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2011年1月

2011年1月29日 (土)

犯罪被害者団体ネットワーク

「犯罪被害者団体ネットワーク(通称:ハートバンド)」の事務局メンバーとして、

2年前から活動のお手伝いをしていることは、何度かブログに書いた。

また、秋の「犯罪被害者週間」に合わせ全国19の自助団体が集まり、ハートバンドが

主催し、11月に行った全国大会についてもブログで紹介した。

先週土曜日、事務局メンバーが集まり全国大会の反省と今年秋に予定されている

全国大会2011に向けた意見交換を行った。

先ず、2日間の時間の割り振りに議論が集中した。

具体的には、被害者中心の交流会・分科会と、一般の人・マスメディアに向けた

全国大会の順番・時間割と全体手順ついて。

加えて、マスメディアの取り上げ方が低調だったことへの反省と対策も議論した。

昨年も司法記者クラブに出向き、開催案内と当日の取材を依頼はしたものの、

前年に比べ参加した記者の数が少なかった上、大会当日の取材は1社だけだった。

ボクがハートバンドの事務局に参加したのは2年前であるが、大会は7年前から

行われていて、趣を変えない限りマスメディアの関心を引き戻すことは難しいとの

ことで、意見は一致した。

どのように趣を変えていくかを議論し、今年の催しに反映できる様々な意見が出た。

加えて、ハートバンドには未だホームページがなく、広く存在を知ってもらうには

難しいところがある。

反省会の参加者の中にサイト構築を仕事でやっている人がいて、遅ればせでは

あるが、この人に助けてもらいながら、ホームページを立ち上げていくことで

意見が一致した。

事務局メンバー全員、片手間で細々と運営しているハートバンドではあるが、

全国の犯罪被害者自助グループがゆるやかに連携していくお手伝いを

メンバーみんなで続けていきたいと思っている。

2011年1月27日 (木)

ケータイ紛失

今日午後、不注意でケータイ電話をなくした。

3台目のケータイで買って2年半くらい。

日々手放せないケータイ。アドレスブックを失くしたのが何よりもショック。

警察にはすぐ届けたが、直感的に出てこない気がする。

そこで、警察のあと、すぐソフトバンクへ。

不正使用されないようネットから外してもらうために行ったが、ケータイのない

状態が続くのがイヤで、2年半使ったものでもあり、結局新しいケータイを買った。

忘れていたが、前のケータイを買ったとき保険をかけていたので、同型のものが

5250円で買えた。次はアイフォンかなぁと思っていたが、新しいものをマスター

する時間的余裕がないため、同型のケータイにした。

電話番号とメールアドレスを変えることなく、しかも失くしたケータイが不正使用

されないよう、失くしたケータイのSIMカードを無効にしてもらった。

これで間をおくことなく、電話とメールの受信ができるようになった。

ただ、これまで使い慣れたものとはいろいろ違いがあり、戸惑うことが多い。

おまけに2年半前と違いマニュアルはついていなく、細かい使い方はソフトバンクの

ホームページを見るようにとのこと。

あと問題はアドレスブックの修復。

つい最近アドレスブックをミスで削除したとの話を聞いたので、マイクロSDカードを

買ってきてアドレスブックをバックアップしなければと思っていた矢先の出来事だった。

そこで、以下ご協力のお願いです。

これまでボクとケータイのメールならびに電話のやりとりをされたことのある方、

大変お手数かけて申し訳ありませんが、ケータイメールアドレス(以前と変わらず)に

ケータイから、お名前と電話番号をお知らせいただけないでしょうか。

メールをいただけば当然メールアドレスはわかりますので、アドレスはお知らせ

いただかなくて結構です。

すみません、こんなことにブログを使って。

どうぞよろしくお願いいたします。

2011年1月25日 (火)

映画「ソーシャル・ネットワーク」

「ソーシャル・メディア」という言葉は、最近日本でも市民権を得てきた。

ブログもそうであるが、急速に普及してきたツイッターもそのひとつ。

他にはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のはしりで、ボクも3年以上前に

参加したミクシィ、それと最近急速に伸びてきているSNSサイト上で提供される

「ソーシャルゲーム」と呼ばれるゲームソフトのモバゲーとグリー、これらはすべて

「ソーシャルメディア」のジャンルに入る。

そして今年、これらをはるかに上回る利用者数を誇る米国発の世界最大の交流

サイト「フェイスブック(FB)」が日本で攻勢を本格化させている。

全世界のユーザー数は6億人に迫っており、世界の10人に1人に近い人たちが

利用しているネットワーク。

約2千万人が登録する日本最大級のソーシャル・ネットワーキング・サービスである

ミクシィのほぼ30倍。

FBの特徴は、インターンネットの常識を覆す「実名使用」。

使い方はシンプル。友人や知人の名前を検索すれば該当者のリストが出てくる。

探していた人を選んで「友だちになる」のボタンを押し、相手に承認されればコメントや

写真などのやりとりができる。アメリカではインターネットを使う人の3人に2人が登録し

約半数は毎日ログインしている。全世界のユーザーが、平均して130人の友だちを

持つそうだ。

ボクも元会社の仲間からメールが届き、『友だちになろう』との誘いがあり、友だちに

なった。その過程でボクが友だちであると既に登録している人が3人いると表示された。

ひとりは、元職場が一緒でフランス人と結婚し、南仏に住む女性、それと定年直後

(6年半前)JICAの仕事で2ヶ月間カンボジャに行ったとき、一緒に仕事をした

カンボジャ人の男性。

まさにインターナショナルなつながりができるフェイスブックである。

ただ、最近新しいことをやるのが億劫で、まだちゃんとFBを使いはじめていない。

映画「ソーシャル・ネットワーク」の前置きが大変長くなった。

映画は「フェイスブック」を開発した創業者のマーク・ザッカーバーグ(26歳)がFBを

作り出す過程を描いた作品である。(gooポイント 79点)

プログラマーやハッカーとして天才的な能力を持つマークが、ハーバード大学の学生

だった04年2月にサイトを立ち上げたときは学内限定だった。瞬く間に他大学にも

広がり、04年の終わりにはユーザー100万人に達した。

今やマーク・ザッカーバーグは「史上最年少の億万長者」と言われ、FBの企業価値は

500億ドル(4兆円)と試算されているそうだ。

マイクロソフト、アップル、グーグル、フェイスブック、アメリカには途方もない天才が

生み出される土壌が途切れることなく続いていることに、あらためて驚嘆する。

映画「ソーシャル・ネットワーク」の作品解説とあらすじは、こちら

2011年1月23日 (日)

あしなが育英会

タイガーマスクの伊達直人を名乗る人から児童養護施設への贈り物については、

連日マスメディアが取り上げていたが、今週あたりから報道されなくなってきた、

報道はされなくなったものの、きっと全国でまだまだ善意の方々の支援は続いている

ことだろう。

ボクも3年前から「あしなが育英会」に寄付をさせていただいている。

以前は街で募金活動を見つけたら募金していたが、毎年ある程度まとまった支援を

させていただいた方がいいのではと思いはじめて、毎年暮れに銀行引き落しの形に

することにした。

あしなが育英会」は病気・災害・事故・自殺で生計の柱を亡くした家庭の子供さんが

高校・大学に進めるよう支援することが趣旨で、貸し出された奨学金は新しく出てくる

遺児に貸し出す原資に充てるため、卒業後20年以内に返済しなければならない。

支援者と支援を受ける遺児家族、どちらも相手が誰なのかわからない。

国などからの補助金・助成金はまったく受けず、すべて寄付金で運営されている。

寄付の9割以上は「あしながさん」と呼ばれる個人からのもの。

年に6回「あしながファミリー」という機関紙が送られてくる。

毎号お父さん亡き後、必死に子供たちを育てているお母さんのこと、そのお母さんを

助け頑張っている子供たちのことが紹介されていて読んで涙を誘う記事が少なくない。

年に数回、支援を受けている生徒・学生から「あしながさん」に近況報告とお礼の

ハガキが届く。我が家にも広島県在住の大学3年の女子学生から新年の挨拶状が

届いた。名前は書かかれているが、住所はもちろん書いてない。

『私は大学で心理学を勉強しています。現在は就職活動と並行して卒業論文に

取り組んでおり、ストレスに関する研究をしたいと考えています。ストレスに悩む

人たちや将来の自分のためにも有意義な研究になるように頑張ります』

激励の返事をあしなが育英会気付で出した。

「あしながファミリー」では、「貧困の連鎖」がしばしば取り上げられている。

ひとたび貧困の輪に入ってしまうと、望む教育が受けられず、医療・社会保障からも

外れ、満足な就労も難しく、結果世代をまたいだ「貧困の連鎖」に陥ってしまう。

「貧困の連鎖」を断ち切らなければということで、遺族・遺児は「子どもの貧困対策

基本法」の制定に向けて活動を続けている。

優先順位の高い要望を集約し、政府・省庁に何度も実現を求めている。

しかし、進展がみられない状況が続いている。

次世代を担う子どもたちである。何としても「子どもの貧困対策基本法」実現に向け

真剣に取り組んで欲しい。

2011年1月20日 (木)

白陵惜春会

大学時代、寮で一緒に過ごした仲間との飲み会については何度かブログに書いた。

姫路で過ごした教養課程の1年半の間、かつての旧制高校の寮に住み、まさに

同じ釜の飯を食った仲間たちである。もう50年近い昔の話。

年に4回、有楽町の帝劇の下にある大学のクラブに集まっている。

会の名前は、「白陵惜春会」。

名前の由来は、当時の寮の名前が”白陵寮”で、寮歌に”惜春の賦の流れきて・・・”

という一節があり、そのふたつを合わせて命名。

ボクは万年幹事。と言っても、やることはあまりない。

我々と1年先輩と1年後輩の41人がメンバーとなっているメーリングリストに

開催通知を流し、終わったら報告メールをアップするくらい。

飲み物、食べ物は人数を言っておけば、適当に見繕ってもらえる。

今年第1回目の東京惜春会が火曜日に開かれた。

今回は参加者13名。うれしいことに、1年先輩のSさんが初めて参加。

冒頭自己紹介で、『退職してからドイツ語を本格的にやりたくゲーテ協会に

通っていること、毎日朝昼晩の食事をつくり奥さんに感謝されていること、

お孫さんの育児をしていること』など軽妙な語り口で話された。

定年退職者としてはまさに表彰もの。

かつては集まってワイワイしゃべるだけであったが、2年くらい前から持ち回りで

スピーカーを決めて、テーマは随意で毎回スピーチをすることになった。

今回は1年後輩のMくん。テーマは「能と川柳」

Mくんが能、謡に関わりはじめたのは姫路時代。途中10年以上のブランクが

あったものの相当のキャリア。

「能と川柳」、対極にあるような面白い組み合わせをどう結びつけていくのか、

興味しんしんなテーマであった。

話は先ず、能の基本解説からはじまり、源平合戦時代の時代背景とその当時

生まれた能の紹介。

能を題材にした川柳がいろいろあるそうで、川柳についても紹介された。

江戸中期、川柳を広めることに尽くした柄井川柳の選んだ作品も紹介された。

今でも十分に通用する風俗人情川柳として面白かったのは、

   ・泣く泣くも良いほうをとる形見分け

   ・雪隠へ先を越されて月をほめ    (雪隠はせっちん、便所のこと)

   ・駕籠賃を払って女房ツンとする   (吉原の帰りか。今だとさしずめタクシー)

「田村」「鉢の木」「船弁慶」「屋島」のポイント部分をうっとりするような声で聞かせて

もらった。

締めでは、大阪の能楽堂でMくんが「養老」を舞ったときのビデオを観せてくれた。

大変興味のある話と実演で参加者一同大いに盛り上がった。

『ほとんど全員リタイアした身だから、これからは6時でなく5時スタートにしては』

との提案に、衆議一決。

次回4月のスピーカーを決め、9時前に散会した。

2011年1月18日 (火)

「埼玉県NPO大賞」最終審査会

パソコンを指導するシニアの技術スキル、指導スキルを認定する試験である

シニアITアドバイザ(SITA:サイタ)”制度を在職中に立ち上げたのことは何度も

ブログに書いた。

SITAの有資格者が集まって作ったグループが一時期全国に15グループできた。

そのうちのひとつに、埼玉県で大変活発に活動している”NPO法人彩SITAがある。

埼玉県はNPOを中心とした市民活動を、知事が大変熱心にバックアップしている

県である。

日曜日、「埼玉県NPO大賞」最終審査会があるということで、埼玉県県民活動支援

センターに出かけた。NPO大賞は今年初めて設けられたもので、応募した県内の

NPOは116団体、うち第一次選考をパスしたのは8団体。彩SITAはその中の

ひとつに選ばれた。

当日は大賞の選考会とともにNPOまつりが行われていて、彩SITAはこちらにも

ブースを設けていた。

Cimg7525 Cimg7524

基調講演は消費者庁長官の

福嶋浩彦さん。Cimg7528

テーマは「全員参加の地域づくり」

すばらしい話だった。

福嶋さんは12年間、我孫子市の

市長を務め、市長時代に自ら実践した

「民と官が公共サービスを担い合う

上でのポイント」を中心に大変

説得力のある話をされた。 Cimg7530

一次審査を通過した8団体が

順に12分間づつプレゼンテーション。

彩SITAは副代表理事の岩崎さん。

問題解決力、巻き込み力、変革力、

広報力、協働力が審査の主要ポイント。

8団体の発表終了後、審査員ならびに

会場参加者による審査の結果が発表された。

ホームレス支援、不登校サポート、子供教育、山里保全などがどうしても注目され、

残念ながら彩SITAは選から漏れた。

表彰式後、上田知事が挨拶。最後に知事と記念撮影。

Cimg7534_2 Cimg7538

終わったあと、懇親立食パーティに参加。

この日、ボクにとって大きな収穫は彩SITAの代表理事の渡辺さんから、彩SITAの

状況を、あらためて細かく聞くことができたことである。

活動全般、事業規模、地域密着、行政との連携など、20数名の少数精鋭部隊で

やっているすばらしい活動をお聞きし、SITAの方々がいかに地域に貢献されて

いるのかをあらためて知り、大変うれしかった。

2011年1月15日 (土)

アメリカからの贈り物

水曜日午後、熱海から横須賀に帰ってきた。やはり寒い。

例年のことながら、カミサンは『もう少し残る』と言い、のんびり独りで。

留守中、アメリカから荷物が届いていた。

ブログに何度も書いたことのあるカルフォルニアに住む小林一家から年末に届いた

プレゼント。

12月半ば、小林君からメールが届き、『次女のMarikoが仮免中で、春には正式に

免許が取れる予定。日本語クラスで若葉マークが話題になったそうで、もし手に入る

ようだと送って欲しい』

カミサンが『百均で売ってるんじゃない』と言い、行ってみるとあった。吸盤のついた

ものと磁石のついたものを買って、奥さんのキャサリンが好きなお線香とスーパーで

みつくろった日本食を一緒に送った。

送ったものへのお返しが、留守中に届いていたのだ。

小林くん宅は19歳、16歳。13歳の3人娘。

ボックスを開けると、アメリカを感じる心のこもった贈り物と、家族からのカードが

入っていた。

キャサリンからは手作りクッキー、ヤドリギのキャンドル、それに娘がケーキつくりを

していることを知っていてケーキ用のデコレーション。

手作りクッキーは以前もクリスマスシーズンに何度か贈ってもらったことがある。

ヤドリギのキャンドルにはコメントがついていた。『ヤドリギのキャンドルはとっても

いい香り。ヤドリギの木を切ってぶら下げ、その下でカップルがキスするのが慣わし。

キャンドルで同じことしないでネ!』

Cimg7515_2 

Cimg7522

次女のMarikoと三女のHannaからのカードが入っていた。大学生のNaomiは小林くんが

MBAを取得したミシガン大学に昨年入学し、年末ミシガンに戻ったためNaomiからの

カードはなかった。Marikoのカードは日本語で書かれていて、すばらしい。

Cimg7521

Cimg7520

2011年1月12日 (水)

熱海引き上げ

今年は年賀状を気にすることがなかったし、カミサンが途中様子見に横須賀に

帰ったので、例年になく熱海でゆっくりできた。

今週は予定があるし、そろそろ引き上げ時。結局2週間いたことになる。

マンションは機密性が高いため暖かで、来てからヒーターを点けたことがない。

横須賀は寒いだろうなぁ。

今回は長くなるだろうと思い、「数独攻略ガイド」「囲碁次の一手」ほか読み物を色々

持ってきた。

数独はご存知の方も多いことだろう。簡単に言えば、9 X 9の盤面に1から9までの

数字を配置していく、奥が深いパズル。

他に持ってきたものは、とっておいた去年の新聞「大学入試センター試験英語問題」

残念ながら字が小さすぎて読みづらく、集中できないため途中で諦めた。数年前に

やったときは読むのに苦労した記憶がない。加齢はいかんともしがたい。

いる間、体を動かすことにも心がけた。

血糖値が少々高く、主治医になってもらっているクリニックの先生から、毎回

『運動してますか?歩いてますか?』と聞かれる。

3ヶ月に一度やっている血液検査では、ヘモグロミンA1Cの値は6ちょっとだが、

先生からは『血糖値そのもの、それに悪玉コレステロール値、善玉コレステロール値

すべてを判断すると、境界型の糖尿病ではなく、糖尿病であると言われている。

熱海はいたるところに坂があり、歩きには格好の場所である。

先月から一日2~3回、スクワットを毎回50回続けている。プラス、1分半づつの

片足立ち一日3回が、ほぼ習慣になってきた。あとはときどき腹筋。

9月末に転んでくるぶしを骨折し、それまで週1~2回行っていたテニスに行かなく

なったため、歩き以外に何かやった方がいいと思ってはじめた。

マンションの中に12.5mの小さなプールがあり、ほぼ毎日8往復、200mを18分

くらいかけてクロールで泳いでいる。

利用している人がほとんどいないため毎日利用でき、水泳もいい運動になった。

そんな2週間だった。

2011年1月11日 (火)

熱海ぶらぶら

このところの天気の良さに誘われ、我が家から急坂を登っていったところにある

西山町一帯を散策した。

西山は志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治など文人が執筆活動や休養に訪れた町

として知られている。

いまは別荘や会社の保養所が多くある。

左は歌人 佐佐木信綱の旧居。右は新年らしい飾り付けが似合う旅館。

Cimg6926 Cimg6927

どんどん坂を登っていくと、高齢者マンションの老舗で熱海には多くの物件を持つ

業者のマンションが閉鎖されているのを見つけた。最近は高齢者マンションの

事業者は増え、この業者が数十年前に建てた時代とは購入者の好み、求めが

大きく変わってきているのであろう。

Cimg6928 Cimg6931_2

西山を下ってきたところで、Cimg6934

かつては小高い山の上に建つ  

円筒形の建物で熱海のシンボル的

存在であった西熱海ホテルが

完全に姿を変え、3棟のリゾート

マンションに建て替えられていた。

そのまま海岸へ降りていく途中にCimg6896

これまたかつて熱海の有名老舗

旅館であった玉乃井の広い跡地が

更地となり、ここにもマンションが

建つとの表示があった。

熱海に住みはじめて15年の間に

多くの栄枯盛衰を見てきた。

そのほとんどは、老舗旅館が立ち行かなくなり、閉じていく姿であった。

高齢者マンションの閉鎖も含め、温泉地熱海は、時代の要請とともに、

変わらざるを得ない状況になってきている。

2011年1月10日 (月)

大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」

昨年一年間楽しんだ「龍馬伝」に続き、NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」が

昨夜からはじまった。

第一回を観ただけだが、面白そうだ、今年もまた1年間楽しめそうだ、と思った。

なんと言っても、脚本が田渕久美子さんであること。田渕さんは3年前の大河ドラマ

「篤姫」の脚本を書き一躍有名になった。テレビで何度か田渕さんが話すのを聞き、

彼女の考え方、思いを知りファンになった。

大河ドラマは今回の「江」が50作目になるそうだ。

ボクが年間通して観はじめたのは、3年前の「篤姫」から。

昨夜の第一話は、思いのほか早い展開でビックリした。

浅井長政と織田信長の妹・市の間に、江は3女として誕生する。

しかし浅井家と織田家の戦で、江が産まれた直後、父長政は信長に敗れ自刃。

第一話では一気にここまで話が進んだ。長政はもう回想以外出てくることはない。

もう少々長政と市を描いて欲しかった。

市が長政に嫁いだのは室町末期、江が生きた時代は安土桃山から徳川。

たしかに展開を早めないと、信長・秀吉・家康に関わりあった波乱万丈の江の生涯が

描ききれない。

1年間、登場人物、出来事が次から次に出てきて、ついていけないところもきっと

出てくることだろう。

ただ、間違いなく、日本の歴史をあらためて学べ、頭の整理ができる。

「篤姫」も「天地人」も「龍馬伝」も「坂の上の雲」も、すべて歴史の復習ができた。

2011年1月 7日 (金)

マンションの知り合い

年末に熱海に来て以来、マンションの風呂で何人もの古くからの知り合いに会った。

住んで15年、それに一時期、管理組合の役員をやっていたことがあり、知り合いが

少なくない。

15年前は赤ちゃんだったYさんの息子さんは、今やもう中学生。ずっと成長を見て

きた感じがする。

『女房とふたり何とか毎日やってますよ』というSさん。93歳になられたそうだ。

オフクロより3歳上。いくぶん耳は遠くなったものの、朝夕お風呂に入っておられ、

まだまだお元気。

マンションの近くでご夫婦で中華料理のお店をやっておられるIさん。

車椅子に乗った奥さんがデイケアサービスの迎えの車に乗るのを何度か見た

ことがある。

初めて会った小学生の子供さんと話していたらTさんのお孫さんだった。利発そうな

子供さんで、学校や勉強のことをいろいろ話してくれた。

横須賀に住んでいるTさんとも久しぶりに会い、囲碁をやろうということになった。

一昨日10時からラウンジで3時間近くかけて、2局お手合わせした。これまで3度

やったことがあり、最初はボクが2目置いて打ってもらっていた。

この日は互戦の対で打ち、2連勝した。

『強くなったなぁ』とほめてもらい、うれしかった。

このところずっとNHKの日曜囲碁を録画し、プロ棋士の対局を解説つきで観ている

のがいいのだろうか。一局1時間半以上、面白く没頭し、勉強になる。

今年は例年気になる年賀状が、喪中の挨拶状を出しているため気にならず、もう

少々熱海にいることにした。

ただ、カミサンは『薬がなくなってきたので医者に行きたいし、郵便物ほかチェックし

戻ってくる』と、夜の食事を用意して、横須賀に帰った。

2011年1月 4日 (火)

獅子舞

正月2日、4年ぶりに熱海MOA美術館に新年恒例の獅子舞を観に行った。

古くからのマンションの知り合いの元MOA役員Kさんに、『初春らしい催しなので

観てきては』と、美術館の招待チケットをいただいた。

家から熱海駅まで歩いた。Cimg6905

街は例年よりお客さんが多く、

観光熱海の復活を感じさせた。

駅から、海の見える高台にある

美術館まではバスで10分足らず。

会場は美術館の能楽堂。

獅子舞を演じたのは横浜の

関古式囃子保存会の皆さん。

Cimg6916 

Cimg6917 Cimg7499

獅子舞のあと、開催中の展示、「肉筆浮世絵名作展」を鑑賞した。

菱川師宣、喜多川歌麿、葛飾北斎ほか肉筆の浮世絵、約30点が展示されていた。

300年近く前に描かれた画がみごとに保存されていることに感激。

観終わったら2時。美術館のレストランで食事をした。

ここのレストランは無農薬野菜を使った料理が特徴。

Cimg6919 Cimg6920

朝から夕方まで風がなく、雲もほとんどない青空の良い天気で、美術館から望む

海は最高だった。空と海のグラディエーションが何ともいえないすばらしさ。

初島、遠方に珍しくはっきり伊豆大島が見えた。

Cimg6923 

2011年1月 3日 (月)

箱根大学駅伝

毎年楽しみにしている正月の箱根駅伝、昨日の往路は外出していて、注目の5区の

箱根山登りを観ることができなかったが、今日は朝8時からずっと観た。

昨日往路の東洋大学の箱根山登りの柏原は今年も快挙! 何と1年生のときから

3年連続ごぼう抜きで、東洋は往路をトップで折り返した。驚異的なランナーである。

今年の見どころは、東洋の箱根3連覇 VS 早稲田の出雲、全日本大学選手権に続く

大学駅伝大会3冠達成だった。

復路は熾烈な闘いとなり、最後は早稲田が22秒差で東洋を制した。

2日間、両校で20人のランナーが11時間走り、結果が22秒の差、これだけで感動。

早稲田は18年ぶりの箱根総合優勝、それに大学駅伝大会3冠を達成した。

加えて、大会史上2度目となる11時間を切るタイムでフィニシュ。

優勝に加え、シード権争いも熾烈を極めた。

10位以内に入らないと翌年のシード権が取れず、予選会から勝ち上がらなければ

ならない。予選会の勝ち上がりも厳しい。今年は常連校で、最近の優勝校でもある

順天堂大学や亜細亜大学などが予選会を勝ち上がれず、本選に参加することが

叶わなかった。

今年のシード権争いは、ゴール直前で4校が競り合った。

結局、城西大が3秒差で破れ、来年は予選会から勝ち上がってゆかねばならない。

シード権争いをしていた中の一校、国学院大がゴール寸前にコースを間違え、

一瞬わき道に外れ、ヒヤッとする場面があった。国学院のランナーは走路を戻し、

かろうじて10位に入った。競技管理者に注意と反省を促したい。

毎年応援している神奈川大は15位。今年もシード権が取れず、夫婦でガックリ。

今年は途中棄権でたすき渡しが途絶えることはなかった。ただ、最下位の20位に

終わった日大が、時間オーバーで9区のランナーから10区のランナーにたすきが

渡せず、無念にも、たすきをつなぐことができなかった。

今年もドラマがたくさんあり、大いに楽しんだ。

2011年1月 1日 (土)

新しい年のはじまり

明けましておめでとうございます。

皆さまそれぞれ、新たな思いで新年をお迎えになったことでしょう。

我が家は今年も熱海で年越し。

昨夜は紅白歌合戦を途中まで観てCimg6885

ケータイのタイマーを6時半に

セットして寝た。

朝、初日の出を拝むため、歩いて10分

少々の海岸まで降りて行った。

6時45分、海岸には既に大勢の人が。

間もなく、かかっていた雲の上から

神々しいご来光。思わず手を合わせた。

Cimg6893 

全国あちこち大雪に見舞われている中、穏やかな元旦が迎えられたことに感謝。

帰って、冷えた体を温泉で温め、Cimg6899_2

カミサンとふたりで、雑煮と

お節で新年を祝った。

今年一年、お互い健康に

過ごせることを祈念。

お客があるわけでもなく、今年も

気楽な気ままなお正月。

午後、近くの来宮神社へ初詣。Cimg6901

来宮神社は今や我が家の氏神様。

世の中の安寧と家族・親族の健康を

祈願した。

社務所に書かれていた厄年一覧を見た。

今年は娘のダンナも娘も厄年ではない。

うれしいことか、寂しいことか、

60歳過ぎたら厄年はなくなる。

メールを開くと3通年賀状が届いていた。動画に音楽付き、メール年賀状は年々

趣向がこらされてきている。

こうして我が家の2011年は明けた。

皆さまにとりまして、新しい年が健やかなすばらしい一年になりますように。

PS 日記を30年以上書いている。

   最近は専ら5年連続日記。昨年で終わり、今日から新しい5年日記がはじまる。

   5年前の今日は、3年前は、去年は?、と見ながら書く日記は楽しい。

   5年後の2015年12月31日まで、今のペースで元気に日記が続けられれば

   いいが。。

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