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2010年12月

2010年12月31日 (金)

大みそか

2010年も今日で終わり。

定年退職し6年目の今年も、夫婦が大過なく過ごせたことに、感謝感謝。

去年沖縄に引っ越した娘一家も家族全員元気に年越しができそうで、ありがたいこと。

そんな中、今年は悲しい別れがあった。

2月にカミサンの姪が、8月にカミサンの姉が亡くなった。

カミサンが小さいころから妹のように可愛がっていた、明るくやさしいAちゃん、

カミサンの若かったころの憧れの存在で、大好きだった姉のSさん。

夫婦合わせるとたくさんの親戚がいる中、悲しい別れのあった年はこのところずっと

なかったのに。

結婚して間もないころ、軍医として何度も戦場に駆り出され、死線をさまよった経験

あるカミサンの父親から、『平凡であることは何よりも幸せ』と言われたことを

今でもときどき思い出す。

当時は若かったので言わんとすることがよくわからず、平凡であるより変化や飛躍を

求めるべきだと思ったが、この歳になると、『まさにその通りだ』と思うようになった。

90歳になったオフクロが気になり、今年は4度帰省した。年に4度の帰省ははじめて

だった。

1月に娘が沖縄で入院、手術したこともあり、今年は沖縄には3度行った。

3月には娘と孫たちを連れて、グアム旅行を楽しんだ。

姉孫は4月には小学生に、妹孫は3歳になる。健やかな成長を心より感謝している。

201005_05_misakiyuna

今年もまた、夫婦がそれぞれのペースで過ごした一年だった。

結婚40周年の記念の年でもあった。

今年もまた、定年退職者の日々を綴ったブログにお付き合いいただきまして、

ありがとうございました。

皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。

PS 今朝NHKを観ていたら99歳のおばあちゃん詩人 柴田トヨさんの詩集

   「くじけないで」が取り上げられていた。朗読された感動的な詩を聞いて、

   オフクロに贈りたく、早速本屋に行き、買って郵送した。きっと喜んで

   繰り返し繰り返し読んでくれることだろう。

2010年12月28日 (火)

裁判傍聴

先週、東京地裁で知り合いの裁判を傍聴した。

3年前、ボクとほぼ同年齢のお父さんを亡くされたKさんご家族が提訴した民事裁判。

Kさんは定年退職後、ボランティア活動、趣味、資格取得、お孫さんとの交流と、毎日を

エンジョイされていた中、加害者の一方的な過失により起きた事故で亡くなられた。

加害者を相手にした民事裁判は何度か傍聴し、既に終結している。

今回の訴訟は、Kさんが自分の車に掛けておられた「人身傷害補償保険オプション

契約」に対し、損保会社の対応が不誠実で、保険証書の約款に明示されている

『過失割合にかかわらず実際の損害額を補償する』との約束を履行しないことを

問題にし、損保会社を訴えた裁判である。

この日は初回の口頭弁論であったため、原告側から訴状、被告の損保会社側から

答弁書が提出され、裁判官が次回の期日を告げて終わるという定型パターンだった。

法廷終了後、Kさんご家族と弁護士も一緒にお茶を飲みながら話した。

ボクは人身傷害補償保険オプション契約」という保険について聞くのは、初めて

だった。10年くらい前に損保会社が作り売り出した保険で『過失割合にかかわらず

実際の損害額を補償する』ことをウリにしたオプション保険である。

契約者は、過失割合にかかわらず、上限3千万円まで、実際の損害額を補償する

という点にひかれ、細かく質問・追及することなく、いくぶんかプラスの保険料を払い、

契約しているのが実態のようである。

しかし、ひとたび事故が起きれば、損保会社は『実際の損害とは、保険会社の基準が

ベース』と主張してきて、契約者との間で考え方、主張の違いが明らかになってくる。

つい先日の新聞にも以下の記事が出ていた。

『損保ジャパンが交通事故などで支払われるはずの自動車保険の一部を支払って

いない例が、新たに発生。件数はさらに増える見通し。損保会社は07年6月までに

自動車保険などで計約47万件、約384億円の不払いが判明。金融庁から何度も

行政処分を受けた』

今後あらたに出てくる被害者の助けになるよう、裁判所には正当に評価できる判決を

ぜひとも出してもらいたい。

PS もうひとつ交通事故関連。

   昨夜11時のNHKラジオのニュースで『飲酒運転事故の同乗者の上告を最高裁が

   退け、同乗者に5,300万円の賠償を命じた判決が確定した』ことを知った。

   すぐネットでニュースの詳細を調べるてみると、息子さんを亡くされた大分の

   知り合いの方の上告審だった。

   間違いなく世の中が変わっていくことを予感させるビッグニュースである。

   最高裁の判断なので、地裁、高裁は言うに及ばず、法曹界、警察、行政全体の

   今後の動向に影響を及ぼす可能性のある出来事である。

2010年12月25日 (土)

メリー クリスマス!

今年はイブが金曜日、クリスマスが土曜日なので、日巡りは最高にいい。

イブをふたりで過ごした人たち、家族で愉しく過ごしたひとたち、たくさんいたことだろう。

今朝目が覚め、枕元に置いてあったサンタさんからのプレゼントに歓声を上げた子供

たちもたくさんいたことだろう。

我が家もかつてはクリスマスは一大イベントだった。

クリスマスツリーxmasを飾り、カミサンがクリスマスリースを作り、ケーキbirthdayを焼き、

手をかけてクリスマスディナー準備し、クリスマス プレゼントpresentを用意し、仕事で

関係していた海外あちこちの知り合いから届いたクリスマスカードmailtoを飾り・・・ 

とにかくビッグデイshinebellだった。

夫婦ふたりになった現在は、「今は昔」、クリスマスにはほとんど縁がなくなった。

届いたクリスマスカードは、オーストラリアから一枚だけ。返事も手抜きし、孫たちの

写真をつけたメールの近況報告で失礼。

そんな中、沖縄にいる孫たちとは、唯一メリー クリスマスheart04

夫婦でそれぞれ孫たちと娘に贈りたいものを詰めたビックリ箱を作った。

ボクは、①高額当たりくじが多く出る有楽町駅中央口売り場で買ったジャンボ宝くじ、

②100均で買ったドリルと犬のカレンダー、③少々早いお年玉(まだ額を問題にする

歳ではないので、きっとジャラジャラが多くあった方が喜ぶと思い、多種類の小銭で

姉孫1000円、妹孫200円)

カミサンは、①毛糸で編んだ手芸品、②クリスマスカード、③クッキーとラスク、

④娘から頼まれていた野菜の種と庭のローリエとローズマリーの葉・・・

お金のかかっていない雑多入ったプレゼントだったが、イブの昨夜姉孫が電話して

きて、『いっぱいいろんなものが入っていて、スゴイうれしかった!』と、ビックリ箱を

大変喜んでくれた。

きっと今朝は、それぞれ欲しかったものがサンタさんから届いていたのを、枕元で

見つけ、大喜びしたことだろうと思い電話したら、案の定、『ミーはローラースケート、

ユウちゃんは180ピースのプーさんのジクソーパズル、いまふたりでやってるの』

パパは仕事で海外出張中。娘が『女3人の寂しいクリスマスイブだったけど、幼稚園で

クリスマス会があったり、お友だちのお宅におよばれしたり、子供たちは楽しんでるよ』

今朝、娘のブログを見たら、『ケーキは長女が作ってくれるそうなので、今からとっても

楽しみ♪♪ どんな仕上がりになるかなぁ?! 』

沖縄に住みはじめて1年3カ月。親子ともども、すっかり地域にとけこみ、お友だちや

仲間に恵まれ、沖縄ライフをエンジョイしていて、うれしい限りである。

2010年12月24日 (金)

映画「武士の家計簿」

カミサンが観に行きたいと言い、珍しくふたりで観に行った映画(gooのポイント73点)

夫婦の間で(男と女で、と言った方が正解かも)、映画の好みはほとんど合わない。

ボクはリタイアしたあと結構映画を観ていて、ポイントがたまっていたため、今回は

ふたりタダで観ることができた。

代々加賀藩の財政に携わってきた下級武士が、妻の支えを得ながら一家、それに

藩の財政を切り盛りしていく姿を描いた作品。

世間体や時流に惑わされることなく、つつましく謙虚に、堅実に生きた家族の絆と

愛情を描いた物語。

引きこまれるような事件はなく、山や谷もほとんどない、全体がおだやかに流れて

いく映画だった。

幕末の下級武士一家の暮らしぶりが丁寧に描かれていた。

主人公、猪山直之を演じたのは、NHK大河ドラマ「篤姫」で徳川家定役だった

堺雅人。家定役同様、大変好演だった。

磯田道史氏の原作「武士の家計簿『加賀藩御算用者』」がベストセラーになって

いるそうで、カミサンによれば、磯田さんは古文書を収集している人で、見つけた

古文書からこの本を書いたそうである。

たんたんとした物語なので、映画より本で読んだ方が、きっと心に響くところが多い

だろうなぁと思った。

2010年12月22日 (水)

クリスマス イルミネーション

今年も残り10日を切り、今週末はクリスマス。

先々週あたりから、我が家の近くはクリスマス イルミネーションを飾るお宅が

増えてきた。

中には4~5軒のお宅が競い合うように飾り付けをしている通りもあり、びっくり。

去年までこんなクリスマス イルミネーションはなかったのにと思うお宅もあり、

住む家族が世代交代したのか、息子・娘家族が同居をはじめたのか、と思いながら、

楽しいイルミネーションをながめながら歩いた。

個性豊かなイルミネーションを飾るお宅は、きっと気持ちに余裕があり、家族の仲も

良いのだろう。

見ているだけで、その家族の幸せを感じる

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2010年12月20日 (月)

久しぶりに旧知の仲間と

水曜日、渋谷で古くからの知り合いふたりに会った。

11時半、NPO法人イー・エルダーの事務所に理事長の鈴木政孝さんを訪ねた。

鈴木さんとは10数年来のお付き合い。

イー・エルダーは総務省と文科省が進める、e-ネットキャラバン”(子供たちが

インターネットや携帯電話サイトのトラブルに巻き込まれないよう予防と対処方法を

講義し指導するプロジェクト)を受託し、全国の小中学校で進めている。

全国にいるシニアITアドバイザー(SITA)の方々が選任講師としてプロジェクトで活躍

されている。

鈴木さんから最近の状況について説明を受けた。

イー・エルダーは、極めて重要なプロジェクトととらえ、一層積極的に力を入れて進めて

いることがよくわかった。具体的には、①地域で学校・教育委員会などへ直接売り込み

②現場に適合した説明資料を独自に作成、③受講後のアンケートの充実とフィード

バックなど、イーエルダー方式は全国標準方式として取り上げられるべきだと思うほど

立派な形になっている。

打ち合わせのあと、同席したイー・エルダーのTさん、富士通のNくん一緒にみんなで

食事をした。

鈴木さんは、社会企業家(アントレプレナー)を育てていくため、経済産業省の肝いり

で発足した社団法人の副代表幹事を務めている。

社会企業家とは、社会が抱えるさまざまな課題を公的支援に頼ることなく、ビジネス

手法で解決していく人たちのこと。

いろいろな話題で盛り上がり、あっという間に時間が過ぎた。

せっかく行く渋谷なので、もうひとり旧知の仲のTさんに連絡し、1時半に会う約束を

していた。そのため鈴木さんとの食事を中座し、すぐ近くの待ち合わせ場所の東急

プラザに行った。

既に待ってくれていたTさんと喫茶店へ。

Tさんとの付き合いは長い。

オーストラリアに駐在したとき同じ駐在仲間だったので、もう35年以上になる。

同じ歳で、当時お互い30歳くらいだった。

Tさんは翻訳、ドキュメント関連の会社の社長をもう10年くらいやっている。

ボクのブログを読んでくれていて、いろいろコメントしてくれた。

『とにかく、孫の話が最高。あとは意見の違う話もあるからなぁ』

お互いに家族の近況を確認。

Tさんの3人のお嬢さんは結婚し独立。

うちふたりは海外に住んでいて、奥さんが時々ひとりで娘宅を訪ねるそうだ。

奥さんは英語が堪能で、『娘さんとお孫さんに会えるだけでなく、刺激のある海外に

行く機会があり、最高じゃないの』と話した。

Tさんは『いくらやっていてもきりがないので、そろそろ辞めたい』と何度も言っていた。

働きたくても働く場がない中高年が多い中ぜいたくな望みとは言え、”定年バンザイ”

を満喫しているボクには解らない話ではない。

話題は途切れることなく、3時過ぎまでいろんな話で盛り上がった。

2010年12月18日 (土)

忘年会(3)

帰省先の倉敷から夜行バスで帰ってきた火曜日、NPO法人 アクティブSITAの

月例会と忘年会に参加した。

SITA(サイタ:シニアITアドバイザ)のこと、それに町田地区を中心に活動している

サイタ有資格者のグループ、アクティブSITAのことは何度もブログに書いた。 

アクティブSITAがスゴイのは7年前の設立以来、毎月欠かすことなく月例会をやって

いること、加えて、月例会ではほぼ毎回勉強会をやっていることである。

もっともボクは遠いことを理由に、2~3か月に1度くらいしか参加していないが。

今月の例会では新しく加入したメンバーが紹介され、先月も新しい人が入り、

メンバー39名になった。

毎回のことであるが、ワーキンググループと同好会の活動報告があった。

先月行われた町田産業祭では今年もブースを設け、iPadとツイッターの講習会をやり

ブースには100人以上の参加者があったとのこと。

この日の勉強会は、3つのグループのオリエンテーション。

会の活動の下支えをしている「事務担当」と「経理担当」、2ヶ所でボランティア活動を

長い間続けている「パソコン相談室」。

月例会が終わったあとは、29名全員が参加し、忘年会。

毎回のことであるが、こちらも大いに盛り上がった。

メンバーの中には70歳代の人も少なくない。

お酒が入っても、口角泡を飛ばしながらITを論ずる人たちに、毎回のことながら

畏敬の念を覚える。

2010年12月16日 (木)

帰省(3)

90歳の母親が気になり帰省はしたものの、あまりしっかり相手をしなかった

そういう中で、ゆっくりではあるが自立歩行できるので、10月に帰省時した折には

骨折していたため連れて行けなかった墓参りに、着いた日の夕方ふたりで出かけた。

田舎にある古い墓とは別に、

弟の家から車で10分のところに Ohaka 

墓を建てたのは14年前。

墓に行けば先ず草取りと掃除から

はじめる。この時期なので草はのびて

いなかったが、掃除は1時間近く

かかった。お参りをすませたら夕暮れ。

翌日は岡山の妹宅へ見舞いに。

ボクと同年齢のダンナが1カ月半入院していて、10日ほど前に退院したばかり。

妹が何度も様子をケータイメールで知らせてくれてはいたものの、帰省する前から

ずっと気になっていた。

入院するまでのこと、入院中の様子を細かく話してくれた。

快方に向かっていることを見聞きし、ホッとした。

別れ際、ダンナから『お母さんを連れて、兄弟妹4人でぜひ食事に行ったら』と

今回も言われた。

オフクロに話したら、『ぜひ、お父さんを偲ぶ会にして』と言われ、それはいいと

兄弟妹、衆議一決。

日曜日、初めて4人でお昼を食べに行った。

オヤジのこと、もう50年以上前になる3人が小中学生だったころの懐かしい話、

当時住んでいた家の間取り、近所の人たちの話、近所の子たちとの遊び、食べて

いた食事・・・ 話題は尽きなかった。オフクロは昔話を大変喜んでくれた。

食事のあと、4人で墓参りに行き、オヤジに報告した。

今回の帰省では、思いがけない収穫もあった。

土曜日夜、岡山に住む弟の息子が来た。今年から家を出てひとりで住みはじめ、

自炊をしているそうだ。

自炊の助けに、アイフォンを使ってクックパッド・サイトを活用しているとのこと。

クックパッドは料理メニューの投稿サイト。

彼曰く、『食べたい料理があったとき料理名で、冷蔵庫にある材料で何か作れないか

と思ったときは材料名を入力し、検索するだけ。ものすごい便利』

弟のカミサンもパソコンでクックパッドを活用していて、メニューをプリントしたものを

ファイルにしていた。中に例えば、牛スジ煮込みなどあった。どのメニューも簡潔に

書いてあり、これもいい! クックパッド、ぜひ活用しよう。

1週間滞在中、いろいろあった有意義な帰省だった。

新しいデイサービス施設へのオフクロの通所スタート、有料老人ホームへの入所

準備、妹のダンナの見舞い、オフクロと兄弟妹の初めての会食、2回の墓参り、

「生命のメッセージ展 in 岡山」参加、 初めての横浜-倉敷夜行バス体験・・・

月曜日夜9時発のバスで横須賀に戻ってきた。

2010年12月14日 (火)

帰省(2)

昨日、弟のカミサンと妹と一緒に、オフクロを連れて、新たに入所する予定の

デイサービスセンターの見学に行った。

弟のカミサンと妹の印象は、今まで通っていたところより、こじんまりしていて、

アットホームな感じとのこと。全体的にいい雰囲気なので、早速契約することにした。

ちょうどリクレーションの時間で、みんな楽しくやっていて、といっても、12人の中

半数いた男性はおとなしく、ぜんぜん何もしない人、興味を示さない人が数人いた。

男は難しいんだなぁ、とあらためて感じた。

輪の中に入ることを勧められたオフクロは仲間に入れてもらい、嬉々として参加

していた。順応性の高さに、ビックリ。

ただ、家に帰ったあと『今日はどこに行って、何やった?』と聞いても、覚えていない。

認知症のパターンのひとつなんだろう。

費用の話の説明を受けた。

オフクロは要介護1。10時から4時まで6時間面倒をみてもらい、食事を食べて

費用は508円プラス食費が590円。

車の送り迎えもついて、これだけの費用で、長い時間世話をしていただけるとは。

あらためて介護保険のありがたさを実感。

おやつの時間になったのでお礼を言い、2階にある有料老人ホーム「アミーユ」へ。

アポを取っていた責任者のKさんが迎えてくれた。Kさんに会うのは3度目。

とってもいい人で我々家族全員のお気に入り。

アミーユは平成9年に岡山のお医者さんがはじめた施設で、今や全国に175ヶ所。

各施設のサービスレベルには差があることだろうが、運営の考え方には共鳴する

ところが多い。

有料老人ホームには高額の入所料を取るところが少なくないが、アミーユは入所料

無料。月々の費用も年金でまかなえるくらいということで、約15万円。

アミーユに入居し、昼間は階下のデイサービスセンターに通うことを考えていたのだが

介護保険の制度上、両建てはできないことがわかった。

ただ、入居者のためのプログラムはいろいろあり、仲間との交流にはあまり問題は

なさそうである。

弟宅から車で10分弱という立地もいい。

夜、弟と話し、空きがでたら、入居する方向で考えることにした。

長い間世話をしてもらってきた弟夫婦を介護から解放し、ふたりが気兼ねなく自由に

動ける時間を持てるようにしたい。

2010年12月12日 (日)

生命のメッセージ展 in 岡山

「生命(いのち)のメッセージ展」、それを主宰している鈴木共子さんのことは、

これまで何度もブログで紹介した。

生命のメッセージ展」は、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に命を絶たれた

人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを訴えることを趣旨に、

全国各地で行われている活動である。 

2001年にこの活動をはじめたのは、座間市在住の造形作家の鈴木共子さん。

鈴木さんは2000年4月、母ひとり子ひとりの中、育てた最愛の息子、零くんを

交通事故で喪った。

「生命のメッセージ展」はこれまで全国93ヶ所で開催された。岡山県では今回が

初めての開催

10年近く前からの知り合いで、19歳のお嬢さんを交通事故で亡くした松山に住む

女性のTさんから連絡をもらい、岡山開催を知った。

Tさんのメールに、『開催2日目に講演をすることになっています』と書いてあり、

「生命のメッセージ展」開催に合わせ、

今回の帰省スケジュールを決めた。 Cimg6861_2

昨日、岡山駅西口の会場に出かけた。

岡山駅西口の大変な変わりように

ビックリ。

会場はNHK岡山のビルの5階。

Tさんご夫婦、大阪から来たYさん

ご夫婦、運営責任者のTさん ほか、

何人か知り合いにお会いした。Cimg6863_2

途中、地元選出の自民党議員で

国会対策委員長の逢沢一郎さんが

ひとりで見学に訪れた。

臨時国会が終わりひと心地ついた

雰囲気で、思いのほか会場で

ゆっくり時間を過ごされていた。

理不尽に命を絶たれた人たちのひと型、写真と生きざまを書いた紹介文、生前

履いていた靴が展示されている。

飾られた人たちはメッセンジャーと呼ばれ、今や143人になっている。

Cimg6864_2 Cimg6866_2

会場では、来場者一人一人に

「命への愛おしさ」を赤い毛糸に  Cimg6867_2

託し、つないでもらっている。

10センチの赤い毛糸は今や

「くすだま」ほどの大きさになり

「生命のメッセージ展」のシンボルに

なっている。

岡山に住む妹が、『ぜひ見学したい』と

会場に来た。Cimg6868_2

午後、松山のTさんの講演を聴いた。

Tさんは四国の高校を中心に

「命の大切さ」を訴える講演を続けて

いる。全校生徒1000人を前に話し、

毎回反応がびんびん響いてくる

そうである。

刑務所でも同じテーマで講演をしたそうだが、満足感はいまいちだったと話していた。

この日も母親の目線で、生前のお嬢さんのこと、事故のこと、事故後の家族の様子、

9年経った今の心境・・・ 心にしみる話であった。

最後に、誰でも被害者、加害者になる交通事故に対し警鐘をならし、スピーチを

締めくくった。

講演が終わったあと、Tさんご夫婦と1時間以上歓談し『どこかでまた』と言い別れた。

2010年12月 9日 (木)

今年4度目の帰省

10月に続き、倉敷の実家に帰省している。

90歳のオフクロが心配で、『あのとき帰っておけば』と後悔することがないようにと思い

帰ってきた。

今回は夜行バスで往復することにした。時間はふんだんにある身で、費用は飛行機の

半分ですむ。

火曜日、夜11時半、横浜駅西口を出発。

夜行バスに乗ったのはいつ以来だろう。

乗客は20人くらい。大半が若い人たち。慣れているのだろう、枕、アイマスクを持参。

となりの席は空いていて、リクライニングで快適。

終点までの停車地は姫路と岡山。

12時過ぎには消灯され、念のために飲んだ睡眠導入剤が効いたのか、ぐっすり熟睡。

海外旅行で夜飛ぶ飛行機より、ずっと楽。

バスは予定の10時より少々早く倉敷駅に到着。

家に着いたら、2世帯住宅に住む弟のカミサンが風呂をわかしてくれて、気持ちよく

入浴。ぐっすり寝たため、眠気はほとんど感じなかった。

オフクロは10月に帰ってきたときよりずっと元気そうだった。

10月に来たときは、ころんで背骨と大腿部を損傷していたため、歩けずベッド生活

だったが、入院し手術したおかげで、今回は杖をついて歩けるようになっていた。

弟のカミサンには、2世帯住宅で、寝たきりになったオヤジの世話をしてもらった

ときから通算20年近く面倒を看てもらっている。

夜、弟夫婦とこれからのことをいろいろ話した。

今回いる間にオフクロを連れて、弟のカミサンと妹と一緒に新たに入所する予定の

デイケアセンターの見学に行くことにしている。

デイケアセンターの上に有料老人ホームがあり、このホームはもともと医者が始めた

施設で、ボクも弟、妹たちと一緒に2度見学したことがあり、好印象を持っている。

弟宅から車で5分くらいの場所にあるこの施設に空きができたら、そろそろ入居を

考える時期では、ということで兄弟妹の間で意見が一致した。

長い間世話をしてもらってきた弟のカミサンを介護から解放してあげたいと痛切に

思っている。

2010年12月 7日 (火)

忘年会(2)

昨夜は今年2回目の忘年会だった。

元同じ会社の仲間で、リタイア組の6人が横浜で集まった。

毎年集まっているメンバーで、昨夜の日取りは1年前の忘年会で決まった。

定年退職者ばかりなので、毎年5時にスタート。

入った居酒屋には、この時間もちろんサラリーマンはいない。

1年ぶりなので、先ずは体調の話から。Aさんは不整脈と心臓に問題ありとのこと。

そのため去年は欠席だったが、今年は元気に参加。

Hさんは腰痛で、歩いていたら思わずうづくまることがあるそうだ。

ほかの4人はさしたる問題はなさそう。

全員60歳半ばを過ぎていて、この状態は喜ばしいかぎり。

昔の仲間の様子や消息はこの歳の男が集まれば定番話。

各自近況を話す。『去年も言ったけど』と言うものの、みんなあまり覚えてない。

そういう中で、Tさんから今年も歌舞伎の話。

話題の海老蔵の舞台であの「にらみ」を見たら、1年間風邪を引かないと言われて

いるそうで、『うん、たしかに引かなかった』と。

Sさんからは今年も奥さんと行った海外旅行の話。今年はロシアと北スペイン。

ロシアは宇宙飛行士のガガーリンにまつわる話で盛り上がった。

6人の中で最もやっていることが多いHさんは、やはり話題が豊富。

地元の市民大学で学んでいること、それに今年も俳句の話。

敬老の日に世田谷の俳句会でなんと特選に選ばれたそうだ。

「和太鼓のふんばる足袋の女の子」

去年NHK教育テレビに投稿して入選した句は、「千歳飴、石段毎に当てながら」

Uさんは毎年年末のこの時期は特に忙しい。

今年も神奈川フィルの演奏会ほかあちこちで舞台があるそうだ。

居酒屋で8時過ぎまで盛り上がったあとは、いつものパターンでお茶を飲みに行った。

ここでも話題は途切れず。

来年の忘年会の日取りも12月5日5時、横浜高島屋前待ち合わせで決まった。

『落ちこぼれず、全員来れるかなぁ』と言いながら、横浜駅で散会。

2010年12月 6日 (月)

映画「クロッシング」

横須賀では先月「ハートフル・シネマ2010」という催しがあり、世界各地で公開された

作品の中から、大作や話題作の陰に埋もれがちな、心に響く9つの秀作を厳選し、

上映していることを、先日ブログで紹介した。

クロッシング」もそのひとつ。2年前に韓国で制作された映画で脱北者と引き裂かれた

家族を描いた作品で、ずっと観たいと思っていた映画。

想像を絶する人間弾圧が行われている北朝鮮の現実を、100人近い脱北者への

取材を基に描いている。世界で初めて、北朝鮮の住民のリアルな日常と強制収容所の

実態を描くことに成功した衝撃作。

ストリーのはじまりは・・・20100423_1112889

北朝鮮の炭鉱の町に住む三人家族。

炭鉱で働く元サッカー選手のヨンスは、

妻・ヨンハと11歳の一人息子のジュニと

ともに、貧しいけれど幸せに暮らしていた。

しかし、ある日ヨンハが肺結核で倒れて

しまう。北朝鮮では風邪薬を入手するのも難しく、ヨンスは薬を手に入れるため、

危険を顧みず、中国に渡ることを決意する。決死の覚悟で国境を越え、身を隠し

ながら、薬を得るために働くヨンス。脱北者は発見されれば容赦なく強制送還され、

それは死をも意味していた。その頃、北朝鮮では、夫の帰りを待ちわびていた

ヨンハがひっそりと息を引き取る。孤児となったジュニは、父との再会を信じ、

国境の川を目指す。しかし、無残にも強制収容所に入れられてしまう…。

    ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

あえてボクのコメントなしで、以下、監督と作品企画者のコメントを紹介。

『この作品を準備し、作っている間に私は何度も涙を流した。今この時点でも、

経済的に苦しい人たち、おなかをすかせている人たち、国境を渡っている人たち、

家族と別れた人たちが北朝鮮にはいる。そういう人たちにどうかたくさんの関心を

よせて、一緒に涙を流すことで、いつの日か幸せがくればと願っています』

『脱北者の実像をありのままに見せたかった。公開の保障はなかったが、制作を続け

作品として実を結んだ』 『国民の基本的な衣食住も解決できない北朝鮮の体制は、

幸せな家庭をバラバラにし、“家族は一緒に暮らすべき”という当然の命題を崩壊

させている現実を告発した作品』

2010年12月 3日 (金)

亡くなったことを知って・・・

5月7日のブログで、我が家の近くでバイクの転倒事故を起こし、救急車で病院に

運ばれたKさん(73歳男性)を病院に見舞ったことを書いた。

そののち、川崎に住む息子さんから電話があり、リハビリのため横浜の病院に転院

したことを知り、お見舞いに行ったことも6月13日のブログに書いた。

息子さんは我が家にも訪ねてきてくださって、状況をお聞きした。

気になりながらも、その後息子さんに連絡しないまま、時間が過ぎた。

先月中ごろ、もう退院し自宅に戻っているのではと思い、横須賀のお宅に数度電話

したが、呼び出し音に応答がなかった。

そのため久しぶりに息子さんのケータイに電話した。

息子さんは開口一番、『父は8月末に退院しましたが、10月3日に亡くなりました』

思わず、『申し訳ありませんでした。もっと早くお父さんにご連絡して、お見舞いに

行くべきだったのですが、悔いが残ります』と、息子さんに答えた。

本当に申し訳なかった。Kさんのアパートは車で20分くらいのところだったのに。。。

息子さんから『来週末、四十九日法要を行い、納骨します』と聞いたので、お墓の

場所を教えてもらった。

先日、お墓にお参りさせていただき、連絡しなかったことを詫びた。

お墓は市営墓地の眺めのいいところにあった。

これでKさんは5年前に亡くなった奥さんとやっと一緒になれた。

もともとKさんとは見ず知らずの仲。たまたまカミサンがバイクで転倒したKさんに

出会い、救急車を呼んで病院に搬送し、その後2度病院を見舞っただけの仲である。

見舞った折に、Kさんから身の上話をお聞きし、いろいろ感じるところがあった。

今後ますます増えていく独居老人の生活を垣間見、自分の先々含め考えさせられた。

2010年12月 1日 (水)

忘年会

今日から師走。

歳を重ねるほど1年が経つのが早いというが、まさに実感。

昨夜は今年1回目の忘年会。

勤めていた会社で海外を一緒にやっていた仲間が集まった。

3ヶ月に1度集まっている仲間で、毎回幹事をやってくれるのは横須賀に住むKくん。

このところ場所は、参加者の帰りのアクセスがいい品川に固定した。

終わったあと、横須賀に帰る電車の中で、Kくんが毎回話してくれる最近の会社の

様子を聞くのが楽しみ。

昨夜は常連メンバー7人が集まった。

中心は、かつてのボクの上司で、元ニフティの社長だったWさん。

リタイアはいぜんとしてボクだけ。みんなに会うたびに『早く辞めて定年バンザイ

やったら』と言うものの、みんなまだ現役でガンバっている。

気の置けない仲なので、それぞれが自分の考えや思いを言い合い、盛り上がる。

仕事とは縁がなくなったボクには、知らない情報、新鮮な情報が結構飛び交い

勉強になる。

WさんはIT関連のいろいろな組織に籍を置いている。

中でも中心は、監査役をしているディー・エヌ・エー(DeNA)

ディー・エヌ・エーはインターネット・オークションやショッピングサイトの企画・運営を

やっている会社で、最近テレビで頻繁に宣伝している携帯用ゲームソフト”モバゲー”

を開発・運営している。

モバゲーは急速に伸びていて、5年足らずで会員数2000万人。 

最近新聞に出ていたが、99年に有限会社でスタートしたディー・エヌ・エーは

10年ちょっとで、売上げ1000億円、利益500億円の会社に大成長を遂げた。

ホームページには「チームDeNAは、世界を切り拓く永久ベンチャーでありたいと

思っています」と書かれている。

忘年会では、『もっと人を集めて、来年6月には屋形船を借り切ってやろう』と

全員一致で決まり、お開きになった。

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