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2010年7月27日 (火)

カンボジャ ポル・ポト派幹部の裁判

多くの方は関心がないであろうが、70年代のカンボジャで自国民の虐殺に関与した

ポル・ポト政権の元幹部らを裁く特別法廷の判決公判が昨日プノンペンで開かれ、

収容所長に、禁固35年の判決が言い渡されたことを今朝の新聞で知った。

カンボジャでは1975~79年、政権を握ったポル・ポト派が極端な共産主義に走り、

自らの革命の敵と考え、知識人の処刑や都市住民の農村への強制移住、強制労働、

拷問、虐殺を繰り返し、犠牲者は国民の5人に1人の170万人にのぼったと言われて

いる。170万人と言えばおよそ鹿児島県の人口に匹敵する大変な数の人たちである。

3年8ヶ月間続いたポル・ポト時代にカンボジャはめちゃめちゃに破壊されてしまった。

道路や橋の破壊は言うに及ばず、「人材の破壊」、「制度の破壊」が、カンボジャに

壊滅的な打撃を与え、その状態が今なお国全体に残っている。

ボクは定年退職直後に会社から頼まれJICA(ジャイカ)の仕事で2ヶ月間カンボジャに

行ったことがある。そのためカンボジャには大変思い入れがある。

行ったきっかけは、4年前の06年7月6日のブログ”あれから2年(1)”に書いた。

コンピュータメーカ3社から6名が派遣され、派遣目的は『アジアの中で最貧国である

カンボジャが今後社会インフラを整備・構築してゆく上で、情報通信技術をいかに活用

していけばよいかを調査し、提言をまとめる』ことであった。

相当タフな仕事であったが、2か月で何とかみんなで報告書をまとめあげ、最後は

副首相にまで報告した。このことは”あれから2年(3)”に書いた。

今回、特別法廷で裁かれた最初の人間はプノンペンの町中にあったトゥール・スレーン

収容所の元所長である。

トゥール・スレーンはポル・ポトの残虐のあとを風化させないために今は博物館として

一般公開されている。ポル・ポトが占拠する前は高校の校舎であった。

2か月間カンボジャに滞在し、帰る前にどうしてもトゥール・スレーンを見ておきたいと

思い、帰国直前にトゥール・スレーン博物館を見学した(博物館の写真はストレートな

ため、興味のある方だけご覧ください)

ポル・ポトの残虐のかぎりを見せられ何とも言いがたい気持ちになったことを思い出す。

見学したことは、”あれから2年(8)”に書いた。

ポル・ポトのことは”あれから2年(2)”に書いた。

捜査に手間取り、法廷の運営方法も難航し、ポル・ポト政権の崩壊から30年以上

経ってやっと、真相の究明を目指し、虐殺の責任が司法の場で問われることになった。

現在拘束中のポル・ポト政権元最高幹部4人は、まだ起訴にすら至っていない。

ただ皆高齢となっているため、特別法廷の公判が今後どのように展開していくかは

わからないが、とにかく出来るだけ速やかに、正義に則った裁きが進んでいくことを

心より願っている。

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