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2010年8月28日 (土)

裁判傍聴

知り合いの息子さんが亡くなった交通事故の民事裁判を傍聴した。

今回の傍聴は3回目で、前回傍聴したことは6月24日のブログに書いた。

今回は息子さんのご両親の原告本人尋問が行われた。

事故が起きたのは6年前。

警察の初動捜査は極めて杜撰で、加えて警察は加害者のトラックの運転手ならびに

目撃者の女性の供述を鵜呑みにし、それをそのまま採り入れた実況見分調書を作成

たことは前回のブログに書いた。

警察の捜査に到底納得がいかないご両親は、6年間かけて独自に、血の滲むような

事故原因解明作業を行ってきた。

ご両親が行ってきたことをテレビが取り上げ、数週間前長い時間をかけて放映された。

この日は2時間かけて自らが行ってきた作業を説明し、加害者・目撃者の供述が虚偽

であることを科学的、工学的見地から論理立てて説き、自らが考える事故原因の真相

を裁判官に訴えた。

『裁判長、ここまで状況証拠を出し、工学的・科学的見地から論理検証している

のだから(あなたが事故原因を認定できるように)、予断を持つことなく(実況見分

調書を念頭に置くのではなく)、陳述していることを素直に受け入れ、ぜひとも納得が

できる公明・公正な判断・認定をして欲しいとの思いで、法廷のやり取りをずっと

聞いていた。

交通死亡事故が”死人に口なし”で処理されていることは多くの例で知っている。

この事故処理はまさにその典型である。

ただ、ひとたび警察が実況見分調書を作成すれば、それが事故を記録する唯一の

公文書となり、覆すことはほとんど不可能であることも多くの事故例から知っている。

無能でいい加減な警察官が初動捜査を行い、作成したお粗末な実況見分調書は

事故後、遺族・被害者を苦しめる。

奥さんが以下陳述された。

『事故後、主人と私は何度も何度も事故現場に行き、通行する車を避けながら、

地面に這いつくばって、証拠探しをしてきました』と言われたことを聞き、言葉が

なかった。何故、警察でなく悲嘆にくれる遺族がここまでやらなければならないのか、

あらためて強い憤りを感じた。

もし警察官がしっかり現場を検証し、その後の捜査を行なっていたとすれば、まったく

違った展開になっていたことは間違いない。

交通死亡事故は警察官にとっては「ある日のできごと」、遺族にとっては「取り返しの

つかない一生背負っていく悲惨なできごと」である。

裁判が終わったあと、弁護士を交え、法廷でのやりとりのレビューと今後の対応に

ついて1時間以上話し合った。

次回11月の法廷で最終準備書面を提出し、裁判は終結。次々回の法廷で判決が

出される。

原告側の主張を公正に判断・認定し、裁判官が納得のいく裁きをすることを切に願う。

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