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2011年10月

2011年10月30日 (日)

大学の寮の仲間の飲み会

アメリカから帰ってきた翌日、年4回やっている大学の寮の仲間の集まりがあり、

風邪と時差できつかったが参加した。

この会、「白陵寮 惜春会」はボクが万年幹事で、特に今回はタイから先輩のTさん、

アメリカからT君のふたりが参加するということで、休むわけにはいかなかった。

場所は有楽町の帝国劇場地下の大学のクラブ。

この日の参加者は10名、ちょっと寂しかった。

参加者のほとんどがリタイアしたので、今年から5時よりはじめることにした。

スピーカーを持ち回りにし、毎回スピーカーが選んだテーマで話す時間を設けている。

今回はO君が、「南イタリアとシシリー島の旅」をテーマに、パワーポイント画面で、

撮ってきたたくさんのきれいな写真を使って、2千年の歴史ある数々の場所を

紹介してくれた。

アメリカから参加したT君が今年もシカゴマラソンに出て、4時間24分のタイムで

完走し、60歳以上のランナーの中、上位の成績だったこと、それにシカゴマラソン

参加は今回で10数回目と聞き、一同、『すごい!』と感嘆。

来年の旅行の話が出たが、議論が深まらず、次回以降話し合うことになった。

Tさんより『東京惜春会の定例会の様子を大学の会誌”凌霜”で紹介してはどうか』

との提案があり、来年2月号に掲載されるよう、12月20日までにボクが原稿を書く

ことになった。

今年の東京惜春会は今回が最後で、来年4回の開催予定日を決め、最後に恒例と

なっている写真を撮って、8時半にお開きとなった。 

2011年10月26日 (水)

旅を終えて

2週間のアリゾナ周遊と西海岸列車旅を終え、帰宅し1週間が過ぎた。

いろいろあったものの、ずっと長く記憶に残る旅になったことは間違いない。

途中風邪を引き、咳が止まらなかったが、寝込むこともなく、予定した旅程を無事

こなすことができたことは、とても幸せであった。

天気にも恵まれ、暖かで、特にカルフォルニアの青い空はすばらしかった。

出かける前、平素のボクの行動をよく知っているカミサンから『置き忘れしないように』

『落し物しないように』、『物をなくさないように』、『特にパスポート、チケットに気を

つけて』と、くどいくらい言われていた。

ひとり旅であったことから、緊張感を切らさないようにし、珍しく何も忘れたり、なくしたり

することはなかった。

乗っていた列車が正面衝突をしたことにはじまり、 サリナスでのバス停探し、

アリゾナでのレンタカーのパンク、泥道にはまりこんで動けなくなったこと・・・

いろいろピンチはあったが、その場その場でさまざまな人に助けていただき、

結果オーライだった。

多くの出会いもあった。旅の楽しみのひとつは人との出会い。その意味では

大いに満足した。

ただ、68歳のひとり旅としては、少々タフだったことは自分でも認める。

同時に、タフさに負けない心と体が、まだまだ備わっていることを認識できた。

ただ、このようなスタイルの旅は、もうこれを最後にしたい。

長い間、毎回長いブログにお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

2011年10月24日 (月)

西海岸列車旅(7)

列車旅最後の駅シアトルに着いたのは、夜の8時。

予定ではポートランドからは4時間25分だったが、道中毎回遅れていたアムトラックが

何と25分も早く8時に着いた。1時間半遅れたり、30分近く早く着いたり、日本人

からすると、『どうなってるの!』という感じ。

シアトルはカルフォルニアのオーシャンサイド駅からはじまった西海岸列車旅の終点

だった。カルフォルニア州→オレゴン州→ワシントン州、途中衝突事故があり、ほぼ

50時間の列車旅だった。

シアトルの駅で降りたときは、『あー、これで終わった!』と感慨深かった。

Cimg8091 Cimg8090

駅前でタクシーを拾った。早口でしゃべりまくるこのタクシーの運転手には、ぼられた。

大きな旅行カバンを持った日本人ぽいので、ある意味しかたないような気がした。

カーナビにホテルを入れてカーナビに従って走ったと思われるし、あとから地図を

見て、時間的にもそんなものだろうと思った。ただ、メーターは倒さない、というか

メーターがあるのかないのかわからなかった。10分くらいで着いて20ドルというので

高すぎるとしばらくやりあったが、『この距離だとこの値段』と言い張り、あきらめた。

翌日ホテルのフロントで話したら、『アムトラックの駅からだと10ドルくらいかなぁ』

と言っていた。

ホテルはヒルトンの系列のCimg8112

ホテルチェインのハンプトン・イン。

今回泊まったホテルは7ヶ所。

うち4ヶ所がハンプトン・イン。

家族連れ、ビジネス客に広く

利用されているホテルのようだった。

シアトルのハンプトン・インには2泊した。

部屋に入ってすぐ小林くんに無事着いたことを伝えるために電話した。

ケータイがないのでポートランドの宿でテレフォンカードを買った。2ドルで1時間

近く話せるらしい。これをもっと早く調達すべきだった。

疲れがたまっていて、翌日は朝ゆっくり寝た。

ダイニングで朝食をすませたあと、フロントで地図をもらい見所と交通機関を聞いた。

ホテルから歩いて15分くらいのCimg8094

ところにスペースニードルという

街のシンボルタワーがあった。

スペースニードルにしても

東京スカイツリーにしても、最近の

街のランドマークとなる塔は

タワーとは呼ばない傾向にあるようだ。

スペースニードルの下から出ていたモノレールに乗り、ダウンタウンまで行った。

90秒でダウンタウンまで行けるというのがモノレールのウリだと教えてくれた。

モノレールを降りたビルにしゃれた店がいろいろあり、ここでお土産を買った。

シアトルはさまざまな有名企業の発祥地。

スターバックス、アマゾン、ビルゲーツもマイクロソフトを興したのはシアトル。

またシアトルはボーイングの本拠地でもある。

ダウンタウンをブラブラ歩いた。

ダウンタウンはどこも同じ。フォーエバー21、ティファニー、H&M、バーンズ&

ノーブル・・・ どれも東京にある。最近ダウンタウンには興味がなくなった。

Cimg8099 Cimg8097

Cimg8101 Cimg8098

それに引き換え興味をそそられた

のは右のDog JaponCimg8106_2

日本人の男性と思われる人が

ひとりで小さな車の横に張った

テントで店を出していた。

Dogだからホットドッグの店と

すぐわかった。

しばらく立って見ていたが

お客はひっきりなし。

書かれたメニューを見ると、”Matsuri”、”Kabuki”、”Samurai”など。

帰ってネットで検索してみると、Dog Japonの評判はとてもよい。まだシアトルの

この店だけのようであるが、これから広がっていくのではとの予感がした。

Dog Japonから海の方に向かってCimg8108

歩いた。

あった、あった、行きたかった

Pike Place Marketが。

このマーケットは店の種類と数、

売っているもの、どれも期待した

通りだった。

魚屋、花屋、肉屋、野菜、果物Cimg8110

雑貨・・・ 奥に延々と続く。

人がひしめきあっていた。

入り口にあった花屋で見た花束、

たった5ドルできれいな花がこんなに

いっぱいと、写真を撮ったら、この

写真でデジカメのバッテリーが

なくなり、ショック。バッテリーがなくなってきていることはわかっていたので、

今日一日何とかもてばと思い、朝ホテルを出た。

特に入り口の魚屋Pike Place Fish Marketは大変な人だかり。見ているだけで

面白く、しばらくながめていた。写真がないので、英語のサイトを。

モノレールの駅への帰り道、

1971年に開業したスターバックスPhoto

第1号店の前を通った。

こちらも写真がないので、他の

サイトから無断借用。すみません。

この日は10時にホテルを出て、

ホテルに戻ったのは2時。

翌朝、タクシーで空港まで行き、

13時過ぎのユナイティッド航空でシアトルを発ち、17日の16時成田に着いた。

これで、2週間の米国旅行は終わった。

2011年10月22日 (土)

西海岸列車旅(6)

真夜中に入ったポートランドの宿は

ホステル&ゲストハウスだった。 Cimg8081

ネットで予約したときユースホステル

とは書いてなかったが、朝食を

食べにダイニングに行くと、

宿泊客の多くは若く、しかも

圧倒的に女性が多かった。

ボクが泊まったのは2階の

ゲストハウス。

朝食を終え、チェックアウトし、バッグを預け、地図をもらい、町の見所を聞いた。

外に出ると紅葉がはじまっていた。路上に栗の実がたくさん落ちていた。

Cimg8063 Cimg8062 

ホテルで、市内はトローリーもバスも無料だから利用してはと言われたので、

地図を見て、トロリーの通っている道まで歩いて行った。

若者が3人トローリーを待っていた。 立ち話をしていると、『ポートランドに来たん

だったら、Powell's Bookへ行くべきだ。

蔵書の数が世界一の本屋だよ』と教えられた。Cimg8066 

Powell's Bookはホテルでも勧められた。

若者たちが『ここで降りて、あそこの角に

ある店だから』教えてくれた。

店内は本のジャンル毎に、赤い部屋、

青い部屋のように部屋が色で

区分けされていた。

ブックオフのような感じで中古本の買い取りコーナーもあった。また、日本書籍も

相当数が並んでいたが、みんな古書のようで読んだ人が持ち込んだのだろう。

『所蔵している本の数はどれくらい?』と聞いたら、100万冊くらいかと言っていた。

Cimg8067 Cimg8068 

ポートランドの町は碁盤の目になっていて、大きくもなく、分かりやすい町だった。

ウオーターフロント方向に行くトローリーに乗り、地図を見て、このあたりがどうかな

と思うところで降り、海に向かって

ぶらぶら歩いた。Cimg8077 

結果的には大変興味のある場所の

近くで降りていた。

”Japanese American Historical Plaza”

移民してきた日系の人たちが造った

記念の場所だった。

第2次世界大戦前、このあたりには

多くの日系人が住んでいて”NIHON-MACHI”と呼ばれていたと書かれていた。

第2次世界大戦では、日系人は米軍兵士として参戦させられ、大変苦労した

ことが英語で書かれていた。このことはテレビのドラマでも観たことがある。

入り口には、苦労した日系の人たちの様子が描かれたモニュメントが建てられて

いた。

        Cimg8076_2    Cimg8074 

文字が刻まれた石碑が10個くらいあった。

日系人兵士のアメリカへの貢献が多大であったこと、その貢献は大いに評価される

べきであるとの趣旨のレーガン元大統領のメッセージが刻まれた石碑もあった。

Cimg8072 Cimg8069 

日系移民の方が書かれたものであろう、左の石碑が一番ジーンときた。

(クリックすると拡大)。日本語で書かれたものもあった。

Cimg8073 Cimg8071 

たまたま見つけた場所であったが、しばらく離れられなくて、じっくり見た。

地図を見るとチャイナタウンが近くにある。

お腹がすいたのでチャイナタウンCimg8079

まで歩いた。立ってた人に

『お勧めの店はないか』と聞くと、

あの店がいいと教えてくれた

店に入った。

酢豚とエビしゅうまいを食べたが

味はイマイチだった。

そろそろ夕方発のシアトル行きの電車の時刻が気になりはじめてきたので、

歩いてホテルに戻った。

バッグを受け取ったあと、歩いてアムトラックのポートランド駅まで。

Cimg8082 Cimg8083 

電車は始発駅だったこともあり、16時20分ぴったりに出発した。

2011年10月21日 (金)

西海岸列車旅(5)

オークランド駅での衝突事故処理が終わり、列車に戻れたのは夜中の2時。

興奮気味で結局3時間くらいしか寝られず目が覚めた。

衝突前に近くの席に乗っていた人はだいぶいなくなっていた。サンフランシスコ

近郊の人たちでバスに乗り換えたのだろう。

列車に残った近くの席の人たちとは同じ経験をしたことで、仲良くなった。

目が覚めて最初に思ったのは事故に遭遇したこと、それに無事であることを

小林くんに知らせなければ、と。

斜め前の席に座っていた息子さんと一緒に旅行中のナンシーに事情を話し、

彼女のケータイを借りることにした。

小林くんに電話で、『女房にメールして心配ない旨、伝えて欲しい』と頼んだ。

小林くんからのメールを見たカミサンは娘にも話したようで、翌日ホテルで見た

カミサンからのメールにこう↓書いてあった。

  『N子(娘)がフェイスブックで父親の乗った電車が、、、と書き込んだら

  カナダに住んでいるお友達から駅構内で40キロほどのスピードで

  衝突。十数人軽い怪我をした人がでたけれど、不幸中の幸いでしたね

  とすぐ書き込んでくれたそうです』

今や世界中はつながっているんだ、とあらためて思った。

ポートランドに着くのは夜中の2時ころになりそうなので、宿泊するホテル

(この日の宿はホステル)に前もって知らせておいて、開けてもらわないと

入れないと思い、これはナンシーに頼みホステルに電話してもらった。

隣の席のナンシーと同じ

オレゴンのユージンから来ていたCimg8046

女性のフィリスに『アムトラックが

ランチを乗客に配っているから

食べてきたら』と言われ、

食堂車に食べに行った。

食事のあと、ナンシーが

『電車が通っているこのあたりは

オレゴンの中でもきれいな渓谷が続くところなので、展望車に行かない』

と誘ってくれた。

Cimg8050 Cimg8048

ナンシーの息子さんは11歳との

ことだった。Cimg8051

もちろん何も聞かないし、彼女も

何も言わなかったが、里子として

引き取ったのであろう、インディアン

のとてもかわいい男の子だった。

夜はナンシー親子とフィリスと

ボクの4人で食堂車に食べに

行った。Cimg8057

あとは寝るだけなので軽く

食べようとのみんなの意見で、

鳥の料理をふたつ頼み

ナンシー親子、それにフィリスと

ボクでシェアした。フィリスが

『あなたはアメリカに来た

お客様だから、私がおごる』と言い、ご馳走になった。

列車事故の話が話題になった。ボクが『アムトラックは見舞金を出すだろうか?』

と聞いたら、『要求する人には出すだろうけど、何も言わなければ何もないだろう』

との答え。

事故は全米で広くテレビ、新聞でニュースに取り上げたとのこと。

ぶつかってきた列車に乗っていたCimg8054

乗客は8人だったそうだ。

この日見た夕陽もきれいだった。

ナンシーがユージン駅で降りる前、

周りの乗客6人くらいに自分の

パソコンにメールアドレスを書かせ、

『あとからみんなにメール送るね』

一昨日ナンシーからメールが届き、4人で食べた夕食の写真をつけて返信した。

ナンシーから返事が届いた。

"Wow. Already home. I hope you had a good trip. Would love to know the URL

for your blog. It was so nice to meet you. Nancy"

日本語のブログのURLを送っても、と思ったが、写真は見えるだろうと思いURLを

知らせた。

届いたメールによると、ナンシーは子供たちをインターネットから守る活動をしている

ようである。

ナンシー親子、フィリスは23時ころユージン駅で降りた。

デッキを降りて、3人を列車の外まで見送り、別れ際3人とハグした。

フィリスは降りるちょっと前、『主人が去年の11月に亡くなった。彼は画家で

エンジニアだった。ウエブサイトに彼の描いたたくさんの絵、それにユージンの

ことを書いてるので、ぜひ見て』と言われた。

帰ってサイトを検索したがエラーになった。暗い車中で思い出しながら書いて

いたので違っていたのだろう。彼女に『もう一度アドレスを教えて』とメールした。

ポートランド駅に着いたのは

夜中の2時前。Cimg8058

もともと電車の終点は

シアトルだったが、ポートランド

より先に行く人たちにはバスが

用意されていた。

予定より11時間遅れ32時間の

長旅は終わった。

駅前に停まっていたタクシーに乗り、この日の宿のホステル&ゲストハウスに

行った。ナンシーに電話してもらっていたおかげで、宿に着いたら入り口を

開けてくれた。

疲れで、何もしないでそのままぐっすり休んだ。

2011年10月20日 (木)

西海岸列車旅(4)

3日前、月曜日の夕方、無事横須賀の自宅に帰ってきた。

アリゾナで引いた風邪がいぜんとして治まらず、体調がよくなく、昨日はかかりつけ医に

行って薬をもらってきた。

話を長距離夜行電車に乗ったサリナスの駅に戻して。

電車は少々遅れて、19時過ぎにサリナス駅を出発した。

ここからポートランドまで21時間、長時間の夜行列車の旅がはじまった。

車掌が来て検札し、ポートランドまでの客という紙を頭上に貼っていった。

お腹がすいてきたが、ひとりで食堂車に行くのは気が引け、売店に行って

チーズバーガーとホットドッグとりんごを買ってきた。

Cimg8047 Cimg8028

乗って1時間半後の20時40分ころ、サンフランシスコ近くのオークランド駅に

停まっていたとき、ガシャという大きな衝撃音とともに、座席から飛び上がった。

何が起きたのかまったくわからない。アナウンスもない。ただ、しばらく経つと

アムトラックの人が『けがをした人はいないか』と言いながら列車の中を何度も

小走りに通っていった。これはただごとではないと察知。

周りの乗客は一斉にケータイ電話で家族や知り合いに連絡をとりはじめた。

『何が起きたかわからないが、オークランドの駅で停まっていたとき激しい衝撃が

あった。自分は無事なので心配しないように』と、みんな電話で相手に伝えていた。

ボクはケータイ電話がないので誰にも連絡のしようがない。また、アムトラックでは

WiFiが使えないので、パソコンのメールも送れない。

それより何が起きたのか、安全は守られるのかを、とにかく知りたかった。

車内アナウンスがあり、貴重品を持って電車を降りるようにとのこと。

一緒に降りた人たちに聞いても、このときは何が起こったか誰もわからず。

長い車列の前の方に歩いて行っていると、『前から別の電車が来て、正面衝突した

ようだ』とのこと。事が尋常でないことをはじめて認識。

『先頭車両まで行けば衝突した状況がわかるよ』と教えてくれる人がいて、先頭まで

行き、衝突した2列車を写真に撮った。

Cimg8034

ぶつかってきた電車が低速(40キロくらい)であったため、大きな事故に至らず幸い

だった。

駅の周辺は救急車、警察車両、報道関係の車でごったかえしていた。

Cimg8042 

200人くらいだったろうか、乗客は駅のロビーで長い間待たされた。

Cimg8043 Cimg8044

1時ころになり、ようやく動きがあった。乗客名簿が読み上げられ、何人で乗って

いるのか、目的地はどこかの確認がはじまった。当然ボクの名前も読み上げられ

『ひとりで、ポートランドまで』と答えた。となりの女性がケータイ端末で報道されて

いるネットニュースを見せてくれた。負傷者18人とのことだった。

乗客名簿確認のあとアムトラックの人が『サンフランシスコ近郊の人たちはバスで

送る。ポートランド、シアトルなど遠くへ行く人は、ぶつかってきた列車を切り離し、

この列車の点検をしたあと、何時になるかわからないが、ポートランドまで行く。

ポートランド以北の人はポートランド駅からバスで送る』とのアナウンスがあった。

自由に取れる食料品と飲料が

準備された。Cimg8045

夜中2時ころやっと電車に

戻れた。

みな疲労困憊。会話を

交わすこともなく、そのまま寝た。

結局ポートランドには11時間

遅れで着くことになる。

ポートランド到着までの車中の出来事は西海岸列車旅(5)で。

2011年10月16日 (日)

西海岸列車旅(3)

疲れていたためぐっすり寝て、目が覚めたら8時過ぎ。

左の写真がホテル。部屋より海が見えた。

Cimg8003 Cimg7999

パソコンのレスポンスが異常にCimg7996

遅いため、フロントに電話したら

『下に持ってきて、接続ノードを

替えてやってみて』と言われ、

フロントに行くと何人もがパソコンを

持ってきていた。

たしかに、イライラしないで使えた。

フロントで地図をもらい、見所の場所をマークしてもらい、バッグを預けて出かけた。

モントレーはカルフォルニアの最初の州都で古い町。スタインベックの愛した町

でもある。

昨夜のドライバーのおばちゃんに、この日ピックアップしてもらう時間は16時45分。

さて、昨夜教えてもらったピックアップしてもらう場所はどこだったろう。もっとちゃんと

確認すべきだったと後悔。

おばちゃんに連絡はできない。さあどうしよう。大きな町ではなさそうなので、

アムトラックのバス停を聞くことにした。たとえわかってもホテルに戻り、荷物を取って

バス停まで行かなければならない。

行きたかった水族館の前に、とにかく当面の問題を解決しないと、と落ち着かない。

18時半までに荷物を持ってサリナス駅に行き、ポートランド行きの電車に乗らないと

大変なことになる。

電車は一日に1本。最悪もう1日モントレーに泊まって、ゆっくりモントレーを見て

ポートランド行きは諦め、翌日の電車でシアトルに行くのかなぁ、それともサリナス駅

までの1時間の道をタクシーで行くのかなぁ、と思いはじめた。

先ず、やらなければならないことは、アムトラックのサリナス行きのバス停探し。

何人かに聞いたら、どうもバス停はふたつありそうだ。幸い大きな町ではなかったので

両方のバス停とも歩いて行けた。

ひとつはマリオットホテルの前。もうひとつは街中をたくさん走っていたMSTという

市営バス(?)のターミナルの一角。

Cimg8018 Cimg8019

バス停に掲示された時刻表を見ると、どちらも4時台はなく、夕方は7時台。

ネットでチケットを買ったあのおばちゃんのバスは特別便なのかな、と考えた。

さて、どちらのバス停で待てばいいのか、これは大きな賭けだ、と思えてきた。

マリオットホテルの前、MSTのターミナル、どちらもこの町に住んでる人であれば

すぐわかる場所のはず。どちらに停まるかわからないので、賭けはやめた方がいい

と自分で結論を出した。

MSTのターミナルで聞いたら、サリナス行きは15~30分間隔で出ているようで

おばちゃんはボクを探すことだろうから申し訳ないが、MSTのバスに乗って行く

ことを決めた。路線バスだからちょっと早めにバス停に来て乗って行くことにした。

これでやっと、モントレー観光をする気持ちの余裕ができた。

ただ、ダウンタウンから歩いて30分近くかかる水族館に行き、観て帰ってくる時間は

とてもない。

小林くんにあちこち連れて行ってもらった車のありがたさをしみじみ感じた。

ダウンタウンから近いフィッシャーマンズ・ワーフとそれに続く遊歩道を歩くことにした。

Cimg8008 Cimg8009

荷物をピックアップし、MSTのバス停まで歩き、4時過ぎのバスに乗り、もうこれで

とにかくサリナスまで行けるとホッとする。

着いたのはサリナスのバスターミナル。 ここからアムトラックの駅まで行かないと。

通りすがりの若い子に聞いたら、

アイフォンの地図で調べてくれたがCimg8025_2

方向違い。

他の人に聞いても、よくわからない。

最後に聞いた人がちゃんと教えてくれて、

やっと昨夜電車を降りて、おばちゃんの

バスに乗ったなじみの場所に着いた。

きっとあのおばちゃんのバスは来るCimg8026

だろうと思い、駅前で待っていた。

来た来た、今日はお客を乗せて。

ボクを見つけるやいなや、『どうしたの!

探したよ!どうやってここに来たの!』

とまくし立てた。

今日の出来事をおばちゃんに話した。

『バスのチケットのお金は10%の手数料を取られるけど、払い戻してくれるよ』と聞き

払い戻してもらった。

『ランチの割引クーポンを渡した店でクラムチャウダーは食べた?』

『とても余裕がなくて食べてない』と答えた。『水族館にも行けなかったの。残念

だったね、全てが』と。

また言われた。『もう一回モントレーに来るべき。奥さんを連れて余裕を持った

スケジュールで』

丁重にお礼を言ったあと、おばちゃんはバスに戻った。

19時過ぎ、電車は少々遅れて到着。

ここからポートランドまで21時間、長時間の夜行列車の旅がはじまった。

ただ、乗って1時間半後に電車に大きなトラブルが起きた。

明朝帰国のため、この先は帰国したあと書きます。

西海岸列車旅(2)

列車は予定より25分遅れで、ロスから9時間弱、19時過ぎにサリナスに着いた。

電車で一緒だったルースはひと駅先のサンノゼまでなので、サリナスで下車する際に

別れた。

この日の目的地モントレーまではサリナスからバスで1時間。バスがどこに停まって

いるかわからず、少々心配したが、無事見つかった。

Cimg7987 Cimg7985

ドライバーのおばちゃんが待っていてくれた。結局、お客はボクひとり。

1時間の道中、この陽気なおばちゃんとおしゃべり。彼女の話を聞いていて

インテリを感じる人だった。 

これまでの旅程を彼女に話した。

『奥さんを連れてくるべきだった。ここモントリーはすばらしいとこだよ。それにたった

1泊はもったいない』

モントレーの街中に入ってからホテルに着くまで、暗い中『今日は朝7時から仕事

していて、これで終わりだから』と言いながら、モントレーで一番の観光スポットの

水族館→フィッシャーマンズ・ワーフ→ダウンタウン→スタインベックの小説

怒りの葡萄」の舞台になった場所(これは小林くんから聞いていた)→明日サリナスに

行くときピックアップする場所を通り、8時過ぎ、ホテルに連れて行ってくれた。

暗い中だったこともあり、”明日サリナスに行くときピックアップする場所”が翌日

わからず、大変困った。

チェックインするとパンやお菓子が Cimg7988

いっぱい入ったカゴを渡された。

『どれか欲しいものを選ぶの?』と

聞いたら『全部持って行っていいよ』

朝食に食べた。ただ、こういう感じの

食べ物が電車からずっと続き

ちょっと食傷気味だった。

着いたころを見計らって、小林くんが無事到着を確認するために電話をくれた。

ネットでアムトラックの時間を見てくれていて、25分遅れたことも知っていた。

このあと毎日のように、ホテルに着いたタイミングを見計らって、小林くんは

無事到着を確認する電話をくれた。

日本で使っているケータイがアメリカで使えるかどうか、出発前にソフトバンクで

確認したら、使えるということで安心していたが、来たら使えないことが判明。

ひとり旅になってから、小林くんに迷惑をかけたことはもちろんのこと、ケータイが

使えないことで大変困った。

ホテルにはWiFiがあり、パソコンは使えたが、長旅の疲れと風邪気味で、咳が

止まらず、この夜は早めに寝た。

2011年10月15日 (土)

西海岸列車旅(1)

列車旅に出発する朝、5時半ころ目が覚めた。

起きたら小林くんが朝食を作ってくれていた。

食事をすませ、7時1分発のロスアンゼルス行きの電車に乗るため、最寄の駅

オーシャンサイドまで送ってもらった。いよいよひとり旅のはじまり。

アリゾナの後半から風邪気味で咳が止まらない。奥さんのキャサリンが水にとける

咳止め薬を作ってコーヒーと一緒に持たせてくれた。

Cimg7948 Cimg7949  

駅には改札がない。検札でチェックするのだから、改札は不要ということだろう。

余分な人間や機械が必要なく、合理的である。車内がぎゅうぎゅう詰めの東京では

所詮はムリだが。

Cimg7952 Cimg7955 

駅にはアムトラックのチケットのスキャナーがあった。

左はネットで予約したとき送られてきたバーコード付きのイーチケット。これを右の

スキャナーで読ませればチケットが出てくる。省力化のため日本でも採り入れては

どうだろうと思った。

  Cimg7977   Cimg7951_2

Cimg7956 Cimg7957 

ロスまでの途中アナハイムに停まった。

アナハイムが本拠地のエンジェルスの Cimg7960 

スタジアムが駅の前にあった。

アナハイムにはディズニーランドがある。

前の座席のおばさんに聞いたら、駅前

からディズニーランドにシャトルバスが

出ていると教えてくれた。

孫たちと一緒にロスまで飛行機で来て

ロスからアムトラックでふたつ目のアナハイムで降りれば手軽にディズニーランドに

行けると思った。

アナハイムで隣の席に乗ってきた女子学生は1週間前にウクライナからアメリカに

来て、アナハイム大学のMBAに入学したとのこと。

彼女はロスまでバスと電車を乗り継いでソーシャルセキュリティ番号を取りにいく

ところだと言っていた。

『英語が大変で番号をもらったあと、夕方6時の授業に間に合うように帰らないと

ダメ。行くときのバスと電車の時間は学校で調べて教えてもらったが、番号を

取るのにどれくらい時間がかかるかわからないので、帰りのバス電車の時間は

自分で調べなければ』と心配そうに話していた。話を聞いてうまく行くようにと願った。

ロスには9時前に着いた。座席の予約をする場所を聞いてロビーまで行った。

予約をしたあと、下車駅のサリナスまでは8時間の旅なので、売店で2回分の

食料を買い込んだ。おにぎりや草大福まであった。

Cimg7963 Cimg7968 

乗るコースト・スターライトは1日1本

しかないので、乗り遅れないよう、Cimg7965 

電車の時刻が表示してある場所に

座って待った。

たまたま隣に座った女性が同じ電車に

乗ってボクの降りるサりナスのひとつ先の

サンノゼ行くということで、切符を見たら

同じ車両。何かといろいろ教えて

もらえるので、これ幸いと一緒に乗った。ロス発は10時20分。

一緒に乗ったルースと話してCimg7984

いたらいろいろ共通点があった。

親戚家族が沖縄に住んでいること、

サンノゼに住んでいたとき

富士通が買収したアムダールに

勤めていたこと、小林くんがMBAを

取って、いま娘さんが通っている

ミシガン大学の卒業生で、自分の娘さんもミシガン大学に行く予定など。

ルースは道中ずっと編み物をしていた。知り合いの孫へのプレゼントだと

話していた。8時間後別れるときにはかなり出来上がっていた。

アムトラックではWiFiが使えなかったため、メールチェックほか何もできなかった。

パソコンは使えなかったが、ルースとおしゃべりしていたし、しばらくぐっすり寝たし、

持ってきた本を読んでいて、退屈はしなかった。

席はすいていた。フルリクライニングで足を乗せることができ、乗ったことはないが

飛行機のファーストクラスの余裕があるのでは。乗るとすぐ車掌が検札にきて

降りる駅のサリナスの略号を頭上につけた。

Cimg7969 Cimg7970 

小林くんから『最初はずっと海岸線を走るので左側に席を取った方がいい』

と言われていて、左側の席を予約した。

出発して3時間くらいはずっと海の景色を楽しんだ。

海岸沿いに多くのキャンピングが見えた。後半はずっと内陸を走った。

Cimg7975 Cimg7974_2 

サリナスには30分遅れで、7時過ぎに着いた。

8時間乗って30分の遅れは悪くないと一緒に降りた人が話していた。

やはり日本人とは感覚が違う。

2011年10月12日 (水)

アリゾナからカルフォルニアへ

昨日10日、6泊したアリゾナからカルフォルニアのカールスバッドの小林くんの家に

戻ってきた。

朝晩ホテルのエレベーターの中でCimg7905 

見たふたりの女の子の写真。

タイトルは”the path less traveled”、

”近道”という感じ。

とてもいい雰囲気で、見るたびに

姉孫と妹孫を思い出した。

ホテルをチェックアウトし、

空港に行く途中、小林くんが用事があるといい、アリゾナ大学に寄った。

ツーソン空港には出発の2時間くらい前に着いた。WiFiが使えなくメールチェックが

できないため、カミサンと娘宅に絵葉書を書いた。

12時半ツーソンを発った便は、1時間でサンディエゴに到着。

飛行場には奥さんのキャサリンが迎えにきてくれた。

小林宅に着いたら、3匹の犬、

インディゴとフライヤー、それにCimg7947 

柴犬のサツキが出迎えてくれた。

しばらく休んでいたら、小林くんが

ラーメンを作ってくれた。

夜はキャサリンがチキンカツを

作ってくれて、ふたりの娘さんも

交え、旅の話で盛り上がった。

Cimg7940 Cimg7941 

食事が終わったあと、ツーソンのブログをふたつ書いた。

そのあと翌日の出発が早いので荷物をまとめた。

姉孫の7歳の誕生日が10月23日なので、今回は誕生日祝いをいろいろ買った。

ツーソンでは小林くんに教えて

もらった”ドリームキャッチャー”をCimg7945_2 

姉孫、妹孫にひとつづつ買った。

ドリームキャッチャーを窓にぶら下げて

寝るとドリームキャッチャーが悪い夢を

入ってこないようにしてくれて、いい夢

だけをみるという、とてもロマンを

感じさせるもの。話を聞いて孫たちに

どうしても買って帰りたかった。

これ以外に買った孫たちへのお土産と誕生日祝いは、40%セールをやっていた

子供服のジンボリーのシャツと誕生日カード、それに”ハッピーバースデイ”の音の

出るキャンドル。

Cimg7946 Cimg7944 

翌日は朝7時1分の電車。

早く寝ないとと思いつつ、寝たのは0時半を回っていた。

2011年10月11日 (火)

アリゾナ6日目

ツーソン3日目は小林くんのビジネスパートナーのJPが朝ホテルに来てくれ、一日

付き合ってくれた。Cimg7877

先ず、朝一番でツーソン市内から

30分くらいのインディアン居住区にある

教会のミッション(礼拝)に参加した。

JPから『この時間だけカトリック信者に

なれ』と笑いながら言われた。

讃美歌の流れる中、たくさんの人たちとCimg7881

一緒に祈りを捧げ、にわか信者に。

教会のあとは、ミサイル・ミュージアム

に行った。

ミュージアムの前には、この地方で

多く産出される銅の原石と鳥が穴を開け

住みついたサボテンがあった。

Cimg7882 Cimg7884 

ミサイル・ミュージアムは冷戦時代の遺物である大陸間弾道弾ICBM”タイタンⅡ”が

展示されたミュージアム。かつて全米54ヶ所にあった”タイタンⅡ”ミサイルはすべて

非活性化され、1987年、最後に残ったツーソンのミサイルも非活性化されて、

ミュージアムとして遺された。

下は、今や遺物となったタイタンⅡ大陸間弾道ミサイル。

左は地上から、右は地下35メートルにあるコントロールセンターの近くから。

  

   Cimg7888   Cimg7896 

コントロールセンターで説明が

あったが、難しすぎて、英語にCimg7892 

ついていけなかった。 

一触即発の危機を何度も乗り越え

今日、遺物として展示されている。

ミサイル・ミュージアムのあとは、

メキシコとの国境まで5キロの

場所にあるスペインレストランで昼食。

眺めのよいレストランで3人で歓談しながら楽しく食事をした。

Cimg7901 Cimg7902 

食事のあとは一度ホテルに戻り、2時間近くかけて、この日のメインイベントの

キットピーク天文台へ。

日暮れ前の5時半に着いて、説明を聞き、配られた弁当を食べた。参加者は

40人くらい。

Cimg7917 Cimg7920 

日没前、グループに分かれ説明員のCimg7919

女性から話を聞いた。

写真を撮ることが許されるのは

陽が沈むまで。

完全な日没は7時前だった。

2000メートルを超える高度

なので、どんどん寒くなっていく。

Cimg7924 Cimg7932 

反対側の空には淡い色のピンクとブルーの帯ができてきた。説明があったが理解

できなかった。

Cimg7934

大きな望遠鏡が設置され、みんなで順番に金星と月を観た。

日没後は双眼鏡で天体を観ながら説明があったが、ついていけなかった。

そのあと大きな望遠鏡を設置して、銀河系や金星や月を観た。

すべて終わっのは10時前。

1時間半かけて、JPにホテルまで送ってもらい、長い一日が終わった。

アリゾナ5日目

時差はもう大丈夫のはずだが、眠るペースがいぜん乱れていて、疲れがたまり気味。

ツーソン2日目の朝はゆっくりホテルで朝食を食べ、航空博物館に行った。

館内に入ろうとすると、年配の男性がCimg7872_2

『自分は会員なので無料で入れる。会員の

特典で一緒に入る人ひとりが無料になる

チケットがあるので、使って』と言われ

無料チケットを一枚いただいた。

いろいろ立ち話をしていたら『自分は

退役軍人で横須賀にもいたことがある』 Cimg7849

とのことで、話が盛り上がった。

館内に入ると、入り口の案内係も退役

軍人の人たちだった。ここのひとりも

横須賀にいたことがあると言っていた。

世界地図とアメリカ地図が貼って

あって、どこから来たか各自にピンで

マークさせる。『日本から来たお客は今月初めてだ』と言って、迎えてくれた。

館内ならびに外の広場にはいずれも、大変な数の航空機が展示されていた。

館内はほとんどが戦争で使われた航空機。

小林くんは信じられないくらい知識が豊富で、ひとつひとつにコメントしてくれた。

Cimg7850 Cimg7856 

右のロッキードのブラックバードというCimg7854

大きな黒い飛行機はすごかった。

1990年には、ロスアンゼルスと

ワシントンの間を1時間4分、

音速の3倍で飛んだと説明に

書かれていた。

ベトナム戦争を経験したという

退役軍人の方から受けた説明も、英語のわからないところが多かったが面白かった。

その人の話では、下の戦闘機は第二次世界大戦でドイツを相手にしたヨーロッパ戦線で

使われた戦闘機。17~20歳の若い兵士がいかに戦ったかを力を込めて説明してくれ、

ぜひ写真を撮っていけと言われた。機体の横と前方には連射できる銃が装備されている。

Cimg7861 Cimg7863

17機が出撃したが、メッサーシュミットにやられて1機しか生還しなかったときもあった

とのことだった。果敢に戦った若者が散っていったことを来場者に話すことにより、

戦争の愚かさを伝えていくことが、語り部である自分たち退役軍人の務めであるとの

思いが伝わってきた。

屋外の広場には、大統領専用機エアーフォースワンが何機か展示してあった。

下のエアーフォースワンはケネディとジョンソンの使っていたもの。

Cimg7860 Cimg7859

最後にどうしても観たい戦闘機があり

所在を聞いて観に行った。Cimg7866

それは米軍が日本攻撃のために

作った爆撃機、B29。

機体は思っていたより大きかった。

広島、長崎に原爆を投下したのも

B29。広島に投下したB29は

エノラ・ゲイの名前でよく知られている。

小林くんの話では、広島には3機のB29が飛来し、そのうちの1機がエノラ・ゲイで、

エノラ・ゲイはスミソニア博物館に展示されているとのこと。

広島に投下した原爆LITTLE BOYと長崎に投下したFAT MANが展示されていた。

Cimg7870 Cimg7871

3時間以上航空博物館にいたあと、サボテンが群生する展望台に連れて行って

もらった。残念ながら、写真では山肌に群生している様子がわかない。

Cimg7873 

このあと疲れてホテル戻り昼寝した。

この日は小林くんがよく利用している大衆メキシコ料理屋2軒に、昼も夜も連れて

行ってもらった。残念ながら料理の写真を撮るのを忘れた。

2011年10月 9日 (日)

アリゾナ4日目

一泊したホピのカルチャーセンター内の宿泊施設をチェックアウトしたのは8時過ぎ。

5分くらい走ったところで車のパンクに気づく。路肩に車を停め、見たら左後輪に

1センチくらいの擦過傷が2ヶ所あった。

この車はフラッグスタッフのハーツでCimg7831

借りたときから、おかしかった。

タイヤの空気圧不足の警告灯が

ついていて、ガソリンも満タンになって

いなく、車中も汚れていて、明らかに

メンテナンス不良を感じ、小林くんが

車の交換を要求した。

対応したハーツの男はタイヤにエアーは入れてくれたものの、車の交換は拒んだ。

そもそも因縁つきの車だった。

自分でスペアータイヤと交換したら、後で何かあったときに問題になる、との小林くん

の判断で、日本のJAFにあたるAAAに電話した。結局AAAが来たのは3時間後の

11時半ころ。

現場はほとんど車の通らない国道であったが、大変ラッキーなことに、道路の奥に

ケータイショップ(写真右)があった。まさに天啓の思い。

Cimg7834 Cimg7832

ショップにいたホピの女性に温かく

対応してもらった。朝食を食べてないとCimg7838_2

言うと、近くのホピの村のスーパーに

車で連れて行ってくれ、弁当を買って

食べることができた。

許可を得て、写真を撮らせてもらった。

ホピの村の入り口には立て看板があり、

村長名で『写真撮影・スケッチ・録音一切Cimg7842

禁止、ホピ族に敬意を払うこと』と書かれて

いた。

前日行ったホピの村のガイドの女性が

話していた。『かつて白人が勝手に

写真を撮り、間違った表現とともに

それを本にして発刊した。

以来、ホピの村では写真撮影を

一切禁止し、自分たちを守ることに

腐心している』

時間はかかったものの、来てくれたAAAの男性はていねいに対応してくれた。

タイヤ交換作業が終わったあと、助けてもらったケータイショップの女性にお礼の

挨拶に行き『もし1キロ先でパンクに気がついていたら、持っているケータイの電波も

途切れ途切れしかつながらない中、どうなっていたかわからない』と、心からお礼の

ことばを述べた。

それとともに、小林くんと話し、夕方車をハーツに返すとき、メンテ不十分で

安全でない車を貸したことを主張し、既に払った3日間のレンタル料を返還する

よう交渉することにした。

もともと、この日は北アリゾナの北方にある有名な岩場地帯のアンテローぺに行く

予定で楽しみにしていたが、パンクで時間をロスし、旅は叶わなくなった。

やむをえず、夕方の飛行機に乗るため、そのままフラッグスタッフに戻ることにした。

ハーツと交渉するためには、先ず前日に泥まみれになった車を洗車しなければ

ならず、フラッグスタッフで先ずカーウォッシュショップを探し洗車したあと、空港に

あるハーツの事務所に行った。

店舗マネジャーを呼んでもらい、小林くんが極めて論理的に説明し、交渉したが、

結果は、契約書に書かれていることをたてに反論され、タイヤ専門店にタイヤを

見せて、今後のメンテの参考にすることを約すにとどまり、それ以上は攻め切れ

なかった。

そのあと、来たときと同じ40人乗りの飛行機に乗り、フラッグスタッフからフェニックス

まで戻った。

3日前、フェニックスからフラグスタッフまで乗ったフライトはフェニックスで1時間半

遅れた。帰りはフェニックス発18時46分の便で次の目的地、ツーソンに行く予定で

あったが、この便も遅れた。先ず19時15分出発予定とアナウンスがあり、そのあと

19時30分に延び、次のアナウンスは20時。お客はもちろんイライラし入れ替わり

立ち代り、フロントの女性に食い下がるものの彼女ではもちろんどうしようもできない。

このような状況を何度も経験している小林くんは彼が習得しているノウハウを使って

20時発の別のフライトに乗ることができた。

ツーソンに着いて遅延を繰り返した便の到着予定を見ると、その便はキャンセルに

なっていた。小林くん曰く『乗れなかったお客はフェニックスからツーソンまで航空

会社の手配したバスで移動しただろう』

行きも帰りも遅延した原因は、機体のチェック、確認のためとたびたびアナウンスが

あった。

たまたま乗ろうとした2便の遅れを経験し、信じられないくらいの数のフライトが

全米で分刻みに飛んでいる中、事故が起きなければいいがと、思ってしまった。

アリゾナ3日目

この日はホテルを出て、アメリカンインディアンのホピの集落へ。

アメリカ合衆国のひとつがアリゾナ州、その中に”ナバホ国”、その一部が”ホピ国”

という位置づけ。アメリカにはナバホ族やホピ族のような部族が300以上いるそうだ。

カーナビに従い進んでいたら、途中大変な泥道に遭遇。悪戦苦闘しながら進むが、

前進が難しい状況になり停まっていたら、やはり泥まみれの対向車に出合う。聞けば

『もうこの先は行かないで引き返した方がいい』とのアドバイスで、やっとの思いで

進んできた悪路を引き返す。何とか脱輪、路肩への滑り落ちすることなく舗装道まで

引き返した。

Cimg7798 Cimg7801 

そのあと一路、ホピ村へ。結局、ホピ村見学のため頼んでいたガイドに30分以上

待ってもらうことになった。先ず、

小林くんが希望するタイプのホピ人形を Cimg7822_2 

探したいということで、ガイドの女性に

3軒の家を案内してもらう。

ホピ族の人たちの英語は誰も完璧。

3軒回り、右の人形を購入。

カチーナと呼ばれる道祖神。

このあとガイドは車でホピの集落を

案内してくれた。

アリゾナ以外でも同じなのだろうが、日本では見られない雲。聞いてみると、1年中

同じ感じとのこと。道中、雲の形、動きを楽しんだ。

Cimg7805

ガイドさんの話では、3000年から500年くらい昔の話ということだから幅が広いが、

この場所↓は遠方から種族が集まってきて祭儀や交易をした場所とのこと。

Cimg7814

岩場には象形文字があちこちに描かれていた。岩場の高いところにもあり、どのように

描いたのか不思議。

Cimg7816

Cimg7819

この夜はホテルでホピ料理を味わった。

Cimg7825 Cimg7826   

2011年10月 6日 (木)

アリゾナ2日目

小林くんから予定変更の申し出があり、午前中、フラッグスタッフから北東130キロ

くらいの"Four Corners"へ行くことにした。

"Four Corners"は全米唯一の4つの州が交わっているポイント(アリゾナ、コロラド、

ユタ、ニューメキシコ)。どういう感じの場所なのかワクワクしながら行った。

途中、宿泊するカエンタで小休止。

ここで小林くんから面白い話をいろいろ聞いた。

北部アリゾナではふたつのアメリカインディアンの部族が勢力を持ち、それぞれの

部族、ナバホとホピは、言わば自分たちの”国”を持っている。

小休止した場所の前を走っている国道をはさんで向こう側はナバホ族のテリトリー、

こちらはホピ族のテリトリー。ビジネスに長けているナバホ族の方が圧倒的に裕福。

ナバホには税金があるが、ホピは無税。道の両脇にあるガソリンスタンドの料金は

違うし、建っている家もかなり違う。

泊まるホテルの前にはナバホのミュージアムや家が展示されていた。

Cimg7773 Cimg7771 

さて、"Four Corners"

次から次に、"Four Corners"には見物の観光客が来る。みんなさまざまな格好を

して、このポイントに来た記念に写真を撮っていく。

Cimg7775 Cimg7784 

ナバホの人たちが"Four Corners"の回りで彼らの作品を売っていた。

Cimg7785 Cimg7782 

"Four Corners"のあと、80キロほど南にあるモニュメントバレーへ。

途中、赤茶けた道を一路走った。

太古の時代は海の中だったところで、それが隆起し、侵食を繰り返し、今に至って

いるとのこと。

それを物語る色の違う断層が巨大な岩山に幾重にも残ってる独特のすばらしさと

すごさに感激。

ただ、モニュメントバレーはこんなものではなかった。

その巨大さを下を走っている車の大きさと比べて欲しい。

見ていて、ついつい人間の営みがいかに小さなものかを考えてしまった。

Cimg7791

モニュメントバレーは日の出と夕日がすばらしいと聞いていた。

今の時期、夕暮れは19時、晴れて雲がなければ、夕日が見えると聞き、しばらく

待ったが、どうも雲はなくなりそうになかったので、諦めるホテルに戻った。

Cimg7795_3 

2011年10月 5日 (水)

カルフォルニアからアリゾナへ

今回の旅行は珍しくカミサンが話に乗ってこなかった。途中経過は話していたものの、

『小林さんとあなたで作っている計画だし、2週間英語の中での生活はイヤ』が彼女の

言い分。そのことを小林くんに話したら、彼は奥さんのキャサリンに話し、キャサリンの

意見は『Hisakoの言ってることは、よくわかる。だったらあなた(小林くん)とTak(ボク)で

行ったら。ふたりの"BUCKET LIST"を作って』ということで、ボクのひとり旅が決まった。

"BUCKET LIST"は米国映画のタイトル。邦題は「最高の人生の見つけ方」

内容は『大金持ちの実業家と実直な自動車整備工・・・ 病室が同じふたりのたった

ひとつの共通点は・・・ 余命6ヶ月』

原題の”The BUCKET LIST”は棺桶に入る前にしておきたい”夢”を書いたリストとの意。

3年半くらい前に観たが、着想がいかにもアメリカ人らしく、楽しめる映画だった。

キャサリンのアドバイスに従い、小林くんが作ってくれたアリゾナ周遊計画は、まさに

我々の"BUCKET LIST"

今朝、キャサリンにサンディエゴ空港まで車で送ってもらい、我々の6泊7日の

"BUCKET LIST"の旅がはじまったCimg7756

途中フェニックスで乗り継いで、

北アリゾナのフラッグスタッフへ。

飛行機は40人乗りくらいの小さな

かわいいプロペラ機。

フェニックスでフラッグスタッフ行きの

便が1時間半遅れ、フラッグスタッフに

着いたのは6時前。

フェニクッス空港ではWiFiが使え、パソコンでメールチェック。

空港でパソコンを使っている人はほとんどいない。スマートフォンを使っている人が

日本より多いようで、パソコンを使わなくても用が足るのだろう。

フラッグスタッフ空港でレンタカーを借りて、そのままバーベキューに招待されている

Mさん宅へ。Mさんは35年前オーストラリアに駐在していたとき一緒に仕事をした

元大手商社の方。

要職にあったものの、60歳で潔く職を辞して、奥さんと一緒に住むことを決めて購入

していたフラッグスタッフの広い土地に立派な家を建て、ボランティアなど地元社会に

貢献されている。

Mさんが美味しいステーキを焼いて、奥さんの手料理でもてなしていただいた。

Cimg7759_2 Cimg7762 

一緒に参加する予定だったお嬢さん一家が都合で参加できず、久しぶりに会えると

期待していたお嬢さんに会えず、残念だった。

オーストラリア時代の話、さまざまな日米の違い、大震災への思い、明日からの

旅行のアドバイス・・・、いろいろな話題で、4人で9時過ぎまで盛り上がった。

そのあとホテルにチェックインし、アリゾナの初日が終わった。

2011年10月 4日 (火)

カルフォルニア初日

羽田空港国際線ターミナルからの出発は成田に比べ、特に京浜急行線沿線の我が家

からは楽だった。ターミナル駅で降りて改札を出てエレベーターに乗れば空港のロビー。

ただ、現在羽田から発つ便は早朝か深夜のみ。出発が0時、ロスアンゼルス着18時。

2時間半待ってサンディエゴ行きに乗り、50分でサンディエゴへ。

空港で小林くんに出迎えてもらい、カールスバッドのお宅に着いたら22時半。

羽田発の便が大体いつも寝て起きる時間だったため、ぐっすり6時間近く寝た。

これも深夜便のメリット。

今朝は6時ころまで寝て、いつもほど時差ボケを感じなかった。

朝食は小林くんが用意してくれたごはんに塩サケ、納豆と海苔。これで一層落ち着いた。

奥さんのキャサリンに会うのは4年ぶり。お宅を訪ねるのは、今回が2度目。

7時過ぎ、17歳と14歳のお嬢さんたちは車で近くの高校へ。

家の中を3匹の犬とネコ1匹がゆったりと歩き回っている。

いかにも南カルフォルニアという感じの陽気。一日短パンで過ごせた。

ひと心地ついて、近所を30分ほどぶらぶら散歩。周りは瀟洒な住宅街。

22年前に建てたという小林宅。正面と側面から。

Cimg7731 

Cimg7737 

小林くんに庭を案内してもらった。池をふたつ造り、ひとつの池は入浴しながら見える。

池以外、室内に太陽光を採り入れるため天窓を造ったり、あちこち自分で改造を

加えている。『部材を買って、店で作り方を聞けば自分でできる』とのことだが、

ボクにはとてもムリ。

Cimg7738 

Cimg7739 

お世話になっている借りている部屋はCimg7743

小林くんがMBAを取ったミシガン大学に

いっている長女の部屋。

部屋の壁はMICHIGAN一色。

この部屋で持ってきたパソコンを

使い、寝起きしている。

午後、小林くんに付き合ってもらい

今月7歳の誕生日を迎える姉孫のために誕生祝いをいろいろ買ってきた。

誕生日カード、スーパーでプレゼント、アウトレットでディスカウントの洋服。

夕方一緒に高校に子供たちを迎えに行き、夜はキャサリンがラザニア風の

メキシコ料理を作ってくれた。

Cimg7752 Cimg7753

2011年10月 2日 (日)

アメリカ旅行

今夜0時5分発の便で、2週間アメリカへ。

羽田から出るANA便、成田に行く面倒さがないので深夜便ではあるがこの便にした。

カミサンを誘ったが、今回は行かないということで、ひとり旅。

行き先はアリゾナ周遊と西海岸の列車旅。

今回の旅行は、カルフォルニアに住む昔の職場仲間の小林くんが計画してくれた。

小林くんは、ミシガン大学でMBAを取得し、奥さんのキャサリンと結婚。

3人のお嬢さんに恵まれ、アメリカの市民権を取り、南カルフォルニアのカールス

バッドに居を構え、日米の企業の技術橋渡しを行うコンサルタント活動をしている。

2週間くらい前、キャサリンからWish listのタイトルで希望するお土産リストが届いた。

green tea powder and leaf tea  これは粉茶と茶葉だとすぐわかった。

rice toppings...plum, etc  何だろうと思い、カミサンに聞いてみた。

カミサンの意見は、『ゆかりのふりかけじゃないの』 うん、そんな気がする。

スーパーに行って、とにかく手当たり次第に日本食材を買った。

Wish listには、Aloewood incense (伽羅大観)も書いてあった。

これはすぐわかった。キャサリンの好きなお香だと。ただ調達するのに手間取った。

小林くんの家に2泊したあと、彼と一緒にアリゾナを5泊かけて周遊。

35年前オーストラリアに駐在していたとき一緒に仕事をしたMさんがアリゾナに

住んでいて、メールを送ったら『ぜひ寄ってよ。ちょうど娘家族も来ている日なので

みんなでバーベキューしよう』ということで、お邪魔することになった。

Mさんの奥さんもアメリカ人で、彼女に会うのは数10年ぶり。

後半はひとりで、途中3ヶ所に泊まりながら西海岸をシアトルまで列車で旅する。

列車とホテルはネットで予約した。列車の全乗車時間を計算してみると、約38時間。

最長はサリナスとポートランド間の21時間。

これだけ長い時間を乗るのに、料金は15%のシニア割り引きとはいえ、トータルで

2万円弱と考えられないくらい安い。

旅程の原案は、小林くんが時間をかけて作ってくれた。

何度もスカイプで電話会議しながら、旅程は徐々に固まっていった。

エキサイティングな旅になりそうだ。

2011年10月 1日 (土)

「おひさま」が終わった

NHKの朝の連続テレビ小説は超長寿番組。

現役時代は縁のなかった時間帯の番組のため、もちろん観たことはなかった。

04年、定年直後、会社からどうしてもと頼まれ、JICA(国際協力機構)の仕事で

2ヶ月間行ったカンボジャのホテルで観たのが、連続テレビ小説との付き合いの

はじまりだった。「わかば」という作品であった。

どの作品も半年間、月~土曜日の朝放映される15分番組。

定年して7年間で放映されたのは14作。うち面白くなくてほとんど観なかったものが

2作ある。ということは、これまで12作観たことになる。

今朝で終わった「おひさま」はこれまで観た12作の中で、ボクの評価はベスト。

「おひさま」の前の「てっぱん」、その前の「ゲゲゲの女房」も楽しめたが、

「おひさま」はそれ以上だった。

週に1回新聞に掲載されるビデオリサーチの視聴率のポイントも高かった。

後半はずっと20%を超えていた。

連続テレビ小説の大半は家族愛、家族のつながり、家族の大切さが中心に描かれる。

「おひさま」の家族の描き方は秀逸だった。

戦時中、終戦後の家族の様子、家族模様をかなりの時間を割いて描き、描写の仕方、

目線に好感が持てた。

連続テレビ小説は、どの作品も演じる人たちがとにかく上手い。

「おひさま」のヒロインの井上真央もとても好演だった。初めて知った役者だったが、

いやみがなく、素に近い雰囲気で演じている女優ではないかと思った。

ドラマの舞台となった安曇野にはぜひ行ってみたい。

来週月曜日からは次作、「カーネーション」がはじまる。

6ヶ月間楽しめる作品であって欲しい。

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