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2009年7月

2009年7月31日 (金)

我が意を得たり!

昨日の朝日新聞に、まさに我が意を得たりと思う記事があったので紹介する。

1ページ使った『私の視点』という記事中、『官僚改革 人事権掌握、党首の公約に』

のタイトルで元経済企画庁長官の田中秀征さんが書いた意見である。

田中秀征さんはもともと好きな政治家だった。

意見の一部を原文のまま紹介。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

今回の総選挙では官僚改革が最大の争点になるだろう。その突破口を開く「政治

機能の強化」、すなわち官僚主義から政治主導への転換を実現する具体的方策に

議論が集中する雲行きだ。  ~中略~

人事権の問題こそが、官僚改革、「政治機能の強化」の核心に他ならない。長い間

日本の官僚の人事は事実上、官僚自身が自分の都合がいいように計らう”お手盛り

人事”だった。政治(大臣)はそれをそのまま追認するに過ぎなかった。任命権者だと

言い張って大臣が人事権の聖域に踏み込めば、官僚は組織的に抵抗し、行政を

機能麻痺に陥らせてしまう。

歴史を見ても、他の国々と比べても、これほど異常な政と官の関係を私は知らない。

「政治機能の強化」の要諦は、①首相の周辺を民間人の同士(企業家、言論人、

学者、弁護士など)で固めること、②官僚幹部の人事権を掌握すること、に尽きる。

この二つを政治が取り戻せば、マニフェストの実現が担保され、そこからすべてが

大きく変わる。天下りはいうに及ばず、地方分権であれ、税制問題であれ、官僚から

は出てこない自由な発想で、新たな進展が見られるに違いない。

鳩山代表は党の公約とは別に、代表個人の公約を「党首の公約」として打ち出す

必要がある。鳩山氏は重要な課題に政治生命を賭けることをいとわない数少ない

政治家だ。この際、明確な政治メッセージを発し、帰る橋を焼き落としてほしい。

今回の総選挙は来夏の参議院選とワンセットだ。この二つの国政選挙を通じ、

「民権政治」の土台ができる可能性が出てきたことに、私は胸を躍らせている。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

民主党はマニフェストで、「閣僚委員会」、「国家戦略局」、「行政刷新会議」などの

新設を公約している。あらたにつくる形、組織にしっかり魂を入れて、国民が期待

する世直しに、是非とも結びつけてほしい。

2009年7月27日 (月)

久しぶりの熱海

土曜日に開催されたマンションの理事会に出席するため、金曜日の夜、2か月ぶりに

熱海に来た。最近は理事会のときしか来なくなった。

カミサンはもっと来る回数が少ない。年末年始以来一度来ているかどうかくらいでは

なかろうか。

5月のままになっていたカレンダーを2枚めくった。

10時にはじまった理事会が終わったのは1時。

盛りだくさんの議題であったが十分に議論でき、決めるべきことは決まった。

あと残っている大きな課題は機械式駐車場の扱い。

現在3層の駐車場を1層の平置きにするか、上下式の2層にするかに絞られてきた。

再度それぞれの見積もりを取って、次回の理事会で必要なコストと台数の見合いを

議論し、11月の総会に諮り、決定することにした。

総会準備のため、9月と10月に1回づつ理事会を開催することを決め、散会した。

今朝は久しぶりに、3年前の市長選で齊藤市長の選挙参謀役だったMさんを訪ねた。

今月初めの静岡県知事選の裏話からはじまり、8月の総選挙、静岡県6区の見通し、

それに1年後の市長選など、Mさんの話をいろいろ聞いた。

また、民主党が政権を取ったときの右派、左派、その他のグループの調整と牽引に

いかにリーダーシップが必要か、それに予想される自民の巻き返しなど、新聞・テレビ

では報道されないような話がいろいろ聞けて面白かった。

1時間半以上お邪魔し、お昼になったので失礼した。

2009年7月24日 (金)

本郷3丁目から丸の内

東京に出ていくのは月にせいぜい数度なのに、火曜日は2件が重なった。

12時から、ブログでも何度か書いた犯罪被害者団体ネットワーク(通称ハートバンド)

の運営委員会が本郷3丁目の事務所で行われた。

この会のリーダーは日野市の市議会議員のSさん。ボクは42歳のSさんを尊敬して

いる。総選挙が決まり忙しい中、この日もひとりでいろいろ準備してきてくださって、

会合では決して独断専行することはなく、参加者の意見を聞き、まとめ、その後必要な

作業を黙々とやってくださる、Sさんはそんな人である。

この日のテーマは3つ。

8月22日に全国の19の犯罪被害者組織が集まるハートバンドの実行委員会、および

翌23日に水戸で行われる国際被害者シンポジウムの準備状況の確認、それに

11月28日に予定されている「犯罪被害者週間全国大会2009」の準備。

この日参加したメンバーは10名。うち女性が8名。男はSさんとボクだけだった。

12時から3時まで、買ってきた弁当をみんなで食べながら、密度の濃い議論をし、

3テーマいずれも今後必要な作業と分担が決まった。

終わったあと、仕事のあるSさんと別れ、5人で2時間近くお茶をしながらワイワイ盛り

上がった。

皆さんから、先月33歳の若い市長が誕生した横須賀で何かやろうとの提案があり、

ボクが、選挙で選対のキィマンだった息子の友達のMくんに相談し、吉田市長に

アプローチすることを約束した。

本郷3丁目から丸の内に移動し、3か月に1度やっている大学の寮の仲間の集まり

惜春会に参加した。

今回は8人参加のこじんまりとした集まりで、少々寂しい感じであった。

仲間のひとりが5月に手術した前立腺癌の報告をしてくれた。

参加8人中前立腺トラブル経験者は3人。定期的な前立腺検診(PSAチェック)は

必須である、と全員の意見が一致した。

それに一昨年、『毎回の集まりでどんな話題でもいいので誰かがスピーチすることに

しよう』と決め、1回目を去年の1月の集まりで1年先輩のUさんにやっていただいた。

スピーチをした人は次のスピーカーを指名することができるというルールになっていて

実は1年半前ボクが指名された。以来ずっと気になっていたが、1年半経ってやっと

今回、一昨年11月夫婦で行ったニュージランド旅行について用意したパワーポイント

画像を使って話した。

その他の話題としては、昨年Oくんの頑張りで実現した信州旅行の第2段をやろうと

いうことになった。

今回も他のグループがすべて帰ったあと、惜春会が最後となり、恒例の写真撮影を

Tさんにやっていただいて、お開きとなった。

2009年7月22日 (水)

夏祭り

幼稚園が夏休みに入り、娘が子供ふたりを連れて、日曜日に1泊とまりで来た。

お目当ては、我が家の町内会のお祭を子供たちに見せること。

姉孫のミサキが妹のユナをかわいがり、よく面倒をみてくれる。

ユナは発せるコトバの数が増えていた。面白いのは「たっけてー!」。手助けして

欲しいとき、「助けてー」と大きな声を出す。それに何かをして欲しいときは「ママー」。

椅子に座らせて、椅子から下ろして、ものを取って、なんでも「ママー」。

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お祭りということで、娘はふたりのユカタを持ってきていた。

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近くの公園の広場でやるお祭りは以前は盆踊り大会であったが、最近はがらりと

変わってきた。盆踊りはあまりなく、フラダンスや太鼓が中心になってきた。

フラダンスを習っているミサキは子供たちの踊るフラダンスに興味を持ち、一緒に

手まね、足まねをしていた。

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町内会の地区毎で分担し、やきそば、

焼き鳥、かき氷などいろんな出店が  Rimg0160

毎年出る。

お祭りに出かける前、ミサキに250円

持たせた。ひとりで買い物をするのは

これが2度目。

出店を何度も回り、やっと決めたのは

フライドポテト。

とても緊張していたが、しっかりひとりで買えた。

翌日、日曜日は娘が子供たちが楽しめそうなところをネットで探しくりはま花の国

という緑いっぱいの公園に出かけた。

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駐車料金だけ払えば入園は無料。ゆったりした広い施設だった。

足湯があるということで行ってみた。

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このあと、いろいろな遊具がある冒険ランドに行って遊び、帰りに上の写真の園内

巡回バスに乗って帰ろうと楽しみにしていたミサキは、足湯のあと暑さと疲れで

急に元気がなくなった。

仕方ないので冒険ランドはまたの機会にすることとし、途中食事をして家に帰った。

帰ってぐっすり昼寝したミサキは調子が戻り、3人は夜横浜に帰っていった。

たった1泊でもの足りなかったが、夏休み中にまた必ず来ることだろう。

2009年7月20日 (月)

灯ろう夜市

年半前からやっているフランチャイズパソコン教室キュリオステーション横須賀教室の

ある上町商店街で、毎年この時期恒例の灯ろう夜市が行われた。

今年は手違いで、残念ながら教室の灯ろうは出せなかった。

この商店街は、夏場ゴーヤの日よけを店先につくることでも知られている。

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味のある言葉が書かれている灯ろうが目についた。

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この商店街は駅を降りて坂道を上ったところにある。

駅から教室までは歩いて8分くらい。

生徒さんの中にはお年寄りも少なくない。坂道を上って来ていただくのは申し訳ないと

以前から思っていて、駅に近いところでいい場所が空いていれば移りたいと考えて

いた。たまたま数週間前、駅から3分くらいの場所に空き物件を見つけた。

フランチャイズ本部に話し、担当責任者に2度来てもらい、物件を扱う不動産屋と

物件のオーナーを交え話し合いをした。リニューアルの見積りを2ヶ所から取るところ

までいき、5年半いた場所から移転することをほぼ決めた。

新しい場所は70㎡と広いので一部パソコン教室以外にも使おう、と本部と話している。

リニューアルオープンは9月20日の連休に行うことも、ほぼ決まった。

2009年7月18日 (土)

ヨーロッパの旅(18:ブリュッセルぶらぶら)

ブリュッセルには6泊した。うち4日は

電車に乗って遠出した。     Rimg0380  

もちろんブリュッセル市内も歩いた。

右はホテルの近くのトラムの走る

電車道。

毎日ここを地下鉄の駅まで歩いて

地下鉄でブリュッセル南駅まで行き

市内を散策したり、電車に乗って

地方に行った。

地下鉄の駅に行く道で何度か物乞いする人を見た(写真左の真ん中)。ブリュッセル

では珍しくなかった。またブリュッセルは町中のそこらじゅうに落書きがあり辟易とした。

EUとNATOの本部が置かれている都市としては恥ずかしい。アムステルダムの方が

格上だと思った。

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南駅から歩いて、先ずグラン・プラスと呼ばれる街の中心広場に行った。

もともとは14~15世紀に建てられた建造物で、そのすごさに圧倒された。

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ぶらぶらしたあと、甘いものを食べようと

ベルギー名物のワッフルを食べに、  Rimg0394_2 

カミサンが出発前にネットで調べていた

グラン・プラスの近くにある店に入った。

飲み物はこれまたベルギー名物の

ショコラショ(ホットチョコ)。

ワッフルは町中いたるところで

売っていて、甘い香りがただよっていた。

ワッフルを楽しんだあと、散策を続けた。

ブリュッセルと言えば小便小僧(マネケン・ピス)。あった、あった。となりはマネケン

ピスという名前のチョコレートショップ。大阪の伊丹空港にマネケンという名前の

ベルギーワッフルの店があり、買ったことがある。マネケンが小僧という意味である

ことがわかった。ちょうどこの時、激しくにわか雨が降り出した。

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雨は間もなく上がり、散策を続けた。

ノートルダム教会のそばを通り歩いていると、「おー、これだ!」とあるものを見つけた。

それは娘が出発前にメールで送ってきたピエール・マルコリーニというチョコレートなど

お菓子の店。娘から指定されたものを購入。届いたメールにはピエール・マルコリーニ

とともに、もうひとつビタメールというお菓子の店の名前も書いてあった。ビタメールは

ピエール・マルコリーニと道をはさんだところにあるではないか。ただ、娘のリクエストに

そのままそっくり乗る必要はないと思い、ビタメールには寄らなかった。

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歩き疲れたのでトラムに乗ってホテルに戻り、ゆっくりした。

この日の夜はガイドブックにレストラン

密集地区と紹介されていたグラン・   Rimg0427 

プラスのそばのイロ・サクレという

ところで食べた。ベルギーの春の

名物ホワイトアスパラガスは時期が

ちょっと遅くダメだった。やはり名物の

香草たっぷりのムール貝、クロケット

(小エビの入ったコロッケ)、それに

鶏のシチューを注文。

ただ、イロ・サクレ地区は観光客向けのようで、一般の店の方がお勧めの感じがした。

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2009年7月15日 (水)

映画「劔岳 点の記」

評判の映画「劔岳 点の記」を観に行った。

久しぶりに観た日本映画だった。(gooのユーザー評価72点)

2か月に1度送られてくる、元いた会社の社内報に『6月20日の全国ロードショーに

先立ち、5月19日、木村大作監督をお招きし、従業員向けに特別試写会を行った』と

書いてあった。

先日観た「愛を読むひと」を観に行く前、「劔岳 点の記」とどちらにしようかと迷ったが

「愛を読むひと」の方が面白そうだったので、「愛を読むひと」を観に行った経緯がある。

そのあと会社が従業員向けに丸の内TOEIを借り切り特別試写会をやったことを知り、

それではと思い、「劔岳 点の記」を観に行った。

原作は新田次郎の同名小説で、いまから100年以上前の明治40年、日本地図の

最後の空白地点を埋めるため『陸軍の威信にかけて劔岳の初登頂と測量を果たせ!』

との命を受け、未踏の劔岳に挑んだ男たちの実話をもとにした作品である。

社内報にはこう書いてあった。

『いま、わたしたちが失いつつある日本人の心の物語を、日本のハイテクノロジー

企業である富士通の皆さんに是非観て欲しい』と東映様からのお声がけにより、

今回の試写会が実現しました』

社内報には今年70歳になる木村監督の挨拶が紹介されていた。

『この企画を考えたのは2006年頃で、あの大自然の中、ただ地図を作るためだけに

働いた人たちの映画を、これまでの自分の映画人生50年すべてをかけて作りたいと

思いました』

『2年間で200日間山に入り、携帯も通じない、雑魚寝、風呂ナシ、プライバシーもナシ

そんな過酷な状況に耐えられるキャスト・スタッフを選びました。無理をしないと撮れない

映画だったためです。”撮影ではない。釈迦の教える苦行に行くんだ”と言い聞かせ、

撮影現場に行くまで40kgの荷物を背負って、9時間歩きました』

試写会を観た社員が感想を書いていた。

『人は挫折を味わうとき、壁にあたったとき、”何のために”と自分に問いかけながら

自らの人生を切り開いていく。それは劇中のセリフ”誰かが行かねば、道はできない”

の通り、まさに自分の人生は自分で切り開いていくしかないということなのだと

あらためて教えられた』

2009年7月13日 (月)

自民党断末魔

昨日の都議選の大惨敗、それを受けてやっと総選挙の日程を決めたとの今日の

ニュース、まさに自民党の断末魔。

麻生内閣が誕生したのは去年の9月。この10ヶ月間、のたうち回った内閣だった。

誕生直後に解散、総選挙の道はあった。やればやるほど泥沼にのめり込んでいき、

手を打つ機会を失い、とうとう最後はこのていたらく。

麻生がどうなっても自民党がどうなってもいいが、悪回転に付き合わされ、苦境に

陥れられた国民に先ず心より詫びるべきである。もし心をこめて総括し、詫びれば、

それだけで自民党はポイントを少しは稼げるのでは。

総選挙は8月18日公示、30日で決まったようである。麻生の意地と、与党の幹部の

折り合った落としどころであったのだろう。ただ、与党が麻生のもとで選挙を戦うか

どうかは、まだ定かでないと報じられている。

予想を超えた民主党の都議選圧勝は、小沢が身を引いたために、もたらされた

結果である。もし小沢が居座っていたら展開はまったく違っていたはずである。

地方の首長選挙で民主党が連勝したのも小沢が引いたためである。

民主党についた弾みは間違いなく総選挙に持ち込まれることだろう。

待望の政権交代が現実のものになることは、ほぼ間違いなさそうだ。

「おごれる者、久しからず」ではなく、「おごれる者、あまりにも長すぎた」である。

政権交代が実現すれば、55年体制で自民党が盤石なものとした、政官財の利権

構造は少なくともしばらくは頭をもたげることはないであろう。

そのためにも、民主党の公約、”脱官僚”は何としても完遂してもらわないと。

自民不信任の今の流れが続けば、総選挙では自民の大物、小物はバタバタ落選

することだろう。

例えば、とんでもない原爆発言をした長崎の久間や絆創膏で有名になった茨城の

赤城、それに小泉チルドレンと称される輩、などなど、この際落として2度と復帰

させたくない自民党議員はたくさんいる。

衆院選の日程が確定したことで、大物含め自民党議員は、今となれば自分の選挙の

ことしか考えていない。

ベテランと言われる議員含め多くが間違いなく戦々恐々のはずだ。

我々は良識を持って選挙に臨むことはもちろんのこと、民主党が政権を取れば、

国民の多くが期待している”約束”を民主党が着実に実行するよう、しっかり監視

しなければならない。

2009年7月12日 (日)

ヨーロッパの旅(17:美術館・博物館巡り③)

パリではオルセー美術館に行った。

オルセー美術館とルーブル美術館は近い。だけど夫婦どちらからもルーブルに行こう

という声は出なかった。

オルセーに行って正解だったのではと思う。

外から見ただけだが、ルーブルはオルセーの数倍以上ありそうだった。オルセーでも

広くてヘトヘトになったのに、ルーブルに行ってたらきっと広さに圧倒されたことだろう。

オルセー美術館の建物はもともと1900年のパリ万国博覧会の開催に合わせて

建設されたオルセー駅の鉄道駅舎兼ホテルだったそうだ。美術館の中央ホール

(写真右)は、駅の地下ホームの吹き抜け構造をそのまま活用しているとのこと。

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入ったところ近くに寄付した会社やCimg1569

組織の名前が掲載されていた。 

日本の会社の名前がやたら多かった。

キャノン、大日本印刷、JR東・西、

大林組、アサヒビール・・・

むかし学校の美術の時間で習った

なじみのある有名作品がそこらじゅうに

さりげなく展示されていた。しかも手を伸ばせば触れる位置に。

全体的に印象派の作品が多かった。

ミレー、マネ、モネ、ルノワール、ゴーギャン、ゴッホ、コロー、アングル・・・

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途中歩き疲れてイスに座って、15分くらいぐっすり寝てしまった。

大きな美術館を楽しむには、体力と忍耐が必要だとあらためて感じた。

2009年7月11日 (土)

裁判傍聴

昨日朝、検診で病院に行った帰り、裁判所の近くを通り、ふっと久しぶりに裁判の

傍聴をしてみようかと思い、裁判所に寄った。

10時から10時半、5件の民事裁判が予定されていた。

損害賠償、過払い金返還、建物明渡、不当利得返還、いずれも金にまつわる訴訟。

傍聴者はボクひとりだけだった。

いずれの裁判も何度か審理されている案件のようだった。

原告・被告は出廷せず、双方の代理人の弁護士と裁判官のやりとりで審理は進行。

そのため訴訟の内容についてはもちろん説明されることなく、前回の審理後の進捗の

確認と次回の期日を決めて、5件とも終了。

2件は和解で解決することが決まった。交通事故に関する案件は証拠、主張を

客観的に確認できる陳述書の形で提出するよう裁判官から双方の代理人弁護士に

指示が出された。

このような展開のため、30分で5件の審理は可能であり、比較的軽微な損害賠償

民事訴訟では珍しいことではない。

10時半から1時間予定されていたもうひとつ裁判は原告、被告いずれも出廷せず

延期となった。

突然傍聴した裁判だったため仕方なかったが、傍聴者には興味を引かない裁判で

あった。

それにしても、次回期日を決める際、裁判官が、『8月は裁判所が休廷するため、

次回は9月に』と発言するのを聞き、今も裁判所は8月は原則法廷を休むことを

知った。お盆プラス前後を休廷にするのであればわかるが、8月まるまる休む

という裁判所、裁判官の慣習に世の中とのずれを感じた。

2009年7月 8日 (水)

ゼミの仲間の飲み会

月曜日、大学のゼミの仲間4人が集まり新橋で飲み会をやった。

うちふたりは寮の仲間で年数回会っている。もうひとりのMくんは卒業以来だから、

何と43年ぶり。もちろん面影はあるし、街で会ってもわかりそうな気がしたが…

みんなリタイアしているので、5時にスタート。

先ず、5月に手術したSくんの快気祝いの乾杯。

話題の皮切りはSくんの手術の話。

異常が見つかったのは定期健診。

『リタイア後の定期健診は自己責任』と、定期健診の重要性について全員意見が

一致した。

Oくんがゼミ旅行のセピア色の写真を3枚持ってきてくれた。

登呂遺跡で写した写真が1枚あったが、ボクは行ったことを思い出せない。

ゼミの仲間15人くらいの中、顔を覚えていたのは10人くらい。

『連絡先を調べて、近くに住んでいる仲間は次回呼ぼうか』という話になった。

近況、家族、趣味、仲間の消息、現役時代の仕事の話、海外駐在・・・

話題が途切れることはなかった。

『定期的にやろう』ということで、次回の日取りを決めて、8時過ぎにお開きになった。

2009年7月 7日 (火)

この時期恒例の来客

土曜日昼過ぎ、横浜から娘が孫ふたりを連れてやって来た。

日曜日は亡くなった息子の14回目の命日で、今年も会社の同期の仲間たちが

我が家に寄ってくれた。

同期と言ってもたった3カ月一緒だっただけなのに、毎年この時期になると集まって

くれる。嬉しいかぎりである。

妹孫のユナは階段に興味がある。Rimg0095

上りは難なくできるようになったが

今回は果敢に下りに挑戦。

手を取ってやれば何とか出来る

ようになった。

何度も何度も付き合わされた。

姉孫のミサキより少々早いような気がする。

1歳3カ月のユナは「じぃじ」が言えるようになり、じぃじ大モテ。

今年はカミサンが紫イモを庭に植えている。孫たちが来たらイモ掘りをさせようと

楽しみにしていた。

ふたりに掘るためのシャモジを持たせ、古い靴下をはかせ、蚊よけのスキンガードを

つけて、イモ掘りスタート。出てくる、出てくる、ふたりは大喜び。

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土曜日は、先ず4時過ぎにTくん一家が来てくれた。

孫たちへ雑誌「たのしい幼稚園」と「めばえ」の

プレゼント。  Rimg0115

そのあと女の子(37歳、子とは言えない

歳だが)と、男の子たち3人が来てくれた。

昔は食事はすべてカミサンと娘が用意

していたが、最近はお酒と寿司、それに

デザートは持ってきてくれる。

最初は硬かった子供たちは、だんだん

慣れてにぎやかに騒ぎはじめた。

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話題は、Mくんが先日投票のあった横須賀市長選で初当選した吉田新市長(33歳)

の選対のキィマンだったことから、「雄人、雄人」と呼びながら、吉田新市長のこと、

選挙のことで、みんなで大いに盛り上がった。

また、厳しい状況にある会社のこともいろんな話が出た。37歳、みんなまさに中堅。

厳しさをもろに受ける年齢だ。

9時ころ、仕事を終えた娘の友だちのNさんが寄ってくれ、一層盛り上がった。

14年経って、かつては話題の中心だった息子のことはもうほとんど出なくなった。

みんなが帰ったのは11時半。

毎回2時ころまでワイワイやっていた昔に比べれば終わりは早くなった。

2009年7月 5日 (日)

ヨーロッパの旅(16:美術館・博物館巡り②)

アムステルダムでカミサンと別行動をした日、ひとりで博物館巡りをした。

一番に行きたかったのはアムステルダム歴史博物館。

Rimg0337 Rimg0338

予想通り大変興味のある展示がたくさんあった。説明パネルが英語だったので

十分理解できた。

13世紀から現在までのアムステルダムの歴史について展示があり、中でも一番

興味を引いた時代は海運国オランダが隆盛を極めた17世紀。

この時代に国を治めていた人たち、それに一般の庶民がどのような生活をしていたか

たくさんの展示を使い説明されていた。

建物自体は17世紀に孤児院だったそうで、中庭もあり、すばらしい場所だった。

次にガイドブックに紹介されていたファンローン博物館を訪ねた。

地図がわかりにくく、しかも博物館風の建物ではなく、周りの住宅にとけ込んでいて

探すのに苦労した。

オランダの黄金時代の豪商だったファン・ローン家が住んでいた家。

家族の肖像画や陶器のコレクションなどのほか、家具、調度品も当時のままに展示

されていて、裕福な人々の生活が偲ばれた。庭もきれいに手入れされていた。

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ベルギーで行った美術館はふたつ。

ひとつ目は、アントワープで観たベルギーの著名な画家ルーベンスの家。

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ルーベンスが自ら設計し17世紀初めに建てられたバロック様式のアトリエ兼住まい。

現在は市立博物館として一般公開されている。邸内には家具や調度品ばかりでなく、

ルーベンスの代表作が数十点展示されていた。入ったときちょうどガイドツアーが

行われていた。オランダ語だと思われる説明だったため参加できず、絵と展示物を

観るだけで終わり、残念だった。

もうひとつはホテルからトラムに3駅ほど

乗って行ったオルタ美術館。     275pxhortaelwi_2

この場所も難しかった。何人かに聞いたが

はっきりせず、探すのに苦労した。

19世紀に活躍したベルギーの建築家

オルタの自邸兼アトリエを美術館として

公開したもので、周辺にあるオルタ設計の

邸宅3軒と合わせて世界遺産に登録

されている。

オルタはアール・ヌーヴォー様式を建築に

初めて取り入れた建築家。

内部は残念ながら写真撮影禁止だった。

美術館・博物館巡り③では、パリのオルセー美術館を紹介したい。

2009年7月 3日 (金)

ヨーロッパの旅(15:美術館・博物館巡り①)

美術館・博物館巡り、これも今回の旅行目的のひとつだった。

オランダ、ベルギーにはたくさんの美術館・博物館がある。訪ねたのはそのごく一部。

オランダの偉大なアーティストはゴッホ、フェルメール、レンブラント。

アムステルダムには3アーティストの

作品が鑑賞できる美術館がある。Rimg0309 

最初に行ったのはホテルから

トラムで10分足らずのところに

あるヴァン・ゴッホ美術館

有名な「自画像」、「馬鈴薯を食べる

人達」、「ひまわり」などを観ることが

できた。また、ゴッホと親交のあった

ゴーギャンの作品も展示してあった。Rimg0313 

ヴァン・ゴッホ美術館のあと、近くにある

国立美術館に行った。美術館の名前は

オランダ語でRijks Museum。

Rijksはレイクスと読むそうだ。国立と

いう意味なのだろうか。

さすがオランダの数ある美術館の中で503_2

ナンバーワン。所蔵作品はすばらしいもの

ばかり。中でもレンブラントの最高傑作

「夜警」を観ることができ、感激した。

レンブラントの絵は「自画像」など

黒い背景色のものが多い。

フェルメールの作品は館の正面の壁に

描かれていた「牛乳を注ぐ女」など

4作品。 

日本でも人気のあるフェルメールは502

極度の寡作で、残っている絵は37点

しかないとのこと。

去年東京でフェルメール展があり

カミサンと『行こう、行こう』と言い

ながら結局行かずじまいだった。

ただ今年3月、上野国立西洋美術館

で開催されたルーヴル美術館展で

「レースを編む女」を観た。

それに先日ブログに書いたハーグの

マウリッツハイス美術館で観た2作品

「デルフトの眺望」と「真珠の耳飾りの女」。それと今回国立美術館の4作品。

フェルメール作品のうち5分の1近くを観たことになる。

続きは、美術館・博物館巡り②で。

2009年7月 2日 (木)

映画「愛を読むひと」

評を読んで面白そうだったので観に行った映画。

予想通りの作品で、2時間息もつがせない感じで観た。

gooのポイント79点は外れていなかった。

ただ、昨日は水曜日、チケットを買うとき『席は一番前の列しか空いていません』と

言われてはじめて、女性が千円になるレディース・デイだと気がついた。帰って

カミサンに話したら『それだけでなく今日は1日、映画の日で誰でも千円だからよ』と

言われ、納得。一番前の席はさすが観づらかったが、時間とともに慣れてきた。

原作は世界的ベストセラー「朗読者("The Reader")」。

以下あらすじをネットより引用。

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1958年のドイツ。15歳のマイケルは21歳年上のハンナとの初めての情事にのめり

込む。ハンナの部屋に足繁く通い、請われるままに始めた本の朗読によって、2人の

時間はいっそう濃密なものになるが、ある日、ハンナは忽然と姿を消す。

1966年、大学で法律を学ぶマイケルは傍聴した法廷の被告席にハンナを見つける。

裁判に通ううちに彼女が必死に隠し通してきた秘密にようやく気づき、衝撃を受けるの

だった。

与えられた職務を全うした1人の女性。決して許されない罪を犯したのだとしても、

彼女は彼女のなすべきことをしたのだ。本作の主題はホロコーストの追及や、禁断の

愛を描くことではない。そのとき、もしハンナあるいはマイケルの立場だったら何が

出来たかを、観る者ひとりひとりに問う人間性についての映画なのだ。

念願のアカデミー賞主演女優賞に輝いたケイト・ウインスレットによって、弁解を一切

しない孤高の女性ハンナの人物像が小説よりも明確に浮かび上がる。

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