひと言でいうと、目にウロコという話がいっぱい出た。

先ず、Xさん。

『お父さんは仕事(開業医)の一線を退いたあと、とても心に余裕ができてきた。

ついつい私がいろいろ言うと、”男はプライドが高いんだよ。反論したり言い返す

のではなく、「そうだね」と言うだけで、ふたりの間はぐっと変わってくるよ”』

これはとっても言い当ててる。

『最近とても仲良くなってきた。秘訣はお互いに70%で満足すること。あとの

30%は期待しないこと。やってもらいたいことは何度も言いたくなるけど、最近は

1回だけ言うことにしてる』

『黙っていては伝わらない。言葉を惜しまないで、感謝、お礼、ねぎらいの気持ちを

どんどん口に出すこと。昔はそうじゃなかったけど。言っているうちに、だんだん

自然にそういう気持ちになってくる』

極めつけは、『ハグしてる?大切よ』

YさんところはXさん夫婦に輪をかけたくらい、ラブラブ。

夫婦でプールで一緒に1000メートル泳いでいるとか、車の送り迎えは日常茶飯事

とか、毎晩2時間くらいかけて、お酒を飲み、なんだかんだ話しながら食事している

とか、ケンカした記憶はほとんどないとか。

ボクは専ら聞かされ役だったが、『熟年離婚だとか、カミサンたちが集まれば亭主の

悪口を言うのが珍しくないご時世、いやー、ふたりとも珍しいんじゃない』と言うと、

Yさんが『わたしの仲良しは大体みんな仲がいいよ。でないと仲良しにはならない』

ふたりが『のろけでごめんね』と言ったが、のろけと感じるのではなく、まさに

”仲良きことは美しきかな”と思いながら、とても心地よい気持ちで話を聞いた。

3人の意見がぴったり合ったのは『長い間一緒に山谷を乗り越えてきた、かけがえの

ない相手だよね』

最後、『スゴイ勉強になったよ』と言い別れた。

帰ってカミサンに話した。ひとつひとつには反応しなかったものの感じるところは

あったのではないだろうか。

2011年11月 5日 (土)

大物だったなぁ!

先日久しぶりに裏の海岸の遊歩道を散歩した。

たまたま偶然、釣り人の竿が大きくしなるところに出くわした。

リールを必死に巻くが、引っ張られ

なかなか引き寄せられない。Ishidai 

一進一退がしばらく続く。

こうなれば、根がかりではない。

間違いなく大物がかかったんだ。

やっと岸までたぐり寄せ、魚影が

見えてきた。大物だ!

釣り人は大きな声で『そこのタモを

取って!』。たも網を手渡すと、上がってきた。黒鯛だ!

近くにいた釣り仲間が集まってきて、指を広げて寸尺し、『50センチ近いなあ』

持ち上げて、『3キロはあるんじゃない』

こんな大物が裏の海で釣りあがったのを見たのは初めて。

そもそも以前に比べ、最近は釣れなくなった。

この家に住んでしばらくたったころ、25年くらい前、めばるがよく釣れた年があった。

ボートを借りてカミサンと一緒に毎週末メバル釣りに行き、同じポイントで毎回10匹

以上釣った。もうこんな釣果は期待できない。

遊歩道を端まで歩き、そのまま墓参りに行った。

6月に建てた墓は我が家からHondo

20分少々のお寺の墓地にある。

自分たちの墓ができ、郷里の

倉敷の墓から息子を連れてきて

ホッとした気持ちになった。

ちょうど本堂の柱の改修中だった。

大工さんに『柱の改修は何年ぶり

くらいですか?』と聞くと、『100年ぶりくらいだそうですよ』と聞き、びっくり。

散歩がてらブラリと行けるところに墓があることは、こんなにいいものかと

最近つくづく思うようになった。

2011年11月 2日 (水)

グローバルシニアネットフォーラム

10年来の知り合いの老テク研究会の近藤則子さんからお誘いをいただき、昨日

東京電機大学で開催された「第1回 グローバルシニアネットフォーラム」に参加した。

フォーラム開催の趣旨は、

『シニアネットユーザー、医療・福祉の専門家が、情報通信技術の研究・開発に

取り組んでいる技術者、行政関係者と一緒に、「楽しく・安全で・温かい情報社会」を

目指して、本音の意見交換ができるしくみを作っていきたいと願って開催する』

加えて、グローバルな連携をとの思いで、オーストラリアのシニアネットとのスカイプ

によるビデオ会議も行われた。

近藤さんから『オーストラリアに長い間関係してきた経験から、ぜひオーストラリアの

シニアネットASCCA”(アスカ)とのビデオ会議に参加して』と言われ、大いに興味が

あり参加した。

アスカ側は代表含め中心メンバーとして活躍している3名の女性がビデオ会議に参加。

アスカの活動の目指すところは、全国のシニアのパソコンクラブの指導とサポート。

クラブの設立支援からはじまり、運営指導、技術指導、マニュアル作成、教育、

全国大会の開催など、活動は多岐にわたり、オーストラリア全土で傘下に156の

メンバークラブがある。その活動は社会的にも広く認知されていることがよくわかった。

シンポジウムでは、

  ① シニアから技術者・行政関係者・専門家への情報発信と提言

  ② 企業・大学・研究所から、シニアライフを支援する情報通信技術とサービス

  ③ パネルディスカッション「誰もが参加できる知識情報社会を目指して」

    (総務省、経済産業省、マイクロソフト、NHK放送技術研究所、読売新聞)

併行して、iPadとらくらくパソコン体験会が行われた。iPadを使った「介護予防・認知症

予防講座」で人気のアプリの紹介を織り交ぜた体験会は盛況だった(写真右)

Event1 Event2 

第1回目のフォーラムではあったが、盛りだくさんの内容、テーマ、多彩な参加者、

いずれも近藤さんを中心とした主催者の思いがしっかり反映された企画と運営に

なっていた。

参加者はシンポジウムと展示室、ネットをあわせると700名を超えたとのこと。

また、個人的には久しぶりに会えた多くの知り合いと旧交をあたためることができ、

満足した催しであった。

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