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2010年6月

2010年6月30日 (水)

ジャカランダ

熱帯、亜熱帯に咲く世界3大花木のひとつで、藤紫色の花がとってもきれいな

ジャカランダのことはブログに何度か書いた。

我々夫婦はジャカランダが大好きで、最初にジャカランダを見たのは、1975年ころ

駐在したシドニーだった。35年も前のことである。

ジャカランダの名前を聞いたことがある人はほとんどいないであろう。

日本ではごく限られた場所でしか見ることができないジャカランダが我が家の近くの

神奈川歯科大のキャンパスに植えられていることを知ったのは、3年くらい前の

ことである。

神奈川歯科大に行った折に、ジャカランダに詳しいW先生に偶然お会いし、それが

きっかけで、ちょうど2年前、W先生から苗をふたついただいた。

左は一昨年7月にいただいた苗。右は3ヶ月後の10月。

Jakaranda Rimg0068 

2年経って大きく成長した。

我が家でいただいたものと同じ種で、 Cimg6218_2 

同じ時期に植えられた”兄弟たち”が 

いることをW先生から教えていただいた。

W先生に聞いて”兄弟たち”を見に

行ってきた。

それなりに育ってきたものと思っていたが

他の”兄弟たち”に比べると成長がちょっと

遅れていることに気がついた。

植えていた鉢が小さすぎたためであろう、幹の太さ、背丈がイマイチである。

最初に見に行ったのは、市内の「あじのや」さん

という食堂。Cimg6214_2  

ジャカランダに興味を持ったきっかけはやはり

W先生との出会い。

お昼をいただいたあと、実際に見せていただき、

しばらくジャカランダ談義。

同じ”兄弟”とは思えない育ちぶりで、

幹は太く、背丈は我が家の2倍くらいあった。

ご主人が朝晩水や米のとぎ汁をやっている

そうで、木の周りには卵の殻も置いてあった。

ご夫婦が愛情を込めて育てていらっしゃる様子がよくわかった。

昨日、報告方々、神奈川歯科大の

咲き具合を見るため、講義が終わった  Cimg6240_2 

時間にW先生を訪ね、校内を案内して

いただいた。

花は既に少々散りはじめていた。

今年はシンボルツリーの花のつきが

いくぶん少ないような気がした。

”兄弟たち”にも会ってきた。

Cimg6242 Cimg6244 

W先生は今年も種から発芽させて新しい苗を育てていて、ジャカランダ談義に

花がさいた。

『横須賀市が興味を持ってくれて、海岸沿いに植えて、ジャカランダの街、横須賀に

なれば最高ですね』と、ふたりで夢を語り合った。

2010年6月28日 (月)

株主総会(2)

先週出席したDOWAホールディングの株主総会はとてもよかった。

DOWAホールディング株はカミサンが母親から相続したもので、カミサンが毎年出席し、

帰るたびに、『今年もよかった。あなたも千株買ったら』とずっと勧められてきた。

今年はカミサンが他の予定と重なったため、ボクが代わりに出席した。

カミサンの評価は、総会会場、全体の雰囲気、出される食事、会社幹部を交えた

株主懇談会のいずれもが良いと、毎年出席するのを楽しみにしている。

実際に出席してみて、大いに納得した。

先ず、総会会場は椿山荘と同じ敷地内にあるフォーシーズンズホテル。

地下鉄江戸川橋駅を降りて歩く、神田川沿いの遊歩道はすてきだった。

緑鮮やかな椿山荘の敷地内の庭園は格別だった。椿山荘は結婚式や現役時代

外人の招待で何度か使ったことがある。今回は時期が最高であり、庭園の雰囲気に

感激した。

椿山荘の筆頭株主はDOWAホールディングとのこと。

DOWAホールディングという会社は一般には馴染みの薄い会社である。

創業は120年以上前。国から払い下げを受けた秋田県の鉱山事業がスタート。

今では製錬事業、環境リサイクル事業、電子材料事業、金属加工事業、熱処理事業

など、素材の供給やサービスの提供を幅広く行っている。

07年まで順調に推移していた業績は、世界不況のあおりを受け、08年は沈んだ

ものの、09年は構造改革による生産性の向上、徹底したコスト削減、拠点の再配置

などを推し進め、好業績をあげた。

ひと言で言えば会社全体が、エコ、リサイクル、資源の再活用事業を行っている。

アジアで事業を拡大しており、特に最近その機運が盛り上がっている中国では、

来年1月から施行される家電リサイクル法に合わせ、新事業をスタートさせるなど

積極的に新市場を開拓している。

10年度は、5事業部門すべてで増収増益を目指している。

総会が終わったあと、軽食のサービスをはさんで、恒例の株主懇談会が行われた。

株主から出た多くの質問に役員が自信を持って答えていた。やりとりを聞いていて

DOWAの事業に知識が深まるとともに、これまでまったく縁のなかった精錬ほか

金属加工、リサイクルなどについて、その一端を知ることができた。

終わったあとは、役員が参加し立食懇談の場が設けられた。

たまたま近くにいた役員に初めて参加した印象ほか話したら、その方は前社長で

副会長の河野さんだった。興味深い話をいろいろ聞くことができ、DOWAに一層

魅力を感じた。

最後は立食会場に展示されていたパネルや製品を見て、担当している若い人たち

から直接説明を聞いた。

結局、終了のアナウンスがあるまで展示会場を見学した。

最少株数ではあるものの、カミサンの母親、おばあちゃんはいい会社に目をつけた

ものだと思った。

株価が下がったところで買って、来年の株主総会にも出席しようかなあと思いながら

会場をあとにした。

2010年6月26日 (土)

定年退職6年

定年退職したのは、6年前の6月だった。

当時はブログを書いていなく、退職から2年後最後の勤務日のことをブログに書いた

あっという間の6年間だった。

1日、1週間、1ヶ月、1年の経つのが早いこと、早いこと。

6月もあと2日。今年ももう半分が終わる!

今日カミサンがテレビでマイケル・ジャクソンが亡くなって1年経ったとのニュースを観て

『いやー、早い、あれからもう1年』と言っていたが、まったく同感。

いつまで元気に動けるかわからない。

ただ、ガンにさえつかまらなければ、もう20年くらいはいけるのではないかと、何の

根拠もなく勝手に思っている。

昨日、大学のゼミの仲間4人が集まり、1時からマージャンをやったあと食事をした。

ゼミ仲間のひとりが、去年11月肺ガンで亡くなったことを知った。またひとり仲間が

ガンで逝った。

たとえ、この先20年あったとしても、あっという間に過ぎていくことだろう、とも思う。

5歳の姉孫のミサキに何度か話した。

『ミーチャンの結婚式で、じぃじに挨拶させてね。ミーチャンの小さかったころのことを

みんなに話したいから』

もちろん冗談半分ではあるが、気持ちとしては、元気にその日が迎えられ、ぜひ

やりたいと思っている。

結婚40周年が過ぎ、そのうち定年退職10年が過ぎ、孫たちが小学生・中学生になり、

夫婦で元気に金婚式を迎えられ・・・、という風に大過なく過ごしていければいいが。。。

日課になっているブログもできるだけ長く続けたいと思っていますので、お付き合い

いただければ、うれしいです。

2010年6月24日 (木)

裁判傍聴

知り合いの交通事故の民事裁判を傍聴した。

6年前、当時21歳の息子さんの運転する車に前方不注視のトラックが突っ込んできて

息子さんの車は大破、息子さんが即死状態で亡くなった事故。

2ヶ月前に初めて傍聴し、そのときはトラックの直後を走っていた女性が目撃者として

法廷に立ち、証言した。

今回は加害者であるトラック運転手の被告本人尋問だった。

知り合いの息子さんの父親は事故後、事故の真相究明のため、血の滲むような努力と

原因解明作業を続けてきた。

多くの交通死亡事故がそうであるが、まさに「死人に口なし」、加害者が自己保身の

ため虚偽の供述をする。その嘘を警察は見抜けず、そのまま受け入れ、実況見分

調書にまとめ、ひとたび作成された調書は唯一の公文書となり、調書が変更される

ことは皆無に等しい。

加害者の供述に従い作成された調書をもとに、検察が必要と認めた場合は刑事裁判

行われ、加害者の処分が決まる。その一方で民事裁判が進められる。

そのような中、遺族は独自で事故原因の真相を究明する作業を行わざるを得ない。

今回の民事裁判では、加害者の虚偽の供述を暴くべく、父親が6年間かけて事故の

真相究明に力を尽くしてきた結果判明したことと、加害者の主張の食い違いが

争点となった

前回と今回の2回の法廷で、目撃者証言と被告本人尋問が行われた。

2ヶ月前、加害車両の後続車の運転手であった女性の証言を傍聴席で聞き、唖然

とすることの連続であった。明らかに加害者の虚偽の供述を裏打ちする証言で、

怒り心頭の思いで傍聴席で聞いた。トラック会社から買収されているのではないかと

思ってしまうほどの酷い証言であった。

被告であるトラック運転手の尋問は、それにも増してでたらめと思われる供述の連続

であった。肝心のポイントを突っ込まれると、「わかりません。覚えていません」を連発。

次回の法廷では、原告である両親の尋問が行われることが決まり閉廷した。

怒りと虚しさだけが残った2時間であった。

2010年6月22日 (火)

株主総会

株主総会は今週、来週いっせいに開催される。

今年もかつて勤めていた会社、富士通の株主総会に、昨日出席した。

OBとして恥ずかしい思いであるが、去年秋から富士通は社長の解任騒ぎが

マスコミで再三取り上げられた。

そのため今年の総会はきっと出席者が多いことだろうと思い、いくぶん早めに行った。

案の定、毎年の会場である横浜プリンスホテルの大会議場だけでは入りきれなく、

第2会場が用意されていた。出席した株主は2千名弱とのこと。

09年度の業績、10年度の計画の説明のあと、先週発表のあった東芝との携帯電話

事業連携の紹介があり、そのあと「取り組むべき課題」について説明された。

事業セグメント毎に現状と課題の紹介があり、会社全体の今年度のテーマとして、

①構造改革の一層の推進と攻めの経営、②増収増益基調の確立、③サービス事業を

軸に、特にクラウド関連ビジネスの深耕、④グローバル事業を拡大し、海外売上げ

比率を40%に。

21年度の決算は他の電機メーカーに比べ、良い結果に終わった。

次に、今回の総会で会社側の説明を聞こうと、多くの株主が関心を持って参加した

前社長の辞任問題について、会社側が異例の40分を超える時間を割いて説明を

行った。

朝日新聞が朝刊で大きく取り上げていた。

経営陣は「辞任は正当」と強調したが、株主からは不透明な経緯に批判が相次いだ。

最初に質問に立った株主は『この件はいろいろ問題がある。取締役選任で修正動議を

提案する。辞任を主導した間塚会長ら取締役3人の選任に反対する』

世界中でビジネスを展開する企業として、情けなく、また恥ずかしい極みである。

元いた会社への批判を、OBとしてブログに書くのはいかがなものかとは思うものの、

昨日帰宅後、株主総会のアンケートの葉書に書いて出した意見を以下記す。

  『今回の辞任劇で、会社の品位を著しく低下させたことに対し、経営陣から真摯な

  姿勢での侘びが感じられなく、自らの正当性の主張に終始していたことに対し、

  大変失望した。野副事件、一昨年の小野事件あまりの脇の甘さに愕然としている。

  会社は”公器”である(私物ではない!)との意識をしっかり持ち、情けない

  スキャンダルはもういいかげんにして欲しい。IBMの背中を見ながら追っかけていた

  往時の頑張る富士通に戻して欲しい。でないと、必死になって日夜頑張っている

  若い人たちが本当にかわいそうである。仕事をしているのは彼らである!年寄りの

  権力闘争のとばっちりで、社内のモラルが下がることだけは何としてもないように』

3時間近くに及んだ総会は、最後に取締役の選任案が決議され、会社側の原案が

賛成多数で可決された。

しかし、新聞によれば、間塚会長と大浦取締役の選任反対は、全体の15%近くに

のぼり、100%近い賛成を得た他の取締役より「批判票」が目立ったとのこと。

経営陣は失態を挽回すべく何としても頑張り、好業績で報い、来年の株主総会には

胸をはって出てきてもらいたい。

2010年6月20日 (日)

映画「春との旅」

横須賀では上映されてなく、どうして観たくて横浜まで観に行った。(gooポイント83)

予想通り、とても感動的な作品であった。後半涙を抑えきれなかった。

ストーリーのはじまりは、

  『19歳の孫娘・春と北海道の漁村・増毛で暮らす74歳の忠男。かつて漁師だった

  忠男は、妻と春の母である一人娘にも先立たれ、兄弟たちとも疎遠になっていた。

  しかし、春が勤めていた小学校が廃校になり、春は都会へ出たいと言う。そこで、

  忠男は兄弟たちの家に居候するために、春とともに兄弟たちの家を訪ねて行く

  ことにする。最初に訪れた長兄・重男は、忠男の申し出を拒んだ。実は、重男は

  老人ホームへの入居が決まっていた…』

高齢社会となる日本がこれから体験するであろう多くの問題が静かに描き出されて

いる。家族を見つめ、通い合う心とすれ違う心が丁寧に描かれた作品。

主役の忠男を演じる仲代達矢は、脚本を読み『(これまでの150本の出演作のうち)

この脚本の出来栄えは5本の指に入る』と惚れこみ、出演を決めたそうだ。

孫の人生を思いやりながらも、誰かに世話をされないと生きていけない老人の葛藤を

凄まじい迫力で演じている。

孫娘・春を演じた徳永えりも、独特の存在感を感じさせ、とても好演だった。

監督は小林政広。監督自ら、原作・脚本まで手掛けた意欲作とのこと。

監督の言葉が新聞に紹介されていた。

『人同士が互いに理解しあうのが難しい世の中で、わがまま、自分勝手でも、人と

かかわり続けたいと願う古臭い人間を描きたかった』

小林政広監督、しっかり名前を覚えておいて、これからの作品に注目したい。

2010年6月17日 (木)

横粂勝仁さんの集い

昨年8月の衆議院選挙で、横須賀地区で初当選した横粂勝仁さんのことは何度も

ブログで紹介した。

沖縄の娘宅に行っていたとき『横粂さんから電話があり、13日に集いを予定している

ので参加して欲しいとのこと』と、カミサンからケータイにメールがあった。

案内のあった催し『よこくめ勝仁と語らう集い~ちば景子法務大臣をお招きして~』に

日曜日参加した。

会場は横須賀市文化会館大ホール。

昨日、横粂事務所に寄ったとき聞いたら、参加者は700名だったそうだ。目標は

500名だったので、関係者一同大いに喜んでいるとのこと。

秘書のSさんが、『あきらかに潮目は変わってきました』

当日は冒頭、千葉景子さんから挨拶があった。

千葉さんは来月の参議院選挙で神奈川選挙区改選組候補者。

Cimg6208_2 Cimg6210

次いで、横粂さんが挨拶。

政権交代に伴い「作為の政治」が求められること、政権交代しなければ続いていた

制度・政策がいかにたくさんあるかなど、10ヶ月の政治活動から体得した経験を

もとに語った。

加えて、地元横須賀を取り巻くさまざまな問題(2大病院に産科医がいなくなったこと、

学童保育費が全国平均に比べ著しく高いこと、大企業の撤退、人口減少など)の

指摘があり、地元のために力を尽くすと力強い発言があった。

1年前、縁もゆかりもない当地に移り住み、小泉一族が4代世襲するこの地で

果敢に挑み、10万人近い人たちの支持を得た横粂さん、今や現職の大臣の

選挙を応援する集会を開き、700人の人たちを集めるまでになった。

15日の自らのブログで書いている。

『通常国会が閉会するのを受け、参議院選挙と勉強に専念したいと思っています。

昨年8月30日に衆議院議員にならせて頂いてから、色々な経験をし、様々なことを

学ばせて頂きましたが、日々がドタバタし過ぎて、勉強の時間がなかなか確保でき

ませんでした。臨時国会がスタートするときには、外務・安全保障と法務が専門ですと

自信を持って宣言できるよう、徹底して勉強したいと思います』

弱冠28歳。是非とも専門分野に精通した政策通の政治家になって欲しい。

そのことが、見ず知らずの横粂さんを選んだ地元住民へのお返しとなる。

2010年6月15日 (火)

大学の寮の仲間と信州へ

先週水~木曜日、1泊で大学の寮の仲間と信州に旅した。

大学の寮の仲間の話は何度もブログに書いたことがある。

50年近く前、姫路で過ごした教養課程の1年半、かつての旧制高校の寮に住み、

まさに同じ釜の飯を食った、青春時代をともに過ごした仲間たちである。

今回の旅行は、1年先輩の有志が企画・準備・アレンジをしてくださった。

参加者は17名。

タイからTさんとアメリカからTくんの遠来の参加組に加え、広島からTさん、愛知から

Tさん、高松からMくん、関西方面はTさん、Kくん、Sくん、それに関東組はUさん、

Nさん、Tさん、Oさん、Nさん、Sくん、Oくん、Kくん。

考えてみると、当時住んでいた1寮2階には5室あり、各部屋7名、全員で35名いた。

そのうちほぼ半数の17名が、50年近く経ったいま元気に参集したわけで、このこと

だけでもすばらしいことである。

梅雨入り間じかの時期ではあったが、雨に降られることなく、特に2日目は最高の

天気に恵まれ、鮮やかな新緑、迫りくる北アルプスの山並み、清々しい陽気の中の

上高地散策、すばらしい2日間であった。

1日目の9日(水)は関東・関西から電車を乗り合わせ、信濃大町駅で全員合流。

お昼は信州蕎麦を食べ、菖蒲の群生、アルプスの山並みを見ながら山岳博物館

まで歩き、北アルプスの景観を楽しんだ。

Cimg6183 Cimg6190 

山岳博物館のあとは、この日の宿、立山プリンスホテルへ早めにチェックイン。

ゆっくり温泉に入ったあと、6時から会食、歓談。

盛り上がったところで各自近況報告。

初参加のTさんは卒業以来初めて会った人がほとんどで、卒業後の様子と近況を

お話ししていただいた。

最後は、全員で恒例の寮歌吟唱。

あとは幹事部屋で飲み直しとマージャンで夜更けまで盛り上がった。

2日目、当初はアルペンルートの黒部湖~黒部平間のケーブルカーに乗る予定で

あったが、5月31日からケーブルカーが故障で運休しており、出発前、急遽行き先を

上高地に変更。

8時にホテルを出発。信濃大町から松本まで戻り、松本からバスで上高地大正池へ。

大正池ホテルで予約してあった昼食を焼岳、大正池を見ながらいただいた。

Cimg6193 Cimg6192 

食事のあと、絶好の時期、絶好の天気のもと、大正池から河童橋まで散策。

夏を迎える前の北アルプスの谷間や斜面の雪渓に残る雪を臨みながらの散策は

最高だった。左から西穂高、奥穂高、前穂高、明神岳。

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Cimg6203_2 Cimg6199 

Cimg6205 Cimg6204 

2時半、河童橋近くのバスターミナルに集合後、バスと電車を乗り継ぎ、

4時半、松本駅に戻り、関西組と関東組は別れ、それぞれの家路についた。

旧交をあたためた、大変楽しい2日間であった。

2010年6月14日 (月)

がんばったね「はやぶさ」

小惑星探査機「はやぶさ」が昨夜地球に帰ってきた。

正確には「はやぶさ」は大気圏に突入し燃え尽き、流れ星になった。

わが身と引き換えに、任務であった小惑星「イトカワ」の砂などを採取した(だろうと

思われる)カプセルを地球に落とした。

「はやぶさ」、「イトカワ」にまつわるストーリーを知ったとき、壮大なロマンを感じた。

とにかく出てくる数字がスゴイ。

秒速5キロで20億キロかなたの小惑星「イトカワ」に向かって「はやぶさ」が旅を

はじめたのは7年前。

長径わずか500メートルの「イトカワ」に着陸したのは、打ち上げから2年半後。

「はやぶさ」は着陸から1年半後に「イトカワ」を離れ、帰路につき、それから3年後

地球に戻ってきて、自らは燃え尽き流れ星となり、20億キロかなたの惑星で採取

してきた「お土産」を地球に落としてくれた。

「はやぶさ」が7年間に旅した距離は60億キロ。途方もない距離!

月以外の天体に着陸した探査機が戻ってきた例はないそうだ。

道中、エンジン停止、燃料漏れ、機体制御不能、挙句行方がわからずの状態が

しばらく続いた。

管制室では8割がたダメかと思っていたところ、1ヶ月半後に「はやぶさ」の電波を

キャッチ、「はやぶさ」は再び動きはじめ、予定より3年遅れで、昨夜帰還した。

今朝のテレビで『本体は花火のように見え、地表に向かって落ちていくカプセルは

10秒間くらい見えた。カプセルはほぼ予定通りの場所に落下。砂漠で直径40センチ

のカプセルを見つける作業はこれから。早ければ今日午後カプセル回収される

見通し。カプセルに石・砂の入っている確率は5分5分』 

本当によくやった!よく帰ってきてくれた、はやぶさ!

制御、問題対応・解決、すべて20億キロ離れた相模原の管制室でコントールしていた。

日本の宇宙技術はスゴイ!

大ロマンの旅の末、採取された石・砂から、太陽系の太古にまつわる物語が解き

ほぐされることを期待する。

2010年6月13日 (日)

お見舞い(2)

5月7日のブログ、我が家の近くでバイクの転倒事故を起こし、救急車で病院に

運ばれたKさん(73歳男性)を病院に見舞ったことを書いた。

診断の結果、骨盤にひびが入っていて、横須賀の病院で処置を受けたKさんは

リハビリを受けるため戸塚の病院に転院した。

横須賀の病院に見舞ったあと、川崎に住む息子さんから電話があり、転院を知った。

息子さんは我が家にも訪ねてきて、その後の状況をお聞きした。

事故時に預かり気になっていたバイクを、息子さんにKさん宅へ持って帰ってもらった。

お見舞いに行かなければと思っていた戸塚の病院に昨日行ってきた。

病室でばったり息子さんと会った。

事故から40日。直後に比べればKさんはずっと元気になり、顔つきも違ってきていた。

杖をつけば、ゆっくりひとりで歩け、トイレにも介助なしで行けるようになっていた。

リハビリを毎日午前・午後2回、1時間づつやっているとのこと。

息子さんがソーシャルワーカーと話している間、Kさんの話をいろいろ聞いた。

Kさんが一番気にしていたのは、病院に払う費用のこと。息子さんの支援は受けられ

そうな雰囲気であるものの、わずかな年金ではとてもまかなえそうにない感じであった。

そのため、来週末には退院したいと何度も言っていたが、まだとても許可は出そうに

ない状態。

『こうして息子さんに面倒をみてもらえて幸せじゃない。世の中もっともっと厳しい状況

人はいっぱいいるんだから』と言うものの、どうしてもいろいろ悲観的な発言が

出てくる。

『退院して横須賀の自宅に帰ったら、お邪魔しますから。とにかくリハビリを頑張って

早く帰れるように』と言い、病室をあとにした。

息子さんに『横須賀の自宅に寄り、いろいろ片付けてきますので、車でお送りします』

と言われ、車中いろいろ話しながら、家まで送ってもらった。

『リハビリを必死にやってくれればいいのだが』、『退院後とてもひとりで生活する

ことは難しいと思い、施設を探している』、『仕事で海外赴任しなければならない

可能性があり心配』など、いろいろ話を聞いた。

独居老人家庭の生々しい現状、今やどこの家庭でも起こりうるし、今後ますます

増えてくる珍しくない窮状、自分の先々も含め考えさせられた。

2010年6月11日 (金)

沖縄の娘宅へ(7:サイクリング)

横須賀に帰る前々日、この日は最高の天気だった。

娘は外出し、子どもたちは幼稚園・保育園に行っている時間、前から行きたいと

思っていたサイクリングに、パパのマウンテンバイクを借りて出かけた。

家のベランダから見える風景もきらきら光っていた。

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家から東西南北、これまで歩ける距離は大体歩いた。そのため、どこが坂道になって

いるかもわかっている。自転車なので坂道は避けて行かないとと思い、家の裏を

通っている「玉城・那覇自転車道」を行くことにした。

Cimg6146_2 

Cimg6162 Cimg6160 

自転車道の玉城側の終端は、

おきなわワールド前。Cimg6147 

以前行ってブログに書いたことがあるが

おきなわワールドには「玉泉洞」という

すごいスケールの驚くような鍾乳洞が

ある。

おきなわワールドには、この間幼稚園

から歩いて行ったと姉孫が教えてくれた。

おきなわワールドの入り口でしばらく休み、そのあとは隣りの八重瀬町へ行くことに

した。途中、この時期の南国特有の花、月桃、それに名前はわからないが、垣根や

街路樹でよく見かける木が鮮やかな黄色に色づいていた。

Cimg6154 Cimg6159 

八重瀬町の具志頭という集落まで行った。

歴史民族資料館があり、ちょっとのぞいてみた。

資料館の脇にふく木と思われる大木の並木道があり、花を植えていた職員がいた

ので聞いてみると、やはりふく木だった。樹齢は300~400年だろうとのこと。

種が落ちて、あちこちで小さな苗木が出ていた。

職員の男性から、『苗木を1本持って行って庭に植えませんか。孫の孫の代くらいに

なると、こんな立派な木になりますよ。ふく木ですから福を呼びますよ』と言われた。

『この大木1本で小さな我が家の庭はいっぱいになります』と笑いながらお断りした。

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翌々日、10日ぶりに横須賀に戻ってきた。

2010年6月 9日 (水)

沖縄の娘宅へ(6:梅雨の合い間)

沖縄の梅雨入りは本土より早い。

行ったときは既に梅雨入りしていた。ただ、一日中雨が降ったのは1日だけだった。 

歩いて20分くらいのところにある

地元の生産農家がそれぞれ生産者のCimg6124_2 

名前を入れた野菜を持ち込んで売って

いる農産物直売所に出かけた。

1月に来たときは刈り取り時期であった

さとうきび畑では、その後植えつけられた

さとうきびが大きくなっていた。

「花野果村」という直売所で珍しいものを

見つけた。

熱海で紹介され、何度か会い話したことのある民主党の渡辺周さんが視察に

来られたことがあるようで、「歓迎 総務省渡辺副大臣」と手書きで書かれた看板が

店の入り口にかけてあった。田舎にある生産農家の直売所を見たいとの要望で

案内された場所だったのであろう。

Cimg6133 Cimg6134_2 

帰り道、地元の不動産屋の広告を興味深く見た。

Cimg6020 Cimg6023 

この日は、娘が長い間やっているお菓子作りが認められ、商品として置いてもらう

ことになったお店に、娘が連れて行ってくれた。人が集まるフードコートのスタンド

ショップ(左写真中央)に置かせてもらっていた。

Cimg6104 Cimg6102 

家に帰ったら、姉孫が「じいじまっさ-じやります券」をくれて、やってもらった。

姉孫が育てている、子ども向け雑誌についていたおじぎ草が芽を出してきた。

おじぎ草キットに丸めて作るメガフォンがついていて、ふたりで毎日朝に晩に

「おじぎ草ちゃん、頑張って」と声をかけていた。そのため出てきた芽を見て大喜び。

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毎日娘に食事を作ってもらうのが申し訳なくて、この夜は『どこかに食べに行こう』。

即姉孫が、『常に行ってお寿司が食べたい』と言い、ボクも何度か娘夫婦に連れて

行ってもらったことがある店に行った。

Cimg6078 Cimg6080 

2010年6月 7日 (月)

今日は

我が家は結婚40周年記念日。

ネットでみると、結婚40周年はルビー婚式と書いてあった。

結婚したのは、大阪万博が開催された昭和45年6月7日。4567で覚えやすい。

結婚したときは、今では信じられないが、何と27歳と23歳の若いカップル。

「げげげの女房」のように初々しかったカミサンは、40年たった今は強くなって。

定年退職後、特に、お互いが譲らないこと、それと男と女の考え方の違いから、

お互い意見を主張し合いぶつかることが多いものの、ふたりとも元気にこの日が

迎えられたことに、心から感謝している。

3組に1組が離婚しているご時世、これだけ続いていることは、良しとしないと。

あと10年で栄えある金婚式。

元気にふたりでその日が迎えられることを願って、今夜は葉山のステーキハウスで

40周年を祝った。

2010年6月 5日 (土)

沖縄の娘宅へ(5:久高島)

沖縄の娘宅に行ったのは今回が4度目。

毎回ポピュラーな観光地とは無縁である。その中でずっと行きたかった場所があった。

それは娘宅から車で30分くらいの港から、船に乗って行く久高島という島。

沖縄にはあちこちに琉球より続く聖地がある。これまでもあちこちの聖地に行ったが

その中で久高島は聖地中の聖地。

朝娘が弁当を作ってくれ、一緒に用意してくれた麦茶を持ってフェリーに乗る安座真港

(写真右下)まで車で送ってもらった。

『帰りは夕方の忙しい時間になるので自分でバスを乗り継いで帰るから』と言い、

別れた。

あらかじめネットで調べておいた10時発のフェリーに乗った。久高島までは20分。

Cimg6053 Cimg6055

久高島は周囲約8キロの島。着いたら、先ず船着き場近くの貸自転車店で自転車を

借りた。

実は久高島に行きたかったわけがCimg6060

もうひとつあった。

それはこの小さな島の小さな幼稚園を

訪ね、R先生に会うこと。

姉孫が家の近くの幼稚園で3月まで

R先生にお世話になり、送り迎えで

行くたびにR先生に会っていた。

家族全員、R先生のことが大好きだった。

そのR先生が4月から久高島に赴任された。

もともと初任の先生に決まっていたのに、離島に初任の先生を行かせるのは

かわいそうなので自分が行くと、自ら志願して単身赴任したと娘から聞いていたので

久高島に行ったらぜひR先生に会いたいと思っていた。

事前連絡なしの突然の訪問にR先生はビックリし、感激された。

Cimg6061 Cimg6062

園児はたった4人。2歳と4歳がふたり、それに5歳がひとり。4人には広すぎる

施設で、のびのびと保育されていた。

幼稚園のすぐそばに小中一緒の学校があり、幼稚園と小中学校で児童・生徒は

44人とのこと(島の人口、約200人)

『ぜひミサキちゃんとユナちゃんを連れて久高に来て、うちに泊まるように娘さんに

言って』と言われ、ケータイの番号を教えてくださった。

幼稚園のあと、先生から紹介された久高島宿泊交流館を訪ねた。

Cimg6064_2 Cimg6065

民族資料室ものぞいた。いかにも久高島らしい展示物が並べられていた。

聖地巡りをしていて、「にらいかない」という言葉をよく見聞きした。

「にらいかない」の意味がよくわからなかったため、ここで聞いた。

南西諸島各地の伝承や信仰に出てくる遥か彼方に存在する人間界とは隔絶された

「異界」とのこと。豊穰や幸福をもたらす神々の楽土ということのようだ。

『悪いことをしなかったら「にらいかない」に行けますよ』と言われた。琉球の人々に

とっての天国みたいな場所のようである。

資料館のあと、自転車で海岸沿いを通り、林の中を走った。

Cimg6068_2 Cimg6070

20分くらいで、島の東端の

カベール岬に着いた。Cimg6071

ここで海を眺めながら娘が作って

くれたお弁当を食べた。

そのあと、島の北側の海に沿った

道を走った。

途中、島で最高の霊地と言われる

フボー御嶽という場所に寄ったが

中には入れなかった。

Cimg6075_2 Cimg6074

船着場まで戻る途中、ヤグルカーという場所で見たさんご礁の海の色は最高だった。

潮が満ちていたら、もっとすばらしい景観だったことだろう。

Cimg6076 

夜、娘がR先生に電話したら大変喜んで、『ぜひ家族みんなで来て、うちに泊まって』

とあらためて言われた。

久高島への小旅行は、今回の10日間の滞在中唯一の観光であった。

2010年6月 2日 (水)

ツートップの辞任

大半の国民が、『当然だ』との印象で今朝のニュースを聞いたことだろう。

鳩山と小沢ふたりが辞めたのを知り、先ず思ったことは、小沢が次の総理に対しても

影響力を残し、院政を敷かないかという懸念であった。

ただ、もう一歩踏み込んで考えてみると、小沢の次の狙いは政界再編であろう。

政権交代が現実のものとなりはしたものの、交代した政権はあきれるほどのていたらく

で、小沢は結局金の話を公の場で国民に説明することなく、好きなようにやりたい放題

やり(直近では参議院選挙のため郵政改革法案を強引に通し)、挙句辞めたとしても

影響力を行使し続けることは間違いない。

この先は民主党に未練を感じることなく民主党とは決別し、政界再編の混沌の中心に

自分を据えるであろうと推測する。

となると、また小沢が違った形で登場してくる。

第2回目の検察審査会では、起訴相当が議決されることは間違いない。その先は

失点続きの検察が何としても起訴することである。

起訴されればその身は法廷の場に持ち込まれる。

民主主義国家である。私利私欲で動いていく政治はもういいかげんにして欲しい!

鳩山の方は、この9ヶ月間、鳩山にとっては何だったのかとの思いである。

55年体制がひっくり返ったのだから、随所に不具合が出ることはやむ得ない。

だが、鳩山は一国を率いるリーダーの資質・素養はとても持ち合わせていない

人間であった。

本人は否定するであろうが、結局は安倍、福田同様、投げ出し・逃げ出しで終わった。

今夜はホッとして、きっとすっきりした気持ちで過ごしていることだろう。

沖縄の人たちは言うに及ばず、国民は堪ったもんじゃない。

今日までの道程と最後の締め方は、本人はだいぶ前から決めていたのでは

ないかと思う。

マスメディアにも言いたい。昨夜は『周りから辞任を求める声が上がっても、総理は

続投していくだろう』と何度も報じていた。論拠のない心証を推察する報道は慎む

べきである。結果、国民をミスリードする。

今夜、鳩山は『次の総選挙には出馬しない』と言ったようである。自分の”美学”を

示したいのであろうが、無責任なこのような”美学”に国民は苛立ちを覚える。

9ヶ月間やってきたことには、もうこの先政治責任は負わないということを裏返しに

言ったに過ぎない。

このようなツートップを背負わされた国民は哀れである。

5月12日のブログ横粂勝仁さん、ガンバレ!」で横須賀選出の新人の横粂議員

が「首相・幹事長の辞任を求める考えを表明した」とのニュースを紹介した。

再生民主党には、今度こそ、このような議員が活躍できる場をぜひとも作って欲しい。

               

画像貼り付け問題解決

写真が大きすぎてブログに貼り付けられない問題は解消した。

メンバーになっているNPOアクティブSITAのメーリングリストに『推奨できる画像縮小

フリーソフトを教えて欲しい』とメールを送ったら、3人のメンバーからアドバイスが

送られてきた。

アドバイスに従いいろいろ試した結果、「縮小専用」というフリーソフトをダウンロードし

使うことにした。

サイトに「縮小専用」を開発した思いが書かれていた。

   『たくさんの画像ファイルを一括で簡単に縮小させたい。

   デジカメ画像を綺麗にしたい。 Jpegの圧縮率はもちろん、

   ファイルサイズを指定して縮小したい。

   …そんなソフトが欲しかったので作りました』

使ってみると使い勝手はいいし、画像をくっきり鮮鋭化できる優れもの。

トリミング機能はついていないが、写真を撮るとき、しっかり確認すれば

トリミング機能はなくても大丈夫。

開発元は、有限会社インターセクション。代表者がひとりでやっている会社のようだ。

早速、既に書いたブログ「沖縄の娘宅へ」の2・3・4に写真を貼り付けた。

それに、写真をクリックしてもらえば、別ウインドウで拡大画像がホップアップする

形に変えた。

これで旅行中書くブログに写真が貼れるようになった。

「沖縄の娘宅へ:5」以降は、明日横須賀に帰ってからゆっくり書く予定。

2010年6月 1日 (火)

沖縄の娘宅へ(4:日々の流れ)

いぜんとしてブログに画像がアップできない。

ただ、原因はプロバイダーの障害ではなく、アップしようとしている写真のサイズが

大きすぎるからではないかと思うに至った。

というのは、家から持ってきたパソコンは最近買ったミニノートで、プレインストール

されている画像処理ソフトは、我が家の他のパソコンに入っているWindows picture

managerではなく、Windows picture and Fax viewer

Windows picture and Fax viewerは文字通りビューアソフトのため、画像の編集が

できず、画像サイズの縮小ができないため、写真が大きすぎてブログで拒否されて

いるようである。

あちこちで撮った写真があるが、写真付き記事は横須賀に帰ってから書くことにした。

さて、娘宅に来て、今日でちょうど1週間が経った。

一日のペース、それに娘に対し何をサポートすればよいかが何とかつかめてきた。

家から比較的近い姉孫の幼稚園への車の送り迎えはボク、遠方の妹孫の保育園

への送り迎えは、道に慣れている娘。

毎朝の掃除機かけ、食器洗い、ふとん干し、ごみ出し、ふとんの上げ下ろしはボクの

仕事。洗濯物の取り込み、子供たちの風呂、買い物などは娘かボクのどちらか。

一度はつくろうと思っていた食事は結局つくらずじまいで、娘の世話になり、数度の

外食でごまかした。

それにしても、育児と家事、やることがなんとたくさんあることか。

『これはお父さんがやってくれたということを、

ひとつくらい残して帰ってよ』と言われCimg6123

一昨日、大家さんから借りている畑の

草取りをした。

たった4~5㎡くらいの場所ではあったが、

たくさんはえていた雑草を処理するのに

2時間近くかかり、達成感は十分にあった。

いつも手厳しい娘も、この作業に対しては、

『ありがたかった~』

パパが出張から帰ってくるのと入れ違いに、明後日には横須賀に帰る予定。

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