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2010年8月

2010年8月29日 (日)

裁判傍聴の前に

裁判所に行く前に、久しぶりにお会いした人とお昼をご一緒した。

在職中立ち上げたシニアITアドバイザー(SITA:サイタ)のことは何度もブログに書いた。

またSITA有資格者が、全国で多くのグループをつくり活動されていることもブログで

紹介した。グループのひとつに埼玉県を中心に活動しているNPO法人彩SITAがある。

彩SITAを立ち上げた栗原昌子さんとは10年近いお付き合い。ただ、この数年お会い

していなく、裁判所に行く前、栗原さんのパソコン教室にお邪魔した。

教室の入り口には、SITAをはじめた10年前に作ったポスターを貼っていただいていて

感激した。

  Sita1    Sita3_2 

ビルの一部屋だった事務所と教室は二部屋になり、ゆったりと余裕ができていた。

生徒さんの数も相当増えていて、先生も5人になったとのこと。

壁には写真コンテストで入賞した写真が貼られていた。順位は生徒さんの投票で

決めたそうである。写真以外にネットトレーディング講座やお絵かきコンテスト、

マージャンクラブなど多彩な教室活動が行なわれている。

Sita2 Sita4

お昼を食べながら、積もる話で盛り上がった。

教室を立ち上げたときからの彼女の想いは、引きこもりの若者支援。

彩SITAの代表、教室の運営、それに引きこもりの若者支援の三つをやっていく

ことは難しいとの結論で、彩SITAの代表はこれまで副代表をやっていた方に譲った

とのこと。

引きこもりの若者支援は6月からはじめたそうで、熱っぽく語る栗原さんの想いを

聞いた。

具体的には、「FUUの塾「fuu.doc」をダウンロード という活動を立ち上げたとのこと。

月1回、教室を開放してまったくのボランティアで、引きこもりの若者を支援する

講座をはじめた。

カリキュラムは、午前中セミナーをやり、午後は資格を取るためのパソコンの勉強。

セミナーの講師をやって欲しいと頼まれ、OKした。

閉塞感いっぱいの社会、流れに乗れない多くの若者、栗原さんの志と活動に対し、

できる範囲で応援していきたい。

2010年8月28日 (土)

裁判傍聴

知り合いの息子さんが亡くなった交通事故の民事裁判を傍聴した。

今回の傍聴は3回目で、前回傍聴したことは6月24日のブログに書いた。

今回は息子さんのご両親の原告本人尋問が行われた。

事故が起きたのは6年前。

警察の初動捜査は極めて杜撰で、加えて警察は加害者のトラックの運転手ならびに

目撃者の女性の供述を鵜呑みにし、それをそのまま採り入れた実況見分調書を作成

たことは前回のブログに書いた。

警察の捜査に到底納得がいかないご両親は、6年間かけて独自に、血の滲むような

事故原因解明作業を行ってきた。

ご両親が行ってきたことをテレビが取り上げ、数週間前長い時間をかけて放映された。

この日は2時間かけて自らが行ってきた作業を説明し、加害者・目撃者の供述が虚偽

であることを科学的、工学的見地から論理立てて説き、自らが考える事故原因の真相

を裁判官に訴えた。

『裁判長、ここまで状況証拠を出し、工学的・科学的見地から論理検証している

のだから(あなたが事故原因を認定できるように)、予断を持つことなく(実況見分

調書を念頭に置くのではなく)、陳述していることを素直に受け入れ、ぜひとも納得が

できる公明・公正な判断・認定をして欲しいとの思いで、法廷のやり取りをずっと

聞いていた。

交通死亡事故が”死人に口なし”で処理されていることは多くの例で知っている。

この事故処理はまさにその典型である。

ただ、ひとたび警察が実況見分調書を作成すれば、それが事故を記録する唯一の

公文書となり、覆すことはほとんど不可能であることも多くの事故例から知っている。

無能でいい加減な警察官が初動捜査を行い、作成したお粗末な実況見分調書は

事故後、遺族・被害者を苦しめる。

奥さんが以下陳述された。

『事故後、主人と私は何度も何度も事故現場に行き、通行する車を避けながら、

地面に這いつくばって、証拠探しをしてきました』と言われたことを聞き、言葉が

なかった。何故、警察でなく悲嘆にくれる遺族がここまでやらなければならないのか、

あらためて強い憤りを感じた。

もし警察官がしっかり現場を検証し、その後の捜査を行なっていたとすれば、まったく

違った展開になっていたことは間違いない。

交通死亡事故は警察官にとっては「ある日のできごと」、遺族にとっては「取り返しの

つかない一生背負っていく悲惨なできごと」である。

裁判が終わったあと、弁護士を交え、法廷でのやりとりのレビューと今後の対応に

ついて1時間以上話し合った。

次回11月の法廷で最終準備書面を提出し、裁判は終結。次々回の法廷で判決が

出される。

原告側の主張を公正に判断・認定し、裁判官が納得のいく裁きをすることを切に願う。

2010年8月24日 (火)

円高・株安

今日のトップニュースは、円の独歩高と東証株価の9000円割れ。

朝日新聞夕刊一面で、ミクシィ仲間の日興コーディアル証券シニアストラテジストの

河田剛さんのコメントが紹介されていた。

『当局の認識は楽観的で、市場の認識とずれている』

民主党の動きは歯がゆいくらいスローで、対応が後手後手となっている。

政府は「日銀頼み」で、昨日の首相と日銀総裁の協議で具体的な円高対策が

示されず、結果河田さんの指摘どおり、市場は失望し、その失望が相場に反映した。

この為替相場・株式相場環境は輸出型企業のみならず、多くの企業の業績を停滞

させ、結果、家計・消費にダメージを与え、経済活動全体を沈滞させ、デフレ傾向が

一層進み、最近よく言われる「デフレ・スパイラル」に陥るのでないかと懸念する。

雇用状態にも改善のきざしが見えない。福祉政策にも目を引く斬新なものがない。

この先、民主党は本当にこの国の舵取りができるのだろうかと心配になる。

国民の生活に直接深く関わることに、しっかりした対応を取らないまま、党の代表選に

異常なほどのエネルギーを注ぎ、権力闘争にうつつをぬかしている。

まったくとんでもない、馬鹿げたことだ!

尻馬に乗り、菅VS小沢問題をあおり立てているマスメディアもお粗末極まりない。

今朝の読売新聞ネットニュースにこんな↓記事が出ていた。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

 みんなの党の渡辺代表は24日朝のTBSラジオ番組で、民主党代表選への出馬を

検討している小沢一郎前幹事長について、「自分の力を実力以上に見せる力がある。

”張り子の虎パワー”だ」と述べ、実力が過大評価されているとの見方を示した。

 その上で、「張り子の虎パワーを維持するため、権力奪取と政策実現のどちらが

表(目的)で、どちらが裏(手段)かよくわからない。これが小沢さんの不幸なところだ」

と指摘した。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

選んだ国民の責任だと言ってしまえばそれまでだが、信頼でき、心底頼れる政治家が

出てくる土壌は、しばらくは期待できないのであろうか。

PS 昨夜ミクシィで河田さんにメールを送ったら、返事があった。

    『本当にこのままではまずい感じです。結局、米国と中国の景気が強くなるのを

    待つしかないかもしれません』

    専門家のアナリストの見立てがこうだから、我が家の塩漬け株は、また一層

    樽の底の方へ入ってしまった感じ。

2010年8月22日 (日)

孫たちの夏休み(3)

2週間いた娘と孫たちは金曜日

沖縄に帰った。Cimg6327 

熱海から横須賀に戻ってきたのは

火曜日の夜。

1週間留守にしていた間、庭の

野菜たちは酷暑でぐったり。

孫たちが立ち枯れそうになった

トマトの実をとってくれた。

水曜日は娘が手伝ってくれて、汗だらだらで部屋の片付けとゴミ出し。

30数年前、娘が姉孫くらいだったころ遊んでいた「リカちゃんスーパー」が出てきた。

右の写真の左側は「リカちゃんハウス」。これには思い出がある。

当時大変仲のよかったオーストラリアの会社の仲間のポールが我が家に遊びに

来たとき、娘にプレゼントで持ってきてくれたもの。

時は流れて、娘の子どもたちが喜んで遊んでいた。

Cimg6330 Cimg6331 

沖縄出発の前日、木曜日には孫ふたりを連れて娘と一緒に我が家から歩いて10分

足らずのところにある市営プールに

行き、3時間付き合った。Cimg6333 

金曜日は3時過ぎの飛行機に

乗る娘たちを車で羽田まで送った。

孫たちは出かける前、この日も

トマトを取って『おいしい、おいしい』

と言いながら食べていた。

左下は飛行場での最後のショット。

3人が出発ゲートに入ったあと階上の展望デッキに上がり離陸する飛行機を見送った。

Cimg6336 Cimg6340 

すべてが孫たち優先の2週間であった。あっという間に過ぎた2週間でもあった。

いつもの夫婦ふたりの生活に戻り、当然のことながら寂しくなった。

2010年8月19日 (木)

朝日歌壇

8月の朝日新聞の短歌「朝日歌壇」で選ばれた歌には戦争、原爆を詠ったものが多い。

65年たっても、戦争・戦後はまだまだ終わっていない。

朝日新聞は1ヶ月に1度くらい、投稿「声」の欄で「語りつぐ戦争」特集を続けている。

投稿者の多くは80歳代の方たちである。

どの投稿も戦争の凄惨さ、悲惨さ、不条理さを訴え、語っている。

まさに語り継ぐ戦争であるが、もう10年もすると語り継ぎは途絶えてしまうことだろう。

毎年特別な思いをもつ8月である。

  ※  語り出す「学徒動員」それからを生き抜いて来し声の静けさ

  ※  原爆に逝きにし父の忌めぐり来て夏幾度の桐の花咲く

  ※ その母の背中の赤子がこの私引揚げ船は横浜に着く

  ※ 空からは岩に見えよとうずくまる機銃掃射未だ見る夢

  ※ 少年時特攻で自爆するが夢老いて世界の平和なるが夢

  ※ お前らは口惜しくないかと絶叫せし若き士官ありき終戦日来る

  ※ 復員し六十五年色褪せし歩兵操典自分史に載せる

  ※ 転戦のたび潜水艦に追はるる夢遠き今も哀し「海の日」は

  ※ 卒寿なる姑(はは)の作りたる茄子の馬に乗りて戻り来む軍服の義父(ちち)

  ※ 予科練の「整列」に似る群雲をわれは見放くる生き存(ながら)えて

2010年8月16日 (月)

孫たちの夏休み(2)

娘たちと一緒に久しぶりに熱海に来た。熱海に来るのは4ヶ月ぶり。

来たらすぐ孫たちは楽しみにしていたプールへ。

姉孫は通っているスイミングスクールで背泳ぎを習いはじめたとのこと。

妹孫もあまり水を怖がらなくなってきた。水に慣れるのは姉孫より早い。

Cimg6289 Cimg6293

娘が子どもたちを連れて市の

図書館へ行き、限度いっぱいのCimg6310_2

10冊借りてきた。

姉孫は字を書くのはまだイマイチだが

読むスピードは早くなってきた。

借りてきた10冊を2日間で読んで

しまった。ついこの間までは『読んで

読んで』だったが、最近は妹に読み

聞かせするようになった。

お絵かきもふたりで。姉孫の絵は横須賀の我が家の近くのなじみの公園。

いつも遊ぶ滑り台、鉄棒、ブランコ。鉄棒の前まわりが2回、後まわりが1回できたと

興奮しながら教えてくれた。妹孫の絵は花火だそうだが、どちらが上だかわからない。

Cimg6299 Cimg6302

かつて娘が会社で同期で我々もなじみのYさんがふたりの子どもたちを連れて

1日泊まりで遊びにきた。男の子ふたり、それぞれ孫たちより1歳ちょっと大きい。

まあ、子ども4人が集まると賑やかなこと。男の子は女の子と違い、動きが激しい。

大家族ってこんな感じかと。

じっとしているのでは、もちろん治まらない。

何年間も誰もやったことがなくお蔵入りしていた、プレイステーションのゲーム

「太鼓の達人」、「ぷよぷよ」をワイワイ言いながら、みんなで楽しんでいた。

そのあとはカードゲームUNOに挑戦。姉孫もルールを理解し遊びの輪に入れた。

Cimg6316 Cimg6317s

夜はみんなで手巻きずし。子どもたちは

競争しながらたくさん食べていた。Cimg6322

翌日夕方、Yさんたちは帰った。

小学1年生の長男のSくんは涙の別れ。

帰宅したあとYさんからメールが入り、

Sくんは家に着くまでずっと車の中で

泣いていたそうだ。

よほど楽しくて別れたくなかったのだろう。

土曜日の午後、8日にオープンした齊藤市長の後援会事務所に寄った。

Cimg6304_2 Cimg6306 

4年前の選挙で初当選した折に齊藤市長と知り合った。

熱海では9月12日に市長選挙が予定されている。

齊藤さんが4年間かけて行ってきた改革、特に行財政改革、観光熱海の活性化、

各種福祉政策に一層拍車をかけるためにも、是非とも継続して改革のリード役を

果たしてもらいたい。

2010年8月14日 (土)

映画「ソルト」

評を見てストリーが面白そうで、それに定年後観た映画でベスト3に入る作品だった

「チェンジリング」の主演女優アンジェリーナ・ジョリーに惹かれ観に行った映画。

(Gooのポイント 77)

スパイアクション映画でハードボイルドタッチであったが、内容の仕込みにいくぶん

物足りなさを感じた。もう一工夫すれば、もっと好作品になるのではと思う映画だった。

ただ、冷戦時代のソ連で、優秀な子どもたちを集めて徹底したスパイ教育を施し、

訓練に耐えた者だけをアメリカに潜伏させ、一斉に戦争をしかける「Xデー」を何十年も

待ち続けさせるという実在の“KAプログラム”が下敷きになっており、ストーリーに

リアリティは十分に感じた。

以下、ネット掲載の作品の冒頭紹介。

   アメリカCIA本部。優秀な分析官イブリン・ソルトは、突然現われたロシアからの

   亡命者・オルロフを尋問する。特殊スパイ養成機関の元教官だという彼は、

   アメリカに長年潜伏してきたロシアのスパイが、訪米中のロシア大統領を暗殺

   すると予告する。

   そして、そのスパイの名は「イブリン・ソルト」だと告げる。一転して二重スパイ

   容疑をかけられたソルトは、身の潔白を訴えるが聞いてもらえず、最愛の夫の

   身を案じてCIA本部から逃走。

   だが自宅に夫の姿はなく、何者かに連れ去られた形跡が残っていた…。

2010年8月12日 (木)

孫たちの夏休み(1)

先週金曜日の夜から娘が子どもたちを連れて我が家に来ている。

パパが年1回の長い休みを取り、家族で2週間近く北海道を旅行したあと我が家に

寄った。

孫たちとは5月に沖縄で会って

以来3ヶ月ぶり。Cimg6277

久しぶりに里帰りの娘は、来て以来

連日子どもたちを連れてお友だちに

会いに行っている。

姉孫は5歳10ヶ月、早いもので

来年4月は小学生。妹孫は2歳4ヶ月。

お姉ちゃんを見ながら育っている

妹孫の成長は早い。

今回も姉孫に、『じいじ、記憶力テスト』。夜5つのものを見せられて覚え、翌朝覚えて

いるかどうかテストを受けた。何とか5つ思い出せたが、細かく聞かれると答えられず。

『まあまあかなぁ』と言われ、かろうじて合格。

姉孫は幼稚園児向けの雑誌に載っていた、ひとくちデザートのゼリーを前から作りたい

と言っていたそうで、今回雑誌を持ってきて、みんなに作ってくれた。

ゼラチンとコンデンスミルクを混ぜ、夜作ったゼリーは朝しっかり固まっていて、

みんなに振舞ってくれた。

Cimg6286 Cimg6288

孫たちは2週間我が家にいる予定。

毎日にぎやかで、孫たちとの戯れはもちろん楽しいが、圧倒され気味。

付き合っていくペース配分を考えないと。

2010年8月 8日 (日)

15年来のお付き合い

毎年お盆前のこの時期、お坊さんのHさんに来ていただいてお経をあげてもらう。

息子が亡くなって以来だから、15年のお付き合いになる。

以前はお彼岸にも来ていただいていたが、このところお盆前のこの時期だけになった。

去年は娘家族も一緒だったが、今年は夫婦だけ。

お経が終わったあと、Hさんといろいろ話しをするのが夫婦の楽しみ。

先ずHさんが『昨日まで82歳のオフクロを連れて指宿に行っていました。砂むし温泉が

気に入ったようで、歩行が不自由なんですが、温泉を出たあと杖を忘れるくらい効きめ

あったようで、また行きたいと言ってます』

去年は、北海道に連れて行ったと話していた。昨年と同じ、今年も子ども・孫、総勢

11人の旅行だったそうだ。高齢のお母さんを連れて、2年続けて家族11人が全員

揃って旅行ができることはすばらしい。

お母さんの体を考え、バリアフリー状況などをチェックするため、奥さんと一緒に

事前に下見をしたと聞いて、親を思いやる気持ちに感激。

指宿のほか、お母さんがどうしても行きたいと言っていた特攻隊基地 知覧にも

行ったそうで、ボクも長年行きたかった知覧には2年前に行き、知覧の話でも大いに

盛り上がった。

盂蘭盆」、「施餓鬼供養などについて、あらためてわかりやすく教えてもらった。

以前、得度(僧侶になるための出家の儀式)で経験したこと、得度の過程で行った

荒行についても詳しく話を聞いたことがある。

Hさんには墓地を移す相談もしたことがある。

一年に一度お会いするHさんだが、我々夫婦は波長が合い、この日も1時間以上

話し込んだ。

2010年8月 6日 (金)

広島平和祈念式典

定年後、8月6日の朝は毎年必ず広島平和祈念式典の中継を観ている。

8時15分、今年もテレビの前で黙祷をささげた。

原爆投下から65年。

今年は米国が初めて駐日大使を式典に参列させたことが大きなニュースになっている。

パン・ギムン国連大使の参列も大変うれしい。

原爆による死者は27万人近くになったとのこと。

被爆者の平均年齢は76歳を超えたそうだ。この先、被爆の惨状がしっかり語り継がれ

ていくかどうか大いに心配。

今年も秋葉市長のメッセージにはジーンときた。

『核兵器廃絶の緊急性は世界中に浸透しはじめている。世界中が一緒になって、

2020年核兵器廃絶に向かって進んでいく動きを加速したい』

今年も、小学6年生の男女による「平和への誓い」メッセージは胸に染み入った。

数日前の新聞でアフガニスタンでナパーム弾が使われ、産まれてくる奇形児が

あとを絶たないと書かれていた。

領土・宗教・国益・・・、戦争の種は尽きず、また争うことは人間の本性なのであろう。

百歩譲って、そうであることは認めたとしても、未来永劫、核兵器だけには絶対に

手をつけないことを核保有国に誓って欲しい。

まだまだ道のりは遠いが、核兵器廃絶への道はついたと信じたい

道を切り拓いていくことは、間違いなく、日本に課せられた重大な使命である

2010年8月 5日 (木)

元会社の仲間との飲み会

ボクは定年するにあたり、会社を辞めたら会社の仲間との関係・交流は終わりにし、

新しい仲間との交流、それに既に付き合いのある会社外の人たちとの交流を深め

たいと思った。

そのため、最後に所属した職場のOB会は誘われたが入会を断った。

そんな中、誘われたら出かけていく元会社の仲間のグループが数グループある。

昨夜はそのうちのひとつ、海外事業を一緒にやった仲間の飲み会が品川であった。

この集まりは、元ニフティの社長だったWさんを中心に、気兼ねなく勝手なことを

ワイワイしゃべることではじまった。

Wさんはボクより5歳上。今も現役で複数の役職に就いている。

iphoneを使いこなし、ツイッター、ブログ、ホームページほか、まだまだ現場で活躍

されている。

昨夜集まった6人の中には、やってた仕事が縁で57歳で転職し社長になったNさん、

定年後もこわれて継続して勤めることになったOさん。

常日頃思うことだが、多くの人が定年したあとも継続して仕事を続ける。

ボクはまさに、”定年バンザイ”、「定年したら、もう仕事はしない、したくない」だった。

考え方、難しく言えば人生哲学だから、個人個人で考えることは違って当たり前。

このグループでも定年退職者はいつまでたっても、ボクひとり。

6時半からはじまった会食が終わったのは9時。

ずっと盛り上がりぱなしだった。

中心話題は、昔一緒にやった仕事、一緒にやった仲間、会社の近況、最近のIT

事情・・・、当然のことながら仕事の関連が中心となる。あらたに知ることも少なくない。

このグループの飲み会のあとは最後に勤めた職場が一緒で、横須賀に住むKくんと

必ず同じ電車で帰る。昨夜も道すがらKくんが最近の会社の様子をいろいろ話して

くれた。

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