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2010年7月

2010年7月31日 (土)

取調べ可視化法実現を求める市民の会

「取調べ可視化法実現を求める横須賀市民の会」の発足集会の案内をもらった。

テーマそのものには大いに興味が

あるが、会合では鈴木宗男衆議院Kashika 

議員が講演することになっていて、

少々違和感を感じながら昨夜の

会合に参加した。

鈴木議員の話すべてをストレートに

受け取るつもりはないが、常日頃

思っていたマスメディアの情報操作

により、国民がマインドコントロールされているのは間違いないと思うに至った。

8年前の小泉政権時の鈴木議員追放劇は外務官僚と検察官僚の共同謀議だった

ようだ。

鈴木議員は436日の拘留中胃がんを発病し、釈放後手術は間に合ったが、危うく

権力によって生命まで奪われるところだったそうだ。鈴木議員の前に逮捕された

元外務省職員佐藤優氏は500日以上拘留され、検察官から「やっていなくても

無罪にはならない、これは国策捜査だから」と言われたとのこと。

検察側の誤算はこの2人が屈することなく国策による不当逮捕、起訴を著作、講演で

白日のもとに明らかにしたことであった。

講演の締めくくりは、『自らの経験を通して、国家権力には到底勝てない、ということを

身をもって体験した。冤罪事件は殺人強盗から痴漢冤罪まで刑事事件ではたくさん

起きている。密室での取調べは検察が好き勝手にできる。人のいい人ほど誘導強要

の取調べに耐えられないのがこれまでの冤罪事件である(足利事件の菅谷さんが

よい例)。冤罪を作らせず、裁判員制度の現状にあわせるためにも、必要なのが

取り調べの際の可視化(録画・録音)法である。自分の経験から、可視化は本人は

もちろんのこと、証人・参考人の取調べの可視化が極めて重要である。加えて、

リーク情報に基づくマスメディアによる情報操作は断じて規制すべきである。

民主党はこれまで衆議院、参議院で2度可視化法案を提出し、昨年のマニフェスト

にも取り上げていたが、政権を取ってからは音なしの状態。ぜひとも民主党に

頑張ってほしい』

たまたま今朝の新聞で、『昭和42年に茨城県で起きた「布川事件」で強盗殺人罪で

無期懲役が確定・服役後、仮釈放されたふたりの男性の再審公判が昨日行われ、

無罪判決が言い渡される見通しとなった』と報じられていた。

またまた度重なる検察の許されない失態である。

検察の捜査対応の卑劣さについては、自ら悔しい経験をしたことがある。

昨夜の会合終了後、「取調べ可視化法実現を求める横須賀市民の会」会員に

申し込んだ。

2010年7月28日 (水)

アド街ック天国

今週土曜日、31日のテレビ東京系の「アド街ック天国」は、今回横須賀。

ブログに何度も書いたパソコン教室

キュリオステーションの店舗の道路をMatsuzakaya 

隔てた前に松坂屋」というお肉屋さん

がある。ご主人・奥さん・息子さんの

3人が教室の生徒さんである。

1週間に1度くらいパソコン教室に

行っているが、行ったときには

寄って肉や惣菜を買うことにしている。

手作りのものがいろいろあり、どれも美味しいお勧めの店である。

先日寄ったらご主人が、『31日のアド街ック天国に出ますから観てください。6回も

取材に来ましたが、出る時間はわずかでしょう』

番組では、我が家の裏の海沿いの遊歩道も出るらしい。

お時間のある方はご覧ください。

さて、パソコン教室の方は7月から店長が代わった。ベテランのHくんから新人の

Uくんへ。そのUくんがよくガンバってくれている。

教室の壁には生徒さんの作品が飾ってあった。ケータイで撮った写真なので

見にくいが、ワードで作られたどれもすばらしい作品である。

ブログに何度か書いたレンタルボックスは20ボックスのほとんどに借り手がついた。

Sakuhin Rental_box 

半年近く入居が決まらなかった隣りの店舗

にはタイ式マッサージのお店が入り、今月からTonaritate_2 

営業を開始した。

いま借りている店舗の1.5倍くらいの広さがあり

本当はこちらを借りたかったが、家賃の折り合い

がつかず、結局今の店舗に落ち着いた。

店長のUくんには『挨拶に行って、お互いの

お客さまに割引チケットを出しませんか、と

話してみては』と言っている。

2010年7月27日 (火)

カンボジャ ポル・ポト派幹部の裁判

多くの方は関心がないであろうが、70年代のカンボジャで自国民の虐殺に関与した

ポル・ポト政権の元幹部らを裁く特別法廷の判決公判が昨日プノンペンで開かれ、

収容所長に、禁固35年の判決が言い渡されたことを今朝の新聞で知った。

カンボジャでは1975~79年、政権を握ったポル・ポト派が極端な共産主義に走り、

自らの革命の敵と考え、知識人の処刑や都市住民の農村への強制移住、強制労働、

拷問、虐殺を繰り返し、犠牲者は国民の5人に1人の170万人にのぼったと言われて

いる。170万人と言えばおよそ鹿児島県の人口に匹敵する大変な数の人たちである。

3年8ヶ月間続いたポル・ポト時代にカンボジャはめちゃめちゃに破壊されてしまった。

道路や橋の破壊は言うに及ばず、「人材の破壊」、「制度の破壊」が、カンボジャに

壊滅的な打撃を与え、その状態が今なお国全体に残っている。

ボクは定年退職直後に会社から頼まれJICA(ジャイカ)の仕事で2ヶ月間カンボジャに

行ったことがある。そのためカンボジャには大変思い入れがある。

行ったきっかけは、4年前の06年7月6日のブログ”あれから2年(1)”に書いた。

コンピュータメーカ3社から6名が派遣され、派遣目的は『アジアの中で最貧国である

カンボジャが今後社会インフラを整備・構築してゆく上で、情報通信技術をいかに活用

していけばよいかを調査し、提言をまとめる』ことであった。

相当タフな仕事であったが、2か月で何とかみんなで報告書をまとめあげ、最後は

副首相にまで報告した。このことは”あれから2年(3)”に書いた。

今回、特別法廷で裁かれた最初の人間はプノンペンの町中にあったトゥール・スレーン

収容所の元所長である。

トゥール・スレーンはポル・ポトの残虐のあとを風化させないために今は博物館として

一般公開されている。ポル・ポトが占拠する前は高校の校舎であった。

2か月間カンボジャに滞在し、帰る前にどうしてもトゥール・スレーンを見ておきたいと

思い、帰国直前にトゥール・スレーン博物館を見学した(博物館の写真はストレートな

ため、興味のある方だけご覧ください)

ポル・ポトの残虐のかぎりを見せられ何とも言いがたい気持ちになったことを思い出す。

見学したことは、”あれから2年(8)”に書いた。

ポル・ポトのことは”あれから2年(2)”に書いた。

捜査に手間取り、法廷の運営方法も難航し、ポル・ポト政権の崩壊から30年以上

経ってやっと、真相の究明を目指し、虐殺の責任が司法の場で問われることになった。

現在拘束中のポル・ポト政権元最高幹部4人は、まだ起訴にすら至っていない。

ただ皆高齢となっているため、特別法廷の公判が今後どのように展開していくかは

わからないが、とにかく出来るだけ速やかに、正義に則った裁きが進んでいくことを

心より願っている。

2010年7月23日 (金)

ていたらくな政治にイヤケ

ひとことで言えば、政治が軽く、政治家が軽く、目指すところがまったく見えない

「甘えの政治」が続いており、辟易としている。

投げ出す首相、約束をホゴにしても弁解だけで終わらせ真摯に反省しない閣僚たち

建設的な与野党連携をまったくしようとしない政治家たち。

衆議院で落選した元議員がしゃあしゃあと参議院に鞍替えし、それを当選させる国民。

国の将来を憂い、強い信念のもと、この国を引っ張っていく気骨のある政治家は皆無。

ただただ権力闘争にうつつを抜かしている。小沢が菅を厳しく批判しはじめたとの

最近のニュースはその最たるもの。

中央ばかりではない。応援している横須賀市議会議員のIさんから定期的に届く

ニュースレターを読むと、地方も酷い。

自分だけがよければいい、今がしのげればいい、「あとは野となれ山となれ」という

連中に、この国の政治を預け続けているのかと思うと、暗澹たる気持ちになる。

一方、国民生活は疲弊の一途。

国民生活に直接影響する重要法案は突然の鳩山の辞任で、多くが廃案になった

ばかりでなく、政治のていたらくのため、将来の国民生活には、ますます光明が

見えなくなってきている。

野党時代に「あるべき論」を主張し、自民党を追求してきた民主党は、身内に甘い

規律のない体質を露呈し続けている。

今年度予算92兆円のうち44兆円が借金。900兆円近い累積借金。

膨れあがる国債残高を減らすメドもたっていない。

子ども手当てをもらっても、国民が将来に不安を抱くのは当然。

来年度予算案の編成も財源不足で綱渡り。

先月のサミットで、先進国は13年までに財政赤字を半減させる目標を決めたが、

『実現不可能』と判断された日本は例外扱い。

経済の成長戦略は定まらず、社会保障の抜本改革も遅々として進まない。

この先この国はどうなっていくのだろう、とみんなが心配しているのに。

民主党が政権を担いうる政党に成長し、自民党を中心とした政党と拮抗していく

真の二大政党の定着をこの国に希求するのは、所詮ムリなのか。。。

2010年7月20日 (火)

いのちのミュージアム

『生命(いのち)のメッセージ展を主宰している鈴木共子さんのことは、これまで

何度かブログで紹介した。

  生命のメッセージ展は、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に命を

  絶たれた人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを

  訴えることを趣旨に、全国各地で行われている活動である。 

  2001年にこの活動をはじめたのは、座間市在住の造形作家の鈴木共子さん

  鈴木さんは2000年4月、母ひとり子ひとりの中で育てた最愛の息子、零くんを

  交通事故で亡くした。

  無免許・無車検・スピード違反の酔っ払い運転の加害者が起こした極めて悪質な

  事故であった。

  零くんは1年浪人し、早稲田大学に入学した。初めての授業を翌日に控えた

  友人と2人で歩道を歩いていたところへ、飲酒運転の車が突っ込んできた大変

  痛ましい事故だった。

  悲しみのどん底の中、鈴木さんは立ち上がり、交通事故や犯罪等により

  理不尽・不条理に命を絶たれた全国の被害者に呼びかけ、2001年に

  『生命のメッセージ展』ははじまった。これまでに全国で70回以上開催された。

  また鈴木さんは猛勉強し、息子零くんが入学したものの通うことができなかった

  早稲田大学を受験し、3回目の挑戦で見事合格。

  このような鈴木さんをモデルに、早稲田大学創立125周年記念の一環で、

  0(ゼロ)からの風という映画が作られ、全国で巡回上映されている。

鈴木さんとは、零くんの事故直後に知り合い、10年近くお付き合いを続けている。

鈴木さんがあらたにはじめた『いのちのミュージアム』を見学するため、昨日日野市

会場を訪ねた。

会場は廃校になった日野市の小学校の3階ワンフロアを借り、9月25日の開所式に

向け、準備が進められていた。

Cimg6261 Cimg6262 

3階の4つの教室にはそれぞれ手が加えられ、いのちの重さを訴えるメッセンジャー

たちの常設場所として2部屋が準備されている。

トイレの壁にはボランティアの皆さんが思い思いのペイント画を描いていた。

Cimg6265 Cimg6264 

『いのちのミュージアム』つくりは、鈴木さんの長年の夢であった。

あと残った彼女のもうひとつの夢は、『生命のメッセージ展』をニューヨークの

グランドゼロで開催すること。

いのちの重さが軽んじられる事件が珍しくない昨今、ぜひ多くの人たちにその意義を

感じ取ってもらいたい活動である。

2010年7月16日 (金)

定番のお中元

我が家のお中元は10年以上、三浦のメロン。しかもずっと同じ農園から贈っている。

定年してからは毎年、この農園(木村農園)の家族の皆さんに1年に1度会うことを

楽しみに、この時期になると訪ねて行くことにしている。

電話したら『今年は出だしの育ちがよく、このところどんどん取れているので早めに

来た方がいいよ』と言われ、先日出かけた。

場所は三浦半島の先端の城ケ島の近く。我が家からは往復50キロ。

おかみさんはじめ馴染みの皆さんに今年も会えた。

ただ、おばあちゃんが見当たらない。

『体調でも崩したの?』と聞くと、『いま畑に行っている』

おばあちゃんは間もなく帰ってきた。カラスにやられないよう見張りに行っていたそうで

『誰かが座っていたらカラスはこないんだよ』とのこと。

収穫はかなり進み、出荷作業に追われていた。

Photo Photo_2

メロンだけでなく、三浦はスイカも有名。

大きなスイカがたくさん並べられていた。Photo_3

写真では大きさがわからないが

10数キロあるものばかり。

家族が集まる夏休み、毎年楽しみに

求めるお客さんが多いそうだ。

苗つくりして、植え付けは4月とのこと。

3ヶ月でこんなに大きくなるんだ。

お中元の送付をお願いし、『また来年』と、農園をあとにした。

2010年7月12日 (月)

参議院選結果に思う(2)

民主党の小沢一郎が、今回の参議院選で同一選挙区に複数の候補を強引に

立てたが、結果は惨憺たるものであった。

中でも、静岡は複数候補擁立の象徴区としてしばしばマスメディアが取り上げた。

静岡は現職の藤本祐司議員に加え、小沢は民主党静岡県連頭越しに、新人の

女性候補を立ててきた。そのため県連は大混乱に陥った。

知り合いの民主党熱海地区の選挙対策幹部のMさんから『藤本がかなりヤバイ』

とのメールをもらった。

昨夜8時からはじまったNHKの開票速報の出口調査結果をすぐテレビとネットで見た

早かった、番組がはじまって間もなく藤本祐司さんの当選確実が出た。

すぐMさんにお祝いの電話をした。

ほぼ同時にMさんから『先ほど、NHKで藤本の当確が出ました』との同報メールが

届いた。

藤本祐司さんについては、伏線話がある。

5月24日のブログに書いたが、小沢が自分の意に沿わない者に対し、秤量攻めに

するという、とんでもない対応を取ってきた。

逆境の中、藤本さんは小沢が立てた中本奈緒子候補に28万票の大差をつけて

当選した。

小沢が立てた2人目のため共倒れになった選挙区は幸いなことになかったようである。

ただ、今回の民主党の惨敗で、仕掛けをつくり、自らの活動のすべてを選挙対策に

注力してきた小沢の責任は極めて重い

加えて、現在進行中の2回目の検察審査会で起訴相当の議決が出れば、小沢は

強制起訴されることになり、好き放題やってきた小沢の政治生命はすべて終わる

ことになるであろう。

参議院選結果に思う

民主党への投票結果、自民党への投票結果に対し、いくぶん予想外に感じた人は

少なくなかったのではなかろうか。

あまり好きではない表現である”民意”は、所詮うたかたのようなものだとあらためて

感じた。また、これしかないので仕方ないものの、マスメディアの主張で右を向いたり

左を向いたりするものであることも、あらためて感じた。(ボクもそのひとりであろうが)

逆に言えば、”民意”なんて所詮は御しやすいものである。

政治(政党)がマスメディアに自分たちの都合のいい方向に向かせる記事を書かせる

”民意つくり”は昔から行なわれていることであろう。

そのうたかたの”民意”の結果が昨夜出た。

ただ、今回の選挙はこれまでの比でなく、多くの人がどの政党に投票すればよいか

迷ったのではなかろうか。

ボクも選挙区・比例区いずれもかなり迷い、最終的に『よし、これでいこう』と決め、

期日前投票場に行った。

今回の結果で、今後政治が真の二大政党の競い合いになる入り口に立つことにより

日本が少しでもましな方向に進んでいくスタートポイントに立てたことは評価できる。

当然多くの”民意”がこの点に願いを込めて、一票を投じたことも間違いない。

傲慢さがはっきり垣間見えてきた民主党へのお灸を、多くの”民意”が選択した。

政治は、『ひとりでも多くの人が(当然レベルには差があるものの)、1年後今より

少しでも安定した気持ちで毎日が過ごせる』ことを目指し、舵取りをして欲しい。

それと参議院選で毎回思うが、一度当選すれば6年間身分が保証されていること

には、まったく納得ができない。

6年間努力を続け自らを高めていく議員もいることであろうが、マンネリになり初志を

貫徹しようとしない議員も少なくないことだろう。一般的に人間は安定したポジションに

つけば、易きに流れるものである。

そこで、6年を短くして4年にし、刺激とモチベーションを持たせ続けるべきである。

3年で半数改選なんて、ナンセンスである。衆議院同様、毎回全員改選でいい。

議員定数の削減、歳費削減に加え、このことも俎上にあげて欲しい。

それと、守れない・守らないマニフェストが横行しているが、今やマニフェストは

党だけでなく、多くの候補者それぞれがマニフェストを掲げて選挙に臨む。

当選後、個々の議員が自らが約束したマニフェストの遂行状況を総括し、

各選挙区で定期的に、マニフェストの進捗状況を説明させる報告会を持つことを

義務付ける、これを制度化すべきである。

言いっぱなしはもうたくさんである。マニフェスト進捗報告会は、国政報告会より

ずっと実がある。

どの政党もやっていないことなので、どの党かがやれば評価されることは間違いない。

2010年7月10日 (土)

人間ドック

勤めていた会社の健保組合から毎年健康診断の案内が届き、夫婦で受診している。

健保組合の指定病院が神奈川県だけで30ヶ所以上ある。

横須賀にも1ヶ所あり、今年は初めてそこで受診した。

現役時代、会社の病院で年に1回人間ドックと称し受けていたものとほぼ同じ内容で、

ありがたいことにボクは無料、カミサンは4千円で受けられる。

健康診断の基本である、血液検査、尿検査で肝機能、糖代謝、腎機能のチェックが

でき、そのほか胸部と胃部のレントゲン、心電図、眼底検査、前立腺、聴力検査、

便検査、それに最後、医師による問診、と大体網羅されている。

これらの検査で、どれくらいの確率でガンが見つかるのだろうかと、毎回思う。

昨日問診してもらった先生は年配のお医者さんで、『とにかく塩分を思い切り減らす

ように。間違いなく体にいいから』と何度も言われ、そうしないと、と思った。

ほかには、『平均余命からすると、あと15~20年。大切なことはこの期間をいかに

長く”元気”に過ごせるかである。例えば、ころんで脚を骨折したら、トイレも風呂も

まわりの人の助けを借りないと自分ではできなくなる』

これも言われてみれば、まったくその通り。

先生自身がかなりの年配だからだろう、胸に響くアドバイスが多かった。

結果は2週間後に送られてくるとのこと。

送られてきた結果は我々の主治医になってもらっている近所のクリニックの先生の

ところに持っていき、意見をもらうことにしている。

2年前、このクリニックができたときのことはブログに書いた。

以来、夫婦ともども何かあったらすぐ相談に行き、診断してもらい、3~4ヶ月に1度

血液検査、尿検査をやってもらっている。

これまでに何度も先生の知識の幅の広さに感心した。

診断は的確で、仮に先生のところで処置が難しい状況が起きた場合は、先生が

持っているチャネルで専門の病院を紹介してもらえそうだ。

これからも末永くお世話になりたいと思っている。

2010年7月 7日 (水)

緑のカーテンのその後

横須賀市が主催した「緑のカーテン作り方講習会」で教わったゴーヤの育て方に

ならって、ボクの部屋の窓際にゴーヤを

植えつけ、1ヶ月ちょっとが経った。Cimg6247

2本の苗は順調に育ち、緑のカーテンを

作りはじめた。

黄色な花が咲きはじめ、小さなゴーヤの実が

いくつかついてきた。

毎日楽しみに眺め、水やりを続けている。

ゴーヤのとなりの月桂樹(下左)はこの時期

毎年新しい枝を伸ばす。この月桂樹はこの家に

越してきて間もなく、カミサンの母親が訪ねてきた折に、新居祝いとして贈ってくれた

樹なので、もう30年以上前に植えたもの。

右のさるすべりも植えて25年くらいになる。剪定の時期が適切でないのか、このところ

毎夏ずっと花をつけない。

      Cimg6225    Cimg6231   

小さな庭ではあるが、今年はカミサンが

野菜をいろいろ植えていて、収穫がCimg6219

食卓に並ぶ。

そらまめはいい感じでいくつか

とれたが、そのあと鳥に芽を食べられた

ようで残念。

そのほか、トマト、イチゴ、インゲン、

レタスなど、これから収穫が楽しみ。

Cimg6226 Cimg6228 

この時期、となりのお宅の庭にはCimg6222

毎年ブーゲンビリアが咲く。

木は年々大きくなっていて、

真っ赤な花は見事で、今年も

楽しませてもらっている。

ブーゲンビリアのとなりには

これも南国の花、月桃が

植えられている。

2010年7月 4日 (日)

あれから15年

23歳だった息子が亡くなって、明日でちょうど15年になる。

大学を出て就職し、間もなくのことだった。

土曜日、同期入社の仲間6人が今年も我が家に集まってくれた。

たった2ヶ月少々の短い付き合いであったが、毎年命日の前にみんなで寄ってくれる。

我々夫婦はとてもうれしく、毎年みんなを迎え、話を聞くのを楽しみにしている。

みんなアラフォー世代。公私ともども責任がある年齢で、会社でも最も使われる年代。

みんな忙しく、最近は全員で揃う機会もなくなっているようで、我が家での集まりは

さながら同期会。

5時ちょうど、大船からTチャン到着。

以前は料理、飲み物すべて用意していたが、だいぶ前からデザートまで含め、

みんなで手分けし持参、カミサンの負担が減った。

今年はボクが一品作った。作ったというほどのものではないが、先日テレビで観た

「食べるらーゆ」。みじん切りにしたタマネギ、ニンニクにサクラエビとサキイカをまぜ

豆板醤、トウガラシとサラダオイルを加えたもの。ボクは「食べるらーゆ」(下右)は

初耳だったが、3人が知っていて、味も好評だった。

Cimg6251_2 Cimg6250 

今年は娘の友だちのMちゃんにも幹事役のHくんが声をかけ、Mちゃんも9時すぎ

参加。女性が2人になり、大いに盛り上がった。

常連のYくんは会社で指名され、費用を出してもらい、中小企業診断士試験の

勉強中で、通っている専門の学校からの帰り、11時ころ寄ってくれた。

週末はずっと学校に通っているそうで、8月に一次試験を受けるとのこと。

一次試験は8科目、ボクもかつて挑戦しようとしたことがあって、難関の国家試験で

あることはよく知っている。

Yくんは息子に合格を祈願。全員で『ゼッタイ受かれよ!』

娘が『マンゴ送ったのでみんなで食べて』と、沖縄から美味しいマンゴを送ってくれた。

みんなが来る直前の5時ころ届き、『うまい!さすが沖縄』と言いながら、みんなで

甘いマンゴを楽しんだ。

以前に比べ当然のことながら、会社、仕事、職場の人の話題のウエイトが高くなった。

そのほか、プライベート、ビーチバレー・フットサルなどスポーツ、恋愛話、趣味・・・

以前は話題の中心だった息子の話は、もう出ることはほとんどなくなった。

さんざん盛り上がりお開きになったのは12時すぎ。以前は2時ころまで騒いでいたが

当然のことながら、みんなわきまえる歳になってきた。

9月には、息子の高校3年の仲間たちが、今年も寄ってくれることになっている。

こちらもそれぞれの子たちの1年間を知ることができ、毎年楽しみにしている。

15年経っても息子を偲んで寄ってくれる仲間たちがいて、うれしい限りである。

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