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2010年2月15日 (月)

市議選出陣式

3週間いた沖縄から横須賀へ帰ってきて、あの沖縄の暖かさが懐かしい。

帰ってきた日、沖縄は最高気温26度、こちらは6度。

薄い布団1枚でよかったものが、上下に毛布、大きな布団をしっかりかけて寝ている。

さて、昨日は先月22日のブログに書いた日野市の市会議員 菅原直志さんの市議選に

向けた事務所開きと出陣式に参加した。

選挙は21日。昨日公示され、1週間の選挙戦がスタートした。

菅原さんのことは何度かブログに書いた。

犯罪被害者団体ネットワークの事務局長で、このことがきっかけで1年前に知り合った。

25歳で挑んだ日野市の市議会議員に当選し、4期16年間地道に活動されてきて、

今回5期目の挑戦。

事務所開きは2時にスタートした。Pic1 

選対本部長ほかの挨拶のあと

菅原さんが5期目に臨む心境、

16年間やってきた実績、政治信条を

話した。今回も感動的な内容であった。

初めて市議を目指した16年前のことが

特に心に響いた。

お金も車も事務所も何もない中、支えてくれる仲間はたった5人。当時住んでいた

アパートの前で、実行したい政策を訴えたのが第一声。

菅原さんのバックグラウンドは、岩手の片田舎に住んでいた7歳のときお父さんを

交通事故で失くし、お母さんが内職の月収6万円で3人の子どもたちを育て、貧困と

失意のどん底の中、 ブログに何度か書いた「あしなが育英会」の支援を受け、高校

大学に進学した経歴の持ち主。

菅原さんの政治信条は、『あしながさんの愛を政治に』

昨日の挨拶でも、「社会に見捨てられなかった」という感謝を形にするために16年間

走り続けてきたこと、市議会で「被害者支援条例」を提唱し、4年間かけて、東京都で

初めて条例制定を実現したこと、現在最も力を入れていることは、自殺対策で、

『自殺は社会死、政治に責任』を掲げ、日本初の条例化を目指して活動していること

などが紹介された

4時から場所を移し、京王線高幡不動駅前で出陣式が行われた。

日野市長ほか応援演説があり、多くの道行く人たちが足を止め、菅原さんの演説に

聞き入った。応援弁士のひとりは、菅原さんの恩師である元NHKアナウンサーの

酒井広さん。

Pic2 Pic3 

出陣式が終わり、品川に帰られる酒井さんとご一緒した。 

酒井さんは今年84歳とのこと。30年近く前であろうか、テレビで拝見していた酒井

さんの面影が思い起こされた。

NHK、その後民放で活躍されたころの話、戦争・戦後の話、支援されているあしなが

育英会のこと、菅原さんのこと・・・

『お互い、道中退屈しませんでしたね』と挨拶を交わし、お別れした。

【追伸】

先日ブログ「市議選出陣式」で紹介した、日野市の市会議員 菅原直志さんの選挙結果について。

日曜日に投開票が行われ、当選者24名中5位、得票数3153、前回の1800票に大きく積み増し、

すばらしい結果となった。

平素の菅原さんの地道な活動が見事に実を結んだ。

当選の報告メールと電話をいただいた。

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