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2011年3月

2011年3月19日 (土)

お知らせ

2週間ほどブログを休みます。

大激震(その10)

大震災を受けて、外国人が続々と日本を脱出している。脱出用の臨時便を飛ばす

国もあれば、仙台から新潟までバスをチャーターして、新潟港から国外に退避させる

など、様々な手段を講じている。

ボクのところにも海外の仲間から、心配してくれるメール、日本の再起を願うメールが

何通も届いた。

以下、その一部を紹介。英語なので面倒な人は読み飛ばしてください。

先ず届いたのは、概ね以下のような消息を心配するメール。

Hope the earthquake and Tsunami did not affect you ,your family and friends.
Looking at the pictures in TV makes us feel sad and worried about the fate of people.
Please convey my best wishes to your family. 

             ----------------------------------------------

この震災を機に、日本には再起を期して欲しい。

・・・ I think that the current tragedy is to play the role of a positive stimulus in
awakening the giant that has been sleeping drunk with its own success too
much.

I am sure that the Japanese people will rise from the current calamities and
rebuild into an even better Japan.

             ----------------------------------------------

オーストラリアからは、最近クインズランドで起きた水害の惨事に対し、州の首相が

語ったメッセージが届いた。

When we had the floods in Queensland recently, the lady premier of Queensland
said something that lifted the spirit of the people. She said:
"Although the floods are breaking our hearts now.... it WILL NOT BREAK OUR
SPIRIT"

2011年3月18日 (金)

大激震(その9)

テレビで地震の辛い、悲しいニュースを観ながら、何度泣いたことか。

昨夜、知り合いから届いたメール↓にも泣かされた。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

ゴハンやらお菓子やらインターネットやら、ほんとうに申し訳ない一日を過ごしました。

通勤の人達が、これまでより早く電車に乗り帰宅する、とニュースで言ってました。

家族、暖かい家庭が何より大切だと、皆さん気がついたのでしょうか。

スタンドもガソリンが売切れ状態ということなので、車ケチって、あまり乗らなくなった

のでは。工場の操業が抑えられて、上空が以前よりきれいになってる、とも。

64年ぶりの国難、ということですが、東北の皆さんが犠牲になったこの未曾有の

出来事で、ことに東日本の人達の心が洗われたのでは。。ピリッと絞まったというか。

きのうは、8歳の息子さんを助けられなくて亡くされたヤングママが、順番待ちで

火葬して、お坊さんも呼べない、成仏できるのかなぁと言ってた姿には、泣かされ

ました。役所に行って、死亡届けを書いておられて。

後からの悲しみが、辛いだろうなと、ほんとうに胸が痛みます。

別のニュースでは、避難所を歩き回り、消息不明の家族を探している方が出ました。

「避難所回りはもう疲れました。遺体の安置された場所に行く以外、探す道はない

のでしょうか」と言われていました。

きょうの自衛隊のヘリコプターからの水まきは、感動的でした。

放射能が強くでてる恐怖と闘って、決死の作業ですね。

みずから志願したのでしょうか。

成果がでるといいです。

2011年3月17日 (木)

大激震(その8)

「買いだめ」が問題になっている。スーパーに行っても棚はガラガラ。

『自衛しなければ』、『人がやっているのであれば、自分も』との心理は解らない

わけではない。

ただ、海外で大災害が起きるたびにニュースになる略奪行為が日本ではまったく

起きないし、便乗値上げの話も聞かない、と思っていたら、ネットで『米国人には

理解不能、大地震でも治安が揺るがない日本』というニュースを見つけた。

まさにわが意を得たりとの思いで読んだ。

ニュースのポイントは、

  ※ 史上稀にみるほどの無惨な被害に遭った日本国民の冷静さや沈着ぶりは

    驚くべきことである。

  ※ これほどの被害に遭いながらも、なお日本人はパニックには陥らず、秩序を

    保ち、礼儀さえ保って、お互いに助け合っている。

ニュースの詳細は↓

http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/nbp-20110315-5641/1.htm

大激震(その7)

この数日、マスメディアの報道の焦点が福島原発の動静に移り、悲惨な状況にある

津波の被災者の報道が、いくぶんトーンダウンしているのではないかと懸念される。

また、自衛隊の皆さんの活動状況がクローズアップされていないことも不満である。

地震直後、被災地に入った自衛隊の人たちのおかげで、これまでに1万5千人を

超える人たちが救出されたそうである。

日夜広い被災地を生存者を探し歩く辛い作業、生存者を発見したときには小躍りする

気持ちであろうが、時間の経過とともに、見つけるのは変わり果てた姿ばかり。。。

想像を絶する過酷な作業である。

震災孤児もどんどん増えていくことであろう。

避難所にいる人たちが、ないないづくしの厳しい状況に置かれていることは、繰り返し

繰り返し報じられている。

しかし、道路が遮断、崩落した場所の奥に、まだ多くの人たちがいて、その人たちは

避難所があることも知らない、近くの人たちもその人たちが取り残されていることも

知らない、という方たちが少なくないのではないかと思う。

春になり、事態がいくぶん落ち着き、広域に探しはじめたら、見つかったが。。。 

ということにならなければいいがと思ってしまう。

全体を俯瞰し、それとともに実態が明らかになっていくのは、いつになることだろうか。

2011年3月16日 (水)

大激震(その6)

被災地では6日目の朝を迎えた。

昨夜は雪のところもあり、大変な冷え込みだったことだろう。

いぜん電気の点かない真っ暗な中、多くの方が寒く不安な一夜を、また過ごされた。

金曜日までは真冬の寒さが続くとのこと。被災者皆さんの疲労・心労はもはやピーク。

まだ食料や水の届いていない避難所があるとのこと。被災者がどこにいるのか、未だ

把握できない状況が続いている。

被災者の方が取材に答えて言われていた。『食料、水、暖房器具・・・ 欲しいものは

たくさんありますが、最も欲しいのは”情報”です。安否のわからない家族がどういう

状況なのか、とにかく知りたい。いまはそれだけです。私はガマンすればいいのです』

インタビューを聞いて、また涙が出てきた。

そんな中、昨日は2,000人の方々の安否が確認できた、とのニュースが流れた。

思わず拍手した。また70代の女性が92時間ぶりに、25歳の男性が96時間ぶりに、

それぞれ住宅の中で動けなくなっていたところを助け出された、とのうれしいニュース

も流れた。

救出活動を続けている自衛隊員の皆さま、消防署員・警察官の皆さま、本当に大変な

作業を続けていただいていて、心から感謝を申し上げます。

被災者の間でも、寄り添い、助け合う場面が間違いなくあちこちで起きているはず。

殺伐とした世の中に嘆くことが多い昨今、今回の未曾有の大激震を機に、元来やさしい

心根を持つ我々日本人の心の持ち方が、少しでも変わってくれればと願うのは、

ボクだけではないだろう。

2011年3月15日 (火)

大激震(その5)

福島原発の危機がますます増幅している。

原子炉の冷却機能が低下している第一原発2号機で、今朝6時過ぎ、大規模な

爆発が起きた。

原子炉格納容器の一部で圧力抑制室、サプレッション・プールと呼ばれる冷却水を

貯めたプールのような(?)部分の圧力が通常の気圧の1/3に下がり、圧力抑制室

一部が損傷し、格納容器から外部に放射性物質が漏れだした可能性が出てきた。

圧力抑制室は原子炉内の蒸気圧が高まった場合に蒸気を排出し、圧力を下げる

機能を持つ。

圧力抑制室には放射性物質の混じった蒸気と水が入っている。

第一原発の正門前で、爆発1時間半後の今朝8時前、高濃度の放射能が観測された。

観測された数値は、一般の人が自然界で1年間に浴びる放射能の8倍に相当する

そうで、それを1時間で浴びたことになる。

2号機の格納容器内の燃料棒は一時、完全に露出した状態になり、爆発前の午前

3時ころには、空だき状態になっていたそうだ。

格納容器は最後の砦である。その格納容器、いずれかの号機、あるいはすべての

号機から放射線物質が漏れ出しているのは、もう間違いない。

1号機の爆発から3号機の爆発、それに今朝の2号機の圧力抑制室の損傷、

その後の4号機の火災に伴う放射性物質の漏洩、事態はどんどん危機的状況に

向かっている。

放射能の被爆を実際に体験した唯一の国、国民全体が畏怖の念をいだきながら、

事態の推移を見守っている。

2011年3月14日 (月)

大激震(その4)

『福島原発は、主に首都圏に供給する電力の供給元であり、東北地域の人たちの

ものではない』と知り合いからのメールに書いてあり、避難を余儀なくされている

原発から20キロ圏内の方々がお気の毒だ、という気持ちが一層つのった。

事態が落ち着いたら、ささやかなお返しの気持ちで、ぜひ現地に行き、ボランティア

活動に参加したい。新聞に『ボランティア活動は、単独では行かないように。よぶんな

混乱を引き起こすことにつながりかねないので。行くときは、必ず地元行政かNPOの

サイトをチェックすること』と書いてあった。

かつてオーストラリアで一緒に仕事をした仲間から、先ほど安否を気遣う電話があった。

ほかにふたりのオーストラリアの仲間から、『大丈夫か?』とのメールが届いた。

世界中で、『日本が大変なことになっている』とのニュースが連日飛び交っている。

『また緊急避難情報が出た!』、とテレビを観ていたカミサンが2階からあわてて

降りてきた。我が家では、急に激しい揺れがあったときは、外に飛び出すのではなく、

風呂が一番いいと話している。

退職者家庭だから我が家はいろんな意味で恵まれている。子どもさんを保育園に

預けて仕事しているお母さん、高齢者の介護をしているお宅、人工呼吸器など

医療機器が手放せない方のいるご家庭・・・ 本当に大変なことである。

あと2時間で、被災地は寒くて怖い4日目の真っ暗な夜を、また迎える。

地震以来、毎晩寝るときに思う。

一日3回温かいゴハンが食べられ、暖かなふとんでやすむことができ、被災者の

方々に申し訳ないと。。。

2011年3月13日 (日)

大激震(その3)

昨夜アップしたブログ「大激震(その2)」で紹介した、『千葉の製油所、製鉄所の

火災の影響で千葉、首都圏では、科学薬品の含まれた雨が降ることが予想される

とのメールは、どうも根拠のないチェーンメールくさい。

今朝娘の友だちのYさんからメールが届き、『昨日いただいたメールは、がせネタです

からね。ニュースでもやってました』

ブログに書かれたコメントでも、『テレビではまったくそんなことは取り上げていないし、

誰かが流したチェーンメールだと思います。テレビで「悪質なチェーンメールが流されて

おりますが友達に送らないでください」と言っていました。そんな危険なことだったら

福島ゲンパツと同じようにテレビで放送しますよ!!』

もっともな指摘。

カミサンがブログで、「許せない悪質チェーンメール」という記事を書いている。

「大激震(その2)」を削除しようかとも思ったが、書いた以上そのままにしておいた

方がいいと思い残します。ただ、このチェーンメールくさい話は没にしてください。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

予想していたとおり、被災状況が明らかになるにつれ、悲惨極まりない惨状が刻々と

伝わってくる未曾有の大激震。被災された方々はお気の毒で、まったく言葉がない。

被災された方がインタビューで『家族が見つからない』と言われているのを聞くたびに

涙が出てくる。

亡くなった息子と親しかった女性が家族で青森に住んでいて、地震発生以来ずっと

心配で、何度も何度も電話したがつながらず、ずっと気になっていた。

今朝やっと電話がつながり、ご家族全員の無事が確認でき、ホッとした。

今日は一日中好天気。途方もない行方不明者数が報じられている中、好天気に

恵まれ、安穏と過ごしていていいのだろうかという気になる。

義捐金にご協力させていただくことはもちろんのこと、時間に余裕がある身なので

事態が落ち着いたら、ボランティアに行きたいと思っている。

あと数週間すれば、桜が満開とのニュースが飛び交う。今年は桜の話題はぜひとも

ほどほどにして欲しい。

2011年3月12日 (土)

大激震(その2)

知り合いの女性から以下のメールが届いたので転送します。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

こんにちは。

友達から下記のケータイメールが来たので、みんなさんにもお知らせします。

↓以下本文

友達のママからのメールで、沢山の方にお知らせ下さいとのメールだったので

転送します。

   ↓↓↓

友達のお父さんがコスモ石油に勤めていて教えてもらったのでみんなにも伝えるね。

気をつけてください。

千葉、首都圏の方へ。千葉の製油所、製鉄所の火災の影響で千葉、首都圏では、

科学薬品の含まれた雨が降ることが予想されます。 傘やレインコートの使用を

お願いします! 広めて!

とりあえず広めて!

雨にあたらないようにしてください!

ほんとに危ないみたい。らしいです。

知り合いやお友達に回してあげてください!

  ※ 同じ主旨のメールが『横浜のお友だちからの情報』ということで、沖縄に住む

    娘からも先ほど届いた。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

テレビでは、これでもか、これでもかという感じで、大震災のニュースを流している。

福島原発の放射線漏れは本当に大丈夫なんだろうか、と誰もがまだまだ疑心暗鬼。

米国スリーマイル原発事故、旧ソ連のチェルノブイリ原子炉の放射能汚染

イヤでも思い起こさせる。

津波による東北沿岸の壊滅的ダメージが、繰り返し繰り返し報じられている。

復旧には10年はゆうにかかることだろう。

先ほども、福島原発の近くで大きな地震が起き、緊急避難速報が出た。

その後も、宮城、岩手沖地震続発との緊急避難速報。

青森の知り合いに電話をかけ続けているが、つながらない、とても心配。

東北地方の方々、今夜もまた恐怖と戦慄の一夜になりますが、どうぞ頑張って下さい。

我が家の地震状況

昨日の大激震の被害はいかがだったでしょうか?

我が家は道を10メートルくらい隔てて、裏が海。

昨日16時前、市の広報車が回ってきて、『三浦半島に大津波警報発令』と

アナウンスがあった。

家から出てきた近所の人たちみんなで、『えー、どうなるの!』

地震直後、停電になり、情報源は携帯ラジオだけ。

ラジオの被災情報で、『九十九里海岸で10メートルの津波が予想される』と聞き、

これはただ事ではないという気持ちがますますつのる。

カミサンが非常持ち出しの荷物をつくり、貴重品を持って、4時過ぎ近所の家族と

一緒に車で近くの高台へ避難。

持ってきたパンやバナナを食べながら、『真っ暗になったらトイレに行けなくなるので

今のうちに』と。結局、車の中で、被災状況を放映するテレビを観ながら、3時間

くらいいて、停電で真っ暗な中、信号の消えた道を家まで帰った。

夜は真っ暗の中、ローソクを灯し、幸い水は出てガスも使えたので、カップラーメンと

パンを食べて、気になりながらも、即逃げ出せる態勢で、地震のラジオを聴きながら

やすんだ。

地震直後は使えなかったケータイのメールが使えるようになり、状況を伝え、

受信したメールに返事ができ、これは助かった。

ただ、回線が輻輳しており、送受信には当然時間がかかった。

夜中、何度も目が覚めたものの、心配した事態にはならず、無事、朝を迎えられた。

青森、岩手、宮城、福島、茨城・・・ 突然の大激震で被災された方々、ホントに

お気の毒です。

あちこちから、『大丈夫?』のメールや電話をいただき、お礼の返事をした。

朝早く、ブログにも何度も書いたことがあるアメリカのサンディエゴの近くに住む

小林くんから電話をいただいた。

小林くんは20年くらいアメリカに住んでおり、市民権も持っていて、アメリカ人の

奥さんとの間に3人の女の子がいる。

一番下の娘さんのハンナは中学2年生。学校で友だちから『パールハーバーの

バチが当たったんだ』と言われたと、学校から帰ってきて泣きながら話したそうである。

小林くんは『何もわからないで、こういうことを言うんですよ』と話していたが、ボクは

ショックだった。

間もなく地震発生から丸一日が経つ。

深刻になりつつある福島原発の状況、引き続き起きるかもしれない津波、激しい余震、

あと4時間経てば、また真っ暗な夜になる。

被災された方々がますます心配である。

2011年3月 9日 (水)

モバイル シニアネットシンポジウム

10年以上前からの知り合いの「老てく研究会」の近藤則子さんからお誘いをいただき

先週、ひな祭りの日に開催された催し、『モバイルシニアネットシンポジウム~みんなで

つくろう高齢者の社会参加を支援する情報通信機器・サービス~』に参加した。

シンポジウムの会場は東大安田講堂。行きたくても縁のなかったところ。

安田講堂と言えば、すぐ40年前の全共闘による占拠を思い出す。

右の写真の講堂の玄関に傷がついていたが、占拠騒動で付いたものなんだろうか。

  Cimg6997    Cimg7003_2

シンポジウムの開催は1時半。

開始前12時から、講堂の回廊で、Cimg7008 

『シニア世代のICT利用者の生の声を、

情報通信機器を開発する若い技術者に

直接届けよう』との趣旨で、企業の技術者

との意見交換の時間が設けられた。

3社が来ていた中、ボクは当然富士通の

コーナーへ。

出展していたのは、シニア向けケータイCimg7005 

「らくらくホン」と「らくらくパソコン」

「らくらくホン」は11年間で1800万台

売れたそうで、スゴイ数である。

2年前、「らくらくホン」と連携をとった

「らくらくパソコン」が売り出された。

たしかにシニアには使いやすそう。

意見交換会場では久しぶりに多くの昔なじみの人たちに出会い、話が盛り上がった。

1時半から『モバイルシニアネットシンポジウム&電脳ひな祭り2011』がスタート。

Cimg7011 Cimg7012 

『インターネットが変革する

医療、福祉、介護の世界』では、 Cimg7014

講演とともに、会場と会員宅を

テレビ電話でむすび、「住み慣れた

環境で老いる」を目指して、

自宅と介護者施設のネット連携を

想定したデモが実演された。

モバイルシニアネット活動の

先進事例として、iPad体験会の実践が   Cimg7016 

報告された。講演者は10年前

からの知り合いの三鷹シニアネットの

山根明さん。75歳の山根さんは

iPadがシニアにとっていかに有益な

ツールであるかを説明された。

続いて、パネルディスカッション。

テーマは『シニアの社会参加を支援する情報機器・サービスとは』

パネリストのおひとりは、これまた10年

以上の知り合いのメロウ倶楽部のCimg7019 

若宮正子さん。若宮さんは76歳。

愛称マーチャン。ボクもずっと

マーチャンと呼んでいる。

シニアのユーザーの立場で話した

マーチャンの話はすばらしかった。

彼女が活動しているシニアのグループ

メロウ倶楽部のサイトには、メンバーがネットで会話する様々な談話室があり、

そのひとつが、会員専用の談話室、「生と老」。この談話室で語られた話が披露され、

聞いていてジーンときた。

パネルディスカッションのコメンテーターは樋口恵子さん。

樋口さんから『高齢社会の進化とともに重要なことは、年齢という縦の多様性をいかに

取り込んでいくか。その意味から、ICTの活用はこれからますますキィになる』

すべてのプログラムが終了し、中心となり全体の企画、運営をしてくださった

近藤則子さんに労をねぎらい、皆さんと一緒に会場をあとにした。

2011年3月 6日 (日)

アクセス件数急増!

このところブログのアクセス件数が一日100件を超えている。

ブログの先頭数字にマウスをあててもらえば1週間の日ごとのアクセス件数がわかる。

ブログをはじめたのは、ちょうど5年半前。

話題になったテーマについて書いて、数日間アクセス件数が急増したことはこれまでも

何度もあった。だが、今回は話題になったテーマを書いたわけでもなく、それなのに

アクセス数が急増している、どうも一過性ではなさそうである。

何故かと考えてみると、カミサンに勧められてつけた”ポチッと”ボタンが誘因になって

いるような気がする。

我が家はカミサンも、家族で沖縄に住んでいる娘もブログをやっている。

ブログは5年半前、ボクよりちょっと早くはじめたカミサンに勧められてはじめた。

1ヶ月以上新しい記事を書かなくてもまったく気にしなかったカミサンが、この1ヶ月

くらい前から、がぜん頻繁にブログの更新をはじめた。

きっかけは、プロバイダーのニフティがはじめた”インターポット”という、ネット上で

自分の庭をつくりながら仲間と交流するサービスにはまったためのようである。

インターポットに”ポチッと”ボタンがついていて『ブログに”ポチッと”ボタンをつけたら

アクセス数があがるよ』と勧められ、であればということでカミサンに”ポチッと”ボタン

つけてもらった。

それに、『アバターもつけた方がいいよ』と言われ、ブログの右カラムの一番下に

勝手にアバターもつけられた。

アクセス数が増えたのは、”ポチッと”ボタンが大きく影響していると思う。

一般的に週末はアクセス数は少なく、これまで40~50件であったのが、この週末は

何と150件近くに!、スゴイ数字である。

こうなると励みになり、多くの人たちに見てもらっているんだから更新しないとと思う

ものの、今後、より頻繁に更新するかどうかは??

ブログの話はこれくらいにして、ついでに。

今夜はボクが夕食を作った。夕方スーパーに行ったとき、自分で作ることを考え、

旬を意識し、食材を買った。

『自分で全部やる』と言ったのに、気になるのか、カミサンがいくぶん手を出し、

出来上がったのが↓

ホタルイカの味噌和え、芽カブの酢の物、ヤリイカの刺身、ブリの塩焼き。

春を感じさせる食卓になった。

Cimg7027_2 

2011年3月 2日 (水)

傑作ー珍変換

ネットニュースで見た面白い記事紹介。

日本語対応ワープロが初めて発売されたのは、今から33年前の1978年。

だが、当時の技術では漢字変換は1文字ずつ。文章を書くのは気の遠くなる作業

だったため、一般に普及するまで10年近くを要した。

今や機能は進化し、頭文字から単語候補を提示する「予測変換」が当たり前に。

だが、昔も今も変わらないのが「変換ミス」だ。中にはこんな笑えるものが。
 
■今日は苦情が来た→脅迫状が来た(お客様相談センターは大騒ぎ)

■父に「定職に就け」といわれた→父に「定食煮付け」といわれた(バイト先の

  定食屋に父親が来客?)

■今年中に埋蔵金を発掘したい→今年十二枚雑巾を発掘したい(ずいぶん夢のない

  トレジャーハンターである)

■謹賀新年→金が新年(不景気ですもんね)

■無邪気な小中学生→無邪気な焼酎学生(お酒は20歳から)

■見積書はよく出来た内容です→見積書は欲で汚いようです(商談は間違いなく決裂)
 
ミスを減らす方法は、複数の文節をまとめて変換すること。

現在の漢字変換ソフトのほとんどは、文脈や文意を判断する機能があるので、

「おかんがはしった」で変換キーを押せば、「オカンが走った」にはならず、「悪寒が

走った」と最初から正しく表記される。
 
とはいえ、いくら機械が賢くなっても入力するのは人間だからミスはなくならない。

どうぞ御変換、もとい誤変換にはお気をつけください。

※週刊ポスト2011年3月4日号

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